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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第三章 回想編
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3.地球から青き盟約の世界へ

回想、スタートです。

「ふあぁあぁ~~」


 一日の授業が終わり、天草勇人は自分の席で大きく伸びをした。

 しかし、解放感に浸ったのもつかの間。すぐに現実――期末試験がすぐそこへ――に気付き、そのまま机の上に倒れ込んだ。


「おうおう、どうしたどうしたい」


 そこに、前の席に座る山西の景気の良い問いが降ってくる。この元気さは、通常時ならともかく、今はうざい。


「テストが目の前だろ? つまり、教科書を持って帰らなくちゃいけないわけだ。この、全教科の教科書が詰まった、フルアーマーデスクからな」

「はっはっは。俺みてえに自宅学習をしておけば、そんな心配もなくなるぜ」


 柔道部らしい分厚い体を仰け反らし、山西が豪快に笑う。自宅学習とはつまり、教科書を家に起きっぱなしにしているだけなのだが。


「というか、普通に必要な分だけ持ってきて、その日の分を持って帰れば良いだけだよね?」

「秀人の話はつまらねえな。弁論部はこれだからなぁ」

「正論とか、マジいらねえわ」

「うわー。こいつら最低だー」


 そこにやってきた小柄な少年、鈴木秀人のもっともな意見に、ブーイングで返す勇人と山西。

 いつものことなのか、苦笑してやり過ごしていた。


「やだもー。それゼッタイ、勉強しないって言ってるのと同じじゃない」


 そんな三人の陰険な漫才を上書きするかのような明るい声が、教室の反対側から聞こえてくる。

 聞く者に不快さを与えないギリギリのラインの高さを保った、明るいトーンの声。机に突っ伏したままだった勇人の視線の先に、その声の主はいた。


 栗色の髪を肩の辺りまで伸ばした、華やかな少女だった。

 ややもすると下品に見えかねない髪の色だったが、声の高さと同じく、少女の容姿に彩を与えている。それに、生まれつきのものであることを勇人は知っていた。


 三木朱音。


 それが、少女――勇人の幼なじみの名前だった。

 彼女は今、しどけなく机の上に座り、足の間のスカートを押さえながら友人たちと談笑している。話題は勇人たちと同じく、これからやってくる期末試験だろう。

 制服のブラウスのボタンを開けリボンもだらしなく解き、制服を着崩した朱音。他の誰かが同じことをしていれば下品と感じただろうが、その派手な容姿のため不思議と魅力的に見える。

 陰でビッチなどと呼ばれているのを耳にすることはあるが、実態は別にして、容姿や雰囲気だけ見れば、その通りだよなと勇人も思っていた。


「するって。超するにきまってるじゃん」

「じゃあ、マイクと歌本出すのは禁止で」

「それとこれとは、話が別っしょ」

「だよねー」


 そしてまた、華やかな笑い声が教室にこだました。

 それを山西と鈴木の二人は、苦々しい――とまではいかないが、苦手そうな顔で眺めていた。


「気持ちは分かるけどな」

「天草、何か言ったか?」

「いんや」


 適当に返事をし、大きく息を吐いてから勇人が立ち上がる。

 しかしすぐに座り直し、今度はいそいそと机の中身を鞄へ移動し始めた。


「今の行動に意味ってあった?」

「気合いだよ」

「重要だな」

「いや、もう、別に良いけどさ……」


 うんうんとうなずく山西と、微妙な顔をしている鈴木の二人へ簡単に別れを告げて、勇人は教室を出ていった。

 二人とも部活のミーティングがあるらしく、一緒に帰ることはできない。

 高校になって帰宅部へ転籍した勇人だが中学時代はサッカー部だったので、その辺の機微は分かるつもりだ。


「別に、寂しくはないけどな」


 言い訳のように呟きながら、下駄箱で靴に履き替える。

 そういえば、今日は両親は入院している親戚の見舞いに行くと言っていた。晩飯はなにを買おうか……と考えていたため、気づくのが遅れた。


「なに言ってるの? 独りぼっちじゃ寂しいに決まってるじゃない」

「あか……三木か?」


 いつの間にか追いついていたらしい。

 学校では馴れ馴れしくしないようにしていたが、油断してしまった。勇人は、周りに誰もいないことを確認してから話を続ける。


「別に、朱音で良いのに」

「一緒に帰って噂されると、恥ずかしいし」

「ちょっと、それはあたしのセリフでしょ」

「言ったもん勝ちだ」

「まあ、そうだけど……」


 勇人の幼なじみも靴を履き替えると、当たり前のように校門へと一緒に歩き始めた。目立ちたくはないが、拒絶しようとする雰囲気もない。

 校門までの舗装された道を行きながら、勇人が傍らの幼なじみに問う。


「友達はいいのか?」

「いいのよ。最近、『どのラインまでなら、アニソンと気づかれずに歌えるか』っていうゲームも飽きてきたし」

「それ、参加者も採点者もおまえだけじゃん。っていうか、危ない橋を渡る必要ねーだろ」


 勇人のもっともな言葉に、しかし、朱音は輝くような笑顔を見せてこう言った。


「それはごもっともだけど、あたしの考えは違った」

「バカがいる……」


 三木朱音は、誰もが羨むような容姿をし、誰とでも打ち解けられるコミュニケーション能力を持ちながら、イタズラ好きで。

 なおかつ、夏冬は出店側としてお台場の祭典に参加するほど、重度のオタクだった。


「好きなんだから良いじゃない」

「なら、堂々と歌えよ」

「でも、あたしの好きだけを押しつけても、雰囲気を悪くするだけでしょ? その辺りを含めた妥協案よ」

「考えてるんだな」

「当たり前でしょ」


 会話が途切れる。

 期末試験前の部活停止に伴い、ミーティングしか許可されていない。そのため、いつもは学校の一部となっている運動部のかけ声や吹奏楽部の演奏も聞こえてはこなかった。

 静かだが、寂しさは感じない。


「最初から、感じてないけどな」

「なに?」

「なんでもないよ。鞄が重くて、腕がだりぃ」


 絶対、気づかれているなと思いつつ、勇人はポーカーフェイスを貫いた。認めたら負けなのだ。


「そういえば勇人、今日はおじさんもおばさんもいないんでしょ?」

「え? なに? お前、俺のストーカーなの?」

「そうよ。勇人が見たことがない、勇人の写真を送りつけてあげるわ」

「それ、三木家が撮った、俺たちが子供の頃の写真とかだろ?」

「ふふふふふ」

「冗談でも止めろよ!」


 妙な寒気を感じて立ち止まった勇人は、思わず開けっ放しだった制服の第一ボタンを閉じてしまった。

 朱音も数歩先で立ち止まる。


「というわけで、今日はあたしに晩ご飯を作らせなさいよ。ちょうど、ビーフシチューが食べたかったのよね」

「う~ん」


 見かけによらずと言うと失礼だが事実は事実なので勇人も訂正するつもりはないが、朱音の料理の腕は確かだ。

 しかも、上手いといっても色々あるだろうが、朱音が作るのはただの家庭料理ではない。


 本人曰く「料理マンガで憶えた」ということだが、カレーを作ると言っても市販のルーは使わず自らスパイスをブレンドし、ご飯は土鍋で炊き、美味しい魚を食べたいと思い立ったら漁港へ足を運び、七輪を取り出して炭を熾すという凝り性だ。


「なにが不満なのよ」


 校門への歩みを再開しながら、勇人が理由を挙げる。


「材料費と、かかる時間かなぁ」


 そのせいで、滅多に自分の家では作らせてもらえないらしかった。


「勇人は、ゲームでもやってればいいわ」

「するからな、勉強!」

「勇人は、あたしの代わりにゲームのレベル上げでもやってればいいわ」

「誰がやるか!」

「大丈夫よ。鉄のダガーを作って付呪するだけの簡単なお仕事だから」

「スキルレベル上げだったかぁ」


 戦闘ですらない、単純作業の極みだった。


 しかし、と勇人は考え直す。

 デメリットは多々あるものの、朱音の料理は確かに美味しい。陰鬱な期末試験前のイベントとしては、悪くないのではないか。


「分かった。ただし、買い物には俺もついていくからな。変に高いもん買われちゃたまらん」

「おけおけ」


 見るものを誤解させかねない笑顔を浮かべ、小さくガッツポーズ。その仕草は大人っぽい彼女にしては可愛らしく、勇人は一瞬、冬の寒さを忘れた。


 そうして、校門を一歩出たところで。


 ――勇人の意識は途絶した。





「――まあ、後は知っての通りだよ」


 オベリスクを背にして手頃な大きさの岩に座ったユウトが、そう話を締めくくった。


「魔術師として修業を終えたらヴァルたちについていって〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)の黒妖の城郭を踏破し、アルサス王子を助けたり、ドワーフ女王の遺産を探したりして、今は領主様の代理人だ」

「ちょ、ちょっと待てユウト」


 ブルーワーズに来てから一年間の冒険を、懐かしい思い出の1ページとして振り返るユウトにヴァルトルーデがあわてた様子で声をかけた。


「ユウトは、庶民の出だと言っていたはずだが?」

「ああ……。結構前に言った気がするな。よく憶えているな、そんなこと」

「当たり前だ。ユウトの話を、私が忘れるわけがないだろう」


 堂々とした断言に、ユウトの意識が沸騰しかける。


(たまに、ヴァル子はストレートにくるから困るぜ)


 そう責任転嫁しつつ、なんとか呼吸と心を整えた。


「そんなことよりも」

「そんなことなんだ……」


 結果的に、整えるまでも無かったが。

「その年になるまで、学校に通っていたのか? 庶民が? それに、庶民が趣味で料理をするだと?」

「確かに、こっちの常識からすると珍しいかもなぁ」

「もしかしてだが……。ユウトの故郷である『地球』という世界は、ブルーワーズとは文化が違う世界なのか?」

「…………あれ?」


 致命的な齟齬。

 一年以上過ぎた今になって直面した問題に、大魔術師と呼ばれるようになったユウトの頭脳も、すぐには打開策を見いだせなかった。


「話して……なかったっけ?」

「私も……確認してはいなかったな……?」


 ユウト――いや、天草勇人としては、ここが地球と違うのは当たり前すぎて、わざわざ言うまでもないことだったのだ。さらに言えば、ヴァイナマリネンには説明をしているので、話した気になっていたというのもあるだろうか。


 一方、ヴァルトルーデたちも、妙に異世界慣れしていた。

 実際に行ったことがある者はほとんどいないが、別の世界が存在するというのは少なくとも冒険者にとっては常識レベルの知識。

 不幸な行き違いの原因は、『忘却の大地』など人が住む異世界は、いずれも文化レベルがそう変わらないという事実にあった。むしろ、『暗天の砂塵』世界など、数百年前のレベルだ。


「そうか、そうだなぁ……」


 苦笑を浮かべたユウトが、視線を上に向けてなにから話したらいいのかと途方に暮れる。


「地球には、七十億人ぐらいの人がいて、俺の国――日本はその内の一億二千万人が住んでいる。魔法やエルフやモンスターはなくて代わりに科学技術ってのが発展していて、数百人を一度に乗せて空を飛ぶ機械や何百キロも離れた場所と簡単に話ができたりする。あと、王様はほとんど名目上の存在で、政治は民衆が投票で選んだ代表者が数年の任期で行うってのも、大きな違いかな?」


 こうして並べてみると、どうにも説明が難しい。

 ヴァルトルーデには上手く伝わっただろうかと視線をやると――


「ななじゅうおく……?」


 ――最初でフリーズしてしまっていた。

「多分だけど、ブルーワーズの十倍以上はいるかなぁ」


 おおよそになってしまうのは国勢調査など無い世界のため、誰一人として総人口など把握していないからだ。


「それだけの人数が、飢えもせずに、当たり前のように教育を受けられる世界か……」

「いや、貧しい国もいっぱいあるから例外は多いぞ」

「少なくとも、ユウトの国ではそうだったのだろう? いや、つまり……」


 恐る恐る。だが、確信を込めてヴァルトルーデは言った。


「もしかして、もしかしなくても……こっちの世界は、ユウトの故郷に比べてかなり劣っているのか?」

「まあ、そうだなぁ」


 評価軸は色々あるだろうが、相対的に見れば遅れていると断言しても良いだろう。


「庶民の生活としては、地球の方がかなり優しいだろうな。でも、ブルーワーズの人類の歴史って千年ぐらいだろ? 地球は、文明が発祥してから六千年ぐらい経ってるし、単純に年数の違いなんじゃないかなぁ」

 ユウトは優劣など競っても仕方がないと言いたかったのだが、ヴァルトルーデにもそれは伝わったようだ。

 というよりも、そこまでスケールの大きな話は、ヴァルトルーデでは理解できない。


「もしかして、食事もまったく違うのか? ビーフシチューなどという料理は聞いたこともないぞ」


 結局、朱音――彼女の存在自体、ヴァルトルーデとしては大いに気になるところだが――とのやりとりの中で出てきた身近な話題に切り替えた。


「そういえば、スープはあるけど、こっちじゃシチューに遭遇したことはなかったな。というわけで、こっちにはない料理も地球には色々あるよ。特に、甘い物なんか、子供のお小遣いでも買えちゃうぐらいだな」


 ユウトは続けて、コンビニのアイスやデザート。ジュースについて楽しそうに解説をしていく。

 久々に思い出す地球の情景にユウトは笑顔を浮かべていたが、それを聞くヴァルトルーデの美しい相貌には、憂色が濃くなっていった。


「ならば、こっちの食事は不味かったのではないか?」

「そんなことはないさ。でも、俺の国の主食はパンじゃなくてコメだから、その点はちょっと不満があるかもなぁ」

「そう……なのか?」


 主食まで違う。

 コメがなんなのかよく分からなかったし、パンが主食ではないという文化はヴァルトルーデの予想も理解も超えていた。


(無理をさせていたのだな……)


 そんなことも気づかずに、できればユウトにはブルーワーズに残ってほしいと思っている。いや、側にいて

ほしいと願っている。


 そんな自分の浅ましさを、ヴァルトルーデは心の底から呪った。

回想、終わりです。

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