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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 4 交差する世界 第二章 混じり合う世界
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エピローグ

「俺は、なにも犠牲にしたりなんか……」


 この地球で過ごせばいい。ブルーワーズへまた行く理由がどこにあるのか。そのヴェルガのささやきに、弱々しく、それでもユウトは反論する。


「さて、妾には今の婿殿が自らの常識に拘泥する、旧弊な愚者共と同じに思えるぞ。そんな婿殿も、たまには良いのう」


 なにも、ヴェルガは本気で地球に残れと言っているわけではない。

 ただ、ユウトをいじめてみたいと思った。


 それだけだ。


 なのに、予想以上の効果があった。実に、面白い展開だ。これだけで、ひとつお願いを聞いてもらう約束を無かったことにしても良い。


 もちろん、口には出さないが。


 ああ……。それにしても、なんて甘美なのだろう。

 愛するものが、言葉ひとつでこんなに心を動かすだなんて。


「いや、でも。朱音は……」


 思考とつぶやきが止まらない。


 仰向けに落下を続けていたユウトは、そのままの姿勢でゆっくりと地上までたどりついた。いずれ戻るのかも知れないが、地球でありながら奈落の様相を呈したまま。

 そんな冷たく固い地面に、座り込んでユウトは呆然としている。


「くくく。良い、良いのう……。なんたる美味か」


 期せずして、仲間と再会し大事件を片づけた心の空隙を縫う形となっていた。これも運命よなと淫靡な微笑を浮かべ、ヴェルガは愛しの君を抱きしめ慰めようとする。


「敵とさえずり合うのは、止めろ!」


 そこに割り込む、白く美しい影。

 最愛の彼には、慈愛に満ちた微笑みを。不倶戴天の仇敵には、射殺すような厳しい視線を送る。


 実際、淫猥な女帝と対抗する意志を持ち、実行できるのはヴァルトルーデ。彼女だけに違いない。


「ヴァル……」


 ユウトの力ない笑顔。生気の薄い声。

 初めて見るそんな彼の姿に、抑えきれない。いや、抑えてもマグマのように噴出する感情に従い、彼女は討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを悪の首魁へ突きつけた。


「ヴェルガ! 貴様、ユウトになにを吹き込んだのだ!」

「聞こえて……ない……」


 そう。ヴェルガの声は、ユウトにだけ届いていた。

 みんなには聞こえていないという事実に、ようやく彼の瞳に光が灯る。


 蒼白だった頬に赤みが差す様――あの忌々しい聖堂騎士(パラディン)のせいで――を目の当たりにし、ヴェルガは胃の腑の辺りに熱さと不快感とを憶えた。


「これは異なことを。妾は、婿殿を慮っていただけよ」


 心外なと、哀しそうに情熱的な赤毛で目を隠し嘆く。人を小馬鹿にした、けれどこの悪の半神にしては大仰な演技。

 いらだち――つまり嫉妬を気取られるわけにはいかないのだ。それが、女の矜持。

 

「協力には感謝する。しかし、まだユウトをたぶらかすつもりであれば、容赦はせぬぞ」

「これはこれは。しつけのなっておらぬ犬ほど、見苦しいものはないの」


 討魔神剣を構え、ユウトを背にかばう。その聖女の瞳には、太陽よりも熱い闘志が燃え上がっていた。

 一触即発。

 誰も彼もが――面白そうだと笑っている者も三人ほどいるが――言葉を発することなく、事態を見守る。


 緊張が最高潮に達した瞬間、ヴェルガの肢体がわずかにぶれた。


 幻術のようにいくつかに分かれ、揺れ動く。

 一分ほどで安定したが、そこにいたのはヴェルガではなかった。


 いや、燃えるような赤毛に、悪の王権を象徴する秘宝具(アーティファクト)に、闇色のドレスを身にまとっているのは同じ。

 決定的に違っているのは、身長。


「え? 幼女化?」


 端的に言えば、アカネが言うとおり、ヴェルガが子供になっていた。

 妖艶だったヴェルガは消え去り、あどけない……と言うには大人びた顔の少女がいる。年の頃は十歳ほどだろうか。小悪魔という表現がしっくりくる。


「やれやれ、無理をしすぎてしもうたか。ま、しばらくは大人しくするしかないかの」

「……本体?」

「その方が良かったかえ?」


 どう答えても冥府への片道切符になる。ユウトは、沈黙と共に、不用意な発言を後悔した。


「まあ、ここの奈落化はしばらく解けぬようであるし、いずれ戻るであろう。捲土重来を期するとするかの」

「……命拾いしたな」

「おや? 聖堂騎士が、外見で善悪聖邪を決めるものとはしらなんだわ」

「ユウトに手を出さないのであれば、それで良い。当座はな」

「嗚呼、怖い怖い」


 ころころと、鈴を鳴らしたように笑う。

 どのような姿をしていようとも、ヴェルガはヴェルガであることに、違いなどなかった。


「いやー。お疲れ久しぶり。凄い見せ物だったねぇ」

「見せ物じゃねえよ」


 両者が矛を収めたのを確認し、満面の笑みでラーシアが近づいてくる。それに合わせて、他の皆も。


「というか、あのマスドライバーって凄いね。ユウトの国にあるの?」

「ねえよ……」


 ラーシアの相手は疲れるが、楽しくもある。

 ヨナがまた、断りも入れずによじ登って肩にまたがって、とんでもないことを言ってくるのに比べれば、なおさら。


「ユウト。いない間に、商会ひとつ買って、賠償金もゲットしてきた」

「どういうことなの?」


 わけが分からなかった。戦争でもしたのか? 聞かなくてはならないが、それも怖い。

 アルシアへと目を向けると、見えないはずなのに目を逸らされた。アカネも、乾いた笑いを浮かべるだけ。


 誉めて誉めてと頭を揺らすヨナをなだめつつ、ユウトはしばし途方に暮れる。


「まあ、久闊を叙するのは、後でも良かろう。まずは、当座の宿と活動資金を手に入れねばな」

「……そんな目で見ないでください。もちろん、こちらで手配しますから。ええ、しますとも」


 ユウトから屠殺間際の家畜のような切ない瞳を向けられて――半分以上は自棄で――真名がすべて請け負った。

 その威勢の良さに反し、ポニーテールも、うなだれている。


 それも、無理はない。

 この大量の来訪者の衣食住を整えるのと並行して、この異界化した公園の封鎖と管理、それに、調査。関係各所への根回しに情報操作。無貌太母に関する報告。見るからに人間ではない種族をどう報告するか。理術呪文とは異なると思われる呪文はどう考えるべきなのか等々、仕事は一時のユウトのように山積みだった。


「でも、持ち物売ったり、ユウトにおんぶに抱っこっていうのもなんだよね」

「そうだな。体も鈍る」

「というわけで、ユウトにアカネ。この辺に、手頃に稼げるダンジョンとか無いの?」

「無いわよ!」

「ねえよ」


 幼なじみたちの声が、綺麗なハーモニーを奏でる。


「ええ!? じゃあ、どうやって稼ぐのさ?」

「大人しくしててくれ……」

「そりゃムリだよ。ほんと、なに言ってんだか。ボクとエグとヨナだよ? 大賢者のおじいちゃんもいるんだよ? 学習しなよ」

「あっ、はっはっは」

「……ヴァルは、ほんと良い女だよな」

「なにを言い出すのだいきなり!?」

「はぁ……。その様子では、二人きりの間も特に進展はなかったようですね」

「アルシアぁ……」


 和気藹々とした仲間たちとの会話。

 気づけば、ユウトの顔から屈託はなくなっている。


 だが、ヴェルガは知っている。

 自らからの言葉が、背の君の心に深く突き刺さる、甘く熱い棘になっていることを。


 そんなユウトを、力と姿形を一時的に失ったヴェルガは興味津々と眺めていた……。

エピローグだけなので短めですが、Ep4終了です。

よろしければ、感想・評価などお願いします。


また、短めなので珍しくあとがきのような活動報告も更新しました。

こちらもよろしければ、目を通していただけますでしょうか。


なお、いつものようにEp5開始までお時間をいただきたいと思いますが、流動的です。

7/25(金)もしくは、7/28(月)のどちらかになるかと思われます。


再開日が決まりましたら、活動報告でもお知らせいたしますので、これからもよろしくお願いします。


※活動報告でもお知らせしましたが、7/28(月)から再開いたします。

 遅くなって申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

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