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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 3 帰還へのランアップ 第三章 半神の帝国
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2.死巨人の長

「南蛮からの使者よ、我が声を聞けい!」


 雷霆らいていのような声が、周囲に響きわたった。その源となった巨人が、射殺すような鋭い視線でユウトたちを睥睨する。同時に、様々な色が集まった黒い雷が巨人の体を縦横に走った。


 その巨体から放たれる、圧倒的な死のオーラ。

 訓練を積んだ冒険者や騎士でも生命活動を止めるだろう霊気を受けても、ユウトとラーシアは平然としていた。


「とても歓迎されている雰囲気じゃないなぁ」

「とりあえず、内臓とか脳はありそうだね」

「そういう判断基準は止めろよ。ヨナの教育に悪い」

「なにを今更」


 チャールトン王の親書に、ヴェルガから渡された指輪。身分を証明する品はいくつかあるが、相手の様子からすると、それを渡してどうにかなるとは思えなかった。


「我は、“雲をも掴む”ボーンノヴォル。貴様らの力を試しに来た。臆さぬならば、かかってこい!」


 ある意味で、予想通り。別の意味では予想外な、ボーンノヴォルの言葉。


 ヴェルガ帝国は女帝ヴェルガのもとにまとまってはいるが、完全に一枚岩ではない。混沌と悪を奉じる――つまり個人の欲望を肯定する国是は、結果さえ出せばスタンドプレーも許容する。

 つまり、このようにユウトたちが気に入らないと排除に出てくるかも知れないとは思っていた。


 予想外だったのは、騙し討ちでも数に任せるでもなく、こうして一人で待ち受けていたこと。逆に、対応に困ってしまう。


「“雲をも掴む”ボーンノヴォルといえば、ヴェルガから伯爵位を贈られている古参の重鎮ですよ。ユウトくん、どうします?」


 下手に手を出してしまうと問題かも知れませんよ? という意味もこめて、アルシアが問う。

 だが、政治的な配慮や空気を読むという概念から最も遠いところにいる草原の種族(マグナー)が諸手を上げて立候補を表明した。


「ボクに任せてもらおうかな。別に、ストレスが溜まってるとかそういうわけじゃないけど、ちょっと敵の急所を攻撃したい気分なんだよね」

「どういう気分だよ。でも、無視するわけにもいかないか……」


 全員で対処するという選択ももちろん存在するし、ユウトたちにとってはそれが当然のことなのだが、今回はあまりやりすぎるわけにもいかない。

 そして、無視して先に進むというのも、問題を先送りするだけ。


「ユウト、ここはラーシアよりも適任がいるぞ」

「オレに任せてもらおう」


 そう言って前に出たのは岩巨人(ジャールート)の戦士エグザイルだ。

 いつもの龍鱗(ドラゴンスケイル)の鎧に身を包み、錨のように巨大なスパイク・フレイルを背負って、返事も待たずに前へ出る。


「確かに、あのタイプにはエグザイルのおっさんの方が有効かも知れないな」


 力対力の対決。

 これより分かりやすい構図も無いだろう。


「まあ、そっか。ユウトがよく言う“脳筋”対決ってやつだね」


 みんなの意図を察し、ラーシアはあっさりと矛を収めた。ついでに弓矢や魔法の短杖(マジック・ワンド)も矢筒に仕舞い、観戦モードに入る。


「一人で挑むか。後悔するでないぞ」

「そういうセリフは、終わってから言えばいい」

「吐かせいッッ!」


 激発したボーンノヴォルが地響きを起こしながら立ち上がる。

 一方のエグザイルは、それを冷静に眺めながら、間合いを詰めつつスパイク・フレイルを構えた。


 身の丈十数メートルはあろうかという、死巨人(タナトス)

 その二割ほどしかない、岩巨人。


 間合いに入った両者は、刹那視線を交差させる。


「死ねいッッ!」

「ひねり潰すッ」


 遙かな高みから打ち下ろされる棍棒。それはもはや、天災に等しい。

 だが、エグザイルは一歩も引かずに立ち向かった。

 巨大な樹木を迎え撃つスパイク・フレイル。ボーンノヴォルの前では小人に等しいエグザイルだが、あり得ないことに両者の間合いの広さは同じ。

 10メートルほどの距離を隔て、打ち合う二人。


「ぬうぁっ!?」

「オレの力を見せてやる」


 打ち負けたのは、すべてにおいて有利なはずの死巨人ボーンノヴォル。

 両者の得物が、うなり、ぶつかる。

 けれど、弾かれ、押しやられるのは死巨人の方だ。


 エグザイルの体が、赤く煙って見える。

 スパイク・フレイルに魔化された効果の反動で、それを振るう度に傷を負い、血が流れる。それが闘気とあわさっているのだ。


 岩巨人はじりじりと前進し、5倍以上の体躯を誇る死巨人は少しずつ後退していた。


 驚愕。


 それ以外に、ボーンノヴォルの心境を表現する言葉はない。


「エグ、勝ってる?」

「さすがに、無理でしょ……?」


 聞き憶えのある。しかし、ここで聞こえてはいけない声に、ユウトの顔から血の気が引く。


「だいじょうぶ。《アイソレートフィールド》で守ってる」


 咄嗟に振り返ったユウトが見たのは、巨大なシャボン玉のようなフィールドに包まれたヨナとアカネの姿。《アイソレートフィールド》は、一切の攻撃を通さぬ代わりに内部からも介入できなくなる超能力(サイキック・パワー)だ。


「焦らせやがって……」

「え? え?」


 よく分かっていないアカネに、説明したものかどうか。少し迷ったが、不安がらせる必要も無いかと視線をエグザイルへと戻した。


「やるではないか、小さいの」

「でかければ良いというものでもない」

「なんじゃ、負け惜しみか」

「本当に負けたら、言ってもいい」


 再度、二人の武器が衝突する。

 力と力のぶつかり合い。肉は軋み、歯は折れるほど食いしばられ、骨が歪むほど。

 ここまで極まれば、ある種の芸術だ。


「ええいっ、まどろっこしい」

「同感だ」


 ニヤリと微笑を交わした大小の巨人は、同時に武器を投げ捨てた。


「どういう流れよ……」

「当然の流れだろう?」

「ヴァルは漢らし過ぎる……」

「これ、エグパパとの戦いと同じだ」


 二人の立ち会いは、肉弾戦へと移行した。

 ボーンノヴォルが巨木のような腕を横薙に振るい、さらうようにエグザイルの体をひっ掴もうとする。


「イグ=ヌス・ザドは、こんなものじゃなかったぞ」


 しかし、エグザイルは微動だにしない。

 蜘蛛の亜神による攻撃すら凌ぎ切ったその耐久力は、今回も遺憾なく発揮される。


 岩巨人は、大地に根を張るかのようにがっちりと巨腕を受け止め、両腕で抱え込んだ。


「ぐぎぎッ」

「ぐあぁっ」


 対抗。

 均衡。

 そして、崩壊。


 エグザイルが、まるで綱引きでもするかのようにボーンノヴォルの腕を引っ張った。


「ぬおぅっ」


 一方、ボーンノヴォルはバランスを保てない。

 ヴェルガ帝国の建国に貢献し、数多の命を奪い、善を破ってきた死巨人の長。

 誰もが畏れ、敬い。それにふさわしい実力を持つヴェルガ帝国の重鎮。


 その力の象徴が、今、大地に崩れ落ちた。


「ええー。物理的に、ありえなくない?」


 アカネは驚き、唖然とし、頭が真っ白になる。

 本当に信じられない光景を目にすると、なにも考えられなくなるようだ。


 エグザイルが怪力の持ち主だというのは、その肉体を見れば分かる。だが、相手はそれを遙かに凌駕する巨大さ。

 重量挙げの金メダリストが、象を投げ飛ばすようなもの。

 ありえない。


 だが、目の前の光景に嘘はない。


「こういう常識を捨てられないから、私は魔法を使えなかったのね」

「なんか、常識が無いと言われている気がするんだけどな」

「お、奥さんが三人いる人が常識を語ってるよ。ヨナ、どう思う?」

「愛があるからだいじょうぶ」

「冷めないといいね! いや、こっちは冷めてほしい……。できれば普通のお友達レベルに……」

「なんで、ラーシアがダメージ受けてんだよ」


 ヴァルトルーデとアルシアは、賢明にも沈黙を守った。いや、ヴァルトルーデに関しては、なにも言えなかっただけかも知れないが。


「見事だ! ヴェルガの嬢ちゃんも見る目があったということだな!」


 エグザイルに土を付けられたボーンノヴォルは鎧姿のままあぐらをかくと、さわやかささえ感じる表情で岩巨人を褒め称えた。


「こうなっては仕方あるまい。認めてやろうではないか」

「違う。オレじゃない」

「他に、婚約者がいるからと遠慮しとるのか。英雄色を好むだ。気にするな」

「いや、妻はいるがオレではない……」


 力勝負では勝利したが、話を聞かない相手にエグザイルが押されている。

 そもそも、認めてほしかったわけでもない。


「説明するのか、俺が?」


 ユウトが呆然とつぶやく。

 視界の隅に、気に障るほど清々しい笑顔で「がんばれ」と応援するラーシアの姿が見えた。





「ここが、帝都ヴェルガか……」


 なんとかボーンノヴォルにヴェルガの相手はユウトだと説明し――まるで認めてしまうかのようで抵抗感はあったのだが――なんとか納得させた後、この死巨人の先導で帝都ヴェルガへと入った。


 もっとも。


「まったく、嬢ちゃんはなんであんな軟弱魔術師なんぞに懸想をしとるんじゃ。それもこれも、うちの若いもんがいかん。帰ったら、鍛え直してくれるわ」


 ――ボーンノヴォル伯爵は、不満でいっぱいだったようだが。


「話には聞いていたが、やはりアレはやりすぎだろう」

「ユウト、ズルい」


 まず目に入るのは、郊外に突き立てられた島。いや、その経緯を知っているから島と見えるだけで、実態は巨大な岩山でしかない。

 警告にしても嫌がらせにしても、迷惑すぎる存在だ。


「あれは、別として……。悪の都だっていうから、スラムの凄い版みたいなイメージだったけど、わりと普通?」

「帝国という体裁を取っている以上、完全に無秩序でもいられないのでしょうね」


 馬車から降り、徒歩でヴェルガの城エボニィサークルへと向かう一行。

 アカネの言葉通り。そして、ユウトが遠目から確認したときの印象と同じく、表面上は普通の国の都市とそう変わりはなかった。


 主要な道路には石畳が敷かれ、レンガ造りの建物はファルヴとは異なり二階建て三階建てのものも多い。裏通りに入れば違うのだろうが、少なくとも不潔さとは無縁だ。

 色彩は全体的にくすみ、北方のせいか太陽も弱々しいものの、商売は行われ、働き、そして死んでいくのだろう。


 ただし、道行く人々は雑多だ。


 一番多いのは人間だが、エルフもダークエルフもドワーフもゴブリンもオーガも。少なくともロートシルト王国の都市やフォリオ=ファリナには存在しない、悪の相を持つ亜人種族も当然のように往来を闊歩している。

 そして、最大の違いは鎖につながれた奴隷の存在だろう。


 混沌と悪を標榜するだけあって、すべての種族に平等。

 弱肉強食の国是そのままに、精神支配や魅了の魔化が施されている鞭を用いて、人間の主人がオーガの奴隷を従えている姿すら目にする。

 その光景を、ヴァルトルーデは汚いものでも見るかのように表情を強ばらせたが、表立ってはなにも言わなかった。


 同じだが、違う。


 これが、帝都ヴェルガの第一印象。

 しかし、まだ完全には理解していなかった。違いは理解していても、どこが最も違うのかを完全には分かっていなかったのだ。


「ふうむ。小腹が空いたな。おい、そこの」

「は、はい」


 板金鎧(プレートアーマー)の上から腹を押さえた死巨人が、向こうからやってきた人間を呼び止める。

 白髪まじりで痩せぎすの中年男は、突然、身分の高い――己よりも強い――ボーンノヴォルに声をかけられ、平伏せんばかりに頭を下げる。

 連れていた、数体のホブゴブリンの奴隷たちも、生存本能がそうさせたのか、主人に倣う。


「腹が減った。もらうぞ。金はボーンノヴォルの屋敷へ請求せい」

「は、伯爵様でございましたか。どうぞどうぞ」


 ユウトたちは、誰一人としてその会話を理解できない。言葉の意味は分かる、だが、その意図が分からなかった。

 そして、実演されたときにはもう遅い。


 摘むようにしてホブゴブリンを持ち上げたボーンノヴォルは、くいっとその首を引き抜くと、残った胴体を丸飲みにした。頭はそのまま、道路へ放り投げる。


「なにをしている!」


 ヴァルトルーデが討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを抜き放ち激高する。

 相手がホブゴブリンだろうと、見過ごすことはできない。


「郷に入りては郷に従えという言葉を知らぬか、小娘」

「“常勝”ヘレノニアの正義は揺るがぬ」

「ま、正義はともかく、やるなら殺るよ」


 いつのまにか、ラーシアも矢をつがえていた。


 一触即発。


 事ここに至って、ようやくユウトは我に返ってアカネを抱き寄せる。


「うえっ……」

「朱音、ごめん」


 ヴェルガに言われるまま連れてきてしまったが、配慮が足りなかった。

 あれは、見せて良いものではない。


 胸の中に愛おしい体温を感じ、優しく幼なじみの背をさすりながら、ユウトは悔恨にさいなまれる。

 だが、このブルーワーズで生きていくということは、この残酷な世界と隣り合わせで過ごすということでもあるのだ。


「アカネ、だいじょうぶ?」

「いきなりで……初めてで……びっくりしただけ。もう、大丈夫よ」


 心配するヨナへは振る舞うものの、顔は青ざめ小刻みに震えている。

 そのショックの大きさは、アルシアにも伝わっていた。


 ヴァルトルーデなら、あの死巨人を一刀の下に葬れるだろう。外交問題になっても構わない。だが、アカネの心は守らなくては。


「ヴァル、ここは剣を引いて」

「しかし……」

「オレは、今の食事に関して正否は語らん。だが、友の大事な女が傷ついた。次は、許さん」

「ふんっ。めんどうな輩め。やはり、ただの人間などヴェルガに釣り合わぬわ」


 そう悪態をつきながらも、ボーンノヴォルは矛を収めた。

 上手く事態をまとめてくれた仲間たちに感謝しつつも、今はアカネに集中する。


「一度、《瞬間移動(テレポート)》で帰っても――」

「ううん。せめて、女帝に会うまでは一緒にいさせて」

「……無理はするなよ」


 うんと小さく首肯し、ゆっくりではあるが歩き出す。

 ただ、ユウトの手を離すことはできなかったが。


 やはり、相容れぬ敵であると悪であると、認識を新たにする。


 その首魁であるヴェルガとの会見は、わずか一時間後に始まった。

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