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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第二章 実践編
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7.新領主の流儀

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 鏡を抜けると、そこはファルヴの城塞を臨む岩山の側だった。

 ドワーフの青年トルデクは目の前の光景を見て、驚きに思考も歩みも停止してしまった。


「本当に……」


 信じていなかったわけではないし、本当らしいという行商人からの噂も伝わっていた。

 それでも、壊滅したと聞かされていたファルヴに城塞が築かれている景色を実際に目にすると、感嘆の声が漏れてしまう。

 しかも、その城塞を中心に街の雛形のようなものまでできているではないか。


「相変わらず凄いな、新しい領主様たちは」

「まったくですなぁ」


 あるとは思っていなかった返答に、トルデクは思わずびくっとして隣に立つ老人をまじまじと見つめてしまう。


「わしは、カイエ村の村長のロシウスというもんじゃ。領主様に呼ばれてな」


 白髪の老人の自己紹介に、トルデクもここに至るまでの経緯を簡単に説明して応えた。

 人間とドワーフ。

 同じ国に住み、ゴブリンなど多くの敵を同じくする間柄ではあったが、種族と住む地域の違いから仲が良いとも言えない両者。

 しかし、ドワーフの青年と人間の老人は、同じ感想を抱いていた。


「とんでもない領主が来たもんだ」と。


 とんでもないと言えば、二百名ものドワーフを運んだ転移門(ゲート)を生み出した魔法の鏡――ミラー・オブ・ファーフロムもとんでもないのだが、神秘に造詣の深くない彼らには、理解すらできない。

 鏡から出ては一様に同じリアクションを見せるドワーフたちもまた、彼らと大差ない心境だろう。


 もっとも、ミラー・オブ・ファーフロムが金貨約20万枚――日本円にすれば20億円――もする上級(メジャー)魔法具(マジック・アイテム)と知っていたら、くぐることなどできなかったに違いない。


「では、わしはあのお城に呼ばれておるでな」

「はい。それでは」


 老人の背中を見送りながら、自分はどうすべきか考えていたところ――トルデクの前に、恐らく一番とんでもないであろう人物がやってきた。


「やあ、よく来てくれた」


 やたらフレンドリーな様子で、ユウトが片手を上げながら近づいてくる。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「いやいや。それで早速、給金の件で相談があるんだけどね」


 無言で、トルデクが身を堅くする。やはり、銀貨5枚など破格すぎた。どの程度、値切られるのだろうか。

 銀貨4枚、いや3枚ぐらいなら、なんとかみんなを説得できるか……。

 素早く考えをまとめたトルデクに、ユウトは容赦の無い言葉を投げかけた。


「少し、増やそうと思うんだ」

「はぁ?」


 明らかに目上の人間に発して良い言葉ではない。次々と鏡から出てくる同胞たちも、何事かと注目してくる。

 それを気にしてか、恐らく気にしてはいないのだろうが、岩山の周りを反対側に移動しながらユウトは説明を続ける。


「額は、銅貨5枚ぐらいかな。ただし、増やした分は直接渡すんじゃなくて、医療費の積み立てにしたいんだよね」

「説明をしてもらって、よろしいでしょうか?」

「もちろん」


 ユウトが説明したのは、簡単に言ってしまえば日本の医療保険制度だ。

 給料から保険料を天引きし、その代わり、保険証を提示することで、割安で医療機関にかかることができる。


「まあ、今のところまともな病院もないから、アルシア姐さんに頼ることになるんだけど」

「アルシア様というと、死者をも蘇らせることができる司祭様と……」

「うん。俺にはできない芸当だね」

「あの、なんといいますか」


 トルデクは呆れながら、しかし、なんとかそれを表に出さないよう努力して言った。


「我々に確認なんて取らず、やって良いと思います。っていうか、どう考えても拒否する理由がないですよね?」

「そっか。安心、安心」


 ここは、公共の福祉なんて存在しない世界だ。そこに日本の常識を持ち込んでどうなるかと心配していたユウトにとって、勇気づけられる保証だった。


「それじゃ、目先の話をしよう。まずは、この岩山を素材に、自分たちの宿舎を作ってもらわなくちゃならない」


 もちろん、仮住まいのテントなんかは用意してるけどね。

 そう続けながら、ユウトが岩山をコツンと叩く。


「それは構わないですけど、切り出しからとなると……」

「切り出しは、そこそこ進めているよ」

「いったい誰が……?」


 トルデクの疑問はすぐに解消された。


「はッ」


 岩山の反対側で、美しい聖堂騎士が剣を振るっていた。いつもの討魔神剣ではなく、鈍色に光る薄刃の直刀だ。


 戦乙女の化身さながらのヴァルトルーデが剣を振るうと汗が弾け、それがまた彼女の美しさを引き立てる。

 それだけで、一幅の絵画のような。いや、絵画にして保存すべき光景。


 だが、ユウトが用意した岩山を相手に素振りをしているわけではない。

 鈍色の直刀は、岩肌に弾かれることなく根本までぐっと突き刺さり、ヴァルトルーデは更に力を入れて足下まで直刀を振り下ろした。


 そんなことを幾度か繰り返し岩山から岩塊を抜き出すと、今度はそれを正確に同じ大きさの直方体へと切り分けていく。

 見れば、そうして切り出された石材がうずたかく積み重ねられていた。


「どうかな?」

「どうもこうも……」


 常識と現実が崩壊していますとも言えず、トルデクは絞り出すように言った。


「あれは、アダマンティンの?」

「さすが。もちろん、ヴァルの腕があってこその技だろうけど」


 アダマンティン製の武器は物体の硬度を無視して打撃を与え、アダマンティン製の防具はあらゆる打撃から身を守るという伝説を持つ。

 しかし、滅多に産出されることのない幻の金属でもある。

 そんな高価な武器を石材の切り出しに使うなど……他の誰も思いつかない所行だろう。


「なんだ、そんなところで見ていたのか」


 切り出した石材をヨナの念動力に任せて汗を拭いていたところ、ヴァルトルーデがユウトに気づいて声をかけた。


「お見事だな。エグザイルのおっさんじゃ、こうはいかない」

「適材適所というやつだな」


 楽しそうに笑う二人を、トルデクはある確信を持って見つめていた。


「というわけで、この側に宿舎を建てる場所と他の資材を用意してあるから、早速作業に移ってくれるかな。ヴァルトルーデ、この場は任せる」

「任せろ」


 起伏の乏しい胸をぽんと叩いて、ヴァルトルーデが請け負った。

 笑顔でうなずきながら、しかし、ユウトはヨナにも声をかける。


「ヨナ、ヴァルトルーデを頼んだぞ」

「うん。おっけー」


 念動のパワーで石材をふよふよと遊ぶように積み重ねていたヨナだったが、この時ばかりは真剣な表情で応えた。


「ちょっと待て。それは、どういう意味だ?」


 ユウトは笑顔だけ浮かべてなにも言わず、《飛行(フライト)》の呪文を発動させた。白いローブが風をはらんではためき、黒い制服が露わになる。


「じゃあ、城の方で仕事があるんで。後はよろしく」

「後できっちり説明してもらうぞ、ユウト!」





 ファルヴの城塞の会議室。

 本来は、軍議などのために使用される部屋なのだろうが、今は領内の村から集めた代表者や、アルシアとヴァルトルーデが王都セジュールで〝面接〟をして採用した元冒険者たちが一堂に会している。


 迎え入れる側は、今のところアルシア一人。

 しかし、すでに村々を回って顔つなぎをしていたお陰だろう、室内に緊張感はなく、希望者のファルヴへの移住など、すでに決定済みの政策の詰めも終えようとしていた。 


「遅くなりました……」


 そこに、ドワーフたちをヴァルトルーデとヨナに任せたユウトがやってくる。

 それを認めて、アルシアはすっと立ち上がった。


「わざわざ集まってくださって、ありがとう。心から、感謝します」


 そして開会を宣言する。

「今日集まっていただいたのは、いくつかのお願いと提案をするためです。――ユウトくん」

「《完全幻影(ミラージュ・ファクト)》」


 アルシアの合図と同時に、ユウトが呪文書を5ページ分引き千切り、彼女の後へ投射した。


 その名の通り、実物そっくりの幻を作り出す呪文だ。落とし穴を隠したり、偽りの道を作り出したり、軍勢を多く見せかけるのに使用されることが多い。本来は視覚だけでなく、聴覚や嗅覚にまで作用するが、今回はそこまで凝ったものではなかった。


「これは、カイエ村をモデルにした物ですが、それぞれの村にも設置をさせてもらいたいと考えています」


 アルシアの後ろに映し出されているのは、村の全景の映像だ。

 ミラー・オブ・ファーフロムで確認した映像を元に、いくつかの加工をして幻影を作り出している。


「具体的には、村を囲む石壁と堀。これらを設置し、防衛力を高めます」

「しかし、そうは言っても……」

「その心配は当然です」


 アルシアが疑念を抱いた村長の一人に優しく微笑む。もちろん、その反応は織り込み済みだ。


「ですが、この工事は、すべてイスタス伯爵家が負担します。というよりは、彼の呪文ですべてなんとかします。一日もかからないでしょう」

「城塞は別だけど、街の形や岩山を作ったのは、俺なので」


 それで納得したわけではないが、不利益になるものでもないので、それ以上の疑問の声は上がらなかった。


「その代わり――というわけではありませんが、伯爵家が派遣した警備の人間を常駐させることと、自警団の創設をお願いしたいのです」


 自警団は元々ある村も多いだろうが、より本格的な物を企図していると、アルシアは説明を続ける。


「武器や防具など、必要な装備は貸与しても構いません」


 その発言には、驚きの声が上がった。


(民衆に武器を与える為政者とか、普通無いよなぁ)


 アルシアの後ろに控えながら、ユウトは苦笑する。


「そして、これらの準備と受け入れ態勢を整えてもらうため、今年は無税とします」


 先ほどを超えるどよめきが、広い会議室を支配した。村々の責任者たちだけでなく、防衛力として雇った元冒険者たちからも驚きの声が上がる。


「もちろん、来年から租税が倍になるようなこともありません。昨年までの実績から公正に判断をしますから。その旨、書面に残しますので」


 それを遮るかのようにユウトが冷静にフォローする。

 領民側にしかメリットの無い話のようにも思えるが、人手不足の中で無理に租税を集めるよりは、いっそ一年間は無税にして官僚機構を整えた方が良いという判断でもあった。


 なにをやるにも、一足飛びにはいかない。

 それに、資金が足りなくなったら、ラーシアが言っていたようにドラゴン一匹狩ってくればそれで済む話でもある。


「簡単に信じられる話じゃない。それは、分かります」


 ユウトが一歩前に出る。さらに、アルシアを見てうなずき、この場は任せてくれるよう伝える。

 アルシアは、その可憐な唇をわずかにほころばし、賛意を送った。


「これは未来への投資だと考えてください。今は確実に損です、持ち出しはかなりあります。でも、将来回収できる額だと考えています」


 この投資も、返ってこなくて構わない……とは言わない。

 ユウトもアルシアも、当然、ヴァルトルーデも、領民の手助けをしたいと思っていても、扶養する気は無いのだから。


「施しでも、懐柔でもありません。ただ、豊かさを産み出したい。そのためなら、資金も呪文も厭いません。それが、我々の流儀です」


 完全に納得した空気は、まだ生まれない。

 だが、本気は伝わったのだろう。この提案に乗ろうという雰囲気が醸成され始める。


「いかがでしょう?」


 その機を逃さず、アルシアが決断を求める。

 それに応えたのは、カイエ村の村長ロシウスだ。


「ありがたいお話です。ご提案通りにしたいのはやまやまですが……領主様が派遣される警備の者があやつでは、お受けできません」


 鋭い眼光を、後ろに控える元冒険者の一人へと向けた。

 視線の先にいるのは、黒髪を短く刈り上げた偉丈夫。今はいかつい顔に緊張を貼り付けているが、笑えば案外愛嬌がありそうだ。

 面接はヴァルトルーデに任せたが、ユウトも男の素性を知らないわけではない。


 グレン・ミュラー。家名は、ただの自称か。

 全身を覆う金属鎧の隙間から見える筋肉は、エグザイルなどには遠く及ばないにせよ、それなりの戦士である証しだろう。

 野球部で主将をやっていそうなタイプだなと、ユウトが心の中で勝手な感想を抱く。


「親父!」


 黙って話を聞いていた、グレンがたまらず飛び出そうとし、その肩を隣にいた赤毛の女魔術師に掴まれ止められる。

 彼女の名はマリアン。

 特に美人というわけではないが、それだけに気取らず話しやすそうな雰囲気がある。


(誰にでも愛想良く接して、男を誤解させちゃうタイプだな。クラスに一人はいる)


 彼女もユウトの足下にも及ばないだろうが、仮にも魔術師(ウィザード)。理術呪文を使える存在が村に常駐してくれるとしたら、かなり貴重だ。


「わしに息子などおらん。いや、十五年も前に死んだわ」

「あの時は、悪かった。でも、俺だって冒険者として……」

「これはあくまでもたとえ話だが、村を捨てた人間が村を守るなどと言って誰が信じるというのだ? 一度村を捨てた人間が、また捨てぬ保証がどこにある」


 ドラマのような展開が眼前で繰り広げられている。


 冒険者として〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)の黒妖の城郭を踏破し、数多のモンスターを屠り、ドラゴンすら倒した経験を持つユウトが、なにも言えずに座っている。

 他の面々も、そう大差はなかった。


(専門外にも程がある……)


 元々、村に戦力――引退した元冒険者や、衛兵。北の塔壁での防衛戦に従軍し、退役した兵士など――を置く心づもりはあった。

 それなら元住民を連れてきた方が良いだろうと軽く考えた結果がこれだ。


 ヴァルトルーデの面接を合格した以上グレンも悪い人間ではないのだろうが、こじれた親子関係を他人がどうこうできるわけもない

 見れば、アルシアもぽかんと口を開けているだけ。

 そんな二人を引き離したのは、赤毛の女魔術師マリアンだった。


「止めてください、お義父さん」

「お義父さん……?」

「実は、子供ができたんだ……」


 グレンがマリアンの肩を抱きながら、恥ずかしそうに言う。

 冒険者を引退した理由もそれだ。

 まあ、パーティ内でくっつき、子供ができてパーティ解散。そのまま引退というのは、よくあるわけではないが、珍しくもない。


「お、お前……」

「もうすぐ父親になるって知ってさ、生まれてくるガキのことを考えてたら、親父の気持ちが分かったっていうか……」

「ガキがガキをこさえて、それでなにが親の気持ちが分かっただと!」


 言葉だけ見ると、親子喧嘩は続いているかのように見える。

 しかし、お互い魂が抜けたかのように呆然とし、涙ぐんでいた。一件落着しているのは火を見るよりも明らかだ。


(なんだこの三文芝居は……)


 ヴァルトルーデは、こうなることを期待して採用したのだろうか? 充分あり得る話だ。

 醒めた気分で、傍らのアルシアを見る。


 すると――そのアルシアも、なんだか満足そうに頷いては、拳を握って胸を叩くようにして喜びを表現していた。


ブルーワーズ(こっち)の人って、すれてないんだ)


 次元移動して一年。今更ながら知った新事実に、ユウトは苦笑いを浮かべることしかできなかった。

今回で実践編は終了。次回より回想編となります。

回想編といっても、過去の冒険を延々描写するという事はありません。

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