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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 3 帰還へのランアップ 第三章 半神の帝国
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3.女帝との再会

「久しいの、婿殿」


 その日、ヴェルガ帝国の最高権力者は久々に上機嫌で賓客を出迎えていた。


 ついこの間から、お気に入りになった玉座の間。黒御影石で造営されたこの空間に、白いローブを着たユウトの姿は良く映える。

 想い人――一方的だが――を迎えられた喜びに、ヴェルガの(かんばせ)は淫靡に蕩けていた。


 色々とおまけ(・・・)も付着しているが、その程度は許すのが女の度量というものだろう。


 エグザイルとラーシアは、その姿を見るのは初めて。

 だが、岩巨人(ジャールート)は一目見ただけでユウトが苦労するだろうことに気づき痛ましい表情を浮かべ、草原の種族(マグナー)は真っ当な女王や女帝はこの世に存在しないのかと絶望した。


 一方、やはり初対面であるアルシアに、その容姿は分からない。

 しかし、その悪の霊気と身につけた三つの秘宝具(アーティファクト)から放たれる半神の威に、我知らず圧倒されかける。


 なんとか平静を保てたのは、将来の配偶者――まだ、実感は湧かないけれど――が、いつも通りだったから。


「婿殿ではないですが、お久しぶりです」


 貴人への礼は失することなく行い、婿殿という呼称への否定も相手の立場を考え最低限にとどめる。

 先ほどの一件で価値観が違いすぎる国だとは分かっているが、わざと失点をする必要もないだろう。


 そもそも、これから渡すチャールトン王からの親書でしっかりと断っているし――先頭に立っているので見えないが――背後から怖いぐらいに拒絶の気配が発せられているから、ユウトから殊更言う必要もない。


「ヴァルトルーデ・イスタスと申したか。そなたも、壮健のようであるな」

「お互いにな」


 ただの儀礼的な挨拶にもかかわらず、善なる佳人と悪なる淫婦――恐らくこの地上で最も美しい両者の間に火花が散る。

 

「ほう。今少しかみついてくるかと思いきや、なにか余裕よの」

「ユウトは、気持ちを言葉と行動で示してくれた。私は、喜んで受け取った。それだけのことだ」


 指輪は当然持ち歩いているが、魔法銀(ミスラル)の鎧を身につけたままなので、胸から下げた玻璃鉄(クリスタル・アイアン)のネックレスを握りしめて言う。


「特使殿、来訪を歓迎しよう。私はヴェルガ帝国宰相シェレイロン・ラテタルだ」

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はロートシルト王国守護爵にして、イスタス伯爵家の家宰ユウト・アマクサ。この度は、チャールトン三世よりの親書をお渡しすべく、まかり越しました」


 このままでは、惨事になりかねない。

 それを察したダークエルフの宰相からの言葉に、ユウトも乗った。将来的にはそうなるかも知れないが、今のところヴェルガと殺し合いをするつもりはない。


「早速ですが、こちらを」


 ロートシルト王国からの親書と結局出番の無かった印章指輪を、帝国宰相シェレイロン・ラテタルが用意した銀盆に置く。

 それでようやく、周囲の様子を観察する余裕が生まれた。


 ユウトたち一行は全員そろっているが、ヴェルガ帝国側はほとんど人員を配置していない。

 玉座にしどけなく君臨するヴェルガのほかには、取り次ぎ兼監視役であるダークエルフの宰相のみ。ボーンノヴォルも、玉座の間には姿を現さなかった。


 他に近衛兵の姿も見えないのは、密かに配置しているのか。あるいは、ユウトたちの相手にするには力不足と断じたからか。


 そう推測を重ねている間に、シェレイロンは親書を恭しく主に捧げ、一歩下がって言葉を待っている。


「ふむ。まあ、次回からは必要なかろう」


 ため息が出るほど美しい所作で、手を一振り。

 役目を終えた印章指輪は、それで虚空へ消え去った。

 

「ぶれないわ……」

「何度訪れたところで、ユウトが貴様のものになることはないがな」


 ヴァルトルーデから感じる余裕は頼もしいが、とりあえず背後からの感想は聞こえなかったことにする。

 今は、ヴェルガに集中しなくてはならない。


「ふむ」


 親書に目を通した半神の女帝は、不機嫌そうに眉根を寄せた。

 それも当然だろう。

 中身は、にべもない拒絶なのだから。


「なにか条件でもつけてくるかと思うたが、完全に拒否か。嫌われたものだのぅ」

「離間工作を仕掛けておいて、なにを言っているんですかね」

「くくく。読まれておったか」


 ここから先の交渉は、礼儀作法など気にしてはやっていられない。

 砕けた態度で、ユウトはヴェルガへ話しかける。


「お陰で、俺は遙か東へ逃げ出す羽目になった」

「それは羨ましい。妾はこんな玉座に縛られておるというに。夫を待つ妻の心境よの」

「だいたい、こっちから条件をふっかけたら、あっさり乗るところだったでしょう?」

「ふふ。婿殿は、相変わらず聡い。会話が楽で良いわ」


 見るだけで腰砕けになりそうな笑顔と声で、ヴェルガはユウトを褒め称える。


「ロートシルトとの相互不可侵条約。この程度であれば受け入れるつもりだったのだがの」

「やっぱり……。止めさせて良かった」


 実際、ロートシルト王国の宰相、ディーター・シューケルからはそんな提案もあったのだ。相手の出方を確かめるという意味では有効だが、この場合、相手が破格過ぎる。


「万が一だけど、条約結んで平和になるのは悪いことじゃ……うわ、アルシアから殺気が」

「出せませんよ、そんなものは。あと、ユウトくんを手放した瞬間、条約を破棄して攻め込んでくるでしょうね」

「妾は、そこまで事を急く真似はせぬぞ。破棄をするのは、満足行くまで婿殿と逢瀬を重ねた後よ」

「破棄をするのは確定なのね……」


 げんなりとアカネがつぶやく。

 条約破棄自体は世界史の教科書に先例がいくつも載っているが、ユウトを連れ去られるのだけは我慢ならない。


「まったく。なんで、人払いしてるのかよく分かった」


 こんな話を誰かに聞かせるわけにはいかないだろう。玉座の近くに侍るダークエルフも、平静を装うので精一杯だ。


「しかし、これを手ずから運んできたということは、婿殿も同意見……ということかの?」


 今、この瞬間だけは女帝の威厳は無い。

 まるで告白の答えを待つ乙女のように、不安げな顔を見せる。


「最初から言っている通りだよ。婚約者(フィアンセ)は三人になったけどな」


 まさか、自分の人生でフィアンセなんて言葉を使う日が来るとは。なにがあるか分からないものだと、別の意味で苦笑を浮かべる。


「なんともいけずなことよの。妾は、これほど愛し、初めての接吻すら捧げたというに」

「へ、陛下!?」


 思いがけない言葉を聞いて、シェレイロン・ラテタルは暫時、自らの立場を忘れた。ダークエルフ特有の細い目を更に鋭くし、視線で射殺そうとするかのようにユウトをにらみつける。

 これでは、どちらが被害者で加害者か分からない。


「なにが捧げたですか。一方的に奪っておいて」


(あ、そういえば……)


 アルシアとは、そういうことをしていなかったと今更ながら気づく。


 するのか。

 するのだろう。当然だ。


(ま、まあ。今は考えない考えない)


 甘美な想像を振り払い、ユウトは目の前のヴェルガに集中する。


「そちらの申し出は正式にお断りします。この件に関しては、交渉も駆け引きも、しません」


 ユウトの明確な拒絶。

 しかし、玉座に座る女帝は、目を瞑りその言葉の意味をゆっくりと咀嚼する。


「相分かった。妾も、簡単にどうにかなるとも思ってはおらぬ。部屋を用意させておるゆえ、ゆるりと逗留するがよかろう」


 ヴェルガの簡単には帰さぬぞという宣言で、最初の謁見は終わりを告げた。

 はっきりと断ったものの、本題――地球への帰還方法――にも入っていないのだから、ユウトとしても帰るわけにはいかない。


 ヴェルガが退出すると同時に現れたサキュバスの侍女たちの先導で、エボニィサークルの城内を再度移動することになった。


 侍女と言っても、身につけているのは露出度の高い――というよりは要所しか覆っていないレザードレス。

 寝室以外のどこで見ても違和感のある装束だが、それをまとっているのが娼婦の如き淫猥さを振りまくサキュバスだと、違和感はない。


 ただし、エグザイルとラーシアはまったく興味を示さず、ユウトも一瞥して眉をひそめただけとあっては、宝の持ち腐れといったところだが。


「なんというか、根本的に色々違う感じだよね」

「そうだな。ユウトも厄介なのに目を付けられたものだ」

「必要なことだって、やったことは後悔してないけど、やぶ蛇だったよなぁ」


 謁見の間と同じく、黒御影石で造営された黒檀の城。アカネ以外は、〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル )の本拠地、黒曜の城郭を思い出していた。

 悪の城というのは、似通うものらしい。


「でも、案外あっさりと引き下がったわね」


 足下の絨毯や壁のレリーフ、タペストリなどの装飾に目を奪われながら、色々と衝撃的な展開があった割には元気そうな声でアカネが言う。

 今は平気かも知れないが、後でちゃんとフォローをしようとユウトは心に誓う。


 ただし、それが果たされるのは相当先の未来になるのだが。


「アカネ、まだ油断は禁物だぞ」

「そうね。なにを仕掛けてくるか分からないわ」

「ボクたち、なんの話をしてるんだろうね?」

「戦争」


 侍女に聞かれるのも気にせず、不穏な会話を続ける女性陣。

 最も穏やかではないのは、無表情に武力行使を語るヨナだろうか。


「こちらがぁ、お部屋にございますぅ」


 やけに媚びた声と動きで、サキュバスの侍女が扉の前で立ち止まった。

 重厚な木製の扉は、様々な種族の客人を想定しているためか、エグザイルの倍ほどもある。


 意味も無く体をくねらせ、その扉を開けると豪奢な室内が露わになった。

 今まで目にしてきた黒檀の城というイメージ。

 あっさりとそれを覆す、きらびやかな部屋だった。壁は金糸・銀糸で飾られ、シャンデリアから放たれる光で、室内が輝いている。

 家具も調度も、一目で高級品と分かる品ばかり。

 居室として考えると落ち着けないかも知れないが、大国の威光を示すには充分だった。


魔法具(マジック・アイテム)もあるみたいだけど、有害なのは……ないかな?」


 こっそりと《魔力感知(センス・マジック)》を使用してみたが、危険な呪文や魔法具の痕跡は見つからない。

 また、安全をアピールするためか、まずサキュバスの侍女から室内に足を踏み入れた。


 ラーシア、エグザイルが部屋の中へ入っていくのを確認し、いつまでもここにいても仕方ないとユウトがそれに続く。


 それが間違いだった。


「……そう来たか」


 ユウトの目の前には、先ほど見た豪奢な来賓室ではなく、窓ひとつ無い薄暗い空間が広がっている。

 苔むして、壁の所々には血の跡があり、鎖、金属の輪、火かき棒、ベッドなど、なんに使うのか分かりたくない器具がそこかしこに置かれていた。


「というか、地下牢だよな」


 《魔導師の閂(ウォー・ロック)》という理術呪文がある。

 建物ひとつを対象とし、その効果時間中に正規の手段によらずその建物へ侵入した者は予め設定した場所に瞬間移動させられ、様々な洗礼を受ける。


 あの部屋にはそれと似たような呪文がかけられていて、ユウトだけが転送させられたのだろう。


「そうなると……」

「待っておったぞ」


 地下牢の奥。

 場違いなほど贅沢な背高椅子が置かれたそこから、サキュバスよりも淫らな半神が潤んだ瞳で愛する大魔術師(アーク・メイジ)を見つめていた。

ヴェルガ「この部屋に男の子を呼ぶのって、初めてなの」


それはそれとして、累計400万PV突破いたしました。

ご愛読いただいている皆様のお陰です。

本当にありがとうございます。これからも、よろしくお願いいたします。

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