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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 4 交差する世界 第一章 現実(リアル)と幻想(ファンタジー)と

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7.信じて待つ者たち(前)

「やっぱり、勇人は天才か変態のどっちかだわ……」


 青き盟約の世界(ブルーワーズ)でも最大級の国家、ロートシルト王国。その南方、シルヴァーマーチ地方を治めるイスタス伯爵家。

 ファルヴの城塞にある執務室で、一人の少女が今、書類の山に埋もれようとしていた。


 アカネ・ミキ。

 イスタス伯爵家の家宰を務める大魔術師(アーク・メイジ)と同郷の機巧魔術師(テクノマンサー)。服飾の分野ではレジーナ・ニエベスと組んで世界に革命を起こそうとしており、異界の料理でアルサス王子をも唸らせたという。

 また、絵画にも造詣が深い。


 多分野の天才。

 知る人ぞ知る才媛。

 それが、アカネへの評価だった。本人はまったく与り知らぬ所で重要人物になっていて、それを聞いたときには卒倒しかけた。いや、さすがにそこまでではないが、変な笑いがこみ上げてきたのは確か。


 ただし、過大評価であろうとも、そんな彼女だから領主代理という大役を認められたともいえる。

 絶望の螺旋(レリウーリア)が蘇りかけ、二人がそれを食い止めた。

 それを報告した瞬間、アルサスの秀麗な容貌には驚きと嫉妬が浮んでいたが、詳しい経緯を説明することで、さすがに納得はしてくれた。


 アルサス王子は王国宰相ディータ・シューケルと協議し――表向き公表はしないが――アカネを代理として領地経営を行うことを不問に付すこととなった。

 もし二人の不在を他の貴族たちから指摘されることがあれば、「王家から、重大な依頼を受けている」と正当化することにもなっている。


 その裁定が下るまでは――


「ヴァルとユウトが帰ってきたら、うちが独立してたとか面白くない?」

「……楽しそう」

「やるか」


 ――などというブレーキ無しの自転車よりも危険な状態になりかけていたのだから、万々歳とも言えた。


「……ヴァルやユウトの代理ってことは、これ、私が止めるの? 止まるの?」

「申し訳ないけど、私は補佐役の方が向いているし、なにより目がね……」

「分かっているけど……」


 順番から言えば、アルシアが代理になるべきだ。

 けれど、彼女にはトラス=シンク神殿や診療所での役割もあり、報告書のチェックや裁可が中心となる業務には向いていない。


 そして、ラーシア、エグザイル、ヨナはもっと向いていない。


 もちろん、クロード・レイカーを始めとする有能な文官たちもいるが、あくまでも実務担当。意志決定や裁可に関わらせるのは問題がある。


 そこで、白羽の矢が立ったのがアカネだ。

 最初は、「私、メイド扱いだったはずなのにいいの?」と渋っていたが、王家からのお墨付きが出たので退路はふさがれた。

 とはいえ、それは形式が整っただけに過ぎない。実際の作業となると、めんどくさいの一言に尽きた。


玻璃鉄(クリスタル・アイアン)の産出量と、加工品の比率の原案? 奨学金の原資とその運用?

 港湾修繕費の積み立てと、出資比率について? 海賊島の製塩業の見積もり?」


 机上に何枚か書類を並べて斜め読みするが、女子校生が見るものじゃないわよねと苦笑しか出ない。

 しかも、これを主導しているのは幼なじみの少年だ。

 ほんと、手広くやっているのねと感心しつつ、内容をチェックしては裁可のサインを入れていく。同時に、ユウトが帰ってきた時のため、ノートパソコンでテキストエディタを起動して要点を文章に起こしていった。


「まったく、私がこんな尽くす女だっただなんて……」


 文章作成に疲れたのか、アカネが伸びをすると胸が強調される。

 誰もいないのだから気にする必要は無いのだが、それに気付くとはっと姿勢を戻して腕で隠す。

 そして、自分でその行動のおかしさに気付くと、無意識に指輪を指でなぞっていた。魔法具(マジック・アイテム)だけあって、指紋が付く心配など無い。


 装着者を災禍から守るという、魔法の指輪。

 同時に贈った三つの指輪の中で、恐らくこれが一番高価だ。

 けれど、一番愛されている――というわけではない。それはアカネ自身よく分かっている。


 ユウトの中の一番は、やはりヴァルトルーデなのだろう。


 アカネには、身を守るための指輪。アルシアには、感情を知るための指輪。どちらも、装着者のことを考えて贈られた指輪だ。

 しかし、ヴァルトルーデには、ユウトが彼女へここにいるよと知らせるための指輪。いわば、ユウトのための物。


 意識などしていないかも知れない。

 だからこそ、違いが分かる。分かってしまう。


「まあ、分かってたけどね……」


 でも、頭で分かっているのと、それを突きつけられるのとは別のこと。


「仕方ない。仕方ないけど、地球でイチャイチャしてたら、たっぷり見返りを要求するんだから」


 そう気を取り直して、作業に戻る。

 概ね、ユウトが決めた方針に基づいてヴァルトルーデが内諾を与えている案件だ。なので、アカネが決済をしても専横を誹られる心配は無い。


 だが、心配がなければ良いというものでもなかった。


「ああ、また計算が間違ってる……」


 一応、ユウトも文官たちに算数レベルの授業を行いはしたようだが、計算機も無い世界のためミスは出る。

 そこに人手不足が重なれば、到底完璧を求めるわけにはいかない。

 パソコンの電卓で何度か計算しては処理をしていくが、数が多いのでずっと集中しているのも難しい。


 そんな時は、気晴らしにイラストを描く。

 裁可している書類よりも余程上質な紙に、アルサス王子とユーディットであったり、ヨナやレンであったり、ユウトやラーシア思いつくまま細いシャーペンで筆を走らせる。


「ああ……。締め切り前も、こんなにさらさら描けたら良いのに」


 そんな手慰みを三十分も続け、さすがにまずいと再度仕事に取りかかる。


「私、勉強は苦手なキャラだったはずなのにね……」


 最終的にユウトが携帯電話を計算機代わりにしてチェックをしていたのだが、そういう地道な作業は――控えめに言っても――アカネの得意分野ではなかった。

 机上を占領する書類の山にじっとりとした視線を送る。けれど、当然ながら、それで山が減るはずも無かった。


 ユウトとヴァルトルーデがいなくなって、ほんの数日でこれだ。

 アカネが作業に不慣れというのはもちろんあるだろうが、ユウトが天才的な手腕で処理をしていたのか、あるいはワーカホリックだったのか……。

 幾分、後者の可能性が高いと思っている。


「というか、各村の納税額の予想とか私が見てもいい物……? まあ、見せられない物は持ってこないわよね。別に私が書類を運んできたわけじゃないし」


 そう言い訳しつつ、とりあえず傍らのノートパソコンをスリープ状態から復帰させ、表計算ソフトにデータを打ち込んでいく。

 最初は使い方がよく分からなかったが、計算とソートぐらいはできるようになっていた。

 パソコンや計算機を使用できる点や、やはり基礎的な学力では群を抜いている。実は、内政面においての相棒は、アカネが適任だったのだ。


「あ、バッテリィがもう切れそう!」


 今日はこれ以上の作業が難しい。イコール、今日はおしまい。

 そう脳内で結びつけたアカネが、疲労困憊といった態で突っ伏した。


「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」


 執務室の扉が開き、小柄な少女が姿を現した。広葉樹の葉のようにとがった耳。全身を包み込むようなくすんだ金髪。可愛らしい顔に、今は真剣な表情が浮かんでいる。

 そんな少女が、飲み物を乗せたお盆を落とさないようにてとてと近づいてくるしぐさを見て、急速にアカネの中で活力が湧いてくる。


 しかも、黒のエプロンドレスにヘッドドレスまで装備したメイド服姿となれば、なおさら。

 これを仕立てた私は天才だわと、自画自賛する。


「ああ……。癒されるわ……。MPが回復していく……」

「えむぴぃ?」


 ハーブティーのカップを置いたレンを抱き寄せ、ぐりぐりとなでさする。

 精神的充足感で満たされていく。

 ただし、肉体的な疲労を誤魔化しているだけではあるが。


「お姉ちゃん……」

「レンちゃん、うちの子にならない? もれなく、勇人がお父さんになってついてくるわよ」

「い……やっ」

「ああん」


 なにが気に障ったのか。珍しく強い調子で、レンがアカネを振り解く。

 そうしてから、あわあわしつつ言い訳を始めた


「お、お姉ちゃんとお兄ちゃんがいやなんじゃなくてね」

「ああ、はいはい……」


(勇人は、子供に優しいもんね。うん。それだけそれだけ)


 もう一人、アルビノの少女の顔を思い浮かべながら、ハーブティーを口に運ぶ。上品な甘みが、疲労を癒してくれた。


(将来のために、魔法でアンチエイジングできないか調べておこうかしら)


 そんなことを考えていたが。


「そうそう。悪いけど、後でパソコンの充電お願いね」

「《物品修理(リペアー)》……だよ?」

「うん。それ」


 元々、ユウトが《物品修理》でバッテリィの充電などを行なっていたのだが、それができなくなったため、レンに協力を求めたのだ。

 それがどうしてメイドになっているのかは、当事者にもよく分からない。

 レンの魔法薬店は開店休業だが、注文分は納品しているので問題ないのは幸いだ。


「アカネさん、少し良いかしら?」

「どうしたの?」


 再度、レンをぬいぐるみのように抱きしめていたところで、アルシアが現れた。

 この状態でもなんの問題も無いと、アカネは話を聞く態勢に入る。


「お姉ちゃん?」

「……離してあげたら?」

「私に死ねと言うの? でも、あなた友達」


 なんとなくユウトのいない寂しさを感じつつ、アカネはレンを解放した。


「それで?」

「ええ、そうね」


 成り行きについていけないアルシアだったが、数秒のインターバルを取ることで自分のペースを取り戻す。


「お客様が来ているの」

「もしかして、大賢者のおじいちゃんが」

「いえ」


 短く否定する。


「じゃあ、誰? 私になの?」

「正確には、ユウトくんにでしょうか」

「あちゃあ……。大丈夫な人?」

「恐らくは」


 かなり抽象的な会話で、横で聞いているレンはよく分からないと首を傾げていた――アカネは素早くスマフォで撮影していた――が、二人はちゃんと通じたようだ。


「それで、誰なの?」

「ペトラ・チェルノフ。憶えていますか?」

「ええと……」

「フォリオ=ファリナのヴァイナマリネン魔術学院で」

「ああ、あのツンデレっぽかった娘」

「つんでれ?」

「そこはスルーして。なんの用事なのかしら?」

「まだ、分かりません。ただ、ユウトくんに相談したいとだけ」


 できれば帰ってほしいが、その後の話を聞く限り、こちらに不利なことはしないようにも思える。


「とりあえず、みんなで会おうかと思っているの」

「そうね。じゃあ、ここで?」

「ええ」

「レンちゃん、悪いけどエグとかヨナとか呼んできてくれる」

「うん」


 残念ながら、ラーシアはハーデントゥルムにいる。

 ぱたぱたと走っていくレンの後ろ姿を眺めながら、アカネはどんな話が飛び出すのか、思いを巡らせていた。

アカネは、ヨナもメイドにしようとしましたが逃げられました。

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