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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 4 交差する世界 第一章 現実(リアル)と幻想(ファンタジー)と
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9.二人の朝、二人の夜

 翌日。

 目覚めると、ヴァルトルーデと同じ布団に寝ていた……ということもなく、地球での二日目は表面上平和的に始まった。


 ただ、二人して覚醒したのは昼過ぎ。疲労や時差ぼけに加え、明け方に彼女がベッドから落っこちて同じ布団どころか、押し倒される形になって、その後なかなか寝付けなかったというのが、寝坊の主な原因だ。


「おはよう、ヴァル」

「うう……。夢ではなかったのだな……」

「ああ……。夢じゃないけど寝ぼけてたんだし、気にするなよ。まあ、俺としても嬉しくなかったと言えば嘘になるしさ」

「言うな……」


 恥ずかしがるヴァルトルーデも可愛い。

 かわいい。


 そう妥当な結論に至ったユウトは、大きく伸びをしてから三度寝への未練を断ち切り、身支度のため着替えを持って部屋を出た。

 ヴァルトルーデは、枕に顔を埋めてバタバタしている。立ち直るには、もう少し時間が必要になりそうだ。


「キャウウンッ」


 部屋を出た瞬間、待ち受けていたコロが、足下にまとわりついて散歩へ行こうと要求してくる。だが、残念ながらそれに応えることはできない。

 背中のあたりを撫でて誤魔化し、身支度を整えるため洗面所へ移動する。


 電気をつけ、ふと見れば新しい歯ブラシやタオルが用意されていた。

 ユウトだけではなく、彼女の分もだ。


(同棲みたいだな……)


 などという思考が起動中の頭に浮かび、すぐに冷静になって恥ずかしさを自覚する。


「いかんいかん」


 浮つくんじゃないと、夏場のやや温い水で乱暴に顔を洗う。

 歯も磨き、素早く着替えを済ませてリビングへ移動。


 当然と言うべきか、両親の姿はない。今日は、一週間で最も憂鬱な日(月曜日)なのだから。それに、二人ともとうに有給休暇は使い果たしていた。


 それを知らないユウトは、まだはっきりとしない頭で、ダイニングテーブルの上に置かれた母からのメモにざっと目を通す。疲れているだろうから起こしませんでしたという文言には頭を下げるしかない。


「キャウウンッ! キャンキャンキャンッ!」

「あー。分かった分かった」


 引き続きアピールする愛犬に根負けし、棚を漁っておやつ代わりのガムを取り出してやる。ただし、すぐにはやることはしない。


「お座り」

「キャウンッ」

「待てだぞ」

「ウウウーー」

「よしっ」


 骨ガムをくわえて窓際へと走るコロ。 

 それを満足げに見送ってから、冷蔵庫に用意してくれているという朝食をチェックする。


 日本食に慣れていないだろうヴァルトルーデには、サラダとスクランブルエッグにしたハムエッグ。ユウトには、焼き魚に卵焼きにおひたしにと純和風の朝食が用意されていた。

 朝の忙しい時間帯にめんどうな準備をしてくれた母に、改めて反省と感謝を捧げる。


 もうひとつ、メモの指示通りヴァルトルーデの着替えを回収してから、部屋に戻った。


「ヴァル。母さんが着替え……って、まだやってたのかよ」


 十分以上は経っただろうに、ヴァルトルーデはまだ枕に顔を埋めたままだった。ユウトの枕に。

 この先、それを使って寝られるのだろうかと、二重の意味で心配になってしまう。


 そのうえ、婚約者がとんでもないことを言い出した。


「ユウトよ、私を罵れ」

「俺、そういう趣味はないんだけど……」


 あきれたような困ったような返答にも負けず、がばっと起き上がり、真剣な表情で訴える。


「誰が趣味の話をしている。これは、良心の問題だ」

「アカネやアルシア姐さんたちを置き去りにしたのに、俺といちゃいちゃしたのに罪悪感が?」

「いちゃっ!? 違う……わない……。いや、あれは事故だ!」

「なら、仕方ないじゃないか」


 見事に誘導に乗せられ、問題自体が雲散霧消してしまった。

 納得いかないとベッドの上で首を傾げるヴァルトルーデに、ユウトは着替えを差し出した。


「父さんと母さんは仕事に行ったけど、ご飯の用意をしてくれてるよ。準備するから、着替えてリビングに集合な」

「むう……。承知した」


 押しつけるように着替えを渡し、ユウトはキッチンに戻った。

 ブレーカーが落ちそうだったので、レンジで温めは後回し。先にトースターの準備をする。パンは、六枚切りの食パンが未開封で残されていた。

 とりあえず二枚突っ込んでトーストにする。


 二年振りの作業だが、なんの違和感もない。当然と言えば当然だろうが、なんとなく感慨深かった。


「ユウト、済まなかったな」

「ああ、今準備中だから座っ……」


 キッチンから顔だけ出して声をかける。

 そこには、天使がいた。


 いや、着替えと身支度を終えたヴァルトルーデだった。


 今日は、ライトグリーンのTシャツにジーンズというユウトと変わらない、ファッション。だが、彼女が身につけているだけで、ファッション誌の広告になる。

 特にデニムは、母が「これを履けるように頑張る」と宣言し、父子で「無理でしょ」と正直に言ってしまい、むくれられた曰く付きの物。それを完璧に着こなしている彼女には、ため息が出る。いや、ため息しか出ない。


「こっちの服は、体の線が出る物ばかりだな。どうなっているのだ?」

「……そうかな?」

「いや、まあ。ユウトが気に入っているのであれば、それで良いのだが……」


 無遠慮な視線を意識して、抗議をするが、か細い。そのため、トランス状態になっている彼には通用しない。


「まあ、ユウトの服も、新鮮で良いと思うぞ」

「お、おう」


 そんな状態は、トースターの無機質な音が焼き上がりを知らせるまで続いた。

 あわてて皿に移し、今度は電子レンジをフル稼働させて朝食――すでに昼過ぎだが――を温めていく。


 十分もせず、卓上に食事の準備が整った。


「いただきます」

「む? いただきます」


 こちらの作法なのだろうとヴァルトルーデも真似をして食事が始まるが、どうすべきかいきなり悩む。


 まるでホテルのヴァイキング式朝食のように和洋節操なく皿が並ぶが、悩みの根源はご自由にどうぞと並べられたジャム。イチゴ、ブルーベリー、マーマレードと三種類あるが、パンは二枚。

 卵やハムを乗せるのも悪くなさそうだ。


 そう戦略を模索しつつ、ユウトが注いでくれた紙パックのリンゴジュースを口に運ぶ。


「美味いな」


 ブルーワーズで同等の物をとなると、王侯貴族や大商人でも毎日は難しいだろう。つまり、この日本では庶民が王族よりも豊かな生活をしていることになる。

 そう、貴族である自らの身分も忘れて驚きを露わにした。


「このジュースの存在を計算に入れると、組み立ては……」


 そんな、食の軍師となりつつある婚約者の向かいで、ユウトはいわゆるお袋の味に舌鼓を打っていた。

 リ・クトゥアでも食べはしたが、やはり、慣れ親しんだ天草家の味には敵わない。まあ、どちらが秀でているかという話でもないのだが。


「ハムも美味い。卵も美味い。パンも美味い。この世界には、美味い物しかないのか!」

「そういうキレられ方は、初めてだわ」


 結局、思うがままに食べることにしたらしい。

 ダイエットとは無縁の聖女は、勧められるがままにトーストをお代わりして、どのジャムを使用するかという難題をゴルディオスの結び目のように力業で解いてしまった。


「それでだ」

「ん?」


 用意された食事を食べ尽くしたところで、ヴァルトルーデが話を切り出す。

 ユウトは、それに応じようとしつつも、彼女の口の周りの汚れが気になっていた。


「ヴァル」

「ん。すまん」


 まず先にウェットティッシュで、桜の花びらのように可憐な唇をぬぐう。少しドキドキしたが、人目がないからか、素直にされるがままになっている。悪くない。


「そ、それでだな。これからどうするのだ?」


 抽象的な問い。

 だが、言いたいことは分かる。


「まず、なにをするにも、目立つことは避けなきゃならない。だから、行動するのは夜になってからだ」

「ふむ。では、剣と鎧は……」

「鎧は難しいかなぁ」


 姿隠しの指輪インビジリティ・リングを使用することになるだろうが完璧ではないし、そもそも音はどうしてもしてしまう。


「とりあえず、夜は外に出て呪文の実験をするつもり」

「では、昼間は?」

「俺は、呪文の準備とかするけど……」

「……私は?」

「テレビでも見てる?」

「あの魔法具(マジック・アイテム)だな? ま、まあ、こちらのことを勉強する材料にはなるか?」


 肯定しつつも、ユウトは根拠のない悪い予感に囚われる。


(ヴァルがニートになってしまう……?)


 なにか、できることを考えよう。そう心に誓った。





 その夜。

 ユウトとヴァルトルーデは、揃ってマンションから出て近所の神社の境内へと移動していた。


 移動は、夜陰に紛れ、ベランダから空飛ぶ絨毯で空の旅。

 デジカメで撮影し、光学機器にも姿隠しの指輪は有効であることを確認済みだ。それを身につけての移動であれば、まずばれる心配はない。


 新たな都市伝説が生まれるかも知れないが、存在が露見するよりは良いという判断。

 出かけるまでの一部始終を見守っていたユウトの両親は、心の底から驚いていたようだったが。


「ここが、ユウトの世界の神殿か」


 高台にある、神社。さほど広くもなく、社務所も階段の下にあるため、人の気配は全くない。

 申し訳程度に設置された街灯が、薄暗い光を投げかけている。


「まあ、そうだけど……。ブルーワーズと違って、神は実在していない……と思う」

「うん? 神がいないのに、どうやって人が生まれたのだ」

「それは生命の神秘だなぁ」


 今でも、それは分かっていない。

 そして、そんな話をしていても仕方がない。


「んで、ヴァル。神術呪文はどうだ?」


 今の彼女は、念のために簡易的な防具にもなる鎧下を身につけていた。ただ、そうなると夏の暑さが応えるため、保温の外套(コージネス・クローク)もセットだ。 

 また、討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターも腰から下げている。


 本人は満足そうだが、コスプレで押し通せるかは微妙なところだ。


「……駄目だな」

「そうか……」


 静かに祈りを捧げ、呪文を発動しようとしたが、なにも起こりはしなかった。

 そのことよりも、彼女がショックを受けている事実に、ユウトの顔が曇る。

 寝る前に言っていたように、あまりにも遠すぎて交神ができない。それが、聖堂騎士(パラディン)にとって、いかほどのことか。

 確実に、想像している以上のことだろう。


「ヴァル。じゃあ、《降魔の一撃》はどうだ?」

「ああ、そうだな」


 息を整え、抜き身の討魔神剣を水平に構えて再度祈りを捧げる。


「ヘレノニアよ、勝利の女神よ。我が剣に、その威光を宿らせたまえ」


 短い聖句。

 それが終わると同時に、神から賜った長剣に聖なる霊気が宿った。


 振り降ろす邪悪が存在しないため、そのまま一分もせず消え去るが、ヴァルトルーデの美しい相貌は花が咲くかのように綻んだ。


「おお、ユウト、やったぞ! ああ、ヘレノニア神は私を見捨ててはいなかった!」

「良かったな、ヴァル!」


 本当に良かったと、ユウトは本人に負けずに喜ぶ。

 万が一の時の戦力になるというのは、考慮の外。ただ、彼女の存在意義(アイデンティティ)が守られてうれしい。


「この分なら、《手当て》も大丈夫だろう。次は、ユウトの番だな」

「ああ。なにが起こるか分からないから、注意だけはしといてくれ」


 テストに使用する呪文は決めてある。

 というより、他にない。


「《魔力感知(センス・マジック)》」


 魔法具に込められた効果を判別し、魔法生物を知覚し、魔力の状態を把握する第一階梯の理術呪文。

 

 呪文書から1ページだけ切り裂いて、宙に放り投げる。

 そのまま、溶けるように消え……唐突に、違和感が生じる。


(呪文の制御に失敗なんて、いつ以来だよ!)


 だが、ここでコントロールを手放すわけにはいかない。


 精神集中を欠いたとき――発動の途中に攻撃を受けるなど――には、制御できず発動できないこともある。

 ただし、それは魔術師(ウィザード)レベルでの話。大魔術師(アーク・メイジ)である彼が、滅多なことでそんな状態に陥るはずもない。


 つまり、異常事態が起こりつつある。


「このっ」


 嵐に見舞われた船。コントロールを失った車。

 いずれも経験はないが、そんな乗り物を連想する。


 術式を思い浮かべ、あるべき筋道へと正し、何千回と繰り返した発動の手順を正確になぞっていく。


「ユウト、どうした!?」

「……大丈夫だ」


 なんとか乗り切った。その確信を得ると同時に、呪文書のページが溶けるように消える。同時に、ユウトの脳に、直接情報が送り込まれてきた。

 当然ながら、周囲に魔法具の反応はない。もちろん、自分自身とヴァルトルーデを除いて。


 魔力的な視力に切り替わったユウトが周囲に視線をやる。

 周囲の魔力は、確かに、ブルーワーズに比べると薄い。魔力を色素で表せば、ブルーワーズは濃い青。地球は白に近い。体感では、半分以下だろうか。威力や持続時間に、影響が出るかも知れない。どうやら、神社だから特別魔力が濃いということも無いらしい。


「でも、それで制御を失うか?」


 その謎を検討しようとした瞬間、急激に揺り戻しを感じる。

 制御しきれない、力の逆流。


 静かな神社の境内に、花火が打ち上げられたかのような爆音が鳴り響いた。

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