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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第二章 実践編
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6.現代知識と現実と

異世界に行ってワーカホリックになる主人公って珍しい気がする……。

 さわさわ。さわさわ。

 頬に、いや顔全体を触れる優しい感触に、ユウトの意識が急速に浮上した。


「あ、朱音……?」


 混濁する意識、回帰する記憶。

 無意識に、かつて最も親しかった少女の名を口にしていた。だが、まだ覚醒には至らない。半分だけ目が覚めたような状態で、状況を整理する。


(昨日は港町でヨナと買い食いして、そんで《瞬間移動(テレポート)》でファルヴに戻って……)


 その後、ユウトの執務室でソファに横になり……。

 つまり、夢のような現実はまだ続いている。


 ぎゅっ、ぎゅっ。


「いたっ」


 優しい手つきだったものが、まるで麺でもこねるようなきついものに変わった。たまらず、ユウトも目を醒ます。


「アルシア姐さん……」


 最初に目に入ったのは、視界いっぱいに広がる豊かな双球。それが女性の胸のふくらみだと気付き、一気に頭に血が上った。

 しかし、その先に少し口をとがらせ、不機嫌そうにしているアルシアを見つけて冷静さを取り戻す。


 彼女は、なにも語らない。

 真紅の眼帯のせいで、表情からなにかを察するのも難しい。

 ただ無言で、ひたすらユウトの顔をさわさわぎゅっぎゅっとしている。


「あの、なにをされているのでしょうか?」


 積極的に知りたくはないが、かといってスルーするのも怖い。すごく怖い。

 だから、ユウトは敬語で尋ねてしまった。


「そうね? せっかくだから、ユウトくんの顔をしっかり憶えておこうと思って」


 生まれつきか――まではユウトは知らないが、アルシアの瞳は光を映さない。それを補うための魔法具(マジック・アイテム)が、真紅の眼帯だ。

 真紅の眼帯が与える擬似的な視覚は、普通の視覚とは似て非なるもの。行動に支障はないが、細かい意匠や造形を判別するのは難しい。ユウトは、よくわからないながらも、エコーのようなものだとイメージしている。


「手で触れて、憶えられるもの?」

「もちろん。ついでに、綺麗に整えてあげましょうか?」

「傷つくから止めて!」


 ユウトだって、家の鏡限定でイケメンだと思っている思春期の男子なのだ。


「それで、ユウトくん」

「なんですか、アルシア姐さん」

「アカネって、誰なのかしら?」

「誰でしょうねえ?」


 朝のファルヴ城塞に白々しい空気が醸成された。


「誰なのかしら?」


 頬ではなく、耳をぎゅっとつねられる。


「あっちにいた頃の知り合いです」


 ユウトは、あっさり陥落した。これは敗北ではない。ここで抵抗を続けては、将来的にもっと酷い事態が発生するという理性的な判断だ。


「知り合い?」

「と、友達かな?」


 譲ったら、その分踏み込まれる。そんな簡単な事実に気づかなかった。

 ユウトが絶望に苛まれている間にも、アルシアは追及の手を緩めない。


「ユウトくんは、顔をさわさわされていると、お友達のことを思い出してしまうの?」


 その微笑が怖かった。


 言えない。


 なぜか知らないが、気づけば幼なじみの少女が部屋に入ってきては、同じように髪や顔を撫でられていたというイベントが週の半分以上で発生していたなどとは。


 絶対に言えない。


「それより、俺の顔を触りに来たわけじゃないんでしょう?」

「そうね。本題に入りましょうか」


 露骨な話題転換に、意外にもアルシアはあっさり応じた。もしかしたら、ヴァルトルーデやヨナがいるところで持ち出すつもりなのかも知れない。


「今日もなんとか、致命傷で済んだぜ……」


 よろよろとソファから起き上がり、ユウトが部屋全体を眺めやる。 

 地球の頃は家族とマンション住まいだったユウトだが、この執務室だけで3LDKの家よりも広い。


 ただし、家具も調度も最低限。大きめの執務机が窓際に置かれている他は、ついさっきまでアルシアが座っていたソファと衣装掛け程度しかない殺風景な部屋だ。


 飾り気といえば、壁際に追いやられている銀縁の姿見程度か。

 しかし、これはかつて火砕竜(ブラスト・ドラゴン)の巣から得た上級魔法具、ミラー・オブ・ファーフロム。

 この鏡に映った人間の思考を読み取ることができれば、知識さえあればどのような場所でも《念視(リモート・サイト)》の呪文のようにその光景を映し出すことができ、さらにその鏡に映った場所へと転移門(ゲート)を作って瞬間移動させることもできる。


 ドワーフたちの移動にも、これを使うつもりだった。

 ここが本当の意味で執務室になるのは、もう少し先のことだろう。


「それで、俺はヨナを甘やかしたりなんかしてませんからね? 愛情無罪」


 急に晴々とした表情で顔を上げ、胸を反らしながらユウトが言う。


「その件は、後でじっくり聞かせてもらうわ。ちなみに私が来たのは、頼まれていた村の視察が終わったからよ」

「ああ……。そっちですか、そっちね。最初から分かってました」


 アルシアは眼帯の下から疑惑の視線を向け、しかし、それ以上の追及は放棄した。


「それで、どうです?」

「端的に言えば、時期尚早ね」

「う~ん。やっぱり、そうか……」


 ユウトが天井を眺めながら、がっくりと肩を落とす。しかし、態度ほどに落胆はしていなかった。


「私も、ユウトくんのアイディアには賛成だったのだけど」


 アルシアの方が、ユウトよりも失望の色が強い。この辺りは、地球の都会で生まれ育ったユウトと村落で過ごした彼女の違いだろう。


「ちょっと、急ぎすぎたかな」


 ユウトの案。その骨子は、小麦で納められる税制の改革。要するに、小麦――主食は余所から買ってくるから、その土地に合った物を作ろうというものであった。


 例えば、ヴァルトルーデが拝領したこのイスタス伯爵領。確かに、肥沃な土地ではなく西の山脈に遮られ雨量も少ないが、逆にそれは羊の放牧に適しているともいえる。

 畑作を最小限にし、羊を育て羊毛を取り、毛糸や衣服に加工する。

 技術の習得は必要だし軌道に乗るまで時間もかかるだろうが、遥かに効率的だ。


 他にも、カイコを持ち込んで養蚕を初めても良いし、あくまでも従来の農業にこだわるなら肥料や農法の改革もできる。


 しかし。


「今まで、ロートシルト王国からは徴税官が来て、税を集めるだけ。ゴブリンやモンスターたちへの対策は自衛か自弁。そのうえ、〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)が存在していたという重圧もあって、住民の意欲は低いわ。どの村もね」

「要するに、新しいことをやる余裕なんか無いよと」

「そうね。現状、餓死者が出るほどでもないから尚更かしら」


 そうなると、ユウトたち。いや、イスタス伯爵家としてやることはひとつ。

 領民の安全の確保だ。


「まずは、説明に行かないとだなぁ。村を回るんで、付き合ってもらえます?」

「それなんだけど、最初の説明はみんな集めてやった方が良いと思うのだけど」

「でも、一回は村に行かなくちゃ……」

「だって、他の村にどんな説明をしたか、みんな気になるでしょう?」

「じゃあ、それで」


 ユウトはあっさりと頷いた。

 交渉や説得に関しては、アルシアの方が専門家だ。


「ヴァルに王都セジュールでやってもらっている面接。あれの結果が出てからにしようかな」


 実務には向かないヴァルトルーデだが、人を見る目は確かだ。能力を見極めるのではなく、人の善悪を見抜く眼力だが。

 信用のできない人間を排除できるというのは、大きい。


「そうね。それまでは、一休みかしら?」

「休む暇なんかありませんよ。ドワーフたちが来る前に、ファルヴの土地整理を終えないといけないし、一緒に石材の準備もしないと」


 人力でやれば年単位。並の魔術師では、必要とする呪文を発動できるかどうか。

 それを、事も無げにやると断言するユウト。

 その姿に、アルシアは危うさを感じずにはいられなかった。


「私、少しだけ神殿勤めをしたことがあるのだけど」

「おお。アルシア姐さんの過去話って珍しい」

「仕事って、できる人の所にやたらと降りかかってたわ」

「うわー。超おもろいなー」

「そして、死んだわね」

「過労死って、こっちの世界にもあったんだ……」


 日本独自の風習だと思っていたユウトが、少しショックを受ける。


「だから、少しは休みなさいな。いくら好きな子のためといっても、限度があるわよ」

「別に、ヴァル子はそういうんじゃないし」

「私はヴァルトルーデとは特定していないわよ?」

「いやいやいや。俺の頑張りはイスタス伯爵領の発展のためなんだから、ヴァルトルーデのためになるでしょう?」

「つまり、ヴァルのためね?」

「ぐわっ」


 メビウスの輪に囚われた少年大魔術師がダメージを受けるのを眺めやりながら、魔術神に仕える神官がすっと立ち上がった。

 かと思うとアルシアは腰を曲げ、ユウトの耳元でそっと囁く。


「今日は、大人しく休みなさい」


 耳朶に触れる吐息。視界いっぱいに広がる、端正なアルシアの顔。離れていく、赤く色づいた果実のような唇。

 アルシアはそのまま、ユウトの執務室を出ていった。


 ユウトは顔を赤くして、その後ろ姿をただ見送ることしかできないでいた。





 結局、ユウトは休まなかった。

 ここ最近、確かに働きすぎという自覚はあるが、しっかり八時間も寝てリフレッシュしたら、逆に手持ちぶさたになってしまったのだ。


 昼前には、《飛行(フライト)》の呪文で飛び立っていた。


「まあ、ちょっと呪文を使うだけだし」


 300メートルほど上空から、ユウトはファルヴ一帯を見下ろしていた。

 眼下には、ヴァルトルーデがヘレノニア神から授けられたファルヴの城塞。


 その北には西の山脈から発し、ハーデントゥルムが接する金羊海へと注ぐ、貴婦人川が流れている。

 堤防もない川辺。かつては存在していた住居もただの跡になって久しく、土地は荒れ果て泥化してしまっている部分もある。


 人が住めるようになるには、相当な工事が必要だろう。

 数百人の労働者が、年単位で整地をするか。


 あるいは、世界に冠たる大魔術師(アークマギ)が持てる力を存分に振るうか――


「《大地の王(アース・マスター)》」


 呪文を唱えると同時に、制服のポケットから取りだしたのは深い色の尖晶石(スピネル)

 ブルーノ・エクスデロから賄賂として渡されそうになった宝石と、同程度の価値はある。


 そんな宝石を、ユウトはなんの躊躇もなく砕いた。


 粉々になった宝石はしかし、風に乗って吹き散らされることなくユウトの周囲を漂い、五つの塊にまとまる。

 だが、これで終わりではない。


 《大地の王》は、短時間ではあるが大地を操る様々な魔術を行使する特権を得る呪文だ。《石壁(ストーン・ウォール)》、《岩化(ペトリファクション)》、《泥化(クレイウェア)》、《地下移動(アンダー・トラック)》……等々。


「《大地鳴動(ムーヴ・アース)》」


 その中でユウトが選んだ。必要としているのは《大地鳴動》だ。

 ユウトの詠唱にあわせ、尖晶石のひとつが砕ける。続けざまに四回。合計五回の《大地鳴動》を発動する。

 尖晶石はすべて消滅し、発動は終えた。


 だが、効果はまだ発揮されていない。


 冬の風に乗って、足下からなにかが蠢く音が聞こえてくる。震動も、空気が伝えてくれた。

 城塞の周囲の大地が動いている。

 効果範囲は1~2キロメートル四方といったところか。一旦、大地が液状化し、ユウトが望む形へと動いていく。


 神の奇跡か、悪魔の悪戯か。


 貴婦人川の周囲には堤防が作られ、それどころか街を守る防壁のひとつとなるよう川の流れそのものが捩じ曲げられた。

 荒れ放題だった大地は綺麗にならされていき、ヴァイナマリネンの計画書通りに区分けされ、雨避けの溝と下水道が整備される。


 これは、雛形だ。


 実際に人の手で建物を造り、様々な調整を施さなければ、なんの役にも立たないただの容器だ。

 それでもなお、大地が造り替えられていく様は凄まじいの一言だった。


「ふう……。次だ」


 そして、まだ終わりではない。


 ユウトが《飛行》の呪文を調整し、100メートルほど高度を落とす。

 視線の先には、整備したばかりのファルヴを囲う丘がいくつかある。簡単に言ってしまえば、交通の邪魔だ。


「《大地の王》」


 再び、尖晶石を砕いて大地を操作する特権を得る。

 今度は、その丘のひとつへ呪文を唱えた。


「《泥化》」


 その詠唱が風に消えると同時に、標的にした丘がひとつどろりと溶ける。文字通り、硬い土が泥に変わったのだ。

 まるで冗談のような光景。


 泥を片付ける方が、柔らかくなった分だけ丘を崩すよりは簡単だから《泥化》を使った――わけではない。


「《岩化》」


 続けて尖晶石の欠片を消滅させ、今度は、泥へと変えた丘を岩山に再構成した。

 これを切り出せば、建物の材料は確保できるし、通行の邪魔はなくなるしで一石二鳥だ。


「岩山だけに」


 後悔しても遅い。そのあまりのくだらなさに一人赤面してしまった。誰もいなくて良かったと心から思う。

 その恥ずかしさを払拭するかのように、残る丘を泥山から岩山へ変えていった。


「よし、切り出しはヴァル子に任せよう」


 成果を確認すると、ユウトは満足げに頷いた。

 誰かこの光景を見ている者がいたなら、自らが信じる神に祈りを捧げていたかも知れない。そんな天変地異を起こしたユウトの表情は、土曜日の授業が終わった高校生のように晴々としていた。


「今日の仕事はこれで終わりかぁ。一時間も働いてないじゃん。ああ、でも呪文の巻物を書いたり、ドワーフたちの雇用契約書類を用意したりできるな。うん。結構楽してるなぁ、俺」

実践編は次回で終了の予定です。

アクセス数もお気に入りもじわじわ増えており、励みになっています。

これからもよろしくお願いします。

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