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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 5 天秤の世界 第二章 世界と刻をかける
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6.パス・ファインダーズ

 超能力の暴風がトリアーデたちの幻と共に消え、再び世界が漆黒に戻る。

 否、正確にはユウトたちの周囲が。


 ダァル=ルカッシュの精神世界の果て、視界の遙か先に色を取り戻した部分があった。サファイアブルーの石が敷き詰められ、まばゆい光を放っている。

 

(なるほど、そういう仕組みか)


 ユウトたち、精神世界の侵入者。その記憶から構築された守護者を倒すことで、ダァル=ルカッシュは正の領域を取り戻す。

 狂える全知竜の妨害と表裏一体。


「くっくふふ。あははははは」


 そんな法則など気にした風もなく、赤毛の女帝が淫蕩に、本当に愉快だと笑い声を上げる。


「葛藤もなにも、あったものではないのう」

「ヨナ……」


 一方、保護者を自認するユウトの表情は渋かった。

 一瞬でもヨナがあちらを選ぶと思ってしまった見識の無さを非難されれば、甘んじて受け入れるしかない。だが、それとあの思い切りの良さは別だ。


「ユウトッ!」


 誉めてと、駆け寄って――意識体だが――くるアルビノの少女に抱きつかれながらも、保護者の懊悩は尽きない。


「ヨナ、なんていうかこう、あれで良かったのか?」

「……生け捕りにして、話聞くべきだった?」

「ああ、うん、そうだな。愚問だったな……」


 ヨナは、どこまで行ってもヨナだった。

 一瞬でも、生みの親とか姉妹との対話とか、そんなセンチメンタルな思いを抱いたのが間違いだったのだろう。


「親の背を見て子は育つといったところだな。自業自得の良い見本よ」

「うるせぇ」


 だが、ヴァイナマリネンへの返しには力も知性もない。


「面白き童女よな。婿殿が育て上げたというのも、うなずけるわ」

「……それよりも、警戒することがあるだろう」


 無理やりな話題の切り替えだというのは分かっている。よく分かっている。


「そうだな。ワシらの記憶から、なんぞ障害を具現化する。夢幻が如き存在とはいえ、厄介なことになるやも知れん」


 だが、幸運にもヴァイナマリネンはそれに乗った。含み笑いを浮かべながらだったが。


「……そうなると、この二人は悪手だったかも知れないなぁ」


 ヴァイナマリネンにヴェルガ。

 思想に違いはあっても、生きてきた長さと敵の多さは似たようなものかも知れない。そうなると、どんな相手が出てくるのか……。


「とはいえ、ワシら全員分を具現化できるとも限らん話よ。あまり気にすることもあるまい」

「そこは、気にしとこうぜ」


 剛胆な大賢者の物言いに、ユウトは頭痛を覚えた。

 けれど、現状、受け手側である以上、なにもできることが無いのも確か。先に進もうかと口を開いたところで、前方にスポットライトが燦然と輝く。


 その中心に、冒険者と思しき集団(パーティ)がいた。


「なんか、いっぱいいる」

「ふむ。妾の記憶には無い者共よの」


 それは、ユウトも同じ。ヨナも首を傾げている。


「ほう。ワシの記憶力も、捨てたものではないな」


 ゆっくりと近づいてくる五人の冒険者たち。その姿を、大賢者ヴァイナマリネンは目を細めて見つめていた。


 珍しい。

 というよりは初めて見る表情で、ユウトはあの五人の正体に気づいた。


「ヴァイ。お前、老けたな」

「現実のお主も、もういい年だぞ」

「まあ、当然か。ヴァイから髪がなくなっているぐらいなんだからな」

「だが、安心しろ。お主に毛はちゃんとあるぞ」

「ふさふさか。そいつは良かった」


 灰銀色の板金鎧(プレートアーマー)に身を包んだ、快活に笑う美丈夫。ヴァイナマリネンを愛称で呼ぶその男は、旧友との再会を喜び、それでいて全く隙が感じられない。


 年は、ユウトより少し上か。二十代半ばを超えてはいないだろう。


 麗騎士エルドリック。

 後に滅んだ故国を再興した、パス・ファインダーズのリーダー。


 その金髪碧眼の美男子が、大賢者に手を差し出した。


「それにしても、記憶から構築されてヴァイと真剣勝負をする羽目になるとは思わなかったぜ。現実の俺に自慢できるな」

「まったく。厄介なことだな」

「そうか? 俺は、ずっとやってみたかったんだがな」


 手を握る二人の間に緊張感が走り、不可視の闘気が揺らぐ。


「ローラ、止めんでいいのか?」

「エルドリックがわたくしの言葉程度で止まるかどうか。ヴァイも、よくご存じでしょう?」


 拗ねたようにつんと横を向く、金髪碧眼の美少女。

 腰まで伸びる緩やかなウェーブがかかった髪、漆黒の闇の中でも輝く美貌。薄い法衣を身にまとい、太陽神フェルミナの聖印を首からかけている。


 エルドリックと並ぶと、兄妹のようにも、信頼する仲間にも、仲睦まじい恋人のようにも見えた。 


「ああ。こればっかりは、誰にも止められん。止めさせはしない」


 共に戦ってきたあいつよりも、強いのか。試してみたい。そして、勝ちたい。

 無邪気な欲望を隠そうともせず、伝説の騎士は不敵に微笑んだ。


 ヴァイナマリネンは肩をすくめ、再臨した他の仲間たちへ声をかける。


「レイ、スィギル。そっちも同意見か?」

「まあ、こうなったら仕方ねえだろ。仮初めの命を楽しむさ」

「……ヴァイナマリネン。貴様を止める、打ち倒す、殺す、どうやら、我らはそのようにできているようだ」

 

 悲恋歌の主役として有名な二人。


 エルフの舞姫スィギルは腰に二本の偃月刀(シミター)を差したスレンダーな美女だ。快活で、蓮っ葉を通り越して粗野な男のような口調だが、不思議と不快感はない。


 一方、黒髪の剣士レイ・クルスは吟遊詩人に歌われる通り、触れれば斬られるような鬼気と怜悧さ。だが、ヴァイナマリネンを見る目には、わずかな親しみが感じられる。


 二人の悲恋歌では、スィギルはもっと淑やかな性格として描かれている。だが、ヴァイナマリネンの記憶から構築されている以上、こちらが実像に近いのだろう。


「お師匠様、ご無沙汰……しているのでしょうか?」


 ローブを身にまとい、呪文書を携えた紅顔の美少年。

 若き日のメルエルがそこにいた。


「そうでもないぞ。ついこの前も、また一緒に百層迷宮を踏破したしの」

「そうですか……」


 嬉しいような面倒なような。そんな微妙な表情で、師ヴァイナマリネンを見つめる。達観するには、まだ時間が足りないようだ。


「パス・ファインダーズ、勢ぞろいか……」

「みんな、強い」


 恐らく、一人一人がヴァルトルーデら仲間たちに匹敵するだろう。

 彼らと正面からぶつかって勝てるか。できるないとは言わないが、容易ではないのも確か。運や巡り合わせが結果を左右することになるはずだ。


(正面からならな)


 いくつものプランが浮かび、この場にいるメンバーにあわせて修正を加えていく。


「ジイさん、手伝うぜ」

「無用よ」


 けれど、大賢者は一言で拒絶した。


「いや、いくらジイさんでも――」

「レイ、スィギル。今のお主らは知らぬだろうが、二人の恋物語が今のブルワーズでは、そこかしこで歌われておるぞ」

「なっ」

「恋だと!?」


 ユウトの、いや、余人の介入を拒絶したヴァイナマリネンが言い出したのは、思いも寄らぬ言葉。


「その反応からすると、好き合っとるのを隠し通しておると思ってたようだな」

「バカなことを言うんじゃねえぞ、魔術師(ウィザード)。誰がこんな根暗を好きになるか」

「……その通りだ。こんな粗野な原始人は好みではない」


 突如始まる痴話喧嘩。

 その思考まで再現してしまったため、意志の強制が必ずしも万全ではなくなっているようだ。


「誰が原始人だよ! 斬り刻むぞ!」

「少なくとも、文明人の台詞ではないな」

「エル、実に微笑ましいですわね」

「そうだな。となると、レイの無限貯蔵のバッグに死蔵してる、渡せなかったプレゼントのことも知られていないと思っているのか?」

「エルドリック、貴様!?」


 記憶から構築されたパス・ファインダーズ。

 彼らも精神体の一種だ。


 つまり、刃で切り裂くのと同じように、言葉はその存在を損なっていく。


「なかなか滑稽な芝居よの」


 ヴェルガは完全に介入する気を持たず、秘跡(サクラメント)で生み出した玉座にしどけなく腰掛けている。対抗して、ヨナもユウトの肩に乗った。


「そもそも、わたくしに何度も相談をしたのはスィギルではありませんか。大丈夫です、殿方は胸だけを見ているわけではありませんと、アドバイスをしたこともありましたわね」

「よし、腐れ神官。まずは、てめえからだ」


 百層迷宮を踏破したパス・ファインダーズ。

 英雄譚に歌われる存在が――もちろん本気ではないが――仲間割れを始めていた。


「ヴァイらしい、こすい手段だな。だが、俺には――」

「そういえば、どこぞの世襲議員の娘との逢い引き。あれが結局どうなったのか、ワシは聞いておらなんだな」

「ヴァイ! 卑怯だぞ!」


 スィギルと言い合っていたローラの動きが止まった。

 そのまま俯き、肩を震わせる。


 だが、それも一瞬。


 顔を上げた太陽神の枢機卿は満面の笑みを浮かべていた。


「エル、そのお話、詳しく聞かせていただけます? それと、ヴァイナマリネン様、今現在のわたくしにも、その情報を伝えてくださいましね」


 何十年経とうと、エルドリックと離れているはずがない。そう確信するローラの言葉に、大賢者は完爾と笑う。


「それで、今まで黙っていた罪と相殺いたしましょう」

「仕方あるまい」

「ヴァイ、謀ったな!」


 悪辣な(トラップ)を突破し、凶悪なモンスターたちを打ち倒し、英雄譚の人物となったパス・ファインダーズ。 だが、彼らもまた人間であり、完璧な存在などいないということを証明しているかのような光景だ。


「お師匠様、僕は自ら消えた方が良いみたいですね」


 この師にはかなわないと、苦笑を浮かべたメルエルが素直に敗北を認めた。

 

「ふんっ。やる気があるならば、相手になるぞ」

「いえ。たとえ実物でないにせよ、僕たちと殺し合いなどしたくない。お師匠様のお気持ちはよく伝わっております」

「勝手にせい」


 ヴァイナマリネンが懐かしい仲間たちに背を向ける。

 それを見たパス・ファインダーズは、なんとも言えず透明で、それでいて暖かい微笑みを浮かべ、光の粒子となって消え去った。


 ダァル=ルカッシュの精神世界に、静寂が戻る。


 良かった。

 メルエルの恥ずかしい過去など聞くたくはなかったと、ユウトは心の底から安堵した。


 直接の面識がないエルドリックたちの醜聞であれば、英雄にも人間くさいところがあったのだと素直に受け入れられる。だが、知り合いとなれば話は別だ。


「相変わらず、卒のない奴だ。せっかく、ワシらが面白がって娼館へ――」

「大人しく消えたんだから、黙っといてやれよ!」


 ユウトの哀願が、精神世界に響く。


 気づけば、漆黒の闇は更に駆逐され、サファイアブルーの空間が広がっていた。

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