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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 5 天秤の世界 第一章 異世界の休日
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7.狂乱滞在日記(中)

 貸し切りのマイクロバスは電気街を離れ、海を目指して高速道路を進んでいた。

 二時間程度で観光を終え次の目的地に移動することになったのは、「一撃離脱。午前中で用事を終わらせて帰るものよ」というアカネの持論に依る。


 長時間いたら、猥雑さを気に入ったラーシアがなにをしでかすか分からなかったので、ユウトとしても反対する理由が無かった。


「この分なら、一時間ぐらいで到着しそうですね」


 スケジュール管理を行なっている真名が、密かに満足そうにうなずく。スポーティーなファッションもあり、運動部の女子マネージャーという雰囲気もある。


「馬車よりも速くて、輸送量も多く、休ませる必要も無い。やはり、この自動車というのは凄まじいな」

「ガソリンが無いと詰むけどな」

「飼い葉や水がなければ、馬も走れん」


 エグザイルのもっともな指摘に、ユウトは素直に負けを認めた。


「なにを言ってるか分からんが、とにかく便利ということだな」


 冒険者として色々と耐性のあるヴァルトルーデたちも、時速100km近くで移動する乗り物など初めて。

 しかも、振動も――馬車などに比べれば――それほど感じない。座席もクッションが利いていて、エアコンもあり快適。


「《テレポーテーション》した方が早いし」

「ヨナ、そこで対抗する必要はありませんよ」


 隣で口を尖らせるアルビノの少女の頭を撫で、アルシアはこてんと倒して膝に頭を乗せてやる。慈母のような微笑みだ。


「アルシアさん、ちょっと表情が柔らかくなった気がするわね」

「失礼ながら、私もそう思います」


 アカネが指摘し、ペトラが控えめに賛同する。

 ただし、アカネには、これでユウトに真っ正面から向き合えたら完璧なのにという、エクスキューズも込みだった。


「そうか? アルシアは昔から優しいぞ」

「ヴァルは、鈍いのか鋭いのか分からんな」

「私にもどちらか分かりませんが、センパイに言われる筋合いが無いことだけは分かります」

「……俺には、その罵倒の意味が分からない」

「いやぁ、ボクは適切だと思うけどねー」


 見回しても、ユウトの味方はいない。

 ラーシアが敵に回るのはよくあることだが、エグザイルまで熱心にうなずかれたのは正直、ショックだった。


「ああ、そろそろ海が見えるんじゃないか?」

「ごまかした。ずるい」

「大人だからな!」

「じー」


 ヨナのイノセントな指摘と視線に抗しきれず、お菓子でも開けてご機嫌を取ろうかと考え始めた時、誰からともなく歓声が上がる。


 窓ガラスの先、景色の遠くに青く輝く海が見えた。


 ブルーワーズでは、みんな何度も見ているはずだが、やはり異世界の海は別のようだった。





「さあ、エグ。一緒に泳ぎに行こうか」

「ふむ。オレは力任せにしか泳げんぞ」

「待てって。女性陣の着替えがまだだろ」


 海――正確には、無人島の砂浜――でビーチパラソルやレジャーシートの設置を終えた男たちは、先に着替えを終えた特権を利用して海に入ろうとしていた。


 ある港でマイクロバスから降り、レジャーボートに乗り換えて連れてこられたこの島。

 賢哲会議(ダニシュメンド)が所有する島で、職員の福利厚生や会議に使用するための設備がある。

 ついでなのかは分からないが、海水浴もできる海岸も整備されていて、今日はユウトたちの貸し切りだ。

 そのため、《変装(ディスガイズ)》の呪文もかけ直ししていない。


「なに言ってんのさ。ほぼ、ユウトへ見せるための着替えなのに、ボクらがいても意味ないじゃん」

「そうだ。オレたちはどうするんだ」

「そんなことはないと思うけどなー。あと、どうもしなくて良い。普通で」


 反論の声は、長いが弱々しい。

 一方、エグザイルは迷彩柄の七分丈カーゴパンツ、ラーシアはネイビーブルーのハーフパンツタイプの水着で、海に入る気満々だ。


「まあ待て二人とも。まずはしっかり準備運動だ。ストレッチして、砂浜を走ろう」

「往生際が悪いなぁ」

「お待たせっ」


 そうこうしている間に女性陣が着替えを終え、揃って登場した。


「お、おう」


 ユウトは振り返り、目の前に広がる光景に思わず言葉を失う。その間に、親友であり戦友である二人は海に入ってしまったが、気にしていられる余裕は無い。


「ゆ、ユウト。あまり見るな」

「そう言われても……」


 頬を染め、視線を落とすヴァルトルーデはパーカーを肩からかけていた。そのため全貌は明らかではないが、ビキニタイプのようだ。

 いやそれよりも、恥ずかしそうにパーカーの裾をにぎってもじもじしているその姿を見られただけで、ユウトは夏という季節に感謝しそうになる。


「さあ。隠していられるのもそこまでよ。ヨナちゃん」

「らじゃー」


 見つめ合う二人を余所に、アカネとヨナの二人が協力して砂浜に降り立った聖堂騎士(パラディン)から上着をはぎ取ってしまった。


「うう……。こ、これは露出が激し過ぎるだろう」

「着てから言っても遅いわよ」

「他に無かったではないか」


 分かっていても意外――というべきか、ビキニタイプの水着だった。


 上下はピンク色で揃えられ、トップスはフリルが三段になっていてとても可愛らしい。もちろんヴァルトルーデの方が可愛いとユウトは確信しているが、それはそれこれはこれ。

 ボトムスの横のリボンも、印象的だ。


 フリルで飾っているのは、控えめな膨らみをカバーするという意味もあるのだが、これはわざわざ言う必要は無いだろう。


「勇人、どうよ?」

「よろしいと思います」

「ん。素直で良いわ」


 満足げなアカネだったが、彼女もやや思い切った格好だ。

 黒いワンピースタイプの水着なのだが、胸元がざっくりV字に切れていて、大胆に豊かな胸の一部を陽光と視線にさらしている。


「ふっ」

「勝ち誇られた……」

「じゃあ、私の負けなの?」

「いや、勝ったのは農民だ……」


 缶詰になっている間にみんなで一緒に見た、古い映画の台詞が無意識に出ていた。わけがわからないが、そういうことだ。


 そんな理性が危うくなって注意力も散漫になったユウトへ近づく影。

 ヴァルトルーデから奪ったパーカーを放り投げながら、ヨナがいつものように飛びつき、よじ登り、強制的に肩車をする。


 アルビノの少女の水着はティアードワンピースタイプで、ヴァルトルーデのビキニよりもフリルが多く、カラフルだ。

 それが病的にまで白いヨナの肌と美しいコントラストを描く。


 ただそれは肩車しているため、肝心のユウトからは見えないのだが。


「ユウト、ふけつ」

「くっ。そうか、そうだな。大丈夫だ。もう、正気に戻った」

「なにを言ってるのよ、勇人。まだアルシアさんを残してるのよ。この意味が分かるわね?」

「私は結構ですから……」


 ヴァルトルーデ同様パーカーで体を隠していたアルシアが、そそくさとビーチパラソルのもとへ移動するが、それを許すアカネではない。


「アルシア、往生際が悪いぞ」

「ヴァルまで」

「あの時、誓っただろう。死ぬ時は一緒だと」

「死ぬほど恥ずかしいのであれば、逃げても良いと思いますよ……」


 幼なじみの裏切りも、婚約者の大魔術師(アーク・メイジ)からの期待の感情と視線に比べれば大したものではない。


 大きく息を吐いてから、アルシアは白い上着を自ら脱ぎ捨てた。


 普段は法衣に隠された白い肌。あの日ユウトへ晒してしまった手足。

 その豊満な胸元を覆うのは、肩紐のない筒状のバンドゥタイプのトップス。ライトイエローのビキニは、嫌と言うほどそこを強調する。


(バスタオルの下は、ああなっていたのか……)


 下半身はパレオで隠されているが、それもまた悪くない。

 身近な女性のあられもない姿に、心臓が早鐘を打つ。頬が、夏の日差し以外の要因で熱くなってくる。


「うう。師匠(せんせい)が……」

「ペトラさんもあちら側に行きたかったんですか?」

「自信が……」


 同性から見ればスマートで羨ましがられるペトラの肢体も、アカネやアルシアと比べれば。いや、実物を前にすると比べるのもおこがましく思えてしまう。


 そのためか、やや遅れてやってきたペトラと真名は、かなり大人しめな格好。

 レジャー用ではなくフィットネス用の水着だが、実用的なわりには花柄の少し可愛い感じのデザインで、アカネも認めてしまった。

 本気で可愛い水着を勧めて、ライバルを増やす必要は無いと冷静になった可能性もある。


 真名は、早くもアカネの制御法を学んだらしい。その事実をユウトが知ったら、実に頼りになる後輩だと感心したことだろう。


「ユウト、ふけつ」

「くっ。うん。みんな似合ってる。じゃあ、そろそろ海に入ろう。時間も、あんまりないからな」

「それはそれでどうなのよ……」

「ユウト……」

「ユウトくん……」


 露骨にされるのも嫌だが、そんな風に流されるのはもっと嫌だ。

 そんな乙女心に翻弄されるユウトを、海上から草原の種族(マグナー)がニヤニヤと眺める。


「あっ、もしかしたらこのタイミングでユウトに魔法の短杖(マジック・ワンド)で《火球(ファイアボール)》撃ち込んでおくべきだった?」

「やめとけ、ユウト以外も巻き込むぞ」


 岩巨人(ジャールート)のお陰で、ユウトは爆発を免れた。






「ふむ。むしろ、波がなかなか面白いな」

「忘れてたわ、ヴァルのフィジカルエリートっぷりを……」


 ブルーワーズには海水浴の習慣など無いため、川や泉での水泳経験が精々。

 そのため、ユウトが基本的な泳ぎ方をレクチャーしていたのだが、クロールも平泳ぎもあっさりマスターしてしまった。


 元サッカー部のユウトも、平均から見れば身体能力が劣っているわけではない。だが、当然ながら上には上がいて、その頂点に位置する人間が身近に存在していた。


「よし。ひとつ、どこまで行けるか確かめよう」


 浅瀬に戻ったヴァルトルーデが、ユウトに背を向け沖の方を見る。フリルで飾られた水着と、覆うものが無い背中。後ろ姿だけでも、充分だ。

 いや、やはり、そんなことはない。


「あの船まで行ってみるとするか」


 ただちょっと、離れるだけ。

 にもかかわらず、離れていくヴァルトルーデを引き留めたくて仕方がない。誰にも見られていないからと、表情に出ていたかも知れなかった。


「……気をつけてな」


 水遊びに飽きたエグザイルは釣りに興じることにし、プレジャーボートを沖に出してもらっていた。

 あの岩巨人ならカジキマグロでも自力で釣り上げられるだろうが、残念ながら、この辺りにはいないようだ。


 その船を目指して、ユウトの婚約者は泳ぎ出す。人魚姫を連想する優美さと、水泳選手のような力強さが同居するフォーム。

 だが、いつまでも見送っているわけにもいかない。


 踵を返して、砂浜に戻りパラソルの下で寝そべるアカネのもとへ移動する。


「泳ぐのに夢中で一時的に羞恥心を忘れたヴァルも、それはそれでありだな……とか思ってるでしょ?」

「思ってはいないけど、水着とか着る習慣の無いヴァルたちに説明してコーディネートまでしてくれた朱音には頭が下がる」

「いいのよ。好きでやってるんだから」


 そう言って上目遣いの視線を向けるアカネの頭をぽんぽんと撫でてやる。

 エグザイルは船の上、ヴァルトルーデは遠泳。ヨナとアルシアたちは波打ち際で遊んでおり、真名は生来の面倒見の良さで、泳げないペトラの練習に付き合っていた。

 ラーシアの姿は見えないが、まさか見られていることはないだろう。


「うん。よしよし。でも、これを私たち以外にやったら犯罪だからね?」

「やれねーよ」


 分かればよろしいとアカネはうなずき、ふと表情を真剣なものに改める。


「それで、ユウトの悩みは解決したの?」

「アルシア姐さんからは、聞いてない?」

「ユウトくんが自分で話してくれるでしょって」

「う~ん」


 正直に言えば、今更説明するのは恥ずかしい。けれど、心配をかけたようだし、言わないわけにもいかなかった。


「ヴェルガから、別にブルーワーズへ戻らずに地球で暮らしても構わないだろうって。なんで、戻るのが当たり前になってるんだって、言われてな」

「ああ、なるほど。確かに一理ある……ってことは、相当性質悪いわね」


 胸元に指を入れて水着を直しつつ、アカネが吐き捨てる。


「ちゃんと答えは出したよ、俺はブルーワーズに戻る」

「ふうん。それで?」

「一緒に来てくれるよな」

「当たり前じゃない。残れって言われたら――」

「殴られてた?」

「キスしてたわ」

「ちょっと悩むな」


 そうして二人は笑い合った。


「さて、気になるところも確認したし、私も泳いでこようかしら」

「俺も――」

「勇人は、ここでお留守番。ヨナちゃん、今度は私と遊びましょ」


 ユウトに有無を言わせずアカネは走り出し、水辺のヨナへと駆け寄った。その時、アルシアと二言三言話し、入れ替わりにこちらへやってくる。


「お邪魔するわね」

「は、はい」


 バスタオルで隠していたあの時よりも、当然、今の方が露出が高い。アルシアが胸を強調するビキニとか、どういうことなのか。アカネを褒めちぎりたい。

 それでも、あの二人きりだった時よりも、今の方がリラックスして接することができるのは、精神的な余裕が生まれたためか。


「ごめんなさいね、なんだか意識してしまって……」

「こっちこそ、軽率な発言を重ねたように思います」


 水着姿で頭を下げ合う二人。


 あまりにも奇妙な光景だ。

 二人もそれに気付いたのだろう。同時に顔を上げ苦笑する。


「なんというか、私が無防備というか先入観に囚われていたというか。つまり、なにが言いたいかというと、覚悟は決めたわ」

「俺の方は、プロポーズの時に決まってた……とも言えないんだよな」


 アルシアとの関係は、少し急ぎすぎていたのかも知れない。

 けれど、その足並みもやっと揃えることができた。ある意味ではヴェルガのお陰と言えなくもない。


(絶対に、感謝なんかしないけどな)


「だから、私のことを性的な視線で見ても大丈夫よ」

「いや、そう言われると気後れするんだけど……」


 しかし、許可が出たと考えることもできなくもない。


「でも、今はラーシアがいるから、それ以上はだめよ」

「ラーシア?」

「バレてたかぁ」


 ユウトの目の前で、砂が立ち上がる。

 それはもちろん、比喩であり、無機物が起立するはずもない。単純に、砂の中に潜ってこちらを窺っていたというだけだ。


「なにやってんだよ……」

「それはこっちのセリフだよ。いちゃいちゃいちゃいちゃし出したらからかってやろうって待機してたのに、なんで真面目な話ばっかりなんだよ。ボクを窒息死させるつもりなの!?」

「とりあえず、真紅の眼帯でしか見破れない隠れ方をしている時点で、重罪ですよ?」

「逃げるッ」

「待てよ」


 脱兎の如く走り去る草原の種族。慌てて追いかけようとしたが、なんで砂浜で追いかけっこするカップルみたいな真似をラーシアとやんなくちゃいけないんだと、一瞬でやる気が失せてしまった。


「とりあえず、普通に遊ぼう」


 よく考えたら、ヴァルトルーデの泳ぎの練習に付き合った他は、海に入っていない。


「アルシア姐さん、行きましょう」

「……喜んで」


 ユウトの手を取って立ち上がったアルシアは、ヨナとアカネに合流する。

 ある程度、泳ぎを憶えたペトラも加わり、そのまま一時間ほど海水浴を楽しんだ。

 ちなみに、定番であるスイカ割りの用意もあったのだが、聖堂騎士(パラディン)の少女が、どれだけ平衡感覚を失わせても正確に位置を特定し真っ二つにしてしまったため、別の盛り上がり方になってしまった。


 日が傾いてきた頃、そろそろ島の中央にある宿泊施設へと移動しようという運びになる。

 荷物を無限貯蔵のバッグへ放り込んでいる時、真名がふと思い出したように言った。


「宿泊施設には、温泉もありますよ。露天風呂です」

「温泉……」


 それは、誰のリアクションだったか。

 ユウトだったかも知れないし、ユウトだけでは無かったようにも思える。


 世間では既に夏休みは終わっていたが、この旅行は、まだ終わらない。

スイカ割りこぼれ話


ラーシア「これ知ってる。頭の上に乗っけて、それを矢で射れば良いんだよね?」

ユウト 「的でけえよ。頭の上に乗っからねえよ」

ヨナ  「超能力で持ち上げる?」

ユウト 「主旨変わってるよ!」

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[一言] 電気自動車ならリペアできそう
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