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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 4 交差する世界 第一章 現実(リアル)と幻想(ファンタジー)と
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8.信じて待つ者たち(後)

師匠(せんせい)! お久しぶり――っていない……?」


 勢い込んでユウトの執務室に入ってきたペトラだったが、輝くような笑みを一瞬で曇らせ、アッシュブロンドのサイドポニーもしゅんとうな垂れる。


「申し訳ないけれど、ユウト・アマクサとヴァルトルーデ・イスタスは王命を受けてこの地を離れているの」


 嘘ではない。

 ただ、書類上の日付と、その書類が作られた日付が一致しないだけだ。


「そうなんですか……」


 アルシアの建前に、可哀想なぐらい落胆した様子を浮かべる魔法騎士(エルドナイト)。初対面時の生意気さはどこにも無かった。


「とりあえず、どうぞ」


 ソファを勧めると同時に、昨日、ストレス解消とばかりに揚げまくって作り置きしていたドーナッツを振る舞う。揚げたてが一番だが、冷めても充分美味しい。

 しかし、ペトラは珍しいお菓子にも手をつけようとせず、恋に破れた乙女のように物憂げな表情を見せるだけ。


(どれだけ、ユウトに会いたかったの……)


 初対面の時には、かなり失礼な態度を取られたものの、その後の“啓蒙”振りを聞いて、わだかまりは一瞬で無くなった。

 けれど、この様子を見ると、別の心配が湧いてくる。

 ふと横に座るアルシアとヨナを見れば、想いは共有しているようだった。


 ユウトは教師体質とでもいうのか、面倒見が良く、目下に優しい。だから、後輩にはわりと好かれるタイプだったのだが……。


(洗脳レベルでやらかしたわね)


 婚約者の不始末に頭を抱えそうになるが、フォローは後回しにせざるを得ない。


「それで、ご用件を伺っても?」


 エグザイルが護衛のようにアカネの背後に位置取ったのを確認し、アルシアが単刀直入に用件を聞き出そうとした。

 相手の様子を見れば、世間話などできそうにないのは分かる。


 どうやら、領主代行とはいえ、話し合いを主導しなくて良いらしいと、アカネは胸をなで下ろした。


「はっ、はい。メルエル学長からの依頼でお邪魔させていただきました」

「依頼? それは、ロートシルト王国の貴族として? それとも、大魔術師(アークメイジ)として?」


 それなら聞くわけにはいかないとアルシアが断りを入れようとするが、ペトラはそれを制した。


「冒険者としてです」


 声を潜めてペトラが言う。


「ほう」


 面白いと、アカネの背後でエグザイルが歯をむき出しにして笑った。アルシアの膝に頭を乗せていたヨナも、目を輝かせてむくりと起き上がる。


「それなら、私たちだけでも話を聞くぐらいはできそうね」


(それなら、私はオブザーバーになるわね)


 アカネは、ほっと息を吐く。


 ファンタジー世界で冒険者。そんなフレーズに憧れないでもなかったが、前回の教訓を一言で言い表すと――


(おいでよきょうりゅうの森とか、ムリ)


 ――ということになる。


 それに、素人が口を差し挟む場面でもない。そのため、ドーナッツを味わうために口を使うことにした。精製度の高い油がなかなか手に入らなかったため、苦心した作だ。


「実は、フォリオ=ファリナの百層迷宮で、特定の階層からモンスターが消え去るという事件が起こっています」


 ペトラが、真剣な表情でそう言った。


「それ、別に良いんじゃないの?」

「そうだな」

「いえ……」


 なにかを思い出すかのように、アルシアが(おとがい)に指を当てて考え込む。


「確か、百層迷宮はどこからともなくモンスターが湧き出すように現れるはずです」

「つまり、殴り放題か」

「殺りたい放題だ」

「……ええと、そんな仕組みだから、モンスターが消えるのは逆に異変の前兆なんじゃないかっていうことね?」


 エグザイルとヨナをアルシア任せにするのは心が咎めたアカネが、フォローを入れる。

 ユウトは、偉いわとしみじみ思った。


「そういうことなんです」

「それで、メルエル学長が調査の依頼を……」

「はい。お受けいただけるのであれば、議会からも正式に依頼を出させていただきます」


 筋は通っている。

 百層迷宮に挑んだことはないが、恐らく、別のパーティにも依頼は出しているのだろう。それに、戦力として、これ以上の人材がいるとも思えない。


 また、フォリオ=ファリナにとって、百層迷宮の異変は大問題。世界最大の交易都市に恩を売れるのであれば、ロートシルト王国も受け入れるかも知れない。


 ただし、それも全員揃っていればの話。


「今の状態では、厳しいわね……」

「そうですか……。師匠がいれば……」


 悔しそうに、ペトラがユウトの不在を嘆く。同行して、ユウトに良いところを見せたかったのかも知れない。


「おう、だいたい揃ってるな」


 唐突に。

 空気を読むことなく、いきなり聞き憶えのある声が執務室に響きわたった。


「……突然ですね」

「呼んだのは、そっちであろうに」

「思わず、攻撃するところだった」


 物騒なことを言いつつ、エグザイルがスパイク・フレイルを床に置く。


「当たる気はしなかったがな」

「分かっとるじゃあ、ないか」

「やるなら、一呼吸で五、六回は殴らなきゃ駄目だな」

「どうして、普段は良い人なのに戦闘が絡むとバイオレンスになるのかしら……」   


 戦闘民族すぎてついていけないわと、アカネは首を振る。

 一方、ペトラはそれどころではなかった。


「えっと……」


 《瞬間移動(テレポート)》してきた老人。学長室の肖像画で見たことのある大賢者の姿に、思考が停止しかける。

 それでも、魔術師(ウィザード)の端くれ、チェルノフ家の長女として恥じぬ行動をとらねばならない。


「ばばばばう゛ぁ、ヴァイナマリネン様!?」

「いかにも」


 若干失敗したような気もするが、相手が誰かは確認できた。

 でも、この先どうしたら良いのか。

 

「な、なにも無い所ですがどうぞこちらへ」


 動揺から立ち直った――つもりの――ペトラは勢いよく立ち上がると、自分が座っていたソファを大賢者に譲る。一緒に腰掛けることなど考えもしない。

 大賢者も、細かいことは気にせず鷹揚にうなずき、どっかりとソファを占拠した。


「わ、私はお暇しようかしら。ええ、それが良いわ。百層迷宮はフォリオ=ファリナの問題ですし」

「百層迷宮の問題か。先に、詳しく聞こうか」

「しまった!?」


 洗いざらい、事情を説明することになってしまった。といっても、調査はこれから。アルシアたちに話した以上の情報はない。


「ふむ。関係あるかも知れぬ。無いかも知れぬ」


 強引に聞き出した大賢者は、そんな曖昧な台詞で、ペトラをその場に留めた。


「わざわざお越しいただき、ありがとうございます」

「そんな前置きは、どうでも良いわ。ある程度、見当はついとるが、詳しい話を聞かせい」

「それは……」


 応対するアルシアが難色を示すと、意外なことに、エグザイルが口を挟んだ。


「こうなったら仕方ないんじゃないか? ここで追い出しても怪しいだけだし、ユウトの不利益になることはしないだろう」

「建前だのなんだの、めんどうな」


 腹芸ができないわけではない。

 ただ、やろうとしないだけなのだ。


「性質の悪い……」

「めんどくさい。一緒に話せばよかろう。そこの娘、ここで聞いたことは他言無用にな」

「はっ、はい。もちろんです!」


 その名を冠する魔術学院の生徒が、大賢者に逆らえるはずもない。なにが始まるのか分からないが、ペトラはぶんぶんと首を縦に振ってうなずいた。

 感情からも嘘はないと確信したアルシアは、経緯を説明すべく口を開く。


 ヴェルガ帝国の北方、永劫山脈と呼ばれていた地が永劫密林となっており、オベリスクが存在していたこと。

 全知竜ダァル=ルカッシュのこと。

 そして、オベリスクから溢れ出た絶望の螺旋(レリウーリア)

 それを封じるため、ユウトが未完成だった呪文を使用して門を閉じ――ヴァルトルーデと共にブルーワーズから消え去ったこと。


「師匠がそんなことに……」


 アルシアの話を聞き終えたペトラの表情に浮かぶのは心配と嫉妬。すっかり険が取れた顔を彩る憂いと妬みは、彼女を彩るスパイスとなる。

 どちらの成分が多いかは、アカネにも分からなかった。


「ふん。まあ、良くやったと言ってやろう。詰めは甘いがな」


 一方、ヴァイナマリネンは、ペトラに用意したドーナッツを断りも無しに一口で飲み込んでから、そんなコメントを述べる。

 あの傲岸不遜な大賢者ですら、そう言う相手。絶望の螺旋とはそれほどの脅威、いや、災厄なのだ。ただ、ヨナはヴァイナマリネンの食べっぷりに危機感を抱いたようで、あわてて自分のドーナッツを口に詰め込んでいた。


「ところでな、あの呪文、《星を駆る者インターステラ・ウォーカー》は未完成などではないぞ」

「そうなの?」

「難易度が高すぎて発動できぬことを未完成と言えば、そうであろうが」

「それは、どっちかっていうと欠陥品」


 容赦のないヨナのコメントに、ヴァイナマリネンは髭を揺らして豪快に笑う。


「白い嬢ちゃんの言うとおりだわ。だが発動したのであれば、ちゃんと小僧の故郷にたどり着けたのであろうよ」

「良かった……」


 大丈夫だとは思っていた。けれど、心配していなかったと言えば嘘になる。

 そこに、大賢者からのお墨付きが得られて、思わず心も体も弛緩した。


「そして、数日で戻ってくるはずだな」

「マジで……?」

「マジでだ」

「なら、そんなに心配する必要は――」

「だが、小僧の故郷とこっちでは時間の流れが違うのだろう? ならば、もう戻ってきても良い頃だ」

「……戻っていないということは」


 結論が分からないのではない。

 その先を言いたくなくて、アルシアは口をつぐんだ。


「向こうで、なにか問題があったのであろうよ。それこそ、こちらからでは窺い知れぬな」


 誰も彼もが押し黙る。

 ユウトとヴァルトルーデが、帰ってこられないかも知れない。もう、会えないかも知れない。そんな可能性に暗澹たる気分になる。


「故に、百層迷宮を調べるべきかもしれぬ」

「ヒゲのじいちゃん、どういうこと?」

「勘に過ぎぬよ」


 けれど、それで流してしまうには、大賢者の言葉は重たかった……。

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