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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 4 交差する世界 第一章 現実(リアル)と幻想(ファンタジー)と
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1.帰還と転移(前)

「ここは……」


 目を開き、最初に感じたのはまぶしい光。

 見れば、夏の終わりの太陽が容赦なく照りつけている。


 騒がしい、風の音。

 いや、これは騒音だ。

 久しぶりに聞くその音は、不快感と同時に郷愁を天草勇人へともたらした。


「あれは、なんだ? 鉄の馬車が、もの凄い速度で走っていくぞ」


 聞き慣れた声。耳朶に快い、愛する人の、愛してくれている女性の声が染み渡る。


「ああ……。お約束のリアクションをありがとう」


 そんな神の恩寵を一身に受けた彼女の美貌を仰ぎ見つつ、想像通りの反応に自然な笑みを浮かべた。


 そう。ヴァルトルーデの顔は視線の上にある。今になって、自分が歩道に座っていることに気づく。

 夏の太陽に熱せられたアスファルトが、手のひらを焼いていた。


「帰ってきちまったか」


 かつて望んだ結末。

 あの場では、他に方法もなかった。


 けれど、声も表情も苦い。


 天草勇人は、故郷へ帰還を果たした。

 ブルーワーズへ戻る保証も無いままに。


「ここが、ユウトの故郷か……」

「ああ。でも、浸ってるわけにはいかないな」


 まだ、現実感が無い。いや、欠いているのは危機感だろうか? 働きの鈍い頭を押さえながら、ユウトは立ち上がった。そして、周囲を見回し、ここがどこなのか手がかりを探す。


「って、学校かよ」


 幸いにして、糸口は最初からそこにあった。


 振り返ると、自分が、そしてアカネが通っていた、高校の正門。

 そのすぐ側に転移していたのだ。ユウトは気づかなかったが、彼の幼なじみが転移したのと同じ場所。


 同じ地球でも、白亜紀や古代ローマへ漂流していた可能性もある。呪文の精度や使い手が良かったのか、それとも単純に幸運なだけか。

 とにかく、ユウトは安堵の息を吐いた。

 まだ時間が早いらしく、校門は閉まっていて、外の道路を走る車も多くはない。すぐに騒ぎになることはないだろうが、このまま惚けているわけにもいかなかった。


「ヴァル、とりあえずこっちへ」

「勝手に入っていいのか?」

「俺が通ってた学校だから、問題ないよ」

「学校なのか、これが?」


 身長ほどもある壁に、鉄のゲート。

 その先には、鉄筋コンクリート造りで四階建ての建物がいくつか並んでいる。さらに、ここからは見えないが数十人が一度に運動できる広場もあった。


「言われてみれば、砦と変わんないな……って、それどころじゃないっ」


 懐かしさとは違う感慨で学校を見上げていたユウトは、我に返って聖堂騎士(パラディン)を門の向こうへと押し込んだ。と言っても、最後はヴァルトルーデ自ら鎧の重量など存在しないかのように、ゲートを軽やかに飛び越えたのだが。


 それに続くように、ユウトも簡単に校門を越える。

 元々高さはそれほどではないが、手も突かずに飛び越えられるとは思わなかった。


「俺、こんなに身軽だったっけ?」


 目立たないよう壁際へヴァルトルーデの背中を押しつつ、自らの身体能力に疑問を覚えてしまう。正確には、ブルーワーズで過ごしている間にフィジカルが成長したのだ。

 今なら、サッカーに復帰しても、結構いけるかも知れない。


「いや、それはどうでもいい」

「どうでも良くないぞ。私は、どこまで移動すればいいんだ」


 ユウトが促すまま進み続けていたらしい。

 向こう側にも壁が迫っているのに気づき、あわてて手を離した。


 そこは、敷地の片隅。存在意義は分からないものの、木が植えられ池まで作られている。つまり、学校の外からも校舎からも目立ちにくい場所。

 ここなら、しばらく身を隠すのにちょうど良い。


「悪い。気が動転してた」

「別に、離れろという意味ではなかったのだがな」


 基本的にスキンシップが少な目の婚約者が、鎧越しであっても触れているのは嬉しかったらしい。

 しかし、すぐにそんな場合ではないと、顔を引き締めた。


「ユウト、絶望の螺旋(レリウーリア)はどうなったのだ? それに、アルシアは? アカネは? みんなはどうなった?」

「落ち着け。絶望の螺旋は引っ込んだよ。俺たちが生きているのが、その証拠だ」


 仮に絶望の螺旋が復活を遂げていたならば、ブルーワーズを滅ぼし、『忘却の大地』を破壊し、天上と奈落を消滅させ、その手を地球にまで伸ばしていたに違いない。

 ユウトが越えられる次元の壁を、絶望の螺旋が越えられないと考えるのは、いささか楽観的すぎるだろうから。


「そうか。それもそうだな……。なら、みんなも」

「ああ。無事なはずだ」


 ヴァルトルーデは端麗な相貌に安堵の表情を浮かべる。

 ユウトは、その笑顔を直視できない。いや、まともに見たら舞い上がってしまう。自分の言葉で、そんな表情を浮かべさせたとなれば、なおさら。


「とりあえず、俺たちにはやるべきことがたくさんあるんだけど……」


 言いにくそうに、言葉を切る。


「その前に、変な意味じゃ無いから怒らないで聞いてほしいんだが」

「なんだ?」

「その鎧、脱いでくれないか?」


 衝撃的。

 そう表現して良いだろう言葉に、ヴァルトルーデは大きく目を見開く。


 しかし、そのショックからすぐに立ち直ると、聖堂騎士は女神のように慈愛に溢れた微笑みを浮かべ、愛する人のすべてを受け入れようと覚悟を決めた。


「うむ。いつかは、そ、そうなるものだしな? 初めてをこんな外で求められるとは思わなかったがそれに、アカネやアルシアにも悪いような気がするが、ユウトが求めるのであれば――」


 明後日の方向――それは、具体的にどこなのだろうか――へ飛ぶヴァルトルーデの発言に、ユウトは頬を染め、両手をめちゃくちゃに振って打ち消そうとする。

 嬉しくないと断言できないのが困ったものだが。


「変な意味じゃないって言ったよな!?」

「へ、変ではないだろう。夫婦であればな」

「あのですね、この世界ではですね、鎧はめちゃくちゃ目立つんです」

「なんだその喋り方は……。この鎧が、変なのか?」


 この世界の太陽を受けて輝く魔法銀(ミスラル)の鎧。強力な魔化がされているだけでなく精緻な装飾も施されており、美術品としても一級品。

 それをヴァルトルーデが身につけているのだ。結果は言うまでもないだろう。


「こっちは、鎧を着てるやつなんていないんだよ。何百年単位でな」

「不用心な」


 と愕然とした表情を見せつつも、ようやく相互理解は図れたらしい。自らの格好を眺めやり……どうしたものかと、途方に暮れる。


「鎧を脱ぐのは構わないが、その後どうすればいい?」

「無限貯蔵のバッグに入れて……」

「……なら、バッグの中からマントでも出して隠せばいいのではないか?」

「あああ、そうかっ」


 学校の敷地の片隅で、悲鳴を上げる帰還者。誰が見ても、不審者だ。


「そもそも、こっちでこれ機能するのか?」


 もし魔法具(マジック・アイテム)が正常に動作するのなら――ヴァルトルーデの言うとおり――隠す方法はいくらでもある。

 逆に、機能しないのであれば、ただの服になっているはずの大魔術師(アーク・メイジ)のローブを着せればいい。


「脱いでもらう必要が無かった……」

「ユウトらしくないぞ」

「……すまない」


 人目を意識した途端にこれだ。あっち(ブルーワーズ)は、ある意味で懐深かったんだなと思い知る。


「それで、どうする――」

「ちょっと待ってくれ」


 同時に、乾いた音がする。

 ヴァルトルーデがそれに気づいた瞬間には、対面にいるユウトの頬がはれていた。彼自身が叩いたらしいとは分かったが、とても大丈夫とは思えない。


「よっし。これで、正気に戻った」

「……こっちの心配は継続中なのだが?」 


 なんとなくアカネのいない寂しさを感じつつ、ユウトは答えない。

 代わりに、無限貯蔵のバッグへ手を伸ばした。無造作過ぎて、また別の心配が鎌首をもたげてしまう。


「大丈夫なのか? いきなり手を食べられたりしないか?」

「うん。やっぱり、問題なさそうだな」

「やっぱり?」


 しかし、ユウトには確信があったようだ。

 無限貯蔵のバッグから保温の外套(コージネス・クローク)を取り出してヴァルトルーデの肩に掛けながら、ユウトは簡単に説明をする。


「もし、地球に魔力が無くて完全に機能しなかったら、とっくにその辺へ中身をぶちまけてるはずだからな。となると、希望が持てるか?」

「ああ、そういうことか。道理だな」

「まあ、今更すぎるけどね」


 それだけ、平常心を欠いていたということなのだろう。暗色の外套をまとってもなお、気高いほど美しいヴァルトルーデに感心しつつ、ユウトは反省する。

 そして、自分がしっかりしないと大変なことになるぞと、しっかり心に刻み込んだ。


「確認したいことがあるから、少し待ってくれ」


 次に、無限貯蔵のバッグから取り出したのは携帯電話。ブルーワーズでは電卓に成り下がっていた文明の象徴だが、ここで電源を入れれば基地局から時刻情報を受け取り、自動的に修正してくれるはず。


 電源を入れ、念のため起動直後にマナーモードへ切り替えてから、現在の日時を確認する。


「八月か……」


 夏休みもほぼ終わり、宿題のラストスパートが行われる時期だ。そして、時刻は午前七時頃。学校に人気が無いのも当然。

 アカネの言葉を疑っていたわけではないが、本当に、こっちとあっちでは時間の進みがずれていたようだった。


「そもそも、同じ流れが正しい状態なのか……って」


 ユウトの思考を妨げるかのように、携帯電話が振動し、メールの着信を知らせる。


「壊れたのか?」

「そういうわけじゃないけど……」


 生返事になってしまったのには、理由がある。

 それは、あまりにも多いメールの数。かつて見たことがないほど大量のメール、しかも、件名を見るだけで、失踪した自分を心配するものだと分かる。

 それが、両親やアカネ、友達たちから三桁を超える数が来ていた。


(帰ってきたんだな……)


 故郷への帰還を本当の意味で実感したのは、今、この瞬間かも知れない。


 すぐに返信したい衝動に駆られるが、なんとか思いとどまった。

 それが正しい行為なのか、まだ分からないから。

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