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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 4 交差する世界 第一章 現実(リアル)と幻想(ファンタジー)と
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13.賢哲会議(後)

賢哲会議(ダニシュメント)とは、なんなのか。まず、それを聞いてもいいかな?」

「もちろんです。むしろ、先に説明すべきでしたね。申し訳ありませんでした」


 真名が頭を下げ、ポニーテールが揺れた。

 小柄な彼女にそんなことをさせていると、こちらが悪人になったような気分になってしまう。


「我々賢哲会議は、超自然的な現象を研究し、調査し、分類し、管理する組織です。発祥は、アッバース朝の時代とされています」

「アッバース?」

「日本――この土地から遙か西にあったイスラム……異教の国だよ。だいたい、千年ぐらい前だったかな」


 幸運にも憶えていたのは、ヴァイナマリネンに行なった歴史授業の成果。婚約者に良いところを見せられたかなと、ユウトは密かに喜ぶ。

 しかし、その婚約者の方は、「千年……」とブルーワーズとは異なる歴史の長大さに驚いていた。

 まあ、ユウトの格好良いところなど、ヴァルトルーデは何度も何度も見ているので問題ないのだが。


「公的な機関ではありませんが、その歴史の長さと特殊性もあって、影響力はあります」

「例えば、警察に顔が利くとか?」

「厳密には合法ではないかもしれませんが、否定はしません」

「マンガみたいな話だな……」


 にわかには信じられない。

 だが、少なくとも、タブレットを開発して呪文を使用し、スイートを平然と借り切り、ユウトよりも地球における神秘的な事象に詳しいのは確かだ。

 そんなオカルト、できれば否定してほしかったけれど。


「いや、信じてないわけじゃないけどな」

「分かります。外部の方は、特にそうでしょう。私は、漫画など読んだことはないので、よく分かりませんが」

「え?」

「漫画を読んだことがないのが、そんなにおかしいですか?」

「いや、外部って」

「そちらですか」


 得心いったと、真名は軽くうなずいた。


「賢哲会議では、全世界で魔術の素質がある子供をスカウトし、集めて教育しています。私も、その一人です」

「素質?」

「はい。確かに、人道的観点では非難されるかも知れませんが――」

「いや、なんでもない」


 超能力(サイオニック)とは違って、理術呪文であれば素質など関係ないというのがユウトの持論。だが、それなりに大きな組織が行なっているのだから、根拠があるのだろう。

 思考の柔軟性や理解力の高さが基準というのもありえる。


(まさか、理術呪文と超能力をごちゃ混ぜにしてるわけもないだろうし……無いよな?)


 どうも、理術呪文に限らずだが、賢哲会議のレベルはユウトの想定より低いのではないだろうか。もちろん、環境による違いもあるだろうが。

 そうユウトが心配を膨らませながらも、真名からの説明は続く。


「賢哲会議は基本的に研究機関ですが、稀に発生する超常生物や霊障の駆除・排除を行うための実働部隊も存在します。それが私のような魔導官です」


 二級以下の魔導官はチームを組んでの活動しか許されないが、一級魔導官はそのくびきから解き放たれる。つまり、それだけの実力を持っているということになる。


「あれで?」

「……センパイに比べれば、そう言われても仕方がないのでしょうが」


 不本意です、と真名は小さくつぶやいた。

 そう言いたくなる気持ちは分かるが、言われても困るというのが、ユウトの率直な感想。


「ユウト、私は手を組んでもいいと思うぞ」

「根拠は……悪い相手じゃなさそうだから?」

「取引の相手としては、だな。だが、あのモンスターの出現を放ってはおけんだろう」

「分かった。なら、俺のことも話そう。それこそ、マンガのような話だけどね」


 そしてユウトは語る。


「俺が迷い込んだ世界は青き盟約の世界(ブルーワーズ)という名前だ。偶然、次元移動をした俺は、そこで理術呪文を学んで、モンスターと戦ったりしながら、地球に戻る方法を探していた」

「やはり、同じ魔術なのですね」


 半ば分かっていたことだが、はっきりと口にされるとやはり驚きだ。


「それで、簡単には帰れなかったんだが、今回、偶然こっちに戻ってきたのさ。彼女と一緒にね。あと、その世界でもヴァルは超美人だから。美男美女の比率は、こっちと変わらないかな」

「それは聞いていません。ですが、教えていただいてありがとうございます」


 どんな情報でも集めようというのか。律儀にお礼を言われてしまった。

 領地経営のことやラーシアやエグザイルのような別種族が存在していることを隠している身としては、後ろめたさを禁じ得ない。


「あと、彼女――ヴァルトルーデは、勇者みたいなもんだと思って……って、ゲームやらないんだっけ? まあ、最強の戦士だよ。そして、俺の婚約者(フィアンセ)だ」

「正確には、婚約者の一人、だな。」

「そうですか。……え?」


 ワンテンポずれて、ほとんど動くことの無かった真名の表情が呆然に変わる。ただそれは、軽蔑へと変わる中割りのようなもの。

 つり目がちな瞳は、思春期特有の潔癖さからくる感情で、悪しきものでも見るかのようにユウトを射抜いている。


 けれど、ユウトに怒りはない。


(うちの両親や朱音の所のおじさんたちが、理解ありすぎなんだよな。信頼してくれてるからだろうけどさ)


 ある意味、当然とすら思っていた。

 まあ、やましいところはなにもないのだし、卑屈になるいわれもない。


「俺から言えるのは、こんなところかな? そちらの意志に変わりはない?」

「想定外の情報もありましたが、もちろんです」

「俺としても、いや、俺たちとしても協力はしたい。あんな粘液の化物(ミューカス)みたいなのをこっちでのさばらせるわけにはいかないからね」


 ある意味、渡りに船の申し出ではあったのだ。

 しかし、ただでとはいかない。


「ただ、いくつかお願いがある」

「既にお伝えしたとおりです。対価も便宜も、できる限りは」

「俺の両親をはじめとした関係者に、俺とこの件の情報を漏らさないこと。接触もしないでほしい」

「それは、こちらからお願いしたいぐらいです。接触も、必要がある場合でも、許可を求めるようにします」

「良かった。次に、さっきの《道化師の領域スフィア・オブ・クラウン》という呪文を俺に教えてほしい」

「当然だと思います」

「ありがとう。それから、手の内をさらけ出させることになるけど、賢哲会議の魔導官がどの程度の呪文を使用できるのか……。ぶっちゃけ、戦闘力がどれだけあるのか確認したい」

「それは、上に確認しなければお答えできません。私個人としては諒解してもかまわないと思っていますが」

「この条件は絶対ではないけど、できれば受け入れてほしいな。基準が、明確にならなくて戸惑っているんだ」


 第八階梯の《七光障壁(レイウォール)ごとき(・・・)を極大呪文などと呼ぶ賢哲会議の構成員が、どれだけの実力なのか。

 ブルーワーズの駆け出し魔術師(ウィザード)以下――たとえば、ペトラ・チェルノフ――なのではないかと思うのだが、それならそれで、一級魔導官として活動できる理由も知りたかった。


「終わりか?」

「まだまだあるよ。さっき、警察にも顔が利くって言ってたと思うんだけど」

「それがなにか?」

「俺と朱音――三木朱音の捜索願を内々に取り下げてほしい」

「可能だとは思いますが……」


 なぜそんなことをという疑問が、真名の顔に出ている。

 それを見たユウトが、別に大した理由じゃないんだけどと、軽く説明した。


「単純に、見つからない失踪者の捜索に人と税金を使われてるのが嫌なだけだよ。ケータイも自由に使えない」

「携帯電話でしたら、こちらで用意しますが……。分かりました、働きかけます」

「よろしく頼む」


 探してくれた警察の人にも謝りたい気持ちはあるが、残念ながらそれはできない。わがままで、それができない。

 だから、ユウトは心の中で頭を下げた。


「そういえば、報酬のお話がまだですが」

「報酬か。今までの要望で充分だけど……そうだ!」


 なぜ今まで気づかなかったんだと、ユウトが頭をたたく。

 その仕草を、二人から奇異の視線で見られていることにも気付かず、思いついたアイディアを披露した。

 

「異世界の金貨とか、賢哲会議で買い取ってくれないかな?」

「金貨……ですか? それも、できれば売ってくださいとお願いしたいぐらいですが」

「じゃあ、今度サンプルで何枚か渡すよ」

「…………」

「何枚かじゃ、足りない?」

「奪い合いになるでしょうね」


 とりあえず、それに夢中になってくれていてほしい。

 無限貯蔵のバッグに眠る、他の魔法具や残りの魔法薬(ポーション)。そして、恐竜のブロック肉などは、できれば出したくなどないから。


「最後に、もうひとつ。交渉の窓口は君に絞りたい。直接会って喋った君は信頼する。でも、悪いが賢哲会議という組織は、まだ信用できない」

「これも、一度持ち帰らせてください。私の一存ではお答えできません」

「かまわないよ。でも、期待してる」

「分かりました。善処します」


 タブレットを操作して会談の内容をまとめると、真名は「この部屋は好きなだけ使ってください」と言い残して、スイートルームをあとにした。 

 彼女も、とんだ夏休みだなと苦笑しつつ、ユウトはそれを見送る。


 それから、数分。

 緊張を解いたヴァルトルーデが、ソファの横に討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを立てかけてから、初めてソファに座る。


 もちろん、ユウトの隣に。距離は、ほとんど無い。


「悪いな、ヴァル。しばらく、あっちには戻れそうもない」

「なに、ヘレノニア神も仰せになっている。『正義をなすのに理由はいらぬ』と。むしろ、私は誇らしい」


 珍しく。本当に、滅多にないことだが、ユウトの肩に頭を乗せて、ヘレノニアの聖女は愛する人とぴったり寄り添う。今だけは、すべてのしがらみを忘れて、身を委ねたい気分だった。

 そんな彼女の肩を、やはり希有なことだが、ユウトは無言で抱いた。


「俺は、良い相手と結婚するんだな」

「ばばばあ、ばかなことを言うんじゃない」 


 面白いように狼狽えてくれる愛する人の姿を眺めながら。

 腕の中に、確かにその存在を感じながら。


 ユウトは微笑を浮かべて、《星を翔る者インターステラ・ウォーカー》の後効果――時を巻き戻すかのようにして、元の場所へ戻る――を解除した。

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