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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 3 帰還へのランアップ 第三章 半神の帝国
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4.女帝の誘惑

(地下牢でドラゴンに遭遇したら、こんな心境かな……)


 ユウトは、諦めの成分が入り交じったため息を吐いた。

 自分の感想が、まったく的外れなことに気づいたからだ。


 今更、ちょっとしたドラゴン程度でこんな気分になることはない。


「ここは、我が国にとって記念すべき場所でな」


 そんなユウトの様子に気づくことなく、ヴェルガは上機嫌で説明を続ける。


「父ダクストゥムの忠実なる信徒であった母ベアトリーチェが地上で数万の信徒の命と魂を捧げ、我が父の降臨を希う儀式を行なったのだ。結果、顕現されたのがこの場での」


 悪神ダクストゥム。

 ヴァルトルーデが奉じる“常勝”ヘレノニアの兄弟神にして、不倶戴天の大敵。力による支配を肯定し、博愛や自己犠牲を唾棄する。

 悪の相を持つ亜人種族や悪に堕ちた人間たちからも厚く信奉され、特にその教団は密かに村や町を支配し、悪政を敷くこともあった。

 その苛烈な神性とは裏腹に、片目のない、匂い立つような美少年の姿で描かれることが多い。


「さすがにすべてを降臨させるには至らず、我が父の存在を裂いたようなものだったそうであるがな。以後百年ほど、天上へ戻らんとする父と、引き留め誘惑する母との愛の巣となったのじゃ。ま、往時の器具はあまり残ってはおらぬがな」

「その話、ガチだったのかよ……」


 この辺りの逸話は、ユウトも聞いたことがある。

 ただし、伝説や伝承として。

 その関係者から聞かされると……生々しい。


「当然じゃ。そして、妾がここに存在しておる以上、二人に愛が芽生えたのも自明の話であるな」

「下剋上ギリシャ神話とか、朱音なら言いそうだなぁ」


 そんな益体もない感想が出るということは、まだ余裕がある証拠だろう。それに気づき、心の中でアカネに感謝をする。想像上の彼女は嫌そうな顔をしていたが、そこは無視した。


「その話の流れで、俺がここにいるということは……」

「妾は、他に愛の育み方を知らぬが故な。拒絶する婿殿が悪いのだぞ?」

「その論理展開はおかしい」


 愛されないなら、相手の精神を作り替えればいい。

 おかしい。おかしいが、悪の女帝の行いと考えると、妥当なのかも知れない。


 ……当事者になりたくなかったが。


「さすがに、百年は俺の寿命が尽きちゃうけどな」

「なにを言うておるのか」


 女帝は淫靡に笑い飛ばす。


「不老不死……とは言わぬまでも、不老長生の術など、婿殿であればいくらでもあろうに」


 その身を不死の怪物(アンデッド)と化す、秘法にして邪法は存在する。

 肉体の若さを保つだけであれば、そのための理術呪文も開発できるだろう。


 ただ、今のユウトにはまったく魅力的ではない。ヴァルトルーデたちと共に、老いて死ぬ。そこまでのイメージはないが、同時に永遠を求めようとも思わない。


「つまり、俺が陥ちるまで死なせないぞと?」

「そうとも言うのう」

「ちなみに、今、ダクストゥムとベアトリーチェは、どうなってるんだ?」

「天上に昇り、仲むつまじく過ごしておるそうじゃぞ」

「純愛だなぁ」


 素敵な未来予想図に、ユウトは涙が出そうになる。


「まあ、時間はあるし、相互理解のため少し話をしようか」

「意外と素直な反応のよ」

「今頃、仲間たちが頑張ってるだろうからね。俺は、慌てず騒がず救助を待てばいい。あと、変に抵抗して襲われたくない」


 開けっぴろげに意図を説明し、他に場所もないのでベッドに座った。

 壁に並べられ、あるいは床に散乱する、手枷・足枷・首輪といった拘束具。それに鞭や針、空瓶などから放たれる重圧に負けたとも言える。


「信用がないのう」

「この状況で、どう信用しろって?」

「良いのう、この打てば響く会話。妾と相対して臆さぬ。それだけで、離したくなくなる。まさに、愛じゃな」


 とりあえず、人権蹂躙は避けられそうだとほっとする。

 なにせ、大魔術師(アーク・メイジ)であるこのユウト・アマクサにして、ここから逃げ出す術が思いつかないのだから。


 見かけはただの地下牢だが、神との愛の巣というだけあって、この場は瞬間移動の効果が阻害されている。それなのに出入り口が見あたらないのはつまり、この半神だけが行き来し、設備を使用できる特権を有しているということなのだろう。


 その女帝が席を立ち、ユウトの隣――ベッド――へ、しゃなりと移動する。


 近い。

 今まで感じなかった熱い吐息が、ユウトの肌と鼻孔を刺激した。脳がしびれるような甘い香り。嗅いだことなど無いが、南国の食虫植物を連想する。

 今更ながら、ベッド(ここ)に座ったのは失敗だったかも知れない。


「それで、婿殿はどのような愛の言葉を語ってくれるのかの」

「愛についてかもしれないけど、二人の愛についてではない」

「ほう」


 先ほど、ヴェルガはユウトと話しているだけで楽しいと言った。

 それは、ユウトも同じ。

 波長が合うのか、相手の受け答えが上手いのか。ただ会話をするだけで気分が高揚する。

 

 ヴァルトルーデとは正反対の、悪の魅力(カリスマ)


 ふと、考える。

 もし、最初に出会ったのがヴェルガだったら、自分はどうなっていただろうか……と。


「俺が、貴女の求愛を受け入れられない。その理由を語ろうかなと」

「それは興味深いのう。と、いうことは、他の女子(おなご)に惚れているからという下らん理由ではないわけじゃな?」

「こっちも、下らない理由だけどな」


 いや、この淫蕩で奔放で蠱惑的な半神と、自然と恋に落ちることは無かっただろう。

 二人の性質は、あまりにも違いすぎた。


 それでも、ここを訪れる前に色々はっきりさせて良かったと心から思う。

 ヴァルトルーデへのアカネへのアルシアへの気持ち。そして、指輪を贈ったという責任感。その両者がそろっていなかったら、転んでいたかも知れない。


「俺が生まれてから今まで培ってきた価値観と、ヴェルガ……貴女の。貴女たちの思考はあまりにも違いすぎる」

「確かにつまらぬが……。根源的な理由ではあるの」

「あの死巨人(タナトス)――ボーンノヴォルから、ちょっとした騒動を聞いてるだろう?」

「じいさまが、奴隷を一匹踊り喰いしたという話であろう?」


 なにが問題か分からないと、隣に座るヴェルガが可愛らしく小首を傾げた。


 奴隷。つまり、それが種族として悪の相を持つホブゴブリンだろうと、あるいは喰われたのが人間であっても違いはない。奴隷という立場でのみ、認識されている。

 ある意味で、公平。


 同時に、邪悪。


「人が家畜を食らう。巨人が、人を食らう。そこに、いかなる違いがあろうか」

「知能が違う、なんて言うつもりはないよ。違うのは、文化だ。そしてそれは、俺たちの行動を規定し、好悪の判断をする基準になる」

「これは異なことを」


 挑戦的な光を浮かべ、とろけるような微笑を浮かべる。


「正義? 善? いかにも、自己催眠の好きな輩が言い出しそうなことよ。気にくわないのであれば、抵抗すれば、実力で止めれば良かったのだ」

「それは……」


 確かに、その通りだ。


 悪。

 思うがままに振る舞い、理性による掣肘などあざ笑う。そこにあるのは、たったひとつのルール。


 力。

 他者を従え、自らを貫き通す、シンプルな法則。


「のう、婿殿よ……」 


 とろける声音。淫らな瞳。甘い吐息。

 男を骨抜きにする仕草で、女帝は驚くべき提案を口にした。


「なれば、婿殿がこの国を統べ、変えてみるかや?」

「なん……」

「善だの悪だの、妾にはこだわりなどありはせん。臣民の性に任せておるだけのこと。なれば、婿殿が指揮を執り、巨人どもに開墾をさせ、ゴブリンどもに作物を育てさせ、オーガどもに人ではなく家畜を食らえと命じれば良い」


 まさに、悪魔の誘惑。

 甘美な言葉。

 ヴェルガの燃えるような赤毛から香る甘い匂いが、ユウトの脳髄をしびれさせる。


「力こそすべてよ。婿殿に力があれば、皆、喜んで従うであろうよ」


 そんなことが、可能なのか。

 可能だとして、それは正しい行いなのか。


 平和には、なるだろう。

 実現すれば、だが。


 ああ、そう。そうだ。


「それは机上の空論だ」 

「そうかの? 魔力・財力・権力・暴力。婿殿も、すべて最大限に有効活用しておるではないか。素晴らしいではないか」


 一緒だ。

 力で支配する、力がすべてであるこの帝国のあり方も、ユウトたちがやってきたことも、繋がっているのだと半神は言う。


「違う……。違う……」


 圧倒されながらも、ベッドの上を奥へ奥へと追いやられながらも、ユウトは否定を重ねた。


「違わぬよ。いや、違っていても構わぬ。婿殿が望む結果となれば、そこになんの違いがあろうか」


 さりげなく。けれど、確実に大胆にユウトを奥へ押しやり押し倒し馬乗りになる。


「もう、逃がしはせぬよ」


 やっと念願叶うと吸い付きたくなるような朱唇を歪めると、それが引き金だったかのように、ベッドの四隅から枷が伸びた。

 それは、誰が命じるでも無くユウトの両手両足に取りつき、しっかりと拘束する。


「小難しい話はもう良かろう?」


 いつの間に、どこから取り出したというのか。

 ヴェルガは魔法薬(ポーション)のビンを取り出していた。その栓を開封すると、躊躇無く一気に飲み干す。


「うくっ……。はあぁ…………」


 白い液体が口の端からこぼれ落ち、一層淫猥に彼女を彩る。


「母が妾を身籠るのには、かなりの苦労があったようでな。こればかりは、愛だけではいかんともしがたい問題ゆえ、最後にはこの霊薬(エリクサー)を調合したのよ」


 魔法薬は文字通り、理術呪文や神術呪文の効果を封じ込めたものだが、霊薬は薬効のある植物などを煎じ魔法的な加工を行なった薬品だ。


「これを飲んでから行為を行えば、百発百中よ。今こそ、本懐を遂げさせてもらう」

「いや、ちょっ」


 ヴェルガの瞳は興奮に潤み、頬と言わず顔と言わず、全身が真っ赤に染まっている。

 こうならないように、無理矢理されないように、あんな話をしたというのに、結果はこれだ。

 もしかすると、この部屋に気づかなかった仕掛けがあったのかも知れない。半神であるヴェルガの声には、なんらかの効果が付加されていたのかも知れない。


 だが、もう手遅れだ。

 彼女を覆う闇の褥のようなドレスが乱れ、白い肌と豊満な乳房がまろび出ようとする。


「やめっ」


 ユウトが、乙女のような最後の抵抗を示したとき。

 ――唐突に、壁が崩れた。

 文字通り、完全にそのままの意味で。


 土煙が晴れ、その向こうに神の恩寵を得たとしか表現できない美貌が浮かび上がる。

 

「私の夫から、離れてもらおうか」


 天上の美を体現するかのような相貌には、怒りも憎しみもない。

 完全に表情を消した聖堂騎士(パラディン)が、討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターの切っ先を向けて、淡々と語る。


「さもなくば、ヴェルガよ。己が帝国の死刑執行書に、自ら署名をすることとなるぞ」

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