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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 4 交差する世界 第二章 混じり合う世界
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4.百層迷宮に集う

 ラーシアやヨナに遅れること一週間、様々な雑事を終えアカネたちがようやくフォリオ=ファリナに到着した。


 そう、アカネも。


「なぜ私まで、ここに……」


 フォリオ=ファリナの百層迷宮。

 四重からなる城壁の中心。つまり街の中心部に、入り口はある。


 派手な建物を期待していたわけではないが、知らなければ地下の貯蔵庫への扉と誤解してしまいそうなほど、目立たないものだった。


 普段は冒険者たちで賑わっているそうだが、現在は議会から指名されたパーティのみが潜入を許されているため、衛兵たちの姿しか見えない。


 その入り口の前に、アカネたちは集まっていた。


 彼女は、動きやすい服装ということで、チェックのベストにスカートという制服姿。さすがに、それだけでは不用心なので、敵意を持って近づいた者へ自動的に反撃を行う魔法具(マジック・アイテム)のコート、刃の外套(ブレイドコート)を身にまとっていた。デザイン性は皆無だが、贅沢は言えない。


 そして、左手の薬指にはユウトから贈られたエンゲージリング、守護の指輪。

 これだけは、絶対に手放せない。


「ご指名ですから。もちろん、実際に潜るとなれば指一本触れさせません」


 責任は取りますがどうしようもありませんと、アルシアが言う。

 続けて、仲間たちも、次々と安全を請け負ってくれる。


「大丈夫、大丈夫。罠もモンスターもちゃんと全部片すから」

「守るというより、近づく前にみなごろし

「鏖が好きだな、ヨナは。オレも負けんぞ」


 マフィアのアジトへ突入する特殊部隊に守られた一般人。

 それが私ねと、アカネは空を見上げる。


 憎らしいほどに、蒼かった。


「お待たせしましたっ」


 そこへ、アッシュブロンドをサイドテールにまとめた少女が駆け寄ってくる。仲間は連れず、ペトラ・チェルノフは一人でアカネたちに合流した。

 背負った槍は、ユウトから渡された魔法具。特殊な力はないが、扱いやすく貫通力も強化されている中級以上の魔法具だ。これ一本で、金貨三万枚は下るまい。


 尊敬する師匠(せんせい)からの贈り物に、ペトラは呆然とし、驚き、そして尋常でなく喜んだ。ベッドにまで持ち込もうとして、幼なじみで侍女のネラからこっぴどく叱られるほど。

 そこまでとは知らないだろうが、その喜びっぷりにはユウトも驚いた。

 リザードマンの貴種から得た戦利品で、槍は誰も使わないから死蔵していたのを思い出した……という軽い気持ちで渡したなどとは言えない。


 母の命を救う手助けをしてくれ、自分を変え、様々なものを与えてくれたユウト。


 父親を通してではあるが、ドゥエイラ商会の件では役に立てた。恩返しができた。

 だが、まだまだ足りない。だから、ユウト本人はいなくとも、師匠の仲間が百層迷宮に潜ると聞いて経験者である彼女が案内役に立候補したのだ。


 恩返しをしたいという純粋な気持ち。

 そして、間接的にでもそれがユウトに伝わったら喜んでくれるかも知れない。誉めてくれるかも知れない。そんな、僅かで可愛い下心。


 けれど、彼女のやる気は、次に現れた人物により、粉々に打ち砕かれることになる。


「集まっとるな」

「あなたが遅れたからですよ、我が師よ」

「相変わらず、貴様は一言多い」

「性分ですので」


 そんな世間話をしながら姿を見せたのは、二人の大魔術師(アーク・メイジ)


「ばばばばっばヴァイナマリネン様に、メルエル学長まででででっっっ」


 ブルーワーズを代表する理術呪文の使い手。すでに歴史的な人物として語られる存在。王侯貴族にも劣らない社会的権威を持つ魔法使い。


 ただの見送りではなく彼らも同行するのは、その装備からも明らかだった。

 それでも、聞かずにはいられない。


「もしかして、お二人も一緒に……?」

「もしかしては不要だね、ペトラ・チェルノフくん」

「面白いことになっとるからの。見逃す手はあるまいよ。エルドどもに教えてやったら、地団駄を踏んで悔しがっておったわ」

「我が師よ、それで遅くなったのですか……」


 あきれたように言うメルエルだが、当然、それで態度を改める大賢者ではない。アカネもそれは分かっていて、毒を食らえば皿までの心境だ。


「エルドとはまさか、エルドリック王……」

「有名な人?」

「子供でも知っています。子供の頃、ヴァルはエルド王ごっこが好きでしたし」


 百層迷宮を踏破し、富と栄光に浴したパス・ファインダーズ。

 しかし、その名が永久となったのは、その後の歩みによるところが大きい。


 天上での探求(クエスト)を経て神の叡智を手にした大賢者ヴァイナマリネン。


 麗騎士エルドリックは亡国の王子であり、後に故郷へ戻った彼は故国の再興を果たして国王の座についた。

 そして、彼に付き従い公私に渡ってサポートを続けた太陽神フェルミナの枢機卿位を持つローラ。後に、エルドリックと婚姻し、王妃となっている。


 エルフの斥候(スカウト)にして舞う斬姫と呼ばれたスィギルと、黒き剣士レイ・クルスの悲恋。それに続く闇の剣士へと堕ちたレイ・クルスの物語は、ブルーワーズで最も人気のある悲劇だ。


 さらに、最年少で員数外とされることもあるが、十代の頃のメルエルもパス・ファインダーズの一員だった。

 彼が、フォリオ=ファリナの議会から百層迷宮の管理の一部を委託されているのは、ヴァイナマリネン魔術学院の院長であることよりも、こちらの理由の方が大きい。


「それに、もう一人いるではないか」

「もう一人?」


 アルシアが、不安そうにつぶやく。

 この大魔術師の師弟に関しては事前に聞いていたが、更なる参加者がいるなどとは初耳だ。


「うむ。このままでは、バランスが悪いからの」

「それは確かに、その通りですが……」

「言われてみれば、ほぼエグのワントップね」

「オレは、あまり前に出る必要は無いのだがな」

「ダンジョンだと、下手な飛び道具よりもレンジ長いしね~」

「私も前に出れますけど、ははは……」


 そこに、一台の馬車が到着する。

 地味な色合いの、どこにでもありそうな二頭立ての馬車。


 しかし、そこから降りたった青年は、周囲を見回すだけで場を圧倒する存在感を放った。


「皆、久しぶりだな」

「アルサス王子!?」


 ロートシルト王国の王太子。

 宝剣トレイターを佩き、完全武装で一人現れた白皙の美少年は、人好きのする笑顔を浮かべてこちらに近づいてきた。


 言葉は出さないが、周辺を警備する衛兵たちもぎょっとする。


「よく来たの」

「叙事詩に名を残す機会を得られ、改めて礼を」


 ヴァイナマリネンの言う、最後の一人。

 確かに、アルサス王子ほどの使い手であれば百層迷宮攻略の大きな力になるだろうが……。


「いやぁ。あの源素の渦の時以来じゃん。一緒に頑張ろう」

「使えるものは親でも使う」

「まずは、」

「そーじゃないでしょ!」


 勝手なことを言い募る三人を順番に叩いて――エグザイルは堅かった――から、アカネは王子へ無遠慮に詰め寄った。


「一応確認しますけど、一緒にダンジョンへ行くとか……」

「うむ。今の私は、ただの聖堂騎士(パラディン)であるアルサスだ。イスタス伯の代わりだとでも思ってほしい」

「代わりって。ユーディット様はなんて?」

「もちろん。快く送り出してくれたよ」


 普通ならあり得ないが、この夫婦――挙式はまだだが――なら、あり得ない話ではない。

 ユーディットは、アルサスを盲信しているというか盲愛しているというか、高いレベルで分かり合いすぎて、常人ではついていけない面があった。


「国王陛下や宰相閣下も了承済みなのでしょうね……」

「当然。納得しているかどうかまでは、神ならぬ我が身では断言できないがね」


 色々あったけど、押し切った。


 つまりそういうことなのだろうが、我が身を振り返るとなにも言えなくなる。アルシアは、見えはしない天を仰ぐ。

 しかし、戦力は一人でも欲しい。

 社会的なしがらみ等々を別にすれば、願ってもない助っ人だ。


「我が師は相変わらずですな」

「エルドを連れ出したら、ローラの説教が始まるからな」


 それでも、かつての仲間に連絡を取って自慢するあたりが大賢者らしい。


「では、行くぞ。草原の種族(マグナー)の坊主、先頭は頼んだぞ」

「ボクは成人男性だよ! そりゃ、先頭に立つけどね!」

「ここまで、いつも通りの流れ」

「だな」


 軽口をたたきながらも手慣れた様子で準備や隊列を整えていくラーシアたち。

 その動きには、一分いちぶの隙もない。


「私、必要なのかしら……」

「それはこっちも同じよ」


 アカネとペトラの戦闘力にはかなりの差があるだろうが、集ったメンバーを見る限り、戦力外という意味では同等だった。





 ヴァイナマリネンやメルエル学長、それにここにいたと広言してはならない高貴な少年など、できればかかわり合いになりたくない人々が百層迷宮へと降りていくのを確認し、衛兵たちは盛大に息を吐いた。

 緊張と困惑の二重奏から解き放たれたのだから、仕方がない。


 それに、これからもっと厄介な来客があることも知らないのだから。


「まあ、さすがに同行するわけにもいかぬしな」


 衛兵たちが扉を閉ざそうとしたところ、近づいてきた影。その声は、天上の音楽に似ているようで、地獄からの誘いのように甘美。


「待て、今日はもう――」

「それはできぬ相談よのぅ」


 先行するのも、気が急いて好みではない。

 だから、彼女はあえてゆっくりと。自分のペースで歩むため、あえて先を譲った。


 これ以上、譲るつもりはない。


「妾は進む。なんに問題もなかろう?」

「そんなバカな話が……」

「無ければ、今この瞬間に発生するだけのことよ」


 燃えるような赤い髪。

 王笏を手にした白く細い指は、否応なくそれに触れられた感触を想像し、なにもしていない、されていないのに背筋がふるえ、いきりたつ。

 押し倒し、のしかかり、むしゃぶりつきたくなる肢体。闇のドレスをまとった蠱惑的な肉体は、それでいて、触れるのが躊躇われる。恐れ多いと感じてしまう。


 淫靡なる美女に気圧され、衛兵たちは動けない。


「そこで、立っておれ。見送りは許す」


 言葉を発することもできず、命令通り、彼らはそのまま見送った。

 そのまま、この場から永劫に動けなくなる未来に気づくこともなく。


「分かっておるわ、母上。そんなに世話を焼かずとも、良い」


 女帝ヴェルガ。

 地上の悪を象徴する半神。


 お節介にもこの迷宮の真実を伝えてきた母との交神を一方的に打ち切り、彼女もまた、百層迷宮の深淵へと足を踏み入れた。


 その狙いは――ただひとつ。

 愛しい愛しい愛しい彼に出会うため。ただ、それだけだった。

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