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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 5 天秤の世界 第二章 世界と刻をかける
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4.次元竜、再び

『ダァル=ルカッシュは、未知なる物を歓迎する』


 淡く、脈動するかのように光を放つ、漆黒の花崗岩でできたオベリスク。

 そのちょうど中心の辺りに、触手のようなものに覆われた虹色の髪の女性が、半ばめり込むように埋まっていた。


「これが、妾の領域を奪いし狂える全知竜かえ」

「なかなかの面構えではないか」


 憎々しげではとまではいかないが、ダァル=ルカッシュの端末を眼光鋭く見据える幼女となったヴェルガ。

 一方、ヴァイナマリネンは常人にはよく分からないポイントで感心する。


『だが、なぜ、どこから来たのか。それをダァル=ルカッシュが知り得ない。これは、あり得ない。故に、ダァル=ルカッシュの正気は保たれているのは皮肉としか言いようが無い』


 精神波が、オベリスクに相対する四人の頭に直接響く。

 全知竜にとって不可解極まりない状況だろうに、久々に狂気から脱したダァル=ルカッシュの心は、むしろ浮かれていた。


『天草勇人らの来訪は、一年半から二年の後に起こるはずだった。女帝ヴェルガ、大賢者ヴァイナマリネン、その両者との邂逅の確率は低く、また、同時に訪れるなどダァル=ルカッシュの知る限り起こりえない』

「ならば、全知竜との名乗りもその程度であったということであろ。なにをいぶかしがることがあろうか」


 幼きヴェルガが、淫靡な唇を嘲笑に歪めて決めつける。ユウトを偏愛していることからも分かるとおり、この女帝はただの賢人や善や正義に凝り固まった思考を唾棄する。


 行動と、それに伴う混沌を。

 力を、それを振るう意志を。


 つまり、人を愛しているのだ。たとえ、それが歪んだ愛だとしても、ヴェルガの心に恥じ入るべき点はひとつもない。


『だが、ダァル=ルカッシュにはもう時間が無い。ダァル=ルカッシュが再び狂気に飲まれる前に、退去することを薦める』

「まあ、そう急ぐなよ」


 次元竜ダァル=ルカッシュは、全知――すべてを知ることを欲し、オベリスクの魔力を使用して、その存在を遍在化させた。

 過去に現在に未来に。そして、あらゆる世界へ。


 しかし、その負荷に耐えきれず、ダァル=ルカッシュは狂った。


 狂気から脱するため、次元竜としての特性を活かし、次元境界線を歪めて別世界――地球の知識に触れようとし、だが、その深遠さ故に扱いきれず、ろくな対症療法にもならなかった。

 永劫山脈を、永劫密林と呼ばれる恐竜が闊歩する異境に変えてすら。


 ユウトやアカネという完全に未知であろう存在を前にしても、狂気から逃れられたのは短い時間でしかない。


 だから、ユウトはダァル=ルカッシュが知る世界の範囲を広げる方向での解決は早々に諦めていた。

 大体、地球とそれが属する宇宙のすべてを知られたら、それ以上の対策が無くなってしまう。


 ただし、時間稼ぎとしては有効だ。


「ヨナ、ちょっと持っててくれ」

「ん。りょーかい」


 ユウトが無限貯蔵のバッグから、黒いプランターに植えられた苗木を次々と取り出しては、ヨナに渡していく。

 アルビノの少女はそれを受け取ると、無造作に地面の上に置いていった。


『天草勇人、それは?』

「婿殿、それは?」


 ダァル=ルカッシュとヴェルガから同時に同じ反応が返ってきて、ユウトは密かに微笑みを浮かべた。


「桜の苗木だよ」

「サクラ?」

「どうも、こっちの世界には存在しない樹木らしいな」


 それに気付いたのは、ユウトが数年ブルーワーズで過ごしたにもかかわらず、桜を一切見かけなかったこと。

 ヴァイナマリネンから今回の計画を聞いている間に思い出し、多元大全で確認を取ったのだ。そこで、様々な種類の桜の苗木を集めて無限貯蔵のバッグへ収納した。


 薔薇はあるのに桜は存在しないのは不思議にも思えるが、地球にだってトカゲはいてもドラゴンはいない。そういうものだと、片付けるしかない問題だ。

 もしかしたら、世界のどこかに自生している桜はあるのかもしれないが、たとえば、園芸品種であるソメイヨシノが存在している可能性はゼロと言って良いはずだ。


 すべての苗木を出し終えた大魔術師(アーク・メイジ)が、今度は懐から革袋を取り出した。

 中には、手持ちが無かったので、苗木と一緒に真名を通して賢哲会議(ダニシュメンド)に都合してもらった、色とりどりの宝石たち。


「《大願(アンリミテッド)》」


 それを代償に発動させる、第九階梯の理術呪文。願いを現実にする魔法。


 ティラノサウルスのブロック肉を対価にして受け取った、約2億5000万円分の宝石を、ユウトは惜しみなく地下空間にばらまいた。


 苦労して得た物でもない。なら、派手に使ってしまって構わないだろう。


 ヨナが適当に並べた苗木が、光の粒子に変わった色とりどりの宝石に包まれる。幻想的な光に包まれたまま宙に浮かび、見る間に成木へと成長していった。

 そのまま地下空洞の周縁部に移動し、光が晴れる。


「ほう。美しい花であるな」

『ダァル=ルカッシュも同意する』


 一重咲き、八重咲き、段咲。純白、濃紅色、黄緑。大輪、中輪、小輪。

 種類も開花時期も違う様々な桜が勢揃いし、咲き誇る。現実にはあり得ない光景。

 どこからともなく風が吹き、花びらが舞い踊る。ヨナがそれを捕まえようと、小さな体を目一杯伸ばした。


「酒が欲しくなる光景だな」

『気に入った』

「それはなにより」


 ユウトとしても上手くいったと自画自賛したいところだが、これは手段であって目的ではない。


「じゃあ、ダァル=ルカッシュが正気を保てる間に説明をするぞ。と言っても、もう、大体分かってそうな気がするけどな」

「ユウト、めんどくさいから、さっさとやっちゃわない?」

「前も同じこと言ってたろ、堪え性がねえなぁ。後で、アルシア姐さんに説教してもらうぞ」

「告げ口は良くない」

「それは、正論よな」

「余所の教育方針に口出ししないでもらえますかね」


 冷たいことよのうとヴェルガが泣き崩れるが、当然無視だ。下手に関わると、今の幼い姿と相まって、致命的な約束でもしてしまいそうな予感がある。


「このブルーワーズと俺の故郷、地球との次元境界線の管理者になってもらいたくて、ここに来たんだ」

『その意向を諒とするのは、やぶさかではない。しかし、今のダァル=ルカッシュではその任に耐えられない』


 桜が咲き乱れる中、ユウトはオベリスクと同化した理知的な女性の顔をしたダァル=ルカッシュの端末へ話しかける。


「分かっている。でも、俺たちだって手段も無しにわざわざ刻と世界を越えてやってきたわけじゃない」

『刻を……』


 全知竜からの思念波が止まる。

 未知の情報を読み取ろうとしているのか。表情を変えることの無い虹色の髪をした女性の端末だが、なぜか楽しそうに見えた。

 長く全知の狂気と倦怠に包まれていたのだ。それも当然かも知れない。


 ほんの数分で、ユウトたちの計画を"識った"全知竜は、しかし、簡単には首肯しようとしなかった。


『理解した、天草勇人。上手くいけば、最上の結果が得られるだろう。同時に、それは危険度が高すぎるとダァル=ルカッシュは判断する。本来交わるべきではなかった世界なのだから、閉じるのが道理ではないか』

「それじゃ、俺の、俺たちの目的に合致しない」


 善意で言っているのは分かっている。


「この賢しらなドラゴンはうだうだと。そこの白いのの言うとおりではないか?」

「すべてを知る者は、地が砕ける心配もせねばならぬ」


 すべてが見える故に、可能性が極めて低い事象も含めて心配をしていることも分かっている。ユウトたちの目的――限定的とはいえブルーワーズと地球の交流――が果たされることで、どんな影響が出るか、ダァル=ルカッシュですら計り知れないというのも分かる。


 それでも。

 そして、だからこそ。


「ダァル=ルカッシュ、君の力が必要だ」


 ユウトは瞳と声に強い意志を込めて、全知竜ダァル=ルカッシュへ呼びかけた。

 ヨナの言うとおり無理やり進めてしまって、事後承諾を得るという手段だってある。けれど、ユウトはそうしたくはなかった。


 再び、風が吹いて桜の花びらが散る。

 結果として、沈黙は数秒だった。


『……諒解した。この罪を存在の消滅以外で贖うことができるのであれば、ダァル=ルカッシュとしても、無上の喜びであることに違いは無い』


 一瞬、思念が途切れる。

 再会した思念には、わずかに喜びと笑いが含まれていた。


『それに、定まらぬ未来こそ、ダァル=ルカッシュの欲していたもの』

「ありがとう! ヨナ、頼む!」


 時間は、あまり残されていない。

 感謝と指示を同時に出して、ユウトも呪文書を用意する。


「《マインド・ボンド》」


 待ちかねたとヨナが発動させた《マインド・ボンド》は、無貌太母コーエリレナトを百層迷宮へ送り返す際、マスドライバーの概念をヴェルガたちへ伝えるために使用した、精神を連結させる超能力(サイオニック・パワー)だ。


 この超能力でユウトとダァル=ルカッシュの精神を接続し、彼の記憶から別世界の全知竜にとって未知の知識を流し込み狂気を脱する――というわけではない。


「ヴェルガ、ジイさん。準備は良いな」

「婿殿に応える準備は常にできておるぞ」

「誰に尋ねておるか」


 頼もしすぎる返答に苦笑しつつ、ユウトは呪文書から9ページ分切り裂いた。桜吹雪を巻き起こしながらひとつになり、そこから更に四つの光球に分かたれる。


「《星幽体投射アストラル・プロジェクション》」


 星幽体。つまり人の精神を、肉体のくびきより解き放つ第九階梯の理術呪文。光球を受けた肉体から、そっくり同じ格好をした意識体が姿を現す。

 アカネがその場にいたなら「つまり幽体離脱?」と口にしていたかも知れない。


「ほう。妾の姿を外から見るとは、面白き体験よな」


 否、一人だけ肉体とは異なる姿の女帝がいた。

 燃えるような赤毛を揺らし、幼き我が身を見下ろす。そのヴェルガだけでなく全員に、意識体と肉体の間には銀糸がつながっていた。

 無限に伸び、行動を制限することも無いが、万が一切れてしまった場合には即座に肉体へと戻ってしまう。


「ずるい……」

「不正でもなんでもありはせぬわ」


 ヨナの言葉を即座に否定するが、不正をするつもりが無いということではない。


『ダァル=ルカッシュは、天草勇人らを受け入れる』


 その言葉と同時に、オベリスクが鳴動した。


 ユウトが考えた、全知竜を次元竜とする方法はシンプルだ。

 精神の存在となりダァル=ルカッシュの意識へ潜り、その中に巣くう狂気の元を強制的に排除する。


 ただ、それだけ。

 もっとも、それは巨大な大砲を作ればどんな城壁でも破壊できると言っているようなもの。誰にでも思いつくだろうが、実行できる人材は極めて稀。


 更に、それもまだ入り口に過ぎない。


 オベリスクが、更に鳴動を続ける。

 徐々に、全知竜ダァル=ルカッシュが、その竜の姿を現しつつあった。細長くシャープな体躯が虹色の鱗で覆われている。

 オベリスクにつながれ全身は露わになってはいないが、それだけに巨大さが分かった。


 意識体となった四人はためらうことなく、桜が咲き乱れる中、その全知竜ダァル=ルカッシュへと突き進んでいった。

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