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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 4 交差する世界 第二章 混じり合う世界
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1.ふたつの問題(前)

 賢哲会議(ダニシュメント)の一級魔導官秦野真名が、世界移動者(シフター)天草勇人及びヴァルトルーデ・イスタスと接触してから、一週間が過ぎた。


 その間、ユウトはホテルに閉じこもって呪文の研究に勤しみ、モンスターが出現する事態が発生すれば屋上のヘリポートから現地へ向かい、ヴァルトルーデと共にこれを殲滅した。

 世間一般から見れば波瀾万丈だが、彼らの感想としては、まずまず安定した生活だった。


 しかし、関係者は口をそろえる。

 この一週間は、賢哲会議の歴史上、最も重要で激動した期間だったと。


 真名から諸々の報告を受けた日本支部は、その内容を精査するよりも先に、マレーシアにある東アジア統括部へ報告を上げた。

 そこから全世界の統括部へ波紋は広がり、約四半世紀ぶりに賢哲会議――組織の名と同じ、最高意志決定機関。つまり、地球における隠秘学の最高峰――が開かれることになる。

 真名が報告をしてから、ここまでわずか一日。白亜の塔にしてはスピーディな対応だったが、不幸なことに紛糾する会議の前振りでしかなかった。


 まず、ユウトは世界移動者ではなく帰還者と呼ぶべきではないかという、端から見ればどうでも良い議論が始まった。正確にはそうだろうが、移動する手段を持っている可能性もあると賛成派・反対派が対立。

 最終的に、併記することで決着を見た。


 次に、異世界の金貨の買い取りで紛糾した。

 買い取るか、拒否するかではない。いくらで、どのように分配するかで、大人げない罵り合いが発生したのだ。


 異世界の金貨。

 それは、本当に地球と同じ金なのか。意匠は、重量は、配合は。知りたいこと、調べたいことがいくらでもある。収集家としても、是非手にしたい。

 それなのに、何枚あるのか分からない。


 賢哲会議の出席者は、当然ながら、皆、一角の賢者である。

 故に、金で手に入らない物があるのは知っている。そして、金で手に入るのであれば、それを惜しむべきではないことも。


 資金力のある北米統括部が価格をつり上げ、分け前を多く得ようとする。

 それに同調・追随する派閥があれば、当然、資金が潤沢でない勢力は均等な割り当てを要求した。


 一時は金貨一枚百万ドルという狂ったとしか思えない値が付けられたが、推移を見守っていた長老格の賢人が一喝し、事態は収束の方向へ向かう。

 最終的に、賢哲会議として可能な限り多くの金貨を購入し、統括部毎に均等配分。統括部間の融通も禁じることとなった。


 これは、組織の崩壊を防ぐだけでなく、あり得ない金額を提示されてユウトが警戒し、賢哲会議から距離を取る未来を防いだという意味でも、非常に重要な決定だった。

 それでも、一枚百万円という提示額には警戒心を抱かざるをえず、15枚しか渡さなかったのだが。


 同時に議論の的になったのが、ユウトとヴァルトルーデの身柄についてである。

 本気ではなく問題提起として、二人を監禁もしくは近親者を誘拐して協力を強制するという案が俎上に登った。


 しかし、それは全会一致で否決される。


 その決断の裏には、彼らは暴力ではなく智恵を是とする学術と神秘の徒であるという自負があった。完全な善人ではないが、さりとて悪辣でもない。

 当然、伝説の魔術師をも凌駕するユウトを将来的には迎え入れたいとする者から、金の卵を生む鶏を殺しても意味がないという意見まで、見解の幅は広かったのだが。


 もうひとつの理由としては、今、日本で起きている異世界からの侵略とすら表現できるモンスターの異常発生がある。


 未曽有にして前代未聞。

 あまりにも従来の常識から外れた事態に、正直、頭を抱えてしまう。


 出現位置も時刻も共通性が無く、今も実働部隊は駆け回っていた。

 従来も、平均で半年に一度はあったものの、最近の頻度は異常だ。そのうえ、モンスターの強さも跳ね上がっており、本来は単独行動が基本の一級魔導官でさえチームを組まねば対処できない。


 そんな合間を縫って、ユウトは魔導官たちの訓練を見学したのだが――


「実力は特級魔導官クラスだけど、面倒だから三級っていう人材が、ごろごろしたりしてるんだよね?」

「いるはずありません。なにを考えているんですか。そんな怠慢な人間を許容するほど甘くはありません」


 ――と、蔑んだ目つきの真名から一縷の望みも否定されていた。


 このように、頭を抱えたくなるような事態もあったのだが、警察への働きかけや窓口の真名への一本化も含め、ユウトの要望は概ね叶えられた。

 ユウト個人としては、ある程度まとまった現金を両親に渡せたのが、最も嬉しかったようだ。


 転移から一週間を待たず、地球で行動の基盤を構築したユウトとヴァルトルーデ。

 一方、その二人がいなくなって一ヶ月を迎えたイスタス伯爵領は大きな問題が、ふたつも持ち上がっていた。


「ヴァルとユウトくんがいないのを隠し通すのも、限界だったということですか」

「人の口には戸は立てられないっていうし、仕方がないんじゃない?」


 ユウトとヴァルトルーデがいない、ファルヴの城塞の会議室。

 いつも朝食を摂っているこの部屋にイスタス伯爵家の幹部が五人そろって、珍しく難しい顔を付き合わせていた。


 二人の席は空けたままにしており、片側にアルシア、ラーシア、エグザイル。もう一方にアカネとヨナが座るという配置。


「それにしたって、隙を見せたのはボクの責任だ」

「責任を取って殺りに行く?」

「その、敵は死すべしって思考は止めてー」


 現在持ち上がっている問題。

 ひとつ目は、メインツの玻璃鉄(クリスタル・アイアン)の鉱山の所有権を有していると主張する貴族が現れたこと。

 隣国クロニカ神王国の貴族プレイメア子爵が、百年前にドワーフの族長と結んだと称する契約書を持ち出してきたのだ。


 内容は、鉱山はプレイメア子爵家が所有するものだが、ドワーフたちとの友誼に則り特別の申し出があるまで自由に使用して良いとの、一種の貸出契約。

 その契約に従い接収したいところだが、特別に金貨五万枚ですべての権利を譲ろうという申し出だった。


「なんとかかんとか辺境伯とかいう身の程知らずに比べたら、ちょっとマシ?」

「汚物に優劣などありません」


 再興前のイスタス伯爵家との遠い縁戚関係から、無茶苦茶な要求をしてユウトの逆鱗に触れたバルドゥル辺境伯家。決闘で目も当てられないほどに惨敗してからは、家宝を失ったショックで領地に引きこもっているらしい。


 それにしても、アルシアの物言いが珍しく苛烈だ。


「二人がいないところを狙ってと、怒っているな」


 低く響く声でエグザイルがそう指摘し、歯を見せて笑う。


「オレも同じだ」


 プレイメア子爵が目の前にいたら、錨のようなスパイク・フレイルで床の染みに変えていただろう。それほど危険な笑みだった。


「一週間以内に回答と支払いっていうのが、また厄介よね」


 物理的な方向へ行かないよう、アカネが必死に方向性を変える。

 ただ、今は変えられても、散々話し合った末に物理的な方針に決まりかねないので油断はできない。


「そうですね。ニエベス商会の件が無ければ、やりようはいくらでもあるのですが……」


 この一ヶ月でやや肉が落ちた頬。そこに手をやりながら、アルシアが嘆息する。


 もうひとつの問題。

 それは、アカネとの共同事業であるファッション事業の発売を控えたニエベス商会の買収問題。

 レジーナ率いるニエベス商会は、ユウトと関わりを持つまで左前の状態だった。その当時の借入金などの債権を購入されたり、職人の引き抜きが画策されるなど、買収危機に陥っている。


 しかも、相手はドゥエイラ商会。フォリオ=ファリナでも五指に入る大商会だ。


 玻璃鉄とニエベス商会。

 このふたつの問題への対抗策を決定するため、集まっていた。


「アルシアの《奇跡(テウルギィ)》で、普通の鉄鉱山に戻してから返すとか、どう?」

「嫌がらせにしかなりませんね。悪くはないですが」

「悪くないんだ……」


 なまじ力があるだけに、アカネからすると脱線してしまいがちなのも問題だ。


「わかった。めんどくさいから、とりあえず全部お金で解決しちゃう?」

「それも、ひとつの選択肢でしょうが……」

「ヨナちゃんに言われると、教育問題とか考えちゃうわね」


 つまり、ユウトが悪い。


「でも、そうよね」


 やる・やらないは別にして、できる・できないは把握しておくべきだ。

 アカネはノートパソコンのスリープ状態を解除し、表計算ソフトで作った帳簿から、イスタス伯爵家の資産状態を確認する。

 それと、ニエベス商会から提供された債権のリストを付き合わせた結論は――


「余裕でいけるけど、目減りはするわね。ふっかけられたら、ちょっとイヤな感じ」

「今回は良いけど、次は無理そう?」

「そうね。イスタス伯爵家(うち)って、ひたすら資産を食いつぶしてるだけなんだもん」


 税収など二の次。

 むしろ、税制や徴税官を整えるのがめんどうなので、あんまり取り立てたくないという節もある。


 そんな話を聞いて、自らの行いの正しさを確信するヨナ。


「ニエベス商会の買収は防がねばなりません。アカネさんの事業を守るというのもそうですが、国外の勢力にハーデントゥルムの評議会議員の椅子を渡すことになりかねませんから」

「ただ、あんまり表だって守るのも、問題なのよね」


 特定の商会を領主が保護する。御用商人ということであれば問題ないかも知れないが、銀の仕入れを独占させたなど過去の経緯もあり、非難されかねない状況だ。

 そのため、レジーナをこの場に呼ぶこともできなかった。

 

「つまり、防衛するのもこっそり。できれば、相手から引いてくれた方が良いと」

「そんな都合のいい話があるわけ――」

「無ければ、作るしか無いよね」


 そんな無茶苦茶な――とアカネは声を上げようとしたが、それはこの場では少数派の行い。


「ここは、ラーシアの出番だろう」

「むしろ、手伝う」

「ククク、気が合うね」


 ヴァルトルーデという倫理の鎖から解き放たれた三人が、他人には見せられない笑顔を交わす。それは、誰にとっても――味方であるはずのアカネにとってすら――悪魔の微笑みだった。


「百層迷宮の件で、フォリオ=ファリナに行かなくちゃいけないと思ってたし。一石二鳥?」

「どんな商人でも、後ろ暗いところは絶対にあるはず」


 完全に悪人だ。

 ドゥエイラ商会はもののついでで潰されてしまうらしい。

 

「アルシアさん、これで良いの?」

「良くはありませんが……」


 短期的には、他に取れる方策もないということか。

 なにしろ、戻ってこられるのであれば、すでに二人とも帰還していなければおかしい。つまり、こちらかも働きかけねばならない時期なのだ。


 それなのに面倒なと、アルシアもかなり疲労と憎悪を溜めている。


「ま、詳細はボクらに任せてもらおうかな。玻璃鉄の方の方針を決めてから、使えるお金を算出してね」

「がんばる」


 どうやら、ドゥエイラ商会の担当はラーシアとヨナになるようだ。アカネの脳裏に「混ぜるな危険」というフレーズが過ぎる。

 具体的にどうするつもりなのかは話がなかったが、聞かない方が良いのだろう。


「領主代理が聞いちゃいけない方法って」

「緊急事態ですから、アカネさん」

「緊急事態といえば……」


 苦悩する常識人を余所に、エグザイルがふと思いついたかのように言った。


「ユウトなら、こういう時にオレたちがどう動くべきか、書き置きでも残していてもおかしくないな」

「言われてみれば……」

「探してくる」


 ユウトが様々なメモを残していたことを知るヨナが、フットワーク軽く会議室を出ていく。

 そして、ほんの十五分ほどで戻ってきた。


「あった」


 ヨナがアカネに渡したのは、


 表情が変わらないヨナに対し、アカネの表情は見る見る崩れていく。笑顔と泣き顔の中間へ。


「これ、やるの? やっちゃうの? 問題ないの?」


 玻璃鉄の鉱山に関して、横槍が入った場合の対処法(案)という、そのままずばりなメモはあった。

 あったが、内容が問題だ。


「根回しは必要でしょうが……いけますね」


 それを聞いたアルシアも、複雑な表情を浮かべるが……効果的であることは認めざるを得ない。


「法律を作る側なんだから、合法とか当たり前」


 そのヨナのもっとも過ぎる指摘に、なにも言えない。


(やっぱり、ヴァルがいないとだめだわ……)


 この瞬間、ブルーワーズに残るユウトの婚約者二人の心はひとつになった。

要約すると、ユウトはいてもいなくても問題を引き起こすよというお話。

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