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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第三章 回想編
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2.ファルヴのオベリスク

すいません。話の区切りの関係で短めです。

 ファルヴには、秘密がある。

 正確には、その地下には。


 かつてはファルヴの廃神殿の地下。今はヘレノニア神が建てた城塞の地下に、一本のオベリスクが存在していた。


「何度見ても、ファンタジーだよなぁ」

「ユウトがなにを言っているのかは分からないが、言いたいことは分かる」


 《浮遊(レビテート)》の呪文で最深部へ下りながら、間近に迫るオベリスクを見てそんな言葉を交わす二人。


 ファルヴの城塞の、閉ざされた地下空間。

 その普段は封印された入り口――床の穴――から魔法を使って、地下空洞へと降りていく。

 長さは30メートル。幅はその三分の一程度だろうか。漆黒の花崗岩でできた直立するモニュメントは、淡く、脈動するかのように光を放っていた。


 誰が、なんのために建立したのか、なにも分かっていない。

 唯一の手がかりであるオベリスクに刻まれた文字は、《読解(リード・マジック)》の呪文を使用しても翻訳できなかったという。


 ただ、次元界に関する機能と魔力を集積する能力があることだけは分かっており――それに〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)が目を付け、絶望の螺旋(レリウーリア)を復活させるために用いようとした。

 その企みは、ファルヴの廃神殿を根城にしていた〝虚無の帳〟とは無関係なブルードラゴンを討伐に来たヴァルトルーデたちによってくじかれたのだ。


 もっとも、このオベリスクを使用した絶望の螺旋を復活させようとした計画は、〝虚無の帳〟にとっては手段のひとつでしかなく、イル・カンジュアルを贄としたより確実な陰謀へと舵を切る結果となったのだが……。


「だから、ヴァルたちの方が、悪役に見えたんだよなぁ。正確には、エグザイルのおっさんがメインだけど」

「何度聞いても、酷い話だ。私たちはブルードラゴンを倒した後、廃神殿の探索までして邪悪な陰謀を打ち砕いたのだぞ?」


 地下洞に降り立ったヴァルトルーデが、控えめに抗議する。

 今の彼女は祭服から着替え、細やかな刺繍が施された白いブラウスにキュロットスカートを合わせた活動的な装いをしている。

 このまま地球に連れていっても違和感のない服装だが、唯一、異彩を放っているのが、腰に巻いたベルトから吊す、討魔(ディヴァイン・)神剣(サブジュゲイター)だった。


「こっちに来て初めて見た光景って、散乱する死体と血塗れのおっさんだったんだぜ? どう考えても、次は俺が殺られる番だろ」


 そして、あのオベリスクを背にして、とんでもない美人を目にしたのだ。


 暗い洞窟の中にあって、彼女だけが異質だった。

 夜空に輝く、美しい星。

 国語の教科書に載っている詩を読んでも心に響くことの無かったユウトが、ヴァルトルーデを目にした瞬間、思い浮かんだ言葉だ。

 地球では、テレビでもネットでも、彼女ほど顔の造形が整った美少女を見たことなど無かった。


 美しい。


 そう認識することもできず、ただただ圧倒され息を飲んだ。

 それが、ユウトとヴァルトルーデの出会い。


「その割には、慌てふためいた様子もなかったはずだがな」


 頤に指を当てながら、ヴァルトルーデはあの日の光景を思い出すかのように言った。


「それは……」


 とんでもない美人がいて茫然自失してたからな。

 ――などとは言えない。絶対に言えない。


「世界移動で頭がふらふらしてたんじゃないかな」


 そう誤魔化しながら、ユウトはオベリスクへ無造作に近づく。


 広大な地下空洞。サッカースタジアムが丸々ひとつ入りそうな空間の一番奥に、オベリスクは建っていた。


 台形をした巨石建造物の基部。

 しかし、厳密にはオベリスクはそこに接してはいなかった。基部の中心にある指先ほどの八角柱のクリスタルに支えられているのだ。

 大きさや能力、来歴以上にユウトを驚かせたのが、この物理法則を嘲笑うかのような存在だった。

 どういう理屈なのか、その構造にどんな利点があるのか。大魔術師と呼ばれる今になっても分からない。


「《魔力解析(アナライズ)》」


 だが、魔法具(マジック・アイテム)を鑑定する《魔力解析》の呪文を使用すれば、どんな力を持っているのか知ることはできた。


 金無垢の円環に宝石のレンズが取り付けられたルーペのような魔力焦点具を取りだし、呪文を発動させる。

 同時に、様々な情報がユウトの脳へと送り込まれてきた。

 相変わらず解析不能な部分も多いが……。


「うん。問題ない。あと一年弱で、再使用できそうだ」


 大魔術師(アークマギ)クラスでないと使用はできないが、元々このブルーワーズ世界には《世界転移(プレイン・ウォーク)》の呪文が存在している。

 天上、奈落、地獄、源素界のような別次元界。あるいは、『忘却の大地』や『暗天の砂塵』、『黒鴉の領域』、『竜鉄の世界』といった他の物質界へ移動するための呪文だ。


 ただし、術者がその世界への知識を持っていなければならない。転移先に由来する物品があれば、なお良い。

 逆に、そのような手がかりがない場合……運が良ければ、モンスターの巣穴には出られるだろう。


「それでも、俺の故郷に行くためには、自力じゃ無理そうだからな。距離が離れているのかなんだか分からないけど、オベリスクの力を借りて、初めて移動できるってわけだ」


 その解説に、ヴァルトルーデは無言だった。


「ヴァル子」


 なぜ答えないのかは、ユウトも分かっていた。そして、はっきりと言わなければならないということも。


「俺は地球へ帰るよ」


 天上の美を持つ聖堂騎士が、その体面をかなぐり捨てるかのように大きく目を見開き息を飲む。

 今までも、その意志は聞いてはいた。領地経営の手伝いも、一年で構わないと言ったのはこちらのほうだ。

 だが、はっきりと告げられると、思った以上に堪える。足下が崩れ落ちたようなすら錯覚を覚える。


「別にこの世界が嫌なわけじゃない。この世界で出会ったみんなも大好きだ。不満なんて無い」


 その言葉に嘘はない。

 嘘はないが、地球が日本が恋しくないかと言えば、それはまた別の話だ。


 こっちで、美味しい料理を食べた、幻想的な光景を目の当たりにした。

 両親に幼なじみに友達に、食べさせてあげたい、見せてあげたいと思う。彼らがどんな感想を抱くのか、聞いてみたい。

 逆に、パンと肉と少しの野菜。そんな食生活に不満はないが、米とみそとしょうゆの味が恋しくなることはある。

 クーラーの利いた涼しい部屋で、コーラやアイスをつまみながらマンガを読んだり、ゲームをやったりしている。そんな少し前までは日常だった光景を、夢で何度も見た。


「最初から帰れないっていうのなら、俺はこっちで骨を埋めたと思う。でも、帰る方法があるなら帰りたいんだ」


 たとえ、それが一方通行の旅路だとしても。


「俺の世界には、魔法なんて無かった。だから、もう戻ってこられないかもしれないけどさ」


 沈黙が、洞窟を支配する。

 ユウトは答えを急かさない。いや、求めてすらいなかったのかも知れない。

 言いたいことは言った。

 それに……。


「わざわざ言うまでもない、当たり前のことだ」


 ヴァルトルーデが受け入れてくれることは、分かっていたから。


「だが、最初に私に言ってくれたことには感謝しよう。私のことを信頼してくれてありがとう」


 負の感情を別のもので塗り固めて、それでもヴァルトルーデは笑顔で言った。


「いや、まあ。ラーシアとエグザイルのおっさんには、もう言ってあるけどな」

「なんだと!」


 つかつかつかと足音を響かせたヴァルトルーデが、ユウトの目前で声を荒らげる。


「あの二人に言えて、私には言えなかったのか!?」

「落ち着け、ヴァル。仕方ないだろ。あのでこぼこコンビじゃ、俺が儀式を始める前に帰ってこないかも知れないじゃないか」


 ヴァルトルーデは、草原の種族(マグナー)のラーシアと岩巨人(ジャールート)のエグザイルの姿を脳裏に思い浮かべる。

 種族も信条も異なるが、頼りになる仲間だった。

 それは間違いないのだが……。


「それは、まあ、確かにそうだな……」


 二人とも、いい加減な人格であったのも否定できない。

 その結論に至り、ヴァルトルーデは肩の力が抜けた。身構えも遠慮も、すべてがバカらしくなってしまった。


「なら、私も遠慮はしない」


 ユウトは離さず、ヴァルトルーデがさらに顔を近づけてくる。


「聞かせてくれ。ユウトの故郷は、どんな場所なんだ? そこで、どんな風に過ごしていたんだ?」


 それは、懇願に近い響きを帯びていた。

「私は、ユウトのことが知りたい」

「そうだな……」


 そう言われて真っ先に思い浮かんだのは、彼がこの世界へやってくる直前の出来事だった。

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