プロローグ 残された者たち
お休みをいただき申し訳ありませんでした。
本日より、EP4開始です。よろしくお願いします。
消えた。
なにもかもが消えた。
それを、残された者たちは呆然と眺めていた。そうするしかなかった。
オベリスクの脈動は止まり、今や単なるモニュメントと化している。無数に生えていた螺旋の巨腕――絶望の螺旋の末端も、まるで自ら存在を滅したかのように、痕跡すら残ってはいない。
破滅の扉には、しっかりと閂がかけられた。
だが、二人がいない。
「勇人とヴァルはどこへ行ったの?」
「…………」
アルシアも、誰も答えられなかった。
「死んではいないはずですが……」
それ以上のことは、誰にも分からない。
「そんな……」
アカネの膝が折れ、ふらりと倒れかける。
(あっ。ショックで倒れるって実際にあるのね)
そんな冷静な自分がおかしくて、泣き笑いのような表情を浮かべてしまう。もう、なにをして良いのか、なにを喋ればいいのか。
なにも分からない。
「いなくなっちゃった……」
そんなアカネを体全体で支えてくれたのは、アルビノの少女だった。
ただ、ヨナ自身もどうしたら良いのかと目に涙を浮かべていたが。
みんな同じなのだ。
不安で、悲しくて、なにが起こったのか分からない。
そんなヨナの姿を見て、アカネは冷静になっていく自分に気づく。今はきっと、みんな動転しているだけ。
(なら、最初に気づいた私がなんとかしないと)
支えてくれたヨナへ微笑みかけながら頭をくしゃっと撫でると、二度とふらついたりしないよう足に力をこめる。そして、両手で頬を叩き、アカネは気合いを入れた。
なにをして良いのかまだ分からないが、打ちひしがれている場合じゃない。
どちらかというと、その奇行で他のみんなが冷静になったという効果がメインになってしまったが。
「よしっ、なにが起こったのかまとめるわよ。私が一番なんにも知らないんだから、みんな教えてよね」
テレビの前のお友達へ呼びかけるお姉さんのように、アカネが大きく声を張り上げる。
空元気だって、元気には違いないのだ。
「まず、勇人とヴァルの前に、あの気持ち悪いの。あの手はどうなったの? っていうか、なんだったの? 勇人はレリウなんとかって言ってたみたいだけど」
「レリウーリア、絶望の螺旋です」
「ああ、勇人が言ってた邪神みたいなのね。え? それが復活しちゃってたの!?」
今更ながら事の重大さに気づいた。
それはまずいのではないかと顔色を変えるが、アルシアがちゃんと説明してくれる。
「いえ、ユウトくんがなんとかしてくれたようです。今は、その残滓すら感じられません」
喚きたいだろうに、泣きたいだろうに。
それでも、努めて冷静な口調で、アルシアは言った。
「良かった……。でも、それで勇人が頑張っちゃったわけね」
いつもそうだ。
自分ならできるって、周りがどう思うかも知らずに突き進む。助けるためにやったのだろうけど、泣きじゃくって困らせてやりたくなる。
文句を言うのは、筋違いだろうから。
「それで、勇人はどうなったの? なんで、生きているって言えるの? そもそも、どうやって絶望の螺旋というのをやっつけたの?」
「やっつけたわけではありませんが、その疑問への回答はひとつに収斂します。《星を翔る者》という呪文は聞いたことがありませんが、オベリスクの魔力を使用していること。そして、名称からして《瞬間移動》に近い性質を持っていること」
これを考えあわせれば……。
「発動させたのは、異なる世界――恐らくユウトくんの故郷へ移動するための呪文でしょう。一般に知られていない、自作のものでしょうが」
「地球へ……」
「オベリスクに残った魔力を使用し。いえ、使用せざるを得ないほどの大呪文を発動して、絶望の螺旋がこちらへ侵入できないように扉を閉める。それを可能にする手段が他になかったから……ではないかと思います」
半分は自分を納得させるかのように紡ぎ出される、アルシアの推測。
アカネは、黙ってその言葉を咀嚼していた。
ユウトとヴァルトルーデが消えた。
それは、あの気持ち悪い捻れた腕にやられたのではない。その腕をこの世界から消し去るため、魔力を大量消費する呪文を使った結果。たまたま、その呪文が地球へ転移するものだった。
主客が逆転しているのだ。
ややこしいが、なんとなく理解できた。
「分かったわ。勇人が自己犠牲でどうこうってのは、私も絶対にないと思う。だから、勇人は生きてる」
「ですが、あの呪文は未完成だったはずです。現時点で確実なのは、オベリスクの魔力が使用されたという部分だけ。ユウトくんやヴァルトルーデが、どこか次元の狭間を漂っている可能性だって――」
「アルシアさん、悲観的すぎ。それは、まず無いわよ」
精一杯笑って。
余裕に見えるよう努力して、アカネはアルシアの言葉を否定する。
「どうして、そう言い切れるのさ?」
「ヴァルが近づいても、本気で遠ざけたりしなかったでしょ? つまり、勇人には自信があったのよ」
誰もなにも言わない。
だが、納得と希望が全員の瞳に宿る。
「確かに。むしろ、ヴァルと一緒の方が、なにかあっても安全かも」
草原の種族も、調子が出てきたとばかりに軽口を叩く。
「となると……。次に考えるべきは、残った私たちがなにをするかね」
進行役になってくれているアカネの後ろ。やや離れた場所にいる被虐の女吸血鬼ダーラの様子を観察しながら、アルシアは考える。
彼女をどうするべきかと。
しかし、すぐに考えるのをやめた。軽視しているわけではないが、邪魔だから、情報を漏らしたくないからと排除するのは道義にもとる。
それに、ユウトが転移した件に関しては、ヴェルガの耳に入れておいた方が良いように思えた。
「なにをするか、か。オレは戦うことしかできないが……。まずは領地に戻って、それから考えるか」
「報告もせずに、いきなり帰っちゃっていいのかな?」
横目で、一切口を挟もうとしない被虐の女吸血鬼ダーラを見つつ、ラーシアが言う。その視線は、殺るなら、殺るよ? と訴えているようでもあった。
その雰囲気と感情感知の指輪で剣呑な気配を憶えたアルシアは、そっと首を振ってそれを止める。
「私たちの能力では二人を追うことはできませんが、共同で開発していたヴァイナマリネン様ならなにか分かるかも知れません」
「あの人ね……」
違う方向性の提言に、アカネは渋い表情を浮かべる。彼女のような派手な顔立ちの美少女がする顔ではない。ユウトがいたら、もう少し自重していただろう。
「まあ、使えるものはなんでも使いましょう。最悪、ノートを渡してもいいわ」
「声がでっかいじいちゃんも、そこまでじゃないと思う、さすがに。でも、くれるのならもらいそうでもある」
「ヨナちゃん的には、そういう認識だったんだ……」
どの道、ユウトがいなければ《物品修理》の呪文でバッテリーを復活させることもできないのだ。そう考えれば、惜しくもない。
「あとはやはり、二人がいなくなったことを王都へ報告するかどうかですね」
ショックから立ち直ったのか、アルシアの声に力が戻り始める。
「余所の密偵ならボクらが定期的に処分してるし、偽情報を流す分の囮も確保済みだけど?」
「さらりと、とんでもないことを聞かされた気がするんだけど……」
「ヴァルには言えないし、ユウトにも秘密だね」
「ラーシア、とんでもない。鏖にしておいた方が後腐れがないのに」
「ヨナ?」
二人がいなくなって目を潤ませたヨナを見ているのは辛かったが、これはこれで問題だ。
そんなアルビノの少女は頬をつねってお仕置きしているアルシアに任せて、アカネは思考を巡らせる。
「隠そうと思えば、隠せるのね」
「普通の政治……領地経営の方はどうなんだ? そっちが混乱したら意味ないだろう」
エグザイルのもっともな指摘。
ヨナの頬から手を離した大司教は、問題ないとその心配を一蹴した。
「最近のユウトくんは、新規事業の発案と立ち上げがメインでしたから。実務は、クロードさんたちと私がいればどうにか。あと、アカネさんが手伝ってくれるなら、なんの心配もありません」
「私が?」
「ええ。ユウトくんと同じぐらい、計算ができるようですし」
「計算ぐらいなら、まあ」
スマホの計算機も、ノートパソコンの表計算ソフトだってある。後者に関しては、今一つ使い方を理解していないが……。
「じゃあ、しばらくはなんとかなりそうか」
「でも、隠しとくメリットってあるのかしら?」
「貴族様二人がいなくなったんだよ? お取り潰しーとか、普通にあるんじゃないの?」
「そうなの? あの王子様って、結構良い人っぽかったけど」
そのアカネの指摘を受けて、アルシアとラーシアは再び口を閉じる。黙っているのは残る二人も同じだが、こちらは思考を委ねているだけ。
「よく考えたらさー。ボクたち、まったく悪くないよね。むしろ、世界救ってるし」
「直接救ったのはユウトだけどな」
「……全部報告した方が、良さそうですね」
確かに、イスタス伯爵家は当主と家宰が行方不明となってしまった。だが、逆に言えば、それ以外は健在でもある。
粗略に扱われたら……。
「文句言われたら、城燃やす」
「それは、最後の手段にしましょう」
やっぱり、こっちの人は過激だわ……と、アカネは苦笑する。
「ちなみに、私は?」
そんな来訪者の少女へ、棘付きの鎖で身を巻いた女吸血鬼が声をかけた。今までずっと黙っていたが、ヴェルガへ報告するつもりでめだたないようにしていたのか、それとも一人で痛みを快楽にしていただけか。
真相を知りたい人間は、いない。
「歩いて戻ってください」
一応聞いてみたというダーラに対し、アカネは惚れ惚れするほど容赦なく言い切った。
ダーラも、どことなく嬉しそうだ。
それで彼女の件は片づいたと、《テレポート》を発動しようとするヨナと手をつなぐ。
(勇人、ヴァル。留守番はちゃんとしてあげるから、さっさと戻ってきなさいよ)
幼なじみにして、婚約者である少年。そして、婚約者仲間――そんな言葉があるとしてだが――である少女へ心の中で呼びかける。
その表情は、消失した直後からは考えられないほど、晴れやか。
「でないと、こっちから行ってやるんだから」
中断中、感想や評価をいただき、とても励みになりました。ありがとうございます。
新エピソードでもよろしくお願いします。