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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 3 帰還へのランアップ 第三章 半神の帝国

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7.永劫密林(後)

 ヴェルガ帝国の最北。

 つまり、ブルーワーズの北の果てへユウトたちは到達した。


 ヴェルガからの《瞬間移動(テレポート)》で永劫密林へと送るという申し出は満場一致で却下され、《灰かぶりの馬車ファントム・キャリッジ》と《天上の騎馬ソレスタル・スティード》で遙か北を目指したが、移動に要したのはほんの数日。


 確かに《瞬間移動》と比べれば雲泥の差だが、常識外れであることに違いはない。


 そして、常識外れなのは、目の前の光景も同じだった。


「うわ、ほんとにジャングルだわ……。勇人は、こっちで熱帯雨林とかに来たことないの?」

「俺も、こんなのテレビでしか見たことねえよ」


 基本的に、冒険者としては黒曜の城郭を攻略し続けていただけ。そのため、本来の意味での冒険は、あまりしていないユウトである。

 冒険をサバイバルと捉えれば、また話は変わってくるのだが……。


「ここって、かなり北だよね? なのにこれって、すごくない? というか、色々ゆがんでない?」

「こんな秘境の存在を知らなかったとはな」


 興奮気味のラーシアとは対照的に、響くようなエグザイルの声に抑揚はない。

 だが、少なくとも感心しているのは、みんな分かっていた。


 馬車はミニチュアへ戻し、やや高台になった場所から見下ろしているが、永劫密林は端が見えないほど広大だ。今いる高台の周辺は荒野だが、その先に山脈ひとつが熱帯雨林と化した地形が広がっている。

 そう考えれば広大な密林にも納得いくかもしれないが、その前提がそもそもおかしい。


 その密林からは、時折、鳥ともつかぬ奇声が漏れ出で、なにか大きなものが動いているかのような震動も伝わってくる。

 木々は見上げるような高さで、20メートル以上はあるものがほとんど。

 さらに、その上空を太古の地球かのように、翼竜たちが回遊していた。


「一匹だけでも地球に持って帰ったら、歴史が変わるわよね……」

「輸送中、檻が破れてパニックホラーになるぞ。賭けてもいい」

「ああ、確実だわ。それに、地球の恐竜と同じ存在なのかも、分からないのよね」


 剣と魔法の世界に来て、まさか白亜紀やジュラ紀のような光景を目にするとは思わなかったと語り合う二人。

 危険なのは分かっているが、最初の衝撃を切り抜けると、後には興奮が残った。


 一方、ヴァルトルーデたちとは温度差がある。


「そろそろ、行くとしよう」

「そうね。いつまでもこうしていても仕方がないわ。目的地は、さらにその奥なのだし」


 ヴァルトルーデにとっては、ちょっと変わったモンスターという程度。アルシアは、そもそも輪郭しか分からない。もちろん、ユウトとアカネの興奮は、感情感知の指輪に頼らずとも伝わってきたが。


「そういえば、道案内役と合流するんだっけ?」

「……見落とす心配は無さそうだな」


 永劫密林と荒野の境界。

 その木々よりも頭ひとつ高い死巨人(タナトス)が、ユウトたちを待ちかまえていた。


「遅いわ!」


 吠えるような大音声で迎え入れるボーンノヴォル。ヴェルガから言い含められているのだろう。とりあえず、敵意は見えない。


次元竜(クロノス・ドラゴン)の住処まで、案内よろしく」

「……ふんっ。遅れるなよ」


 やはり、ユウトには思うところがあるらしい。

 この短期間で、エグザイルがボーンノヴォルを倒し、ユウトが監禁されかけ、ヴァルトルーデたちはエボニィサークルで大暴れし、ユウトはヴェルガからの求婚を拒んだ。

 お互い、これだけあったのだ。遺恨が残るのも、むしろ当然と言えた。


 それでも任務は忠実に果たすつもりのようで、先頭に立って永劫密林へと侵入する。

 ユウトたちは、ラーシアが一人前に出て、その後にヴァルトルーデ。アルシアとヨナ、ユウトとアカネが二列になって

続き、最後尾にはエグザイルがついて警戒をする。


「う。なにあのでっかい虫……」


 木々が生い茂り、陽光は繁茂する葉や枝に遮られ地上まではわずかしか届かない。

 また、やはり、世界法則が異なる領域なのだろう。侵入した途端、全身が蒸し暑さに包まれ、どっと汗が吹き出る。大気の組成が微妙に異なるのか、やや息苦しく、それでいて妙に体が軽く感じられた。


 そんな永劫密林で最初に現れたのは、古代の恐竜ではなく、トンボのような昆虫。

 ただし、アカネが言ったように巨大。

 差し渡し1メートルはあるだろうか、指先に乗せでもしたら骨折することは間違いない。複眼のひとつひとつがはっきりと識別でき、それがまた気持ち悪い。


 そんな感情を知ってか知らでか、巨大トンボは観察するように周回すると、突然、方向を変える。

 その進路には、いつからそこにいたのか、アカネよりも巨大なムカデが木の幹を這っていた。


 巨大トンボはそれを掴むと、悠然と飛び去っていった。


「あれは見逃しても構わんが、似たようなでかさの蜂もいる。出てきたら、殺せ」


 その気になれば近づく虫の類など死巨人がまとう死のオーラで駆除できるが、今は抑制している。

 そのためか、面倒くさそうにボーンノヴォルが忠告する。


「どうでもいいけど、暑い。脱ぎたい」

「駄目よ、ヨナ」

「ユウトが見るから?」

「見ないわよ」


 ただでさえ、チュニックにマントが精々のヨナが脱いだら肌着しか残らない。

 

「……見ないわよね?」

「その確認は、どういう意味かな、アルシア姐さん?」

「隣のアカネさんをしっかり見ていてね、という意味かしら」

「それは、言われるまでも無いけどさ……」


 ヴェルガ帝国までは、女の意地でついてきたアカネだったが、こんな野外冒険ウィルダネス・アドベンチャーに同行するつもりはなかった。

 けれど、このブルーワーズの理から外れた来訪者がその場にいるだけで、次元竜の力が抑止されるのだという。ヴェルガ帝国から護衛を派遣し、ユウトから贈られた守護の指輪もあること。

 なにより、役に立つのならとアカネも望んだことで、同行することとなった。


 ファルヴへやってきたヴェルガがアカネまで呼んだのには、こんな理由があったのだ。

 

 その他の情報を含め、虚偽がないことはアルシアが確認済み。

 これは、相手が誠実なのではなく、ユウトや、特にヴァルトルーデを動かすためには真実を話した方が効果的ということだろうが。


「来たな」


 ボーンノヴォルの警告を聞く前に、一斉に戦闘態勢を取った。

 さっきまでの和気藹々とした――はっきり言えば、ピクニックのような――雰囲気は一瞬で消え、その落差にアカネが目を白黒させる。


「グッゥオォォッッンンッッッ」


 全身が揺さぶられ、内臓がひっくり返りそうになる咆哮。

 密林の陰から躍り出たのは、ヴェルガが頭部を見せたティラノサウルス・レックス。

 頭と尻尾を水平にした体勢で、巨体にそぐわぬ俊敏さを見せて、先頭のボーンノヴォルへと躍り掛かる。


 鼠色に近い肌。

 人間など丸飲みにし、骨も肉も関係なく噛み砕くだろう顎と牙。それが最大にして唯一の武器。狩りで手を使うことはほとんどない。

 地響きを立てながら、その巨大な口腔を広げて死巨人の喉元めがけて襲いかかる。


 その迫力、その威力。

 板金鎧(プレートアーマー)すらも噛み砕き、押しつぶし、貪り食らうだろう――牙が届けば。


「偽竜めがッ」


 ティラノサウルスにとっては理不尽な罵倒と共に、巨木のような棍棒が振り下ろされた。

 それが暴君の頭部をまともにとらえ、恐竜の頭部はひしゃげ、血とも髄液とも脳漿ともつかぬ液体が撒き散らされる。


 ボーンノヴォルはさらに、哀れにも地に伏したティラノサウルスを踏みつぶし、首の骨を折った。


 まさに、鎧袖一触。


「次が来るぞ」


 後方で警戒していた岩巨人(ジャールート)が、仲間たちに背を向けて警告を発する。

 同時に草むらから集団で恐竜が現れた。


 ユウトもアカネもさすがに名前までは知らなかったが、それは小型のギガノトサウルスに近かった。


 潰れて平べったいカエルのような頭部だが、2メートル近くある。外皮は茶色に近く、背骨から尾に沿って、突起が並んでいた。


 先程のティラノサウルスとは違い、歯は短めで湾曲もしておらず、ナイフのよう。

 噛み砕き飲み込むのではなく、切り裂き噛み千切るための牙だった。


 そんな暴力の体現者が、十体近く現れ、取り囲んでいる。


「面白い」

「いや、楽しい要素はどこにもないよね?」


 エグザイルはひるまない。

 いつものようにスパイク・フレイルを、群れの中心目がけて振り回した。


「ギャギャ」


 鋼鉄の暴風から逃れるように散開するが、スパイク・フレイルの射程は予想をはるかに超えていた。脳が小さな恐竜だから、予想外というわけではない。


 10メートルもの距離を超えて、錨のような物体が飛んでくる。

 それが頭蓋を破壊し、外皮を打ち砕き、次々と獲物を見つけては破壊していくなど、誰が想像するものか。


「あっ、やっぱり、急所があるからおもしろい」


 さらに、弓を構えたラーシアが、正確にギガノトサウルスの目を耳を口を射抜いては脳を破壊していった。ラーシアが言うとおり、面白いように死んでいく。

 いくら、太古の地球を支配した生物であろうと。いや、生物であるからには急所がある。

 ならば、ラーシアに殺せぬ理由はない。


「最後に、大物が出てきたな」


 自らは動くことなく――動く必要もなく――事態を見守っていたヴァルトルーデが、ゆっくりと討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを抜く。


 その視線の先には、帆のような背びれを生やした、巨大な恐竜の姿があった。


 スピノサウルス。

 最大の肉食恐竜とされ、その身の丈は20メートル近くにもなる。先ほど倒したティラノサウルスよりも一回り大きく、あのイグ=ヌス・ザドにも匹敵するサイズだ。もはや、生物として扱うのにも抵抗がある。


 緑がかった外皮は生半可な攻撃を跳ね返し、鋭く生え揃った刃は強靱な鱗でさえも貫き、食らい尽くすに違いない。


 そんな相手を前に、聖堂騎士(パラディン)は一人悠然と間合いを詰めていく。

 その余裕にいらついたのではないだろうが、スピノサウルスは威嚇の声を上げて猛然と駆け寄ってきた。


 動きに俊敏さは欠ける。

 それだけに、迫力があった。


 信じていないわけでないが、惨劇の予感に思わずアカネが目をつぶる。


 血の雨が降った。


 それはもちろん、ヴァルトルーデのものではない。


 短いが、太く強靱な前脚で天の恩寵を受けたかのような少女を掴み、肉塊へと変えんとする最大の肉食恐竜。

 しかし魔法銀(ミスラル)の板金鎧に触れるその寸前、剣閃が走り両前脚があっさりと斬り裂かれた。


 血の雨は、まだ止まない。


 身の丈ほどもある腕が落ちると同時に、ヴァルトルーデは前へ出た。

 そのままスピノサウルスの体の下に潜り、後脚を切り落とし、手頃な高さになったところで舞うように身を翻して一刀で首を落とした。


「大丈夫だよ、朱音」


 ユウトに促され、恐る恐る目を開けるアカネ。

 そこで目撃したのは、心配したのとは正反対の光景。


「うわぁ……」


 アカネは言葉もない。

 ドラゴンを倒した、亜神を滅ぼした、世界を救ったという話は何度も聞いた。

 魔法のある世界だし、そういうものだろうと思っていた。


 だが、今なら分かる。現実感などなかった。実感を伴っていなかった。


 今回――当然、本物など知らないが――初めて地球と共通の物差しで測ることができる敵が出てきて、ようやくヴァルトルーデたちの強さを心から理解していた。

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