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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 5 天秤の世界 第一章 異世界の休日
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6.狂乱滞在日記(前)

「へえー。ここが噂の聖地かぁ」

「まがまがしいオーラを感じる」

「聖も魔も感じぬが……」


 マイクロバスから降りて街並みを一目見た途端テンションが上がったラーシアとヨナへ、正しいが空気の読めない言葉で困惑を表すヴァルトルーデ。


 まだ人影もまだらな午前中だが、それはブルーワーズの基準。

 市でも開かれているのような人波が、止めどなく流れていく。


「この眼帯では把握しきれないほど巨大な建物が、無数にあるわね」

「人も多いです……」


 ブルーワーズ最大の都市フォリオ=ファリナ。生まれも育ちもその大都市だったペトラでも、この人混みと街並みは驚きだった。

 怯えたように後ずさる彼女を、続けてバスから降りてきた真名が元気づけるように肩を叩く。


「問題ありません。死ぬほどではありませんから」

「死ぬほどの人混みもあるんですか!?」

「無くもないから困る」

「夏冬の戦場に比べたら、この程度は人混みの内にも入らないわよ」


 ユウトとアカネの、フォローなのかそうでないのか微妙な言葉。

 二人としては、そんなことよりも、最後のエグザイルがちゃんと出てこられるのか心配でならない。


「むンッ」


 気合いの声と同時に両手両足を縮ませて、強引に出入り口を通ろうとする岩巨人(ジャールート)。乗る時には入れたのだから出ることも可能なはずだが、ボトルシップから船を出すような不可能事に思える。


「ぐむむ……だあァッ」


 巨体を斜めにし、無理やり入り込むようにしてエグザイルが抜け出した。


「そういや、ダンジョンでもたまにそんなことをやってたな」

「仕方あるまい。人間とは違うからな」


 ようやく、ユウトとその仲間たちは日本で一番有名な電気街へと降り立った。

 ここが選ばれたのはラーシアとヨナの強い希望にアカネが面白がって乗っかったせいなのだが、ユウトとしても負い目があって止められなかったという面がある。


「そだよねー。ヴェルガにはなんでもするって言ったのに、ボクらにはなにもなしとか酷いよ。釣った魚にも餌をやらないと、お刺身にしても美味しくないんだよ」

「……こっちに来て、うざさがアップしたなぁ」

「ひどい! でも、負けない!」

「報酬とか、そんなつまんないこと言うなよ。俺とラーシア(おまえ)の仲じゃないか」

「うざっ」


 というようなやりとりを経て――まあ、出来レースなのだが――そろって希望の場所へ遠征となった。


 変に目立ちかねないヴァルトルーデ、アルシア、ヨナ、エグザイルにはユウトが《変装(ディスガイズ)》の呪文を使用して容姿をごまかしている。

 今しがた出てきたエグザイルは、ぴったりとしたTシャツに巨大サイズのバギーパンツというラフだが、これ以外にはないという格好。呪文で岩巨人特有の肌は隠されているため、なんとか総合格闘家ぐらいには見える。


 しかし、メンバーが混沌とし過ぎて謎の集団だ。真名に小旗を持ってもらって、本当にツアー客を装った方が良いかも知れない。


「それでは、昼頃までここで観光です」

「結構な強行軍よね」


 予定では、この後、海辺の観光地へバスで移動。そこで一泊することになっている。賢哲会議(ダニシュメンド)という名の旅行会社に丸投げしたので、細かいところはユウトも把握していない。

 まあ、上手いことやってくれていることだろう。


「まずは、本屋にでも寄りましょうか」


 バスを停めたすぐそこには、塔のような何階建てもの書店があった。

 常連とまではいかないが来る度に利用しているアカネが、先導してぞろぞろと店へ入っていく。


 今日の彼女はハイウェストのスカートですらりと長い足を惜しげもなく晒し、オフショルダーのトップスは肩をむき出しにした大胆な格好。左手の薬指には、幼なじみの少年から贈られたエンゲージリングが燦然と輝いている。

 ただ、下品さは欠片もなく、スタイリッシュである種の格好良さがあった。


 アカネ自身の好みもあるが、ヴァルトルーデやアルシアにはできない格好を選んだという打算もある。ユウトの視線や表情からすると、それは成功だったようだ。


「本屋か……」

「字が読めなくても、大丈夫よ。マンガもあるから」

「文字を憶える教材だと思いなさい」

「それは、益々嫌なのだが……」


 短めの丈のボーダー柄のカーディガンをスリムなデニムと合わせたヴァルトルーデ。玻璃鉄(クリスタル・アイアン)のネックレスはやや浮いているが、それでも身につけてくれているのはユウトとしても、嬉しい。

 なにを着ても似合うのは当然だが、だからといって感動が薄れることもなかった。


《変装》の呪文により、他の人間はそんな彼女の姿を見ることはできない。ユウトは、世界中に自慢したいぐらいだ。もちろん、この地球とブルーワーズの両方に。


「よっし、ヨナ行くよ」

「わかった」


 一方、《変装》をかけていないラーシアは大きめの帽子でとがった耳を隠しているだけ。半袖のパーカーにハーフパンツというアクティブな服装のヨナと二人揃うと、仲の良い兄妹のように見えなくもなかった。


「ちょっと待ちなさい」


 ヨナの保護者を自他共に認めるアルシアが、膝下まである黒いロングワンピースをひるがえし、アカネを追い越して店へ入ろうとするトラブルメーカーたちを追いかける。

 袖も長く、彼女の黒髪と合わさるとかなり重たい印象だが、どうもあのユウトと二人で入ったお風呂の一件以来、露出を控えているようだった。


「あいつらは、騒がしいな」

師匠(せんせい)、この建物全部で本を売っているんですか?」

「そうだよ。入れば、一目で分かる」


 段になったティアードロングスカートとボレロを白でまとめ、フラットなパンプスを履いたペトラは、アカネがお嬢様風を目指したコーディネート。

 実際に名家の令嬢なので、間違いではない。


「うわっ、本がいっぱい……」

「本屋だから」


 開店したばかりで、人影は然程多くない。

 一階は新刊や話題の本が並べられているようで、ペトラにはタイトルは読めてもどういう本なのかまでは分からなかったが、まずその種類に圧倒される。


 娯楽小説、ビジネス関連、エッセイ、ハウツー、教養。質は別として種類だけで言えば、知の宝庫であるヴァイナマリネン魔術学院の書庫をも凌駕するだろう。


「師匠の国って、凄いですね……」

「まあ、文化と積み重ねが違うってところだな」


 説明も難しいので、そう言う他に無かった。


「上まで行って、見ながら降りていくわよ」

「本気じゃねえか」


 久々に大型書店へ来て、アカネもテンションが上がってしまったらしい。ラーシアとヨナは、それに反対する理由もないどころか、積極的に賛成。

 そうなれば、全体が引きずられてしまうのも仕方ない。


「軍事関係か。オレは、ここにいよう」


 そう言って途中で離脱したエグザイルは除くが。


 アカネが目指した七階は、漫画が中心のフロア。

 早速ラーシアがちょこまかと移動し、平積みになっている人気作品を物色する。


「これ見て。巨人が襲ってくるんだって。どうする?」

「上空から爆撃する」

「まずは、話し合いで解決すべきだな」


 一見穏当なヴァルトルーデの回答だが、交渉の余地が無ければ滅ぼすと言っているので、一方的な殺戮を宣言したヨナと違いは無い。


「むしろ、巨人という存在を真面目に戦う相手と想定できる方がおかしい気がするのですが」

「内臓がある相手に負ける気がしない」

「普通に勝てるから仕方ない」


 メインツで一掃したジャイアントやボーンノヴォルを思い出して肩をすくめるユウトの視線の先に、手持ちぶさたに佇むアルシアがいた。

 目が見えないのだから当然と割り切って、ヨナとラーシアのお守りを買って出た彼女だが、ユウトからすると、それは少し寂しい。


「ごめんね、アルシア姐さん」

「謝られる理由が分からないのだけど」


 平静そのもので、アルシアは答える。しかし、ユウトに顔を向けていないことだけは、いつもと違っていた。


 黒のロングワンピースを身につけた彼女は、良い意味でも悪い意味でも周囲から浮いている。

 けれど、ユウトとしては似合っているから問題ない。


 ただ、そう本音を伝えるとまた距離を取られそうで難しいところだった。


「あー。まあ、暇かなって。さすがに、点字の本とか無いだろうし。ここが図書館なら別だけど……」


 そもそも、勉強をせずに読めるものでもない。


「点字?」

「目が見えない人のために、こう、でこぼこで文字を表すというか」

「まあ」


 そんな物があるのか。そんな物が普及しているのか。

 想像もしなかった存在に、珍しくアルシアが驚きを露わにする。


「資料だけでも持ち帰ってみたいわ」

「そうだね」

「あー。私ですね、もちろんご用意します」


 諦めたようにというよりは、すっかり慣れた真名が要望に応えるべくタブレットでメモを取った。実に、アシスタント役が板に付いている。


 そんな彼女は、「仕事ですから」と言って制服で来ようとしたところ、当然アカネが許すはずもなく、サッカーのユニフォーム風シャツにサーキュラースカートというスポーティとガーリィの融合を目指したファッションで参加していた。

 アカネ曰く、スニーカーではなく、ヒールを履かせているところがポイントだそうだ。


 とりあえず、真名のポニーテールとよく似合ってはいた。


 こうして見ると、女性陣は全般的にアカネの着せ替え人形のようになっている。


(真名にも、なんかお礼しないとだな。魔法具(マジック・アイテム)でもプレゼントするか? でも、なにを作るか……)


 エメラルド色のタブレットを籐製のバッグにしまう真名を眺めやりながら、ユウトはそんなことを思う。

 こういうことをするから後で面倒なことになるのだと、彼はまだ気付いていなかった。





 書店を出た後は駅の方向へ移動することにした。


 中古のパソコンパーツショップを片手にガード下を通り、自動販売機が密集している辺りを右折。駅前から更に、電機量販店と外国人観光客向けにDUTY-FREEを謳うショップを横目に進んで中央の通りに出る。


「これって、ボクたちも無税になるのかな?」

「冷静に考えると、俺と朱音と真名以外は不法入国者だなぁ」

「どうやっても、強制送還などできませんが。あと、私は移動していないので入国もしていません」

「借金は額が大きいほど借り手の力が強くなるみたいな話ね」


 そのまま歩道を進み、電飾の専門店の辺りで、アカネが思いついたように右に曲がる。思いっきり遠回りしただけだったが、どうやらその先にあるフィギュア専門店へ連れていきたかったようだ。


「お人形、いっぱい」

「ヨナの教育に悪くないか?」

「大丈夫でしょ。変なのは、そんなに無いし」

「アカネさん、それは大丈夫なの……?」


 ただ、これも日本の――偏った――文化の一部である。

 ラーシアは元よりヴァルトルーデも、興味深そうに陳列されるフィギュアを見て回っていた。


 美少女がこれだけ入店すると、店内の他の客は少し居心地が悪かったかも知れない。


「なぁ、ユウト。鎧など数百年使われていないという話だったが、この娘は身につけているではないか」

「フィクションだから。リアルじゃいないから」


 指さす先には、美少女騎士のキャラクターが剣を振るうポーズを取った完成品フィギュアがある。

 ファンタジーであるヴァルトルーデと並ぶと、なんだか不思議な感じがした。


「ふうむ。だが、それにしてもこの鎧では太腿も首筋も頭も守れないぞ。どういうことだ」

「ほら、たぶん、魔力のフィールドがそういう部分を守るから、代わりに動きやすい的なサムシングが……」

「それなら、重量のある鎧でなくても良かろう」

「様式美だから! って、なんで俺が擁護しなくちゃいけないんだ」

「私の代わりに?」

「朱音のために頑張るのはやぶさかじゃないけど、どうせならもっとまともな内容にしたい」


 ある程度見て回ったところで興奮状態は脱したのか、今度は冷静に品定めを始める一行。

 と言っても、買おうとしているのはラーシアとヨナとアカネだけだが。


「待て、なぜ朱音まで買う態勢に入っているんだ」

「ひとつお迎えすると、どんどん増えていくのよね……」

「どういう言い訳だ」


 茶色の髪の洗練された美少女が、フィギュアを買いあさる。

 混沌として、ユウトは頭痛すら感じてしまったが、もう、仕方ないと開き直った。


 だからではないだろうが、無限貯蔵のバッグで持ち帰れば良いと、目に付いた商品をいくつかレジへ持っていき、真名がカードで支払う。


 後で建て替えてもらった分を利子つけて返さなくては。

 ユウトは無限貯蔵のバッグの中身を思い浮かべ、代価になりそうな物を選びながら心に誓う。


「値切ろうとしたら、変な顔された……」

「これってぼったくりじゃないの?」

「ちゃんとした値段だよ。そういう文化じゃないんだ」


 この反応は、ユウトも予想していなかった。

 軽々しく、地球でみんな一緒に暮らすとか言い出さなくて良かったと息を吐く。


 そんなユウトに向けて、アルシアは微笑みを送っていた。


「しかし、今じゃわりと当たり前に受け入れてるけど、あの車ってのは凄いよねぇ」

「でも、ちょっとくさい」


 店を出て、再び大通りへ。

 行き交う自動車の群れを見て、先頭に立つラーシアとヨナがそんな感想を述べる。


「俺はそんな気はしないけど、慣れてないと、そうなのかもなぁ」

「けれど、便利であることは間違いないな」

「道の整備は大変そうですが……それをやりとげたこの国の経済力と技術力は、凄まじいの一言です。呪文も無いのに」

「だが、兵を移動させるのにも重要だな。これを見て、ユウトが馬車鉄道を作ったルーツが分かった」


 予想外に知性を感じさせるコメントを寄せるエグザイルに、そんな大げさなもんじゃないけどと、ユウトは苦笑を返す。


「わっは。また、紙をもらっちゃった。結構貴重だよね」

「いや、ただのチラシだから」

「なんで、アカネやレンみたいな格好をしてるの?」


 名物であるメイド喫茶の宣伝。

 それだけならもう珍しくもなんともないが、アルビノの少女の言葉には、聞き捨てならない情報が含まれていた。


「なぜ、そこでレンが出てくるんだ?」

「話してなかったっけ? レンを臨時メイドとして採用したんだよ」

「それやったの私……」

「まったく。俺の姉弟子になにをしてくれてるんだ」


 帰るべき理由がまたひとつできてしまった。こんなに嬉しいことはない。

 そこまで詳しく分かるわけではないが、邪な感情が伝わりアルシアは一人密かに苦笑した。

ヴァイナマリネンがパソコン買おうとしているシーンは、あえなくカットとなりました……。

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