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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 5 天秤の世界 第一章 異世界の休日
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2.乙女会議

「というわけで、最近の勇人はおかしいと思うのよ」


 女子会――彼女自身にも、その実態は不明だが――という名目で、ヴァルトルーデとアルシアを行きつけの喫茶店へと連れ出し、注文を終えた直後にアカネが切り出した。


 店の奥まった一角。

 たまにネームを描いていた席で、ユウトを介した盟友ともいえる二人を前にするのは、なかなか新鮮な体験だ。


「そうでしょうか?」

「アカネも気付いていたか」

「そうなのよ。アルシアさんも……って、あれ?」


 しかし、その心配を共有してくれたのは片方だけ。同意してくれた聖堂騎士(パラディン)には悪いが、逆ではないか。


「残念ながら、私はこちらの日常を過ごすユウトくんのことは知りませんから」


 お冷やに少しだけ口を付けてから、アルシアはそう冷静に返す。


 彼女もヴァルトルーデは良い意味でも悪い意味でも目立つため、出かける前にユウトが《変装(ディスガイズ)》の呪文を使用して、擬装してもらっている。

 今、他者からは三人の女子高生がガールズトークをしているように見えている……はずだ。


「それは、私だって同じだぞ」

「ヴァルは、二人でしばらく暮らしていたではありませんか」

「そうだが。そうなのだが……」


 自分が気付いて、アルシアが気付かないはずがないと、ヴァルトルーデは口をとがらせて幼なじみに「アルシアなら、言わなくても分かるだろう?」と甘えたように手を握る。

 他の人間に対してなら、絶対にやらない行動だ。


 アカネは珍しいものを見たと思いつつ、女子高生がヴァルやらアルシアやら呼び合うのは、どうなのかと気付く。浅慮だったかと反省するが、もう遅い。

 この店は個人経営の隠れ家的喫茶店とでも言おうか。客があまりいないので、多少はましかも知れないけれど。


「とりあえず、ユウトくんに聞かれたくない話をするので外に出たというのは理解しました」

「ずっとホテルにいたんじゃ息が詰まるってのもあるけどね」

「昨日ユウトの家へは出かけたが、あれは大いに反省すべきだな……」


 楽しい時間だったのは確かだったが、善と秩序を信奉する聖堂騎士からすると、少し見過ごすことができない混沌さだった。

 アカネとしても、ユウトの両親が楽しんでいてくれたのが、救いだ。どうも、不肖の父がかなり絡んで迷惑をかけていたようで申し訳ないのだが、それで助かった面もある。


「それで、ユウトくんがどうしたというのです?」


 そう死と魔術の女神の愛娘が話を戻したところで、この店唯一のウェイトレスが注文の品を運んできた。


 少し、間が悪い。

 往々にして起こることではあるが、それをアルシアがやったというのが意外だ。


 ヴァルトルーデとアカネにはアイスコーヒー。アルシアはアイスレモンティー。それに、ミックスサンドと自家製ケーキ三つが並べられている間、会話が止まる。


「先に、食べましょうか」


 ユウトについて話し合うのが本題だが、お茶をするのもそれと同じぐらい重要だ。


 ここは、コーヒーは美味しいし、密かに、台湾で有名なパイナップルケーキなど珍しいスイーツ――この呼び方をすると、ユウトは嫌そうな顔をする――が置いてあるお気に入りの店だった。


「ふむ。卵に、こんな調理法があるとはな……」


 そう感心しつつタマゴサンドをほおばるヴァルトルーデ。確かに、こんな彼女を《変装》抜きで街に出したら大変だろう。

 とりあえず、コンビニからタマゴサンドが消え失せるのは確実だ。


「あー。久しぶりだわ」

「……ユウトと一緒に、こういう店に来たりしていたのか?」


 ミルクを入れたアイスコーヒーで涼を取るアカネへ、ヴァルトルーデがおずおずと。しかし、はっきりと疑問を口にする。

 成長したのかも知れませんねと、アルシアも満足げにアイスティーを一口すすった。比較できるほど飲んだわけではないが、アカネが薦めるだけのことはある。


「それは、興味深い話だわ」

「こっちにいた頃から、そりゃもちろん、ユウトと一番仲の良い女子は私だったけど? だけど、恋人同士ってわけでもなかったし?」

「なぜ疑問形なのかは分かりませんが、その事は神に感謝すべきかも知れません」

「ヴァルの神様って“常勝”って言われてるんだっけ? 確かに、勝ちを持っていかれたようなもんよね……」

「一理ありますね」

「なぜ、私が非難される流れに!?」


 ツナサンドに舌鼓を打っていたところに奇襲を受け、喉も言葉も詰まってしまった。しかも、幼なじみにまで裏切られている。


「いや、そういうことは勝ち負けではあるまい。まあ確かに、私のものになってくれと言ったことはあるが……」

「……ふっ。でも、勘違いしないでよね。自分だけの力で勝ったんじゃないわ。幼なじみという地位にあぐらをかいていた私のお陰なんだからねっ」


 自虐的すぎる台詞に、どう言ったものか分からないという沈黙が流れた。


「あれは、そんなに格好良いものではなかったはずですよ」


 遠い目をするアカネを、事情を知るアルシアがフォローする。

 実際、ユウトを秘書にと勧誘する前日まで、紆余曲折様々あったのだ。ユウトに断られたくないから誘いたくないとうだうだ言うヴァルトルーデの背をアルシアが押さなかったら、どうなっていたことか。


「私は良いのだ。それよりも、ユウトの様子だ。確かに、私もおかしいと感じていた」

「ヴァル、それは私たちが来る前からなの?」

「いや。そんなことはない。それまでは普通だったぞ」

「そうなると、私たちの誰かに原因が……?」


 ユウトの一番と二番は、それぞれ他の二人を見回し、それは無いと断じると他のメンバーの顔を思い浮かべる。


「不審というのは、ユウトくんが浮気でもしていると言うのですか?」

「違うわよ、そんなこと……」

「……浮気……だと……?」


 即座に否定するアカネに、動揺を見せるヴァルトルーデ。


「ヴァル、その様子だと心当たりがあるようですね」


 唇でだけ笑って、ブルーワーズでは大司教と呼ばれ敬われる彼女が、幼なじみを追及する。


「そんなことはない。ないぞ」

「マナさんでしたか。あの方は、どうなのです?」

「あー」


 同じ制服の後輩。

 学校で顔を合わせたことはないが、ちっちゃくて潔癖で可愛らしい。つんけんしてるけど、恋人同士になったら尽くしてくれそうだ。


 ありえなくはないだろうか?


「ヴァルも、ずっとユウトくんと一緒だったわけではないでしょう?」

「それはそうだが……」


 確かに、境界を越えて現れたモンスターを駆除するため、ユウトと真名が二人で出動したことは何度もある。無貌太母が現れる寸前もそうだった。


「それはないわ」


 けれど、アカネは硬い表情で言下に否定した。


「ユウトがそんなキャラだったら、苦労してないもの」

「一方的に懸想されている可能性もあるのでは?」

「それで、悩んでいると? あり得ない話ではないが……」


 けれど、乙女の勘が言う。

 それはありえないと。


「そもそも、ヴァルがちゃんとユウトくんをがっちり掴んでいれば、こんな心配をする必要もなかったわけですが」

「アルシアさん、一理あるわ」

「あるものか」


 ぷいと怒ったように横を向いて、アイスコーヒーを一息で飲み干す。

 アカネがヴァルトルーデの事をずるいと思うのは、まさにこういう時だ。


 ユウトがこれで落ちない男だったら、自分のアプローチも無駄だろう。それが、一番困る。


「あるのよ。どうせなら、契りを結んでおけばこんな心配せずに済んだのに」

「ちぎっ」


 それが、具体的にどんな行為か想像してしまったのだろう。

 下を向き、指を絡めながら弱々しく反論する。


「二人がいないところで、そんなことできるはずがあるまい」

「いやぁ。どうせ最初はヴァルなんだし。それなら、私の目の届かないところで済ませてくれた方が良いかなってー」

「なん……だと……?」


 それは盲点だった。考えもしなかったと、聖堂騎士は身を震わせる。


「確かに、そんな雰囲気にならなかったと言えば嘘になるが……」

「詳しく」


 ヴァルトルーデは抵抗した。

 恥ずかしすぎて、そんなことを言えるはずがない。


 しかし、アカネとアルシアは食いついて離さなかった。


 結局、ユウトの部屋で一緒に寝たことや、あのスイートルームでちょっといい雰囲気になったことを暴露させられてしまった。


「だが、二人の間に討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを置き、一線は越えなかったのだ」

「それ、どうなのよ?」

「困ったものです」


 頬に手を当てながらアルシアが言うと、本当に困っているように見える。


「ま、まあ。わ、私だって? 勇人の部屋にお泊まりしたことあるし?」

「アカネさん、未来を見ましょう」

「ええい、今はユウトのことだろう? ふと笑顔が陰ることが、何度もあった。なにか悩みがあるのは確かだと、私も思うぞ」


 再び、話が脱線から復旧する。


「悩み、ですか」

「なんていうか、もっと深刻な感じがするのよね」


 そう感覚で真実に肉薄するアカネを前にして、アルシアは方向転換を余儀なくされた。


 それに、話を逸らすのも、限界だろう。ユウトの尊厳値も、徐々に削られているような気もする。


「はぁ……。二人が気付いている時点で、私一人が気づかない振りをしても意味はありませんでしたね」

「アルシア?」

「私も、ユウトくんがなにか悩みを抱えていることには気づいていました。ふとした拍子に、気落ちした様子を見せていましたから。それに……」


 最後まで言わず、左手の薬指にはめたエンゲージリング――感情感知の指輪を見せる。


「アルシア。だったらなぜ……」

「いいですか?」


 と前置きし、アイスティーを飲み干してから、名探偵のように事件を解きほぐしていく。


「ユウトくんが、悩まなければならないような問題。それも、私たちに相談もせずに。そんな相手、一人しかいないでしょう?」

「……ヴェルガかしらね」

「ヴェルガだろうな」


 全会一致。

 そして、ついに真実の階に足をかけた。


「この点を問いただして、どう事態が転ぶか分からなかったので静観していたのですが……。二人が気づいたということは、そろそろ限界かも知れません」

「じゃあ、どうする? みんなで、勇人に聞いちゃう?」

「いえ……。私に任せていただけませんか?」

「なにか、案があるのか」

「ええ。たぶん、一対一で聞いた方が良いわ。そして、ヴァルやアカネさんは、いない方が良い」


 ヴァルトルーデに対しては、単純に良いところを見せようと。アカネに対しては、転移の先達で大魔術師(アーク・メイジ)として、弱みを見せない可能性が高い。


 そういう意味では、対等に近いアルシアだからこそ聞き出せることがあるはずだ。


「それともうひとつ、私にだけ切れるカードがあるから」

「ご挨拶をしようと思うの。もう一度彼の家で、ご両親に」


「その時、泊まらせていただいてユウトくんと二人きりになり……タイミングを見計らって聞き出すわ」


 その提案を受け、ヴァルトルーデもアカネも、動作が完全に停止した。呼吸すら忘れているかも知れない。

 確かに、他の二人では、今更だ。ヨナたちが乱入してくる心配がない場所というのも良い。


 なのになぜ、不安を抱いてしまうのだろう?


 アルシアの一手。

 それはまさに、誰にとっても鬼札(ジョーカー)に違いなかった。

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