エピローグ(後)
短めですが、エピローグの続きです。
なお、後書きに今後の予定などお知らせがあります。
床と壁がきらきらと光り輝き、上からは暖かな光が降り注いでいるが天井は見えないほど高い。
似たような施設は、探せば地球にも存在するかも知れないが、その場に立たなければ分からない雰囲気まで同じ空間はどこにも無いだろう。
夢のような場所。
夢で片付けてしまうには、あまりにもリアルな光景。
確かに自分は寝ていたはずだ。
それは確実に断言できる。
では、ここはどこなのか。
「またお目にかかることになるとは思いませんでした」
前回よりは余裕を持って、ユウトは玉座の主に膝を折る。
「ほぅむ。さすがに、二度目になると意外性が無くなってしまうのだな」
「必要ないですから、そういうの」
ユウトの返答に満足したのか、黄金でできた数え切れないほどの宝石で飾られた玉座に座る金髪の幼な子が相好を崩す。
知識の神ゼラス。
アルシアが信仰する死と魔術の女神トラス=シンクの夫神にして、賢者の守護神。
ユウトは再び、知識神の宮殿へ召喚されていた。
「しかし、今回はなぜこの場へ呼ばれたのか分からないのですが……」
「ああ、普通で良いぞ。堅苦しいのは抜きにする」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
跪いていた格好から遠慮なく立ち上がり、言葉も心持ちフランクに。神々に対して敬意は必要だが、腹芸は無用だ。
「しかし、自覚が無いのも困ったものだな」
「それは申し訳ないんですが、心当たりが……」
知識神は玉座にあって幼な子の無邪気な笑みを浮かべ、「褒美の与え甲斐が無いのぅ」と言葉でだけ嘆きながら指を折りながらユウトたちの功績を数える。
「現界せし絶望の螺旋を押し返し、無貌太母コーエリレナトを褥へ戻し、乱れた次元境界線の乱れを正した。これが功でなくて、なんだと言うのだ?」
「ああ……」
言われてみれば、確かにそうかも知れない。
しかし、仲間たちと協力して大事を成し遂げたというよりは、お互いがお互いのために行動した結果のように思えて、世界を救った功績とまでは思えなかった。
やりたいようにやったら結果がついてきた。
ユウトの実感としては、それだけ。
「そうと分かってたら、ヨナにちゃんと言い含めたのに……」
前回は「いらない」と言い切ったヨナ。今回も同じ返答をしそうな予感がするが、事前に分かっていたら、せめて失礼な態度を取らないように注意もできたはず。
「いや、普段からちゃんと教育をしておけば……」
そうだ、今からでも遅くはない。アルシアと相談して、ヨナにせめて常識を身につけさせよう。
「いいかな、天草勇人」
「あ、申し訳ありません」
「それで、報酬はなにを望む?」
「…………」
ユウトは答えられない。
予期していなかったというのもあるし、つい最近、念願が叶ったというのもある。
「それに、妻たちとの仲も良好か」
「心を読むの、止めていただけないですかねぇ!」
「すまんすまん。この場では自重するとしよう。だが、神である我は妻一筋なのに、妻が三人も四人もとは、剛毅な話ではあるな」
「三人です。四人じゃないです」
そこは絶対譲れないと、ユウトが固い声で訂正する。
どうにも、この知識神の稚気には振り回されっぱなしだ。
「では、先に他の者の望みを伝えようではないか。そちらの世界で言う、サービスというものだ」
「……いいのですか?」
「無論、二言はない」
ユウトに便宜を図るというよりは、自分の楽しみだと言わんばかりに莞爾と笑うゼラス。
「ヴァルトルーデ・イスタス、彼女は『半神ヴェルガとの対決の場』をヘレノニアに求めたのだな。いずれ叶うとヘレノニアから伝えられたようだが」
「ヴァル……」
かなり鬱憤が溜まっていたらしい。過激な願いに、ユウトは苦笑する。
しかも、いずれ叶うとは……。
そんな未来を無しにしたいという願いは有効だろうか。
そう考えるユウトだったが、即座に首を振った。いずれ叶うということは、そこに運命が収束するということなのだろう。つまり、無駄な願い。
「我が妻の忠実なる信徒は、『平和と皆の安寧』を。草原の種族の勇士は『素敵な出会い』、岩巨人の大戦士は『温泉旅館』」
「おっさん……子供が産まれるのに、それでいいのか……。いや、筋肉よりは良いのか……? ラーシア……人生、それで良いのか……」
親友の願い事の前に、婚約者の願いが霞んでしまう。
更に、『素敵な出会い』は出会いだけでその先を保証しない辺りが泣けてくる。
「そして、人造勇者の少女は『いらない』と伝えたようだな」
「ヨナはヨナか……」
徹頭徹尾、自分の力しか信じない。実にヨナらしい話だった。
「なお、異世界の少女は――」
「えっ? 朱音も?」
それは完全に想定していなかった。
驚きに目をむくユウトを、知識神が楽しげに見下ろす。
「短時間で疲れが取れるベッドを所望したようだ」
「それ、欲しけりゃ買ったのに……」
まあそれはそれでアカネらしいとも言える。少なくとも、変な欲望に負けなかったことは嬉しい。
「では、天草勇人。いかにする?」
「そう……ですね」
正直なところ、なんの参考にもならなかった。
とことん、現世利益に興味がない仲間たちだ。
(さて、どんな願いをすべきだろう?)
例えば、知らない呪文を教えてもらう。
特に、亜神級呪文はユウトもほとんど知らない。知識神ゼラスとなれば、有用な呪文も数多く知っていることだろう。
例えば、魔法具を授けてもらう。
ヴァルトルーデの討魔神剣のように、神々の特別な祝福を受けた魔法具は、当然ながら徒人が作り出すそれを遙かに超える性能を持つ。
例えば、身体的な強化を願う。
体力や筋力は元より、老化の遅延や寿命を延ばすという奇跡すら、程度にも拠るが可能だろう。
いずれも、仲間たちが選ばなかった役に立つ選択肢。
「……決めました」
「聞こう」
しかし、彼は天草勇人だった。
そんな無難な願いをするようであれば、この場にはいない。
「分神体になると思いますが、一度、我らが都――ファルヴへいらしていただけませんか?」
心の中で敬語が間違っていないか緊張しながら、誰も神も予想しえなかった願いを奏上する。
「……それで、天草勇人はどのような利益を得る?」
「まあ、街を視察して感想でもいただければ」
「なるほどな」
面白いと、知識神ゼラスが稚気をむき出しにして笑う。
分神体とはいえ、神が降臨するのだ。
表沙汰にするつもりはないが、それだけでその地は祝福され、加護を得る。さらに、知識神からの感想――アドバイスを受ければ、更なる発展も見込めるだろう。
けれど、ユウトはそれだけを狙っているわけではない。
そう、話は単純。
自分が、自分たちが作った街を見てほしい。ちょっと、自慢もしてみたい。
そう思っただけなのだ。
「その願い、確かに了承した」
厳かに、知識神が告げる。
その威光、その畏怖。
かしこまる必要はないと伝えられていたにもかかわらず、自然と跪く。
「それでは、お待ちしています」
片膝をつき、顔は正面を向け。
笑顔を浮かべて、ユウトはそう言った。
これにて、Episode5終了です。
よろしければ、感想・評価などいただければ幸いです。
なお、恒例ではありますがプロット作成・書きためのため一週間ほどお休みをいただきます。
再開は、8月25日(月)の予定です。
それから、書籍化します。
詳しくは、本日の活動報告をご覧いただけますでしょうか。