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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 5 天秤の世界 第二章 世界と刻をかける
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2.大魔術師の計画(後)

「それは不可能だろう!」


次元竜(クロノス・ドラゴン)ダァル=ルカッシュを世界間の管理者とする』


 その言葉へ、真っ先に反応したのはヴァルトルーデだった。当然だ。他ならぬ彼女たち自身が全知竜と矛を交え、ユウトが死に追いやったのだから。


 しかも、絶望の螺旋(レリウーリア)に触れて完全に消滅した。アルシアでも、蘇生させることはできない。


「別の次元竜を探して協力してもらう……というわけじゃないんだよな?」


 それはユウトもよく分かっている。

 聞き間違えないだろうが、別の可能性を確認せずにはいられない。


「ワシも他の次元竜の居場所は分からん。探すことはできるだろうが――」

「説得もしなくちゃならないとなると、時間がかかりすぎるか」


 次元境界線もいつまで保つかは分からない。不確定要素がある以上、あまり悠長にはしていられないのだ。


「小僧なら、ワシの計画が分かるはずだぞ。なにせ、元凶(・・)だからな」


 面倒だから、そっちに聞け。

 そう言い捨てて、お茶請けの煎餅をかじる大賢者。

 傲慢にして無責任だが、不思議と不快感は憶えない。人徳、ではないだろうが。


「ユウト、どうなのだ?」

「なかなかに興味深い謎よの」


 地上における、善と悪の象徴から視線が注がれた。

 それだけでプレッシャーを感じてしまうが、見られても困る。


「そう言われても、心当たりなんて……」


 立て続けの無茶な要求。元凶と言われても、なにかやった憶えはない。


 ユウトは無意識に、すやすやと眠るヨナの白い髪を撫でていた。シャンプーやリンスが良いのか。それとも、アカネがなにかやったのか。絹糸のように滑らかで、触り心地が良い。


(待てよ、ヨナか……)


 不意に撫でる手が止まる。

 ヨナの小さな唇から不満の声が漏れ再開するが、意識は別のところにあった。


(なぜヨナが必要? なにをやらせるつもりだ?)


 どの超能力(サイオニックパワー)を使わせようというのか。《エナジー・バースト》のように、単純な超能力であればいくらでも代用が利く。


(そうなると……。いや、ちょっと待て。次元竜(・・・)?)


 論理的な筋道は無かった。少なくとも、ユウト本人は意識していない。けれど、様々な知識が統合され、ひとつの閃きを形成する。

 それは勘と呼ばれるものだった。


「過去に行くのか?」


 突飛な。

 けれど、これしかないという答え。


「落第は免れたといったところか」

「採点辛えな」


 言葉とは裏腹に、二人の大魔術師(アーク・メイジ)は人の悪そうな微笑を浮かべる。


「別に、その寝とる白い嬢ちゃんの《リウィンド》で過去に飛ぼうというわけではないわ」

「そりゃそうか。無理だよな。減点は、そこか」


 どうやら、間違った前提で答えにたどり着いてしまったようだ。結果オーライとしか言えない。


「うむ。時空のずれ。それを利用する」

「ずれ……。こっちとあっちで時間の進み方が違うっていうあれか。元々、そういう関係じゃなかったのか……」


 そうなると、元凶は確かに自分だろう。

 思わず、ユウトは納得してしまう。同時に、アカネから重大な情報を得ていたにもかかわらず、まったく気にしていなかったことを深く反省した。

 まあ、調べようもなかったのだが。


「俺の最初の転移。そこを基準にすると、一年半から二年弱のずれが生じているわけだ。つまり、そのずれが発生している要因を修正、あるいはそのずれに巻き込まれなければ、ブルーワーズへ戻った先では主観的な過去になる……と?」

「その通りよ。故に、ダァル=ルカッシュは生きておる」


 だが、その時点ではすでに狂える全知竜となっているはずだ。それをどうにかする手段として、ヨナの力が必要なのだろう。

 そう思考を進めるユウトの傍らで、頭上に疑問符を浮かべている聖女が一人。


「……どういうことだ?」


 ヴァルトルーデは首を傾げ、それでも二人の話についていこうと頭を働かせるが、まったく理解できていない。


「ダァル=ルカッシュが死ぬ前の時間に世界転移して、どうにかして正気に戻して、その後、次元境界線をどうにかしてもらうんだよ」

「そんなことが、本当にできるのか?」

「さてな。じゃが、この二人が、婿殿ができるというのであれば、そうなのであろ」

「当然よ」

「でもよ、ジイさん」


 限定的とはいえ過去改変。

 なんらかのデメリットや反動があるのではないか。ユウトはそう不安を覚えるが、再びヴァルトルーデが首を傾げる。


「アルサス王子を吸血鬼(ヴァンパイア)から引き戻した際には、なにもなかったではないか」

「……それもそうか。アルサス王子の黒歴史が増えたぐらいだな」


 あれは不幸な事件だったと、ユウトは瞑目した。止めを刺したのはラーシアとエグザイルだから、俺は悪くないと胸の中で言い訳しつつ。


「こう考えてみれば良い」


 ヴァイナマリネンが次の煎餅を豪快に噛み砕き、嚥下してから喋るために再度口を開く。


「今までほとんど関わりの無かった、ふたつの世界がある。それらが偶然接触することで、その間に渦のようなものが生じた。それは時に干渉し、遠ざける効果を持つ」

「その渦に巻き込まれたから、行き来するときに時間のずれが発生した。つまり、それが起こらないように世界移動すれば、生きたダァル=ルカッシュに遭遇できると」


 イメージであり、例え話。実態は異なる。

 けれど、イメージが重要なのが魔術でもあった。


「なるほどの。その転移に妾の力を必要とするわけじゃな」


 広縁から、先回りした女帝の淫猥な声が響く。


「俺の《星を翔る者インターステラ・ウォーカー》じゃ難しいよな。次元門(ゲート)でも開くか?」


 渦を突っ切るチューブみたいな感じでと、身振りを交えてユウトがイメージを伝える。


「ふうむ。じゃが、まずは妾が回復せねばいかんともしがたいのぅ」

「ちなみに、どうやったら元に戻るんだ?」

「そうよの、婿殿の口づけを――」

「どうせ、嘘なのだろう!?」

「くふふ。からかい甲斐がないのぅ」


 飼い主を守る忠犬のように、女帝を威嚇する聖堂騎士(パラディン)。仲良くなどできないのだから当然だが、話が進まない。


「だが、真であると言うたらいかがする?」

「なっ」


 がたんと座椅子を倒してヴァルトルーデが立ち上がる。その音と振動で、眠っていたヨナが不機嫌そうに声を上げた。


「許さぬ。許さぬが、万が一そんなことになっても、私たちで上書きしてやるぞ」

「はーい」


 寝ていた、寝ているはずのヨナが、絶妙なタイミングで寝言を発する。しかも、手まで挙げて。


「起きてるんじゃないだろうな?」

「…………」


 返事はない。だが、なんとなく笑っているように見える。

 追及しない方がいいだろう。今は。


「とりあえず、ヴェルガ。どれくらいでやれそうだ?」

「無貌太母の奈落に籠もり、一週間もあればどうにかなろう」

「それ、とっくに戻れてる計算じゃないか……」

「なんと無体なことを。こんなに面白き世界を見物もせずに籠もっておれと?」

「できれば……」


 実のところ、ヴァイナマリネンに引きずられて次元境界線の調査に付き合わされてもいたので、早期に力を取り戻すことはできなかったのだが。


 とにかく、タイムリミットは決まった。


「戻る算段は、ジイさんとヴェルガに任せて構わないな?」

「そのつもりだぞ。その代わり――」

「分かってる。狂える全知竜ダァル=ルカッシュを次元竜に戻す方法は、俺が考えるよ」


 まずは、短時間にせよあの全知竜を正気に保ってもらう必要がある。これには、ブルーワーズに存在しない文物を用意し、一時的にでも全知から解放しなくてはならない。


 問題はまだある。


 全知を自称したダァル=ルカッシュ。

 そのドラゴンが諦めた、正気に戻すという試みを成功させねばならない。


 その鍵は、ヨナの超能力にある。

 そしてそれは、全知竜が知り得なかった方法でもあるのだ。


 けれど、それは問題ないだろう。


 ユウト、ヴァイナマリネン、ヴェルガ。

 この三者が協力して事に臨むなど、揃って地球から帰還するためでしかあり得ない。


 それはつまり、ダァル=ルカッシュが知り得ない別世界の事象なのだから。


「なんだか、もの凄い無理難題に思えるのだが?」

「まったくだな」


 そう応じるユウトだが、悲壮感はどこにもない。

 笑ってさえいた。


「もう、考えがあるのか?」


 驚きと頼もしさと。

 普通は同時に憶えるはずがない感情が、彼女の胸に染み渡る。


「ああ。全知竜を次元竜にする方法は、見当がついてるよ」

「本当か? こんな短時間に?」

「元々、アイディアはあったからな。ダァル=ルカッシュに否定されて実行できなかったけど」

「さすがユウトだな」


 さすが“私たちの”ユウトだなと言外に所有権をにじませ、ヴァルトルーデは心から感心した。

 それはヴェルガも同じ。


「婿殿の神算鬼謀は健在であるな」

「的外れでなければいいがな」

「少しは信頼しろ、ジジイ」

「しとらんかったら、この話に混ぜとらんわ。それで、自信はあるんだろうな?」

「さあ、やってみないとね」


 やる気がないわけでも、かといって気負いもなく。

 あくまでも自然体で受け流す。


「ちょっと真名に準備してもらわなくちゃいけないんだけど、あっちにいた頃から気になってたことがあるんだよな。それで、たぶんいけると思う」


 ユウトは、淡々と請け負った。

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