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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 5 天秤の世界 第二章 世界と刻をかける
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5.夢の領域

 そこは、無限に続く書庫だった。

 漆黒の闇の中、身長よりも高く遙か彼方まで続く書棚が無数に並び、それとユウトたちの意識体だけが、まるで自ら光を放っているかのように存在を主張している。


「ここが、ダァル=ルカッシュの精神の中か……」

「随分と乾いた世界だな」


 ユウトもヴァイナマリネンも、精神に潜った経験は豊富とは言えない。

 それでも、表層からここまで味気ない世界というのは珍しかった。大抵は、理想の姿を投影するか、あり得ないほど陰鬱かのどちらかだ。


「暗い」

「それだけ、負の領域からの侵食が激しいのであろうな」


 背中から銀糸を生やしたヨナが言わずもがなの感想を述べ、ヴェルガはそれを別の方面から肯定した。


 生物――人間も、悪の亜人種族も、言葉持つものはすべて――の精神は、夢の領域に接続しているとされている。

 更に、そこは正と負の領域に分かれているという。


 正の領域には自然崇拝者(ドルイド)の崇める祖霊(トーテム)たちが住まい、妖精たちが存在し、永遠に眠り続ける名も無き幻夢神に仕えているという。

 一方、負の夢の領域は、サキュバス・インキュバスを始めとする夢魔や悪夢の担い手ナイトメアの故郷である。


 通常、正と負の比率は一定に保たれているが、なにかのきっかけでそれが崩れた場合、精神が破綻をきたし、狂を発することになるという。

 そのメカニズムはともかく、フロイトだかユングだかも同じことを言ってたんだっけ? と、曖昧な知識でユウトも夢の領域に関しては認めていた。


「進むぞ」

「ああ。行こう」


 書架に並ぶ本を適当に抜き出し、毒にも薬にもならぬと元に戻したヴァイナマリネンが、まとまりのない一行を先に引っ張る。

 周囲を観察し、異常が無いことを確かめたユウトが続き、反対する理由も無いため、ヴェルガもヨナも、それに素直に従った。

 ただ、アルビノの少女は大賢者を抜き去って先頭に立ち、女帝は優雅に最後尾を歩むという違いはあったが。


 肉体から星幽体を抜き出した意識や精神だけの状態となっても、行動に大きな違いはない。もちろん、肉体という制限がなくなった以上、より理想に近い現実を超えた動きをすることはできる。

 けれども、それも肉体を模した姿というベースありきの話。

 体感としては、ちょっと身軽になったかなという程度だ。


「ところで、あの本にはなにが書かれてたんだ?」

「恐らく、この世界の森羅万象すべてについてだな」

「それはそれは」


 実にダァル=ルカッシュらしいと肩をすくめる。意識体でもそんなことができるんだなと、少し感心しながら。


「だが、今は意味がないわい」

「それに、読み切ったらダァル=ルカッシュと同じことになっちまいそうだ」


 違いないと呵々大笑し、大賢者はユウトの指摘を肯定する。


「特に面白いところは無かったと思うがなぁ」

「ここで笑えるのであれば、大したものよ。負の領域からの侵食が激しいとはいえ、陰鬱な空間だわ」

「あのダァル=ルカッシュの心の中が派手だったら嫌だろ。まあ、それはそれで面白かったかも知れないけど」


 ただし、この状況ではそんな二面性は求めていない。


 狂える全知竜ダァル=ルカッシュの精神ともなれば、負の夢の領域に大部分が侵されていても不思議ではなかった。延々と続く書架は、せめてもの抵抗か。

 いつ、負の夢の領域から侵入してきた夢魔たちに襲われても不思議ではないし、本体である狂える全知竜が、ダァル=ルカッシュの精神の中でどのような姿を持ち、どれほどの脅威になるかも計り知れない。


「しかし、心弱き者では、早々に折れてしまいそうな世界よの」

「それはさすがに根気なさ過ぎじゃないかと思うがな」


 ダァル=ルカッシュの精神世界は、未だなんの変化も見せない。

 ただただ書架が連なり、その間をひたすら進んでいくだけの単調な作業。上っているのか、降りているのか。歩いているのか、飛んでいるのか。気を抜くと、それすらも分からなくなる。


 ただ、ユウトはこれくらい普通と言っているが、やはり普通は精神的な疲労が大きな空間だ。そもそも、意識体になっている時点で、普通ではない。

 だから、次元門(ゲート)をくぐる人数に制限があったのも確かだが、メンタルの強いメンバーを選んだという側面もあった。


「でも、ヴァルでもラーシアでも、これくらいいけたはず」

「ヨナ……」


 ヴェルガなんて要らないという主張を綺麗に飲み込む彼女の成長に、ユウトは目頭が熱くなった。この状態では涙を流せないのが残念なぐらいだ。


「ヴァルはメンタル強いけど、自分のことが絡むと途端に駄目になっちゃうことがあるからなぁ」

「ラーシアは?」

「動じないけど、欲望には弱い」

「納得した」


 どこからともなく、「そこ、納得するところじゃないよ!」という声が聞こえてきたが、間違いなく幻聴だろう。


「アルシアも、最近ちょっとおかしい。ユウトのせいで」

「うん。タイミングが悪かったと反省してる……」


 けれど、ユウトは後悔していない。


「じゃあエグは?」

「物理攻撃が通じる事態になりそうにないから」

「なるほど納得」


 呪文書やローブなど装備は意識体へも引き継がれているが、そもそも、今回の相手は物理的な存在ではない。であれば、危険を冒してまで同行してもらうことはないと判断したのだ。


「確かに、エグはこの戦いが終わったら子供が生まれるから、置いてきて正解」

「地球へ来させたのは、失敗だったよなぁ。あと、まだそんな早くには産まれないみたいだぞ」


 少なくとも、ラーシアとヨナに関してはそう断言できる。それから、ヴァイナマリネンもだろうか。


「あきた」

「早速かよ」


 状況確認という名の雑談が終わり、また書架の間をひたすら移動することになった途端、ヨナが投げ出した。


 メンタルの強さや精神世界への適性で今のメンバーを選んだ判断に誤りはない。

 ただ、それでチームワークとか仲間の絆とか。そういう大事なものを捨ててしまったような不安に襲われる。


「婿殿、この先に何者かが待ち受けておるぞ」

「この世界だ。ろくなもんではなかろうな」


 ヴェルガの指摘を受けて、ユウトは意識を前方――定義すればそうなる――に向けた。

 その瞬間、ただひたすらに漆黒だった空間に白い部屋が産まれる。


 確かに、そこには人がいた。

 しかも、ユウトとヨナには見覚えがあるはずの人物。


「トリアーデ……ッッ」

「……なんだっけ?」

〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)のトップだよ」


 どんだけ関心ないんだと、ユウトは思わず叫んでしまった。


「〝虚無の帳〟……? おお、絶望の螺旋(レリウーリア)の信奉者どもであったか?」

「あの狂人の集団か」


 関係の薄い二人であればその程度の認識であれば良いだろうが、ヨナの他人への無関心振りは問題だ。やはり、学校に通わせるべきだろうと思いを新たにする。

 しかし、ユウトは忘れている。

 周りの子供たちにヨナが感化されるのと、ヨナが周囲の子供たちを巻き込むのと、どちらが可能性が高いかという問題を。


「これ見よがしに姿を現したということは、終着点への妨害ということであろうな」

「無視するわけにもいかないな」


 なぜ、どうしてトリアーデが出現したのか。

 その疑問を考えながら、しかし答えは出ずに白い部屋に到着する。


 白いというよりは、そこだけ漆黒をくりぬいたような空間。

 闇色のローブと仮面を身につけたトリアーデが一人、ユウトたちを迎え入れた。


「久しいな、人造勇者(チャンピオン)よ」


 否、トリアーデが待っていたのはユウトではなくヨナだった。正確には、ヨナではなく絶望の螺旋の人造勇者たる存在か。


 ある一柱の神から特別な祝福を受け、加護を授けられた存在を勇者と呼ぶ。

 神格によりその基準や人数はまちまちで、ヴァルトルーデすらヘレノニアからは勇者としては認められていない。


 希少性故に、絶望の螺旋を解き放つ核となり得ると、人工的に勇者を産み出そうと〝虚無の帳〟が研究を重ねる。

 その結果として産み出されたのが、人造勇者候補のヨナだった。


「全然、懐かしくない」


 嫌いというよりは興味がないと、ヨナは一蹴する。

 しかし、トリアーデに動じる様子はない。


「我が現れしは、我が意志に非ず。我は心の奥底に眠る記憶より産み出されし存在」


 狂える全知竜ダァル=ルカッシュがガーディアンとして作り出したのではない。ヨナの記憶から形作られたのだと主張するトリアーデ。


 それはつまり……。


「ヨナの中で、自分を作ったトリアーデの存在が大きかった?」


 当然だが、ヨナからトリアーデや〝虚無の帳〟への親しみなど一回も聞いたことが無い。培養槽から出てきた彼女の精神は、その髪や肌のように真っ白だったのだ。


 それでもなお。


 無意識に、その存在が心を占めていた。

 正か負か。あるいはそれが入り交じったものなのか。確かに、ヨナの心には創造主が息づいていたのだ。


「人造勇者よ、我がもとへ来たれ。この夢の領域は、我らが主の精神にもつながっている。であれば、覚醒を促すことができるは必定」


 その創造主が、絶望の螺旋の覚醒を。世界の破滅を仮面越しに語る。


「我が下にいるのは、貴様一人ではないぞ」


 トリアーデがローブをはためかせて腕を振る。

 意識せず、それに視線をやると、次の瞬間にはヨナが、いや、ヨナと同じ姿をしたものが、トリアーデの周囲に侍っていた。


 剣と鎧に身を固めたヨナ、呪文書を携えるヨナ、弓を構えるヨナ、聖印と法服を身につけたヨナ。

 様々なヨナのクローンがそこにいた。


「仲間とやらいう概念を大事にするのであれば、こちらにつくが本道であろう」

「ふぅん」


 なにか考えるかのように、ヨナが一言だけ口にする。


 実際、アルビノの少女は思考を巡らせていた。


 アルシアは、産まれてから初めて見た人間だ。刷り込みのように慕い、言うことを聞いてしまう。怖いけど、優しい。

 ヴァルトルーデは、立派だけどわりとダメになる友達。ユウトと早くどうにかなってほしい。後が詰まってる。

 ラーシアは、一番分かってる。以心伝心。

 エグは頼りになる。あと、でっかい。

 アカネは、美味しいものを作ってくれるけど、変な服を着せようとする。でも、料理は珍しくて美味しい。

 ユウトは、凄いいっぱい壊せる。でも、お金とかダメダメで手のかかる弟みたい。


 みんな、好き。


 では、あのトリアーデは? 同じ顔をした姉妹たちは?


「バカなの?」


 長い思考だったが、言葉にしたのはそれだけ。


「《サイクロニック・ブラスト》」


 仮面のトリアーデへ向け、ヨナが指を突きつけ精神力を解放した。

 精神のエネルギーが物理的な圧力さえ伴って風を巻き上げ、破壊の大渦を創造する。現実世界で発動するよりも、威力も迫力も段違い。トリアーデが、同じ顔をした姉妹たちが、無慈悲な破壊の爆発になすすべなく晒される。


 反撃も、悲鳴もない。


 問答無用。なんの関心もないと、ヨナは自らの過去を吹き飛ばした。

少年漫画なら次回も対戦が続きそうですが、トリアーデさんとヨナクローンの出番はこれにて終了です。

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