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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 3 帰還へのランアップ 第三章 半神の帝国
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1.北の塔壁を越えて

 ロートシルト王国の北。ヴェルガ帝国との境は、北の塔壁と呼ばれている。

 ゴブリン、オーガ、トロル、ジャイアント等々、悪の相を持つ亜人種族の侵入を阻んできた要害。


 その最初は、全国から魔術師(ウィザード)司祭(クレリック)を動員し、《石壁(ストーン・ウォール)》の呪文を使用させて作り上げたのだという。

 以降、数百年に渡り抗争は続き、その間、何度か位置が変わり、打ち破られたこともあったが、補修と拡張を続け現在の姿となった。


 高い部分では数十メートル。一番低い所でも5メートルはある城壁。それが、山地など物理的にどうしようもない部分は別として、数百キロメートルに及ぶ国境線をくまなく走っている。

 これは、壁の無い部分から侵攻を行おうとしたヴェルガ帝国と、それに対抗するロートシルト王国とのイタチごっこの結果でもあった。


 とはいえ、始終軍勢がぶつかり合っているわけでもない。


 今も戦闘は行われておらず、ここが人類防衛の最前線である証は、荒野に散乱する朽ち果てた骸や鉄くずとなった武具の成れの果てしか無かったが。


「空から見たけど、地面にいるとかなり異様よね……」


 そんな、一般人らしい感想をアカネが述べる。

 他は、まともな埋葬がされていないことを、死と魔術の女神トラス=シンクの信徒アルシアが憤っている程度。


 ヴァルトルーデも、そういうものだという程度の認識。ヨナやエグザイル、ラーシアもそれと大差ない。


「見慣れてるわけじゃないけど、珍しくもなくなっちゃったな」


 そして、それはユウトも同じだった。

 感情感知の指輪から伝わる悲哀の感情に、アルシアは真紅の眼帯で覆われた顔を曇らせる。


「ま、こうしてても仕方ないし、そろそろ準備を始めようか」


 ユウトたちは、北の塔壁の向こう側。ヴェルガ帝国の領域に足を踏み入れていた。

 今回は、各方面に許可を取ったうえでの訪問だ。そのため、ユウト一人が島を落としに行ったときとは勝手が違ってくる。


「馬車、めんどう」

「いきなり瞬間移動(テレポート)ってわけにはいかないんだから、仕方ないだろ」


 ヨナのストレートな文句を、苦笑しつつユウトがなだめる。


 今の彼は、ロートシルト王国から正式に任命された外交特使だ。その任務は、ユウトへの婚姻の申し込みをお断りすること。儀礼でもあるし、ユウトたちが入国するための大義名分でもある。

 そのため、予定よりも早くユウトは守護爵という新しい爵位に叙せられていた。同時に、正式な叙爵式は今度別に執り行うと宰相のディーター・シューケルから伝えられもしたのだが……。


 そんな立場の人間が、いきなり訪れるわけにもいかない。

 ここからは長い馬車の旅になる予定だった。


「だけど、テレポしたり空を飛ばない旅って新鮮よね」

「昔は、結構やってたんだけどねー。歩くよりは速いけど、モンスターに遭遇するとめんどうだったり」


 特に変わった様子もなく、ラーシアが陽気に解説する。

 エリザーベトは既に帰国しており、切り替えはできているようだった。


「確かに、これを使うのも久しぶりだよな」


 無限貯蔵のバッグを漁っていたユウトが取り出したのは、ミニチュアの馬車だ。

 それを放り投げると同時に、呪文書から3ページ切り離す。


「《灰かぶりの馬車ファントム・キャリッジ》」


 呪文書のページに取り囲まれたミニチュアは丸い光球となり、ゆっくりと地上へ降りる。ひときわ明るい光が放たれると、そこには一台の馬車が出現していた。

 漆黒の、木とも金属ともつかない素材で作られた、箱型の四輪馬車。

 一般的な馬車とそう違いはないが、内部は《不可視の邸宅(クリィネェル)》と同じように別空間になっており、見た目の数倍はある。


「魔法使いみたい」

「魔法使いなんだよ」

「だって、ユウトが呪文を使ったところって、空を飛ぶかテレポするか、一休さんみたいなとんちで吸血鬼を倒したところぐらいしか見たことないし」

「そう言われてみると……」


 記憶を掘り返してみたが、そうすると完全に反論できなくなった。

 かといって、ペトラのように奈落へ次元移動させるわけにもいかない。


「では、次は私の番だな」


 少し得意げに、ヴァルトルーデが聖印を掲げて詠唱を始める。


「“常勝”ヘレノニアよ、正義と勝利の擁護者よ。我らに駿馬を与え、戦場を駆けめぐらせ賜え――《天上の騎馬ソレスタル・スティード》」


 正義の神は、その願いに応えた。

 再び光が集まり、その粒子が軍馬の形を取って顕現する。


「すごいわね、ヴァル。ユウトより魔法使いっぽい」

「私は聖堂騎士(パラディン)なのだがな」


 そうは言いつつも、満更ではないようだった。


 黒鹿毛の見事な体躯をした馬が四頭、いななきを上げ、出撃は今かと今かと蹄で大地を蹴る。聖堂騎士が戦場で用いる軍馬を招請する呪文だけあって、鞍のような馬具の他に馬用防具(バーディング)まで装備をしている。

 ただし、残念ながら役に立つことはないだろうが。


 ヴァルトルーデとエグザイルが率先して、その天上の騎馬を灰かぶりの馬車へとつないでいく。


「私たちは、先に入っていましょう」


 このまま見ていても仕方がない。

 アルシアが先導し、灰かぶりの馬車の横腹にある扉を開けて、土足のまま中へ入っていった。


「ここも久しぶり」


 その横を通って、最初に乗り込んだのはヨナだ。

 内部は馬車の客席というよりは、ワンルームの休憩室といった構成。エグザイルが十人いても余裕がある室内には、毛の長い絨毯が敷き詰められ、何脚かのソファに、人数分には足りないがベッドまであった。


「懐かしー」


 文句を言っていた割には、真っ先にベッドへ飛び込んでいくアルビノの少女。軽い体が、ベッドの上で跳ねる。馬車移動をめんどくさがっていたにもかかわらず、楽しんでいるようだ。

 そんなヨナを微笑ましいと眺めていたアカネだったが、一歩踏み入れた瞬間、驚愕した。


「うわっ。この絨毯ふっかふかじゃない」

「いくらぐらいしたっけ、ユウト」

「金貨100枚はしなかったんじゃないか?」

「あんたね……100万円する絨毯とか、どこのブルジョワよ。うわ、このソファも座り心地がすごい」

「そっちはもう、値段憶えてねえな」


 よほど高級素材をつかっているのか、あるいは、呪文がなにか使われているのか。そう考えれば安いのかも知れないが、そもそもこんな高級品を買う必要があったのか。

 幼なじみ――いや、夫か――の金銭感覚に、アカネは思わず頭を抱えた。

 確かに、貴族となったのだからブルジョワなのだろうが、それにしても限度というものがある。


「私は、無駄遣いしないように反対したのだぞ?」


 そこへ、外での作業を終えたヴァルトルーデが入ってくる。

 苦々しい……とまでは言わないが、不本意ではあったのだろう。

 一方、ソファに腰掛けたもう一人の神の使徒は、その意見には同調しない。


「まあ、買った物は仕方ありません。それに、数時間も乗り続けますし、この中で野営することもありましたからね」

「アルシアは、微妙にユウトに甘いよねー」

「そう? 客観的な判断をしているだけよ」


 いつも通り真紅の眼帯を身につけているため、表情はようとして知れない。しかし、左手の薬指につけた感情感知の指輪から、みんなの感想が伝わってきたのだろう。少しだけ不満そうに唇をとがらせた。


「アルシア姐さんの裁可が下ったところで、そろそろ出発しようか」

「ユウトに発言権は無いと思う。でも、指輪くれたら許可する」

「十年後に憶えてたらな」

「ん。待つ」

「さすがに、三人で打ち止めよね?」

「私は、そもそも複数になるという予想をしてはいなかったのだが」

「奇遇ね、私もだわ」


 プロポーズをして、はっきりさせたのは良い。望んだことだ。


(なのに、俺の立場がどんどん弱くなっている気がする……)


 海面の上昇により、陸地が削られていく小島を連想する。

 そんな不吉な想像を振り払い、ユウトは御者役の岩巨人(ジャールート)へ声をかける。


「エグザイルのおっさん、そろそろ出して」

「分かった」


 準備はできていたのだろう。エグザイルからすぐに返答があった。天上の騎馬は知能が高い。そのため、御者は最初に道を指示するだけ。すぐに、エグザイルも馬車の中へ戻る予定だ。


「ああ、そうか。振動があるから、居住性を追求したのね」

「いや、揺れないぞ。宙に浮くからな」


 ふわりと浮遊感がする。

 さほど高くはないが、離陸する飛行機を連想させた。


 天上の騎馬は、大地だけなく空中も駆ける。四頭もいれば、馬車を――それも理術呪文で生み出した馬車ならばなおさら――簡単に浮かべることができる。


「やっぱり、地面を移動しない……」


 そのアカネの言葉は、諦めに彩られていた。






「それで、一応、確認しておきたいのだがな」


 車内にもかかわらず魔法銀(ミスラル)の鎧を身につけたままのヴァルトルーデが、思い思いにくつろぐ仲間たちに告げる。ヨナはベッドで寝ているので別だが。

 武装をしているのは、常在戦場とは言わないが当然の備え。ただ、そうなるとユウトから贈られた指輪を外さざるを得ないのが辛かった。


「私たちはヴェルガ帝国の首都、ヴェルガを目指しているが、そこでなにをするかだ」

「なにをって……。とりあえず、勇人をあの痴女帝から守る?」

「新しい言葉を作るなよ。あと、自分の身ぐらい……」

「守れてはいませんでしたよね?」

「あのような失態は、もう繰り返させないからな」

「はい。そうですね。その通りです」


 配偶者たちからの勧告に、大魔術師(アーク・メイジ)は素直に従った。従わざるを得なかった。

 ユウトとしても、ヴェルガにもてあそばれるつもりはない。


「とりあえず、特使としての仕事をこなさないとな」

「女帝からの話は断るのか」


 御者台から戻ったエグザイルが、なぜかそこを確認してくる。


「いや、もう一人増えても大差ないかと思ってな」

「うちの場合、税率は変わるぜ」


 元々、ロートシルト王国だけでなくブルーワーズのほとんどの国で、配偶者を一人に限るという法律はない。ただ、社会通念としては、一夫一妻が基本だ。

 つまり違法ではないのだが、条件付きで認めることに意義はある。

 ただし、配偶者が二人目になると金貨四十枚、三人目は九十枚、四人目になると百六十枚が追加で課税されるのだが。


「それ以前に、あの人は……」

「敵だな」

「その通りですね」

「……だってさ」


 いろいろはっきりして、団結力が増したヴァルトルーデたちに、エグザイルが白旗を揚げた。できれば、スアルムに見せたくない光景だ。


「でも、断ったらユウトの故郷に帰る方法とか聞き出せる?」


 ラーシアの当然の指摘に、押し黙ってしまう。

 そこが泣き所だ。


「まあ、適当な妥協点を探るしかないかな。無理そうなら、朱音には悪いけど自力でなんとかする」

「戻れる可能性があるなら、時間はかかっても構わないわよ。できれば、おめでたの前におじさんとおばさんにはご挨拶したいけど」

「ユウトの両親に挨拶か。そう……。そうだな」

「……うっ」


 胃の痛い問題だ。

 自分の両親だけではなくアカネの両親へもそうだし、オズリック村へも、もう一度行かなくてはならないだろう。

 そんな諸々を考えるユウトを、ラーシアはニヤニヤ笑って眺めている。


「いやー。奥さんがたくさんだと大変ですなー」

「くっ。俺も、あれしか解決策が思い浮かばなかったのは悪かったと思ってるよ」

「それはボクだって分かってるよ? 結局、あの娘のことをちゃんと拒絶できなかったボクのせいなんだってね。まあ、納得はしてないけどさ」


 少しだけ遠い目をして、ラーシアは続ける。


「けどね、まあ、エリザと少しだけ新婚生活ってのをやってみて思ったよ。別に、ボクもエリザのことは嫌いじゃなかったんだなって。気づいてたんでしょ?」

「まあな」

「なんていうかね。おままごとみたいな新婚生活だったけど、悪くはなかったよ。恋愛感情はないけど、友達と過ごしたようなもんでさ。もちろん、貞操は死守したけどね!」

「そこ、重要なのか」

「あの夜のボクは、エターナルディフェンダーだった……」


 大人の階段を上ったような雰囲気を漂わせる草原の種族(マグナー)へどんな言葉をかけるべきか。

 だが、突然馬車が止まったことで、その緊急課題は棚上げされる。


「なにか、障害物でもあったか?」

「道沿いに移動させたはずだがな……」


 ヴァルトルーデとエグザイルが話し合っているところで、軽い衝撃が走り馬車が揺れた。

 天上の騎馬が中空から地上へと馬車を降ろしたのだ。


「なにごと?」


 それで、ヨナも目を覚ます。


「ラーシア、頼む」

「あいよ」


 ソファから身軽に飛び出したラーシアが、斥候役の任務を果たすため車外へ向かう。


「うわ、でっかー。とりあえず、出ても大丈夫だよ」


 即座に、要領を得ない報告と安全確認のお墨付きが出た。それを受けてヴァルトルーデとエグザイルが続き、アカネはヨナと車内に残る。


「……ラーシア基準だと、でかいと言われても……でかいな」


 最後にアルシアと共に灰かぶりの馬車から出たユウトは、あっさりと前言を翻す。


「あっちの迎えじゃないのか?」

「随分な歓迎ぶりだな」


 馬車の行く手、ユウトたちの視線の先には巨人があぐらを組んで座っていた。完全に、街道を塞いでいる。思わず、ユウトは大仏を連想した。


 巨人の白い髪に髭は伸び放題で、顔にも深いしわが刻まれている。どんな巨木から削りだしたのか、それだけで10メートルもありそうな棍棒を脇に、どれだけの鋼を必要としたのか想像もできないほど巨大な板金鎧(プレートアーマー)を着込んでいた。


 その巨人は、ユウトたちが出てきても口を開こうとはしない。

 ただ不機嫌そうに、ユウトたちを見下ろしていた。

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