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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 5 天秤の世界 第一章 異世界の休日
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9.休暇の終わり

「さて、二人がベッドで寝るってことでいいか?」


 食事も終え――バーベキューだった――後は寝るだけとなり、部屋に戻ったユウトは、部屋の隅で浴衣を着て音楽を聴いている二人に問いかけた。


「ん? なに?」

「いや、二人がベッドを使うよな?」


 賢哲会議(ダニシュメンド)の施設といっても、部屋は一般的なホテルとそう違いが無い。

 ユウトたち三人が割り振られたのは和洋室という、洋室のベッドルームと和室が併設された部屋だった。

 豪華さという意味では今まで使っていたスイートルームに数段劣るが、冒険者生活が長い彼らにとってはなんの問題も無い。むしろ、精神的には過ごしやすいぐらいだ。


 しかし、草原の種族(マグナー)岩巨人(ジャールート)が携帯音楽プレイヤーを使用している図というのは、なんとも言えず味わい深い。


「なに聞いてるんだ、二人とも」

「なにって。よく知らない」

「だが、こちらの曲は魂に響くな」


 イヤホンを外しながらそんなことを言う二人のもとに近づき、ロックでも聞いてるのかと思いつつ、外したそれを耳に挿す。


「これは……」


 演歌だった。しかも、こてこての。どこで手に入れたのか、どこで知ったのか。そもそも、いつの間に携帯音楽プレイヤーという疑問もあったのか、それですべて吹き飛んだ。

 念のため、ラーシアの分も聞いてみるが、同じだった。


「なんていうか、こう、未来の音楽って感じがするね」

「歌詞の意味は、朧気にしか分からんがな」


 ブルーワーズで音楽と言えば、クラシックに近い宮廷音楽か吟遊詩人(バード)の歌。それに、収穫祭で演奏されるノリとリズムだけの曲ぐらいのもの。

 そういう環境であれば、演歌でもエッジに聞こえるのかも知れない。


「まあ、気に入ったんなら良いけどよ……」

「それで、なんの用?」

「ああ……。俺が和室で寝るから、二人はあっちのベッド使えよ」

「やだ。床で寝てみたい」

「物好きな」

「オレも、こっちがいいな」

「おっさんまで?」


 ラーシアは怖いもの見たさと珍しさだろうが、エグザイルにはちゃんとした理由がありそうだ。そう考えたユウトは、岩巨人に事情を聞く。


「ん? オレの体では小さすぎるだろう」

「……確かに」


 どうやら特別に用意してくれたようで、エグザイルでもなんとか着れる浴衣は用意されていたのだが、ベッドまでは無理だった。


「無理やりベッドをくっつければいけるかも知れないけど」

「それなら、布団だけ何枚か敷いた方が早いだろう」

「なるほど」

「というわけで、ベッドルームはユウトだけってことで。誰か連れ込んでも、ボクらは気にしないよ」


 ラーシアが、いたずらっ子のように笑う。

 釣られて、ユウトも笑う。


 二人で、指を指して笑い合う。


 ユウトが、無言でラーシアの頭を叩いた。


「ひっでー」

「自業自得だ」

「今のは、ラーシアが悪いぞ」


 さすがに見過ごせないと思ったのか、エグザイルがラーシアをいさめる。


「ユウトがそんなことをするわけないだろう」

「そうだそうだ」

「来させるんじゃなくて、自分から行けば良いんだからな」

「そっかー」

「なにこの、もてあそばれてる感」


 旅先で変な解放感でもあるのか。いつもよりノリが軽い。


「まあ、夫婦なら当然のことだ。うちも、そろそろ産まれるしな」

「ああ、そうなんだ。それはおめでとう」

「跡取りかー。これで部族も安泰だね」


 だから、その告白も、一瞬聞き流しそうになってしまって。


「えええええええええええっっっっっっ!?」

「どーいうことーーーー!?」

「声が大きいぞ」

「おっさん、マジかよ?」

「なにそれ、初耳なんだけど。新情報なんだけど」

「スアルムも早く欲しがっていたしな」

「そうなんだ……」


 言われてみれば当然なのだろうが、やはり突然で驚いてしまう。その波が引くと、今まで黙っていたのは、自分の悩みのせいだったのではないかという疑惑が頭をもたげる。

 いや、それで正解なのだろう。


「まあ、おめでとうだよな。とりあえず、戻ったらなんかお祝いしないと」

「おめでとう。でも、エリザーベトに知られたら、どうしよう……」

「悪いが、ラーシア。そこは諦めてくれ」


 一時の恐慌から脱したユウトたちは祝福をの言葉を口にするが、変に盛り上がったためか、まだ頬が熱い。


「少し、外に出てくる」


 夜風に当たろう。

 というよりは、もう少し冷静になろう。


「先に寝てて良いから」


 そう言って、ユウトは親友二人を置いて部屋から出ていった。





「外に出たのは、失敗だったか……」


 砂浜に出たユウトは、早速後悔をしていた。いや、建物から出た瞬間に、後悔は既にしていたのだが。


 暦の上で八月は過ぎていても、夏の暑さは一向に収まる気配がない。夜になって、より一層の蒸し暑さがじりじりと彼の体力を削っていく。風でもあればましなのだろうが、完全に凪いでそれも期待できない。波の音と海の香りだけが、酷暑を和らげてくれる。

 これでは、昼間はあんなに盛り上がった砂浜に誰もいない物悲しさなど感じる余裕もなかった。


 結局、空調の利いた室内が一番だ。


 そんな身も蓋もない結論を出し、かといって出てすぐには戻れないとどうでもいい葛藤を繰り広げていたところ――


「ユウト」


 夏の海で、浴衣を着た女神に出会った。


「ヴァル、奇遇だな」


 なんの変哲もない。旅館ならどこにでもある、白地に紺色で植物の模様を描いた浴衣。

 にもかかわらず、ヴァルトルーデがそれを身につけたというだけで、もう目を背けることができなくなる。


 わずかに覗く、うなじ、繊手、くるぶし。

 ショートカットを上げてピンで止めた髪型は、普段の清純で気高い彼女の印象をそのままに、匂い立つような色香も付加することに成功していた。


「うむ。アカネが化粧講座を始めたので、逃げてきた」

「逃げることはないだろう」

「そうは言うがな、『男は化粧なんてしなくていいと言うけど、それは無理。でも、そんな好みに合わせるため、化粧をするのと同じぐらい時間と手間をかけて綺麗を作れることはできるわ。そして、ここに完全なすっぴんで完璧に可愛い人がいます』などと言われては、居心地が悪いにもほどがあるぞ」


 怒っているわけではなさそうだが、その扱いには同情してしまう……のは、女の子の大変さを理解していないからなのだろう。


「そういや、うちの母さんが出かけるときの準備も時間かかってたよな。それは、そういうことなのか」

「私は、なにもしていないというのに」

「だからなんじゃないかなぁ」


 そんな話をしながら、二人は連れだって砂浜を歩く。

 こんな格好で座るのはどうかと思ったからであって、波の音をBGMにデートをしたかったからではない――はずだ。


 二人の距離が時折近づき、不意に離れる。


 そんなことを繰り返しながら、けれど帰ろうとはしなかった。


「そういや、浴衣を着て大丈夫か? 苦しかったりしない?」

「やや心許ないが、問題ない」


 水面に映る月のように神秘的で、それでありながら手を伸ばせば届く場所にいるヴァルトルーデ。しかも、届かせられるのは自分だけだ。

 彼女は誰のものでもない。


 それは分かっていても、独占欲が満たされる。その優越感に抵抗するのは難しかった。


「そういえば、エグザイルのおっさんのところに子供が産まれるらしい」

「本当か!?」

「さっき、本人から聞いた」


 驚きに、ヴァルトルーデは思わず立ち止まる。二歩ほど先行してからユウトも歩みを止め、振り返った。


「黙っているとは、みずくさい……。しかし、そうか……」


 色々と、思うところがあるのだろう。おとがいを上げて夜空を見上げ、感慨深そうに目を瞑った。


「次は、私たち……か?」

「あ、ああ……」


 どうも、この方面ではヴァルトルーデやアルシアの後塵を拝することが多い。ブルーワーズと日本の環境の違い。そう言ってしまえばそれまでだが、いつまでも日本の常識で考えてはいけないのだろう。


(俺も、しっかりしないとな)


 そう決意するものの、懸案があった。


「だが、まずは帰らねばならん」

「……同じことを考えてたよ」


 嬉しそうに微笑み、ユウトの世界で最も大切な人が砂浜でスキップして、二人の距離を一気に縮める。


「本当に、いいのだな?」


 アルシアかアカネから聞いたのか。それとも、自ら答えにたどり着いたのか。

 ユウトの悩みを決断を、改めて問いただす。


「もう決めたよ。俺はブルーワーズで生きる」

「そうか……」


 断言するユウトに背を向けて、か細い声で応じる。


「ユウト。私はな、嬉しいんだ」


 振り返って、そう喜びを言葉にする。けれど表情は硬く、今にも泣き出してしまいそうだった。


「ユウトが私を、私たちを、私たちの世界を選んでくれて、本当に嬉しいんだ」

「当然だろ。ヴァルが気に病むことなんてない」

「だが、ユウト。私はなにができるだろう?」

「ヴァル……」

「故郷を、普通の生き方を捨てさせてしまったユウトに、私はなにができるだろう?」


 鬼気迫るヴァルトルーデの告白に、ユウトはたじろいでしまう。

 しかし、それは一瞬。


 生真面目な彼女を包み込むような微笑みを浮かべ、言の葉を紡いだ。


「なら、俺を幸せにしてくれ」

「ユウト……?」

「俺が地球よりもブルーワーズを選んだことを後悔しないよう。選んで良かったと思えるよう、幸せにしてくれ」


 ヴァルトルーデは笑った。

 泣き出しそうな表情で、けれど嬉しくて笑った。 


「代わりと言っちゃなんだけど、俺もヴァルを幸せにするから」


 素直な気持ちを言葉にする。


「ユウト……ッッ」


 これ以上の言葉は不要だった。


 月光が二人を照らす。

 波の音が、二人を祝福する。


 影がひとつに重なる。


「話はまとまったな」


 突如鳴り響く大音声。

 ぱっと弾かれたように離れる二人。


 声がした方向を仰ぎ見ると、砂浜へと降りる階段に、厳つい禿頭の老人が、髭をなでながら佇んでいた。


「ジイさん!?」

「ヴァイナマリネン!?」


 大賢者、叡智の守護者。そして、傍若無人な老人。

 なぜここにいるのか、ヴァルトルーデのみならずユウトの思考まで停止する。見られていたという羞恥心も、どこかへ吹き飛んでいた。


「あの白い嬢ちゃんを連れて、ワシの部屋まで来い」

「ジイさんの部屋?」

「なんだ、知らなかったのか!」

「なにをだよ?」


 いちいち大声で言うヴァイナマリネンに顔をしかめながら、ユウトは聞き返した。


「ワシらも、同じ場所で泊まっとるぞ」

「聞いてねえよ!」

「今聞いたな。ブルーワーズへ戻る算段をつけるぞ」


 そう一方的に言い捨てて、大賢者は踵を返す。

 その後ろ姿――今になって気付いたが、浴衣姿だ――を呆然と見送りながら、ユウトはつぶやく。


「夏休みも、終わりか」


 遊ぼうと思えば、いくらでも。それこそ、ずっとそうすることもできただろう。

 けれど、ユウトは笑っていた。


 休暇は終わる。

 だが、これから始まるのだ。

これにて、Ep5の第一章は終了です。

なお、Ep4と同様、Ep5も全二章構成となります。

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