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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 5 天秤の世界 第一章 異世界の休日
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1.家庭訪問

 天草頼蔵は――外見や他者の評価は別にして―― 一介のサラリーマンである。息子が行方不明になったという非日常は経験したが、そこに疑いを持ったことは一度もなかった。


 しかし、今になってそんな自己認識は崩壊の危機に瀕していた。


「ここがユウトの家かー」

「あれこれ触るんじゃねえぞ」

「あ、ここもこれパチパチすると明かりが点いたり消えたりするんだね。いやぁ、こっちの科学文明ってのは裾野が広い。一番上を見れば同じぐらいかも知れないけど、庶民レベルだと比べるべくもないね」

「人の話聞けよ。文明論っぽい話をしながら、冷蔵庫勝手に開けんなよ」

「そして、ここでヴァルと同棲してたと。同棲してたと」

「なぜ強調する」

「するよ! しまくるよ!」


 息子から、「向こうの仲間に会ってほしいんだ」と請われ、お隣の三木家も呼び、我が家へ迎え入れるまでは良かった。

 しかし、その中に子供が二人もいたのには驚いた。

 その内の一人――息子と仲よさそうにリビングを駆け回っている――は、自分と同年代だということだ。


 異世界なので、そういう種族がいると説明されても早々承服できるものではないが、納得するしかないのだろう。

 まあ、あのやりとりを見る限り外見と精神の年齢は一致しているようなので、実年齢を気にする必要もない。


 頼蔵は、そんな風に非常識を消化した。


 もう一人、子供のように見えた白髪赤目の少女は、そういう存在ではないようだ。今は、妻の春子が猫かわいがりしている。


 ただ、超能力者(サイオン)などと紹介されたのは、意味が分からなかった。スプーンを曲げるのだろうかという程度の知識と、息子が魔法使いなら超能力者ぐらいいても良いだろうという諦念にも似た認識か。


 三木家の大黒柱、女医の三木恭子はヨナと呼ばれている少女の健康状態を気にしていたが、健康体で日中に外に出ても問題ないと聞いて安堵と疑問の狭間で揺れていた。

 結局、それ以上、追及することもなかったが。


「あらあら。まあまあまあ。なんて可愛らしいんでしょう」

「おかあさんって呼んでもいいですか?」

「ヨナちゃんが策士!?」

「……ヨナ、あとでお説教ですよ」


 そう言いながらも、アルシアはそれほど怒っていない。度を越さなければ良いと考えているのだろう。


「騒がしくて、申し訳ない」

「いえ、楽しんでいただけているのであれば」


 家長らしくどっしりと、息子の友人の来訪を迎え入れていた頼蔵の正面に、岩のような大男が座っている。

 玄関を通れるのかと心配になるほどだったが、意外と器用にくぐり抜けると、エグザイルとその巨人は名乗った。


 岩巨人(ジャールート)という、種族らしい。


 もはや人種の違いで納得できるレベルではないが、息子が分け隔てなくというよりはむしろ気の置けない友人のように接しているのだから、きちんと応対しなければならない。


 親として、当然のことだ。


 その彼はソファに身を沈め、大騒ぎする仲間たちの様子をじっと眺めている。


 外見はともかく、メンタリティは近いのかも知れない。

 そう思いつつ、頼蔵はエグザイルのジョッキにビールを注いだ。


「ほんと、朱音ちゃんが無事で良かった」

「お父さん、それ何度目?」


 会場は天草家のリビングと和室が開放されているが、当然ながら三木家の三人も参加している。

 座る場所は固定されておらず、立食パーティにも似て入れ替わり立ち替わり語り合っていた。


 ただ、父親の三木忠士の話を正座で聞いている朱音は、既に辟易している。


「だってさぁ……。恭子さんは大丈夫だって言ってたけど、心配で心配で」

「私は大丈夫だから。ほら、ヴァルにアルシアさんも良くしてくれたし」

「うむ。アカネには指一本触れさせなかったぞ」

「それに、アカネさんには、むしろこちらがお世話になっているぐらいで」


 普段はもうちょっとさっぱりした人格なのだが、アルコールが入ったためか場の雰囲気に酔ったのか。さっきからヴァルトルーデとアルシアがフォローしてくれているが、あまり効果がない。

 絡み酒のように愛娘に何度も何度も同じ話をして、さすがにうんざりさせていた。


 それでも、自分を心配してのことだと無下にもできず、母親にヘルプを求めるアカネ。


「忠士くん、その辺にしないと朱音に嫌われるぞ」

「それは困る!」


 冷水でもかけられたかのようにはっと飛び上がると、そそくさと頼蔵やエグザイルが座る男性陣のスペースへと移動した。

 絡む相手が変わっただけとも言えるが、この際、仕方がない。


「ふう……。助かったわ……」

「家出娘の義務だ。これくらい我慢しろ」

「私だって、こうなるって分かってたらちゃんと別れの挨拶ぐらいしたわよ」

「まったく。そのうえ、一ヶ月ぶりに戻ってきたら妻が三人もいる男に嫁ぐとか、親をなんだと思っているのだ?」

「うっ」


 そこを突かれると弱い。


「相手が勇人くんでなければ、ブン殴って尼寺にでも押し込んでいるところだ」

「いつの時代よ。そもそも、重婚ハーレムな勇人はお咎め無しなの?」

「仕方ない。私の認識としては、ヴァルトルーデさんと勇人くんの間に朱音が割り込んだことになってるからな」

「否定できない……」


 三木家のヒエラルキーのトップに位置する恭子には、アカネも敵わない。しかも、だいたい合ってるから困る。

 娘が反省していると判断した彼女は、いたずらっぽい表情を浮かべて、さらに追撃する。


「だいたい、朱音。あんたが、私におっぱいの大きさだけでも似れば、まだ……」

「実の親の言うことかーー」

「実の親以外に言われたら、とりあえず訴訟の準備をしなさい」

「実の親でも、訴えたい……」


 私は普通の面白味もない人間だが、この状況は、ただのサラリーマンが経験することができない環境であろう。

 騒がしいのは好きではないが、今は悪くない。


 そう、頼蔵は述懐する。


 そこで、呼び出しのチャイムが鳴った。

 注文していた宅配ピザが届いたようだ。かなりの枚数を注文したため、予定していた時間より遅くなってしまったのだ。

 頼蔵は、財布を持って玄関へと移動した。





「はい。師匠(せんせい)には、家族一同、本当にお世話になりました」


 ピザを食べながらペトラが熱弁を振るう。

 話題は、ユウトが彼女を更生(・・)させ、家族を救ったあの一件だ。


 というよりもむしろ、連れてこられたがそこまで交流の深くない彼女では、他に話せる題材もない。

 正直、ユウトとしては掘り返されたくない歴史の1ページなのだが。


「最初、奈落へ連れ出された時はどうなることかと思いましたが、そこで師匠は私が背負った業を見抜き、肯定してくれたんです。その時思いました、一生涯、この人についていくしかないと」


 アッシュブロンドのサイドテールを可愛らしく振って、なおもペトラは演説するかのように語り続けた。


 奈落とは、舞台下のことではないだろう。この娘になにをしたのかと、問い質すような視線が頼蔵からユウトへ向けられる。ここが取調室だったら、それだけで供述調書にサインをしているところだ。


「まあ、そんな大層なことはしていないというか、俺も若かったというか……」

「話を逸らしたいのは分かるけど、勇人、他の話も大概だって分かって言ってる?」


 そんなことはない。

 そう否定しつつ、今まで詳細は伝えていなかったブルーワーズでの冒険を語っていく。


 ヴァルトルーデたちと初めて出会った時のこと。

 初めて呪文を発動させた時のこと。

 修業と称してサバイバルをさせられたこと。


 その後、アルサス王子を捜索するクエストを受けた過程で〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)との戦いに巻き込まれ、暗殺者を送られたり激戦を繰り広げたりしつつも打ち倒したこと。


 これらを、ややマイルドに語っていく。


 ドラゴンに殺されて生き返ったことがあるという下りでは、女医である恭子が卒倒しかけた。意識を回復した彼女は、その話を忘れることで精神衛生を保ったようだ。


 そして、ヨナからは海賊退治。ラーシアからは、まるで見てきたかのように一対百の決闘騒ぎが語られ――


「あれ? おかしい」


 ――なぜか、場が苦笑で満ちてしまった。


「だから言ったでしょうが……」


 アカネも、ユウトがブルーワーズでどんな日々を過ごしていたのか、詳細までは知らなかった。

 ただの高校生から戦場帰りの体験談を聞かされれば、こうもなる。


 母の春子でさえも、ちょっと微妙な表情だ。


「私の息子が、異境の地で生きてこられたのは、皆さんのおかげのようだ。本当に、感謝してもし足りない。深くお礼申し上げる」


 そんな雰囲気を変えたのは、父頼蔵。

 座ったまま深く頭を下げ謝辞を述べる。


「父さん……」

「いや、ライゾウ殿。ユウトの世話になったのは、こちらの方だ」


 ヴァルトルーデが頭を上げるように言い、逆に、堂々とした所作で頭を下げる。


「確かに、最初は縁の無いユウトを助けたのは事実だろう。しかし、彼が力を付けてからは、お互い様。領地経営となってからは、一方的に負担をかけているぐらい。とても、その言葉を受け取るわけにはいかない」


 謙遜じゃなくて、実際そうだよね。

 ――などと、ラーシアも空気を読んでからかうようなことをしない。


「その通りです。ユウトくんには、本当に、言葉にならないほど――」


 珍しく。彼女にしては本当に珍しく、言葉にならないと詰まらせるアルシア。だが、その心は伝わった。

 隣に座っているヴァルトルーデが、その手を握って励ます。


「そだねー。でも、こっちも楽しかったし」


 ラーシアは、あくまでも軽く。


「オレも、ユウトがいなかったら、結局故郷へ帰っていなかったかも知れないな」


 エグザイルは、万感を込めて。


「まあ、ユウトはちゃんとお世話してあげないとダメだし」


 ヨナも、彼女らしい表現で、ユウトと一緒で良かったと口々に語る。


 その後は、しんみりとした雰囲気は消え、また宴会のように盛り上がった。


 その時間は楽しくて楽しくて。

 だからこそ、ユウトの悩みは深くなる。


 それを、彼女は。彼女たちは、敏感に察していた。

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