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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 6 はたらく冒険者たち 第一章 新たな芽吹き

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4.はじめての通学(前)

 ついに、ヨナが学校――正式にはヴァイナマリネン魔術学院付属ファルヴ初等教育院――に通う日がやってきた。

 いつものように、ファルヴの城塞の一室に集まって《祝宴ディヴァイン・フィースト》による朝食を摂っているものの、重苦しい沈黙が場を支配する。


「ヨナ、ソーセージ食うか?」

「…………」


 無言。

 アルビノの少女は、ユウトを見ようともしない。ただ、皿だけはこちらへ押しやり献上を促した。


 その態度にアルシアはため息を吐き、ラーシアは笑う。


「ヨナ、気持ちは分かるが――」

「…………」

「重症ね」


 アカネは早々に匙を投げてしまい、ヴァルトルーデは渋面を作った。だが、それ以上はなにも言わない。

 結局、末っ子に甘いところを露呈してしまった格好だ。


 エグザイルはファルヴ市内に設けた自宅で寝起きしているため不在。新婚だから当然だが、岩巨人(ジャールート)の新婚生活がいかなるものかを知る者はこの場にはいなかった。


 不機嫌を絵に描いたようなヨナは、ユウトから献上されたソーセージを乱暴に咀嚼する。

 本当に嫌がっているのか、それとも拗ねているだけなのか。その態度から見分けるのは難しかった。


 この日のファルヴは、朝から雨。

 それがさらに、陰鬱な空気を醸し出す。


「ヨナ、まあ、本当に嫌なら無理しなくても――」

「ユウトくん、それは駄目よ。少なくとも一ヶ月は通って、その先はヨナの意志に任せる。そう決めたでしょう?」

「いや、そうだけど……。明日からがんばるとか」

「勇人、あんたがへたれてどうするのよ」


 娘に甘い父親を叱るように。否、そのもので、アルシアとアカネがユウトを責める。ヴァルトルーデは無言。立場的には、ユウトに近いのかも知れない。


「分かった。ラーシアも一緒に行かせよう」

「ボクは大人だよ!?」

「名案」


 その無茶な思いつきに、意外にもヨナが乗っかった。


「素敵な出会いが待ってる」

「無い無い無い」


 笑い飛ばすラーシアだったが、ふと、真剣な顔をして言う。 


「……無いよね?」

「まあ、幼女性愛呼ばわりはされないんじゃないか?」

「どういう意味かな!?」


 内容は別として、とりあえず空気が軽くなったのは確か。

 ヨナが朝食の残りを一気に口に詰め水で流し込むと、そのまま無言で立ち上がった。


「ヨナ、どうしたの?」


 なにをするのかと、皆が注目する中。前触れなく、超能力(サイオニック・パワー)を発動させた。


「……いってくる。《テレポーテーション》」


 いきなり瞬間移動して、その場から消える。


「瞬間移動してくんじゃねえ、ヨナ坊」


 次に姿を現したのは、テルティオーネの前だった。エルフの魔導師(ウォーロック)が、唐突に出現したアルビノの少女の頭に拳骨を落とす。


 だが、ヨナは表情ひとつ変えずに、避けてしまった。


「ちっ。かわいげのねえ」


 無精ひげの生えたあごを撫でながら、悪態をつく。とても教師の言葉とは思えない。それ以前に、いきなり目の前に現れても平然としている。


 テルティオーネはヨナに視線をやりながら、机上に置いたままにしていた紙巻煙草――ユウトからの土産物だ――を手に取り、小魔法(キャントリップ)で火をつける。


 大きく肺に煙を吸い込み、満足そうに吐き出した。


「雨だから飛んできただけだし」

「晴れでも雨でも関係なく瞬間移動するつもりだろ」

「どうでもいいし」

「ふてくされてやがんな」


 ここは、初等教育院の教官室。当初は日本の学校と同じように職員室を作ろうとしたが、教師の人数が少ないのに意味が無いと、個室をいくつか用意することになった。

 壁一面に置かれた書架やデスクは当然として、ベッドまで置かれているのはこの部屋だけだろう。

 彼は、レンからは同居の提案もあったが、娘の世話にはならないと初等教育院に単身赴任中だった。


「ふうむ」


 事前に弟子(ユウト)からは聞かされていたが、ここまで不満をため込んでいるのはなぜだろうかとテルティオーネは考える。


 どうやら、普段から一人で出かけては、食べ歩きをしたり山賊やモンスターを狩り立てて遊んでいるらしいことから考えると、四六時中ユウトやアルシアと一緒にいたいというわけではないようだ。


 では、子供――ヨナもそうだが――と一緒になどいたくないということなのか。これで意外と人見知りをする、このアルビノの少女ならあり得ない話ではなさそうだが……。


「なんだ。強制的にユウトたちと引き離されて、捨てられたとでも思ってんのか?」


 自分はふらふらと出歩くが、仲間たちから無理に距離を置かれるのは嫌だ。

 子供らしいわがままに気付き、テルティオーネは大人なら思っていても言わないことを平然と口にする。この辺りが、このエルフの魔導師が教育者に向かない所であり、ユウトがこの学院を任せた理由でもあった。


「違うし。ぜんぜん、違うし」

「まあ、どうでもいいがな。じゃあ、ちょいと建物を案内してやるか。まだ、ガキ共も来てやがらねえしな」


 机の隅で煙草をもみ消しながら、テルティオーネが立ち上がる。猫の子でも掴むように、ヨナの襟を掴んで引きずりながら。


「うー」


 本気で嫌がってはいるが、超能力で攻撃してはこない。


(随分、成長したじゃねえか)


 これならやっていけるかも知れねえなと、他人事のように考えを巡らせつつ、テルティオーネはヨナを連れて、教官室を後にした。





「ヨナ」


 ヴァイナマリネン魔術学院からやってきたドワーフの教師に自己紹介を促されたアルビノの少女は、最小限を下回る言葉でそれを済ませてしまった。

 それでも、ユウトがこの光景を見ていたらほっと胸をなで下ろしたことだろう。


 完全無視より、余程ましだ。


「う、ううむ。では、空いている席へ……」


 長机が横に何列か並び、ベンチのような椅子に数名が座っている教室内。ヨナは、つかつかと一番後ろの長机へと近づき、その隅にどかっと腰を下ろした。


 ヨナと同年代の子供たちが数十名集まる教室内。

 ドワーフが半数を占め、その次に人間が多い。少数ではあるが、エルフや岩巨人、草原の種族(マグナー)――最後に関しては、大人も子供もあまり見分けが付かないのだが――が多いこの空間でも、アルビノの少女は異質だった。


 子供らしい好奇心でヨナを一様に見つめるが、彼女は一向に意に介さない。それどころか、不機嫌なオーラを全身から放出し、話しかけることはおろか、近づくこともできない。


 それは、このアルビノの少女が領主の関係者であると事前に説明が合ったことと無関係では無いだろう。


 壮年を過ぎ老年に近づきつつあるドワーフの魔術師(ウィザード)ニィラーもまた、困惑していた。

 ドワーフとしては珍しい理術呪文の道に進み、しかし、己の才に行き詰まりを感じていた頃、子供相手の教育という話が舞い込んできた。

 聞けば、生徒には同族が多くを占めているというではないか。


 後進のためになにかできることがあるかも知れない。


 そんな理想を抱いて応募した彼は、今のところ満ち足りた教師生活を過ごしていたのだが――そこに現れたのが、このアルビノの少女。


 まずもって、学校へ通っているのにやる気が無い生徒という存在が信じられなかった。このブルーワーズでは無料で教育機関に通えるというのがそもそも非常識なのだ。

 故に、熱意を持たない生徒など存在する余地が無い。少なくとも、彼のそれなりに長い人生では存在しなかった。


 故に、どう接して良いのか分からない。


 とはいえ、問題児一人のために授業を遅らせることもできなかった。ニィラーはあごひげをしごいてから、気を取り直すように大声で宣言する。


「今日は、まず、今までのおさらいの試験じゃぞ」


 これは、元々予定していたものだ。

 この教室は、最も幼い――つまり、勉強の進行が遅い――生徒が集められているのだが、それは正確な表現ではない。


 試験授業を経て、テルティオーネたちは話し合いを持ち、基本クラスは年齢ではなく習熟度で三段階程度に分けることを決めた。

 そして、生徒は完全に固定せず、理解度によって入れ替えることにしたのだ。


 そのため、進行度を確認するための試験は頻繁に行われる。成績表を作る予定も無いので、本当にクラス分けの参考にするだけだが。


「はーい」


 まだ、テストが嫌なものという概念が浸透していないらしく、子供たちは無邪気に返事をする。


 ヨナを除いて。


 それを気にかけつつも、ニィラーは前の石板にチョークで計算問題を20ほど書き連ね、教卓の上の砂時計をひっくり返す。


 試験時間は30分。

 生徒たちは石板の問題を写しながら、頭をひねって解いていく。


 簡単な、一桁・二桁の足し引きの問題。

 それでも、このブルーワーズでは即座に答えられれば大したものだ。


 熱心に問題を解く子供たちを満足そうに眺めていたニィラーだったが、その視線がアルビノの少女を通過する際には、どうしてもあごひげをしごく手が止まってしまった。


 なにしろ、外を見るだけ――教室の片側には大きな玻璃鉄(クリスタル・アイアン)のガラスがはまっていて採光の役割を担っている――で、チョークを手にしてもいないのだ。

 アルビノの少女が雨粒を眺める光景は絵になるが、さすがに注意しなければならないだろう。ドワーフの魔術師は、まずはその手元をのぞき込んだ。


「なっ」


 思わず、息を飲んでしまった。

 確かに、難しい問題ではない。けれど、問題を書き終わってからまだほんの数分のはずだ。


 にもかかわらず、石版には回答が書かれており、しかも――当然と言えば当然だが――全問正解だった。

 問題を書いている最中に、同時に回答していたとしか思えない。


 そのヨナは、問題をすべて解いたことで義理と義務は果たしたと、つまらなそうに外を見るだけ。教師が近づいても表情ひとつ変えない。


 例外的に赤い瞳が揺れたのは、窓の向こうに見える運動場にサッカーのゴールらしきものが見えた時だけだった。


 それでも、結果は結果だ。


 砂粒がすべて落ちきったことを確認してから、ニィラーは一人一人の石板を確認して採点していく。


 そして――


「全問正解は、ヨナくんのみじゃな」


 実に妥当な結果が発表された。

 それも、ある意味当然の話で、ヨナは確かに幼い外見だが、生い立ちが根本的に異なる。文字の読み書きもできるし、この程度の計算問題は造作も無い。


「すごーい」

「やるじゃん」

「けっ、まぐれだろ」


 子供たちの反応は、賞賛が7割に、嫉妬が3割といったところか。好悪入り交じった感情と視線を向けられるが、ヨナは完全に無視。


 微妙な空気が教室に流れる。

 この異分子にどう対応したら良いのか、子供たちであっても。いや、子供たちだからこそ迷いが生じている。


 子供たちの問題には、無闇に立ち入れない。

 だが、放置すべきなのか? それも間違っているように思える。


 この世界で初めて生まれつつある教育問題に、ドワーフの魔術師は困惑の色を隠せなかった。

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