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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 3 帰還へのランアップ 第三章 半神の帝国
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9.全知竜ダァル=ルカッシュ(前)

今回は、まさかのあの人が再登場します(たぶん、需要は皆無)。

「ワシはここまでだ」

「まあ、それはなんとなく分かる」


 疲労も考慮して進んだため、目的地である次元竜(クロノス・ドラゴン)ダァル=ルカッシュの住処に到着したのは、永劫密林に入って三日目のことだった。


 ユウトたちの目の前には、苔むした洞窟の入り口が広がっている。

 高さは10メートル近くもあり、なだらかに下っているようで、奥の様子は杳として知れない。


 この先に、次元竜がいるのだろうが……。


 ユウトたちにとっては巨大な洞窟でも、“雲をも掴む”ボーンノヴォルには小さすぎた。這うようにすればようやくといったところか。


「安心せい。代わりの護衛は用意してあるわ」


 その言葉と同時に、洞窟の中からひとつの影が現れる。

 それは、アカネ以外の六人には見憶えのある、今まで戦ってきた中で、ある意味最悪な相手だった。


「亡きジーグアルトめの臣よ。ヴェルガの嬢ちゃんがわざわざ復活を早めてやったのだ。励めよ」

「うふふ……」


 棘の付いた鎖で全身を拘束し、じくじくと血を流しながら、不気味に微笑む女。治った瞬間にまた傷つき、そこを愛おしそうに撫でては出来たてのかさぶたを剥いでいく。

 長い黒髪で面長の顔は隠されているが、爛々と赤く輝く瞳だけはその隙間から垣間見え、ホラー映画の登場人物のようになっていた。

 もちろん、役割はモンスターだ。


「私は、ターラ」


 初めて名前を聞いたが、誰も返答できない。

 したくない。


「ええと……。知り合い?」


 見かねて、アカネが勇気をもって地雷を踏みに行く。無謀だが、時に、その蛮勇で救われることもある。 

 今も、その一言で硬直した場面が動いた。


「あー。ジーグアルト・クリューウィングの部下だよな。吸血鬼(ヴァンパイア)だ」

「気持ち悪かったから、足を吹っ飛ばした」

「いや、まあ、気持ちは分からないでもないけど」


 ヨナが加害者なのは間違いないが、吸血鬼――ターラを見ると、やられて当然としか思えないので困ってしまう。


「つまり、マゾ吸血鬼……」 


 その想像を絶する存在に、アカネは頭痛を感じた。

 しかも、自分の護衛なのだ、あれが。


「あの人が護衛とか、イヤガラセとしか思えないんだけど」

「……喜んでかばってくれそうじゃないか」

「勇人、私の目を見て喋りなさい」

「そのうえ、出血するほど、強くなるらしいぞ」


 痛覚と快楽が直結しているという話は省いて、アカネへ説明をする。そんな話、できるはずがなかった。


「吸血鬼だから、傷がさっさと治るからいいの? あれ? 今、昼間だけどいいのかしら……」 

「日光、チクチクする。良い」

「勇人ッ!」

「もう、あんまり深く考えるな。変態のことなんか、理解できるわけないだろ」

「……恐竜よりも怖いわ」


 未知の物体すぎて、扱い方が分からない。


「《制約(ギアス)》をかけましょう」


 沈黙を守っていたアルシアが、呪文を使用してこの被虐の吸血鬼に枷をはめようとする。しかも、提案ではなく確定していた。


「好きにせい」

「《制約》を破ると、激痛が走る。そう聞いた」


 むしろ歓迎すると言わんばかりのヴェルガ帝国サイド。


「動けなくなって、激痛が走るのです。破る前提で話をしないように」


 アルシアは不機嫌そのものだが、やらないわけにはいかない。

 結局、「アカネに危害を加えない」、「命を懸けてアカネを守る」、「同行している間、人の血を吸わない」といった制約を結ぶことになった。


 むしろ喜んでいたような気がするが、深くは考えない。その間にユウトも呪文をかけ直し、パーティの戦力を整えていく。

 準備は終わり、隊列を整えて洞窟へと入っていった。


 内部は当然のように暗く、足場も悪い。

 けれど、ユウトが《踊る灯火(ダンシングライト)》という呪文を使用して移動する光球が全体を照らし、靴にかける《踏破(トレッキング)》の呪文で、アカネでも支障なく歩けるようにしてある。

 こういった部分も含めて準備は万端。


 いつものようにラーシアが10メートルほど先行。

 集団の先頭にはヴァルトルーデが立ち、今回はその後ろにアルシアとヨナ、ユウトとアカネが続く。護衛役として派遣された吸血鬼はアカネの後ろをつかず離れず移動しているが、時折、棘つきの鎖を巻いた体を地面に投げ出して転がるなど、奇行が目立つ。

 最後尾の岩巨人(ジャールート)はむしろ、ターラと名乗った被虐の吸血鬼を警戒していた。


 そこは、ドラゴンが、それも希少な次元竜の住処になっているにしては、普通の洞窟だった。

 直径が10メートルもある自然のトンネルと考えれば確かに珍しいのだろうが、大きさ以外に特徴は見られない。

 また、恐竜たちは元より、コウモリなどの姿も無かった。


「このまま、そのドラゴンのところまで行けるのかしら……」


 不慣れというよりは初体験のアカネが不安そうに言う。

 ユウトは彼女の手を握り、声をかけようとして――なにかに気付いたかのように立ち止まって周囲を見回す。


 それに気付いたヴァルトルーデたちも同じように周囲を観察するが、今までと同じ洞窟の風景が広がっているだけ。


「ヨナ」

「ん。なにか変」


 だが、ユウトの疑念は確信に変わったようだ。その直感を共有できる、アルビノの少女に声をかけ、話し合おうとするが……。


「《テレポート》」


 唐突に、ヨナが瞬間移動の超能力を使用した。


 なぜそんなことをしたのか、どこへ行こうというのか。

 疑問が渦巻くが、少なくとも後者の疑問への回答は永遠に得られない。


「失敗……」

「というよりは、発動しなかったな」


 普通はありえない現象だ。

 そうなると、つまり……。


「次元竜の力で妨害されてる?」

「この永劫密林を作り出したのですから、できないことはないでしょうが……」

「ん? どしたの?」


 先行していたラーシアも、異常に気付いて戻ってくる。

 草原の種族(マグナー)も交えて善後策を協議する――エグザイル、アカネ、ターナは蚊帳の外だ――が、結論はすぐに出た。


「ふむ。ユウト、一度、撤退するか」

「そうだな」

「え? そんな簡単に?」


 あっさりと逃げることを選んだヴァルトルーデに、アカネは驚きを隠せない。自分が、その決断の原因だろうと分かってはいるものの、ここまで苦労してたどり着いたのだ。

 こうも簡単に決めてしまうのは、意外だった。


「いざという時、《瞬間移動》で撤退できないのはまずいなんてもんじゃないもんねー」

「しかも、デメリットがそれだけとも限らない」

「ぜったいに、敵の巣穴で戦わなくちゃいけない理由はない」


 口々に理由を重ねていくユウトたち。

 戦いが目的でも、ましてや勝つことを至上にしているわけではない。目的を果たすことが第一義なのだから、わざわざ不利な環境に飛び込んでいく必要は無いのだ。


 以心伝心の見本のように通じ合う様を、アルシアは黙って、けれど、頼もしそうに見守っていた。感情感知の指輪から伝わる感情も、快い。


「ささ、最終的に、倒してくれくれるのであれば、いい」

「そうだな。時間制限があるわけでもないか」

「一旦戻って、外におびき出す方法を考えよう」


 短時間で方針をまとめると、ラーシアが再び先頭に立って来た道を戻ろうとする。


『それは困ると、ダァル=ルカッシュは翻意を促す』


 その瞬間、声が直接頭に響いた。


「どういうことだ!?」


 次元竜を名乗る精神波(テレパシー)を受けて、ヴァルトルーデは討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを抜く。

 それに遅れることなく、エグザイルやラーシアは己の得物を構え、魔法使いたちも何があっても対応できるように集中する。


 だいぶ遅れて、被虐の吸血鬼ターラは戦闘の予感に興奮しながら護衛対象を背でかばうように移動し、そのアカネはまだ事態が飲み込めない。


『では、説明をする』


 それは、怜悧な女性の声のように感じられた。いや、感じる余裕ができたと言うべきか。

 しかし、その余裕は再び吹き飛んでしまう。


『ダァル=ルカッシュは汝らを招き入れる』


 世界が虹色の光に包まれた。

 他に表現のしようがない現象が起こり、だが、それはほんの一瞬の出来事。

 目を閉じるほどの暇もなく、ユウトたちが目にした風景はまた変化していた。


「ここは……」


 初めて来たはずの場所。

 それなのに、既視感に襲われる。


 理由は、すぐに分かった。


 広大な地下空洞。サッカースタジアムが丸々ひとつ入りそうな空間の一番奥に、オベリスクは建っていた。

 長さは30メートル。幅はその三分の一程度だろうか。漆黒の花崗岩でできた直立するモニュメントは、淡く、脈動するかのように光を放っている。

 

「ファルヴの地下空洞とそっくりだな……」

「私が、この世界に来た場所と……」


 転移直後に気を失ったため、アカネにはオベリスクに関する記憶は無い。そもそも、彼女が転移する前に、半ば崩壊していたのだ。


『今のダァル=ルカッシュは世界唯一の全知竜である。汝らに依頼があり、この時を待っていた』

「今の?」

『いかにも。天草勇人、三木朱音、両来訪者の存在により、ダァル=ルカッシュの正気は保たれている』


 変わらず、ダァル=ルカッシュを名乗る声は頭の中に響き続けている。

 けれど、その姿はどこにも見つけられない。ドラゴンの巨体が、この空間のどこにも無い。


「あっ、あそこに人が!」


 ラーシアが指さす先は、オベリスクの中心。

 よく見れば、虹色の髪で目を閉じた理知的な風貌の女性が、オベリスクへ半ばめり込むように埋まっていた。

 全身は、オベリスクから伸びた触手のようなものに覆われている。


『人ではない。草原の種族の勇士よ、ダァル=ルカッシュは世界唯一の全知竜。これは、狂気から逃れ、汝らと対話をするための接点に過ぎぬ』

「あ、そうなんだ……」


 ダァル=ルカッシュからの精神波を受けて、ラーシアはすごすごと後ろに下がる。

 内容を理解していないというよりは、勇士などと持ち上げられて照れているようだった。


「俺たちと話をしたい。だから、朱音を帰らせる前に強引に招待した。それはいい」

『異界より来た大魔術師(アーク・メイジ)よ、話が早くて助かる』

「それで、俺たちへの依頼ってのはなんだ?」


 交渉をユウトに任せ、ヴァルトルーデたちは成り行きを見守る。

 果たして、ダァル=ルカッシュからの応えは即座に行われた。


『狂気に陥ったダァル=ルカッシュを滅ぼしてほしい。これがダァル=ルカッシュの願い』


 その精神波に乱れはなく、極々平静な思念だった。

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