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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 5 天秤の世界 第二章 世界と刻をかける
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3.帰還の刻

 久しぶりに足を踏み入れたその地は、やはり禍々しく悪の霊気で満ちていた。

 風は生暖かく。もっとはっきり言ってしまえば気持ち悪く、どこからともなく怨念のこもった呻き声を運んでくる。大地は堅く冷たく、生命の暖かさを拒絶する。

 かつて遠くに見えていたビルの明かりは壁によって遮られ光は届かず、外界は昼間にもかかわらず天は暗闇に覆われていた。


 無貌太母コーエリレナトの顕現により、奈落と化した空間。

 その非常識に耐えかね、世界が放棄した見捨てられた土地。


「でけえな、これ」


 その中心に、環状列石(ストーンサークル)がそびえ立っていた。

 ひとつひとつがエグザイルよりも大きく分厚い巨石を組み上げ、鳥居のような形になった組石が配置された外縁部。それよりもさらに大きな石をいくつも並べて円環を形成する内周部。

 イギリスから移築してきたと言われたら、信じてしまいそうな偉容だ。肯定されたら怖いので、絶対に聞きたくはないが。


「というか、これずっと前から準備してたろ」

「無骨であるが、ここまでの規模となると壮麗なものよの」


 白い善の魔術師であることを示すローブに、高校の制服。いつもの格好――つまり、戦闘服を身につけたユウトへ、ヴェルガが感心したように言う。


 今の彼女は、宣言したとおり元の姿に戻っていた。妖艶で、淫らで、そして美しい。

 二人の距離は、手を伸ばせばつなげるほど近く、決してそれが果たされぬほど遠かった。


「使い捨てだ。見た目を気にする必要など無いわ」


 これほどの儀式場を作り上げておきながら、ヴァイナマリネンはリサイクルを真っ向から否定した。

 だが、消耗品にせざるを得なかった理由もある。


 ブルーワーズと地球の間の次元境界線に横たわる時空の渦動。ユウトが提示した、それを突っ切るようにチューブ状の道を造るというイメージ。

 ただでさえ、全く異なる宇宙に依拠するふたつの世界をつなげるだけでも困難なのに、ただ移動するだけでは意味がない。

 そのため、ヴァイナマリネンはこの奈落にわだかまる悪の霊気をも利用する巨大な儀式焦点具を用意した。


 魔力を根こそぎかき集め、門を開き、ヴェルガが道を作る。


 それで、この場は魔力が一切存在しない絶魔領域と化すだろう。故に、使用回数は一回だけ。一緒に移動できる人数も限られる。


「俺の《星を翔る者インターステラ・ウォーカー》とは正反対の思想だな。今にして、ジイさんにダメ出しされた理由が心から理解できたぜ」


 外観だけなら今すぐ世界遺産に指定されても不思議はない巨石建造物を前にして、ユウトはしみじみと反省の言葉を口にする。


 全部やろうとするから破綻する。分割しろ、手助けを求めろ、優先順位を決めて切り捨てる覚悟をしろ。


 あの呪文の巻物(スクロール)を見せたとき、大賢者はそう言いたかったのだろう。完全に正論だと、苦笑しか出ない。


「よく分かんないけど、ユウトはすぐお金つかいまくるし、なんでも自分でやろうとするし、その割に人使いが荒いから。お世話が大変」


 アルビノの少女がユウトの背中を這い上りながら、そんな台詞を口にした。もちろん、辟易とではなくある種の使命感すら感じられる。

 言われている当人を除けば、実に微笑ましい光景だ。


「うむうむ。小僧は果報者だな」

「心の底から否定してぇ」

「それは、ムリ」

「どうでもいいから、とっとと別れを済ませてこい」

「……別に、今生の別れってわけじゃないんだが」


 両親とも別れは済ませている。もちろん、コロとも。特に愛犬との別れは断腸の思いだったが、連れていくわけにもいかない。

 そのため、ヴァイナマリネンの言う別れとは、いつもの仲間たちに対するものだ。


 今回は、次元門(ゲート)の制約もあり極少数で行くと決めていた。

 ブルーワーズへと赴くのは、ユウト、ヨナ、ヴァイナマリネン、ヴェルガのみ。ユウトが絶対の信頼を置くヴァルトルーデも連れていかない。


 ヨナを背負ったまま、見送りに来た彼女たちのもとへ歩み寄る。


師匠(せんせい)、よろしくお願いします」

「ああ。色々巻き込んじゃって悪かったな」

「そんなことないです!」


 アッシュブロンドのサイドテールを揺らし、慌てたようにペトラが否定する。

 最初は、「なぜ、私がこのメンバーの中に……」と違和感の拭えなかった彼女だが、地球での生活でアカネや真名との仲も深まり、貴重な日々を過ごせたと感じていた。


「真名にも、迷惑かけたな」

「本当です」


 はっきりと肯定し、鋭い瞳でユウトを見つめる。

 けれど、すぐに表情を和らげ、可憐な唇を微笑の形に変えた。


「色々ありましたが、楽しくはありました。常識が軽く崩壊しましたが。こんな、常識をあざ笑うような場所で言う台詞ではありませんけど」

「うん。色々ごめん」


 なんだかんだと頭が上がらない関係だが、こういうのも悪くない。たまに見失ってしまう常識を示してくれる羅針盤のようだ。


「勇人、なんか悪そうな顔してるわよ」


 そう、ちょっとほのぼのしていたら、幼なじみから不本意な指摘を受けてしまった。


「してねえよ。というわけで、ちょっと行ってくる」

「軽いわねぇ。もうちょっと、なんかないの?」

「別に、深刻になるようなことじゃないし」

「だいじょうぶ、アカネ。ユウトはしっかり守る」

「うん。ヨナちゃんがいるなら安心ね」

「俺の信用度はヨナ以下か……」


 ただ、ヨナがいてくれたお陰で気が軽くなったのは確か。

 だから、ヴァルトルーデとも平常心で向かい合うことができた。


「ユウト……」

「ヴァル……」


 二人の間に言葉は無い。

 ここに至るまでの一週間。ユウトとヨナだけがまず戻ることは、みんなで何度も話し合って決めたこと。


 それでも、ヴァルトルーデは魔法銀(ミスラル)の鎧に籠手と一体化した盾を装備し、討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを腰に差している。

 不測の事態が起これば、いつでも代われるように。


「まあ、ちょっと行ってくるよ」

「ああ。私たちは、待っているぞ」


 透明感のある笑顔で、ヴァルトルーデはユウトを送り出す。

 それとは対照的に、アルシアは心配顔。


「ユウトくん、本当に……」

「そんな顔をされると、困るんだけどな」


 頭を掻こう――としてヨナが邪魔で果たせず、中途半端に手を挙げた状態で固まってしまった。

 とりあえず、ヨナは背中から下ろしておく。


 アルシアが、こういう反応をするとは思ってもみなかった。


 たぶん、最近の彼女は弱くなっている。


 でも、それはきっと良いことだ。


「アルシア」

「え?」


 ユウトが名前を、名前だけを呼び、不意を打つかのようにして唇を奪った。柔らかく、甘い、いつまでも触れていたくなる唇。

 苦労して一瞬だけの接触に止め、何事も無かったかのように離れる。


 驚きに、アルシアが固まった。


「次は、アルシア姐さんから」

「もう……。知りません」


 背を向け、どこへでも行ってしまいなさいと拗ねる。だが、恥ずかしがっているだけで怒ってなどいないのは、誰の目にも明らか。


「ユウト、ナイス」


 傍らに立つヨナも讃えてくれたので、問題ないはずだ。もっとも、また背中をよじ登られたし、ヴァルトルーデやアカネの顔を見る勇気は無かったが。


 そのラーシアにエグザイルとは、目を合わせて手を打ち合わせるだけ。ただ、ラーシアとは身長の問題があり、エグザイルの怪力で打ち下ろされる掌には思わずバランスを崩してしまった。


「普通に喋った方が楽だった気がする」


 そんなぼやきを残して、ユウトは踵を返す。

 元々、ヨナを背負ったままなのだから、シリアスになりようがないのだ。


「英雄、色を好む。婿殿の世界のことわざ通りであるな」

「どっちでもねえよ」

「だいじょうぶ。ユウトはハーレム系だから」

「味方がいねぇなぁ」


 ヨナにまで裏切られて――アルビノの少女としては、色好みの方がチャンスが広がるから都合が良いというだけなのだが――少しふてくされながらも、ユウトはストーンサークルの中心へと移動を開始する。


 すでに、ヴァイナマリネンはいくつもの宝石を砕いて複雑な文様の魔法陣を描き、神話級ドラゴンの皮膜や《瞬間移動(テレポート)》などの巻物(スクロール)を灰にしたものといった貴重な素材を惜しみなく使用してその魔法陣を起動する準備を進めていた。

 残る成否は、ヴェルガの双肩にかかっている。


「いかがした、婿殿。妾をそのように見つめて。もしや、押し倒したくなったかえ?」

「俺をどういう人間だと思ってるんだ」

「妾はいつでもかまわぬのだが」

「いつでもは止めとけ。俺が心配する筋合いじゃないが」

「ほほう。確かに、安い女と思われるのは業腹であるな」

「そういう意味じゃないんだが」


 否定をしているのに、ヨナがぽかぽか頭を叩いてくる。だが、子供の前でする話ではなかったと、甘んじて受け入れた。


「では、始めるぞ」


 こちらの状態は斟酌せず、ヴァイナマリネンが佩剣を魔法陣の中心へと突き立てる。


 同時に、そこへと体が引き寄せられるような感覚に襲われた。

 周囲から魔力が集められ。否、もっと強引に奪われ、外縁部の鳥居のような組石群で渦巻き、撹拌、精錬され中心へと集まっていく。


「《覚醒(アウェイク)》」


 大賢者が魔剣を引き抜くと同時に、闇を身にまとったかのような赤毛の半神が秘跡(サクラメント)を発動した。


 目覚める。

 次元門が、異世界への扉が生まれた。


 文字通りの意味で。


 10メートルはあろうかという巨大な門。その頂点には黄金の冠が輝き、扉に当たる部分には切れ長の目が半月状の口が存在していた。

 背後で旅立ちを見守るヴァルトルーデたちからも、驚きが伝わってくる。


 その瞳は腰を折れぬ代わりに恭しく閉じられ、エグザイルでも丸呑みにできる口が厳かに開く。


「ご下命を、マイ・エンプレス」

次元竜(クロノス・ドラゴン)ダァル=ルカッシュのもとへ。次元の渦を貫通し、正しき時間軸にて踏破せよ」


 世界を渡るため悪の半神が選んだのは、次元門を使用して世界移動をする秘跡を発動する――ことではなかった。

 彼女は、次元門そのものを魔法生物として創造した。


 彼女がヴェルガであるが故に。


 使い捨て。この世界移動のためだけに生み出された限定された命であるにもかかわらず、この名も無き門の魔法生物は創造主に忠実だった。


「承知いたしました」


 姿に似合わぬ紳士的な声。

 それを発すると同時に、大きく扉が開く。


 そこで、ヴェルガは限界を迎えた。

 彼女の妖艶な肢体が光に包まれると、それが徐々に小さくなり、幼女の姿を取る。それだけなら、ユウトにとってはある意味で見慣れた姿。


 けれど、バランスを崩して倒れそうになったのは予想外。

 反射的にユウトが抱き留めようとして、背中から飛び降りたヨナが先行して背中を支える。


「おのれ、邪魔を」

「自分で立てるはず」

「ちっ」


 白と赤の幼女が、視線をぶつけ合う。

 妖女にならないよう、祈るばかりだ。


「征くぞ」


 そんな鞘当てには興味も関係もないと、大賢者は門をくぐるため歩き始める。


「なにがあるか分からないんだ。一緒に動けよ」


 義務教育で集団行動の大切さをたたき込まれているユウトが、ヴァイナマリネンの肩に手を置いて立ち止まらせると同時に、残った二人を手で招いた。


「妾も婿殿の背に乗ろうかのう」

「ゆるさない」


 どうにも、深刻さに欠ける。


(ある意味、いつも通りか)


 そんな感想を抱きながら、四人同時に門をくぐった。


 視界が虹色に彩られる。

 一瞬の酩酊感。

 それ以上は、なにもない。


 むしろ、いつもの《瞬間移動(テレポート)》よりも穏やかなほど。


 広大な地下空洞。サッカースタジアムが丸々ひとつ入りそうな空間。


 瞬間移動を抑制するダァル=ルカッシュの住処。

 オベリスクが存在する・・・・・・・・・・・その場所に、ユウトたちは姿を現した。

世界移動の際、ユウトだけ事故ではぐれてしまい過去へ飛ばされる。

寄る辺の無い過去世界で記憶を失った彼は、唯一憶えていたヴァイナマリネンという名を名乗り、百層迷宮に挑む。

そう、ヴァイナマリネンとユウトは同一人物だったのだ。



……というルートは、ループ好きの友人を喜ばすだけなので封印します。

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