自由猫、春風に吹かれる。
想像してみてほしい。
両親は今年から共に海外で仕事。
家には俺と妹。
二人きりの空間。
誰にも邪魔されない空間。
相当息苦しい。
正直に言おう。
そこでときめく奴は愚かだ。かつ、その8割以上は妹のいない奴だ。
実際に妹のいる人間にとっては苦痛でしかないのだ。
いや、この言い方では語弊があるかもしれない。妹のことが好きな兄というのもいるだろう。
しかし、大抵は鬱陶しかったり関わりあいになりたくなかったり。
そして、それは相手も同じこと。
それが思春期の妹ともなればなおのこと。
日常の会話ですら思春期妹を相手にすれば難易度はハード。
もしくはナイトメア級だ。
つまりこういうことだ。
気まずい。
「お兄ちゃん、お茶とって。」
「あ、うん。麦茶でいいか?」
「うん。」
「・・・。」
「・・・なに?」
「いや、なんでも・・・。」
「・・・あっそ。」
こんな会話からこの物語はスタートする。
さて、今日も今日とて世界は回るわけで。
「行ってきまーす。」
そう言って学校へ向かう。
なんといっても今日から高校2年生となるわけで。
新学期というのは何故か少し舞い上がってしまうわけで。
「よーっす秋人!」
振り返ると一人の男が走ってくる。
「よお、荒崎。」
そう、何を隠そうこの荒崎雅之こそ、かの伝説の、まぁただの俺の同級生かつ友人だ。
そしてついでに、俺の名前は春風秋人だ。
ついでついでに、妹の名前は春風夏奈だ。
両親の遊び心が窺い知れる素晴らしい名前なのだ。
まだ光ってないだけありがたい。いや、ほんと。
「おい、秋人大丈夫か?ぼーっとして。」
「全然問題ない。」
「そうか?ならいいけど。」
その後は新学期に伴うクラス替えのことやら新入生のことやらをひたすら耳元で
語られ続ける通学路。
なんら変わりない毎日。
周りの人間も大したものでもない。
特に何か不満があるわけではない。
だからといって現状をそのまま受け入れている自分。
それがあまり好きではない。
だがしかし、今年に入って新しい出来事が一つ。
両親が海外出張に向かった。
二人の仕事について詳しく聞いたことはない。
ただ世界中の人が仕事相手、だとかなんとか。
そしてそのままフランスへ飛んだ。
今まで、国内の出張はよくあったし、だからそこまで困ることは無かった。
料理だって前から手伝っていたし、掃除洗濯だってやりゃできる。
でも一つだけ困ったことがあった。
そう、妹のことだ。
別段仲が悪いわけじゃない。
小さいころなんて結婚の約束でさえしたくらいだ。
ただ、妹が、いわゆる思春期に入ってからだ。
お互いがお互いの存在に関心を持たなくなった。
俺と妹の関係が成り立っていたのは、
その間に父と母がいたからだった。
二人を通して俺は妹と関わっているし、
それは妹も同じことだった。
しかし、今はその仲介役が消えてしまった。
ここまでこんなに長々と話しているが結局のところ、
きまず・・・
「春風ー、そんなに私のHRはつまらないのかー?」
「先生のHRは1年のとき同様つまらないですよ。」
「わかった、お前には絶対めんどくさい委員をやらせてやる。」
なんら変わりない毎日。
周りの、例えば大人だって大したことはない。
あえて不満があるとすれば、
何の変化も生み出さないこの世界。
そこにただ生きている俺。
「じゃあ今日はこの辺で解散!」
「さようならー。」
ただ一日中ぼーっとしてただけだが、今日の授業が終わったようだ。
まぁ最初なんてオリエンテーションみたいなものだからな。
あれ、オリエンテーションであってるっけか。
「おい秋人ー、今日暇か?」
「ん、暇だけど。」
「ならちょっと付き合えよ。」
「ごめん俺そういう気は無い。」
「ちげーよ!新しくできたラーメン屋行ってみようぜ!」
「あぁ、そういうことね。了解です、荒崎さん。」
「何故に敬語!?」
荒崎とは中学からの馴染みだ。
いつも明るくておしゃべりな奴。
まぁどの世界にもいますよね、こういう人。
ま、いい人ってやつ。
あいつ自身俺がこんな感じに周りと接していることを理解しているから、
いや、たぶんだけど。
だから深すぎる付き合いではないし、正直一緒にいて楽だ。
「おじちゃん!醤油ラーメン1つ!」
「俺は豚骨ラーメンで。」
「あいよ!」
友人とすするラーメン。
なんかあれだ、青春っぽい。
今を生きてるっぽい。
リア充してるっぽい。
「そういやさ、秋人んとこ、今ご両親いないんだっけ?」
「うん、出張で。」
「それじゃ夏奈ちゃんと二人っきり?」
「まあ、そうなるな。」
「いいなぁ、あんな可愛い子と二人っきりとかさぁー。」
「どんなに可愛くてもただの妹だ。」
「おいおい、夢が無いなぁ。」
お前のそれは夢ではなく妄想だ。
現実を見ろ。現実を。
「現実の妹なんて大したこと無いぞ。」
「そんなこと言うなよー、夢見させてくれよー。」
「それは夢ではなく妄想だ。」
あ、言っちゃった。ま、いいか。
その後は少ししょぼくれた荒崎が半ばヤケクソ気味に俺をゲームセンターに連行。
気づけば19時を回っていたので急いで帰路についた。
「ただいまー。」
返事、無し。
リビング、妹、有り。
お帰りくらい言ってもいいだろ。
テレビに夢中ですか、そうですか。
「お兄ちゃん。」
「ん?」
「ご飯出来てるから適当に暖めて食べて。」
「はいよ。」
何これ、結婚生活30年くらいの夫婦?
なんかお互い愛が冷め切っちゃってる感じなの?
まぁ、作ってくれるだけありがたいけども。
ご飯を食べる。
風呂に入る。もちろんレディーファーストで。
そして気がつけば21時頃。
プルルルルル・・・・・
鳴り響く一本の電話。
出来れば俺には取らないでほしかったが、取ってしまうのだ。
俺の世界観をぶち壊す出来事の引き金の電話。
この物語の元凶というやつ。
「はい、春風ですが。」
「あ、もしもし?お母さんだけど。」
両親からの電話。
「どしたの。」
「あーうん、ちょっとね。そうそう、ちゃんとご飯とか食べてる?」
「うん、食べてるよ。今日は夏奈が作ってくれたし。」
「あら、あの子料理できたのね。」
おいおい、それでもあんた親か。
「なに、夏奈に用事?代わる?」
夏奈さん相変わらずリビング・イン・テレビだから電話でないと思うけど。
「あーいいのいいの。秋人にお願いがあるのよ。」
「俺に?何?」
なんだか嫌な予感がする。
「あのね、実はこっちで仲良くなった人がいるんだけど。」
「うん。」
「その人の娘さんがちょっと特殊な子で。」
「・・・うん。」
「そんでもってその子うちで預かることにしたから!」
「うん。・・・・・・・うん?」
「んじゃそういうことなんで、そろそろそっち着くと思うからーよろしくー。」
「おいちょっと待てこら!」
もう電話切れてました。
なんだそれ、話が飛躍しすぎだろ・・・。
なんでうちの親はこうも突拍子もないことを平気でやるんだ・・・。
なんで途中の段階一気に吹っ飛ばした?
大体なんでそんな簡単に決定してるんだ?
くそ、思考が定まらない。
ピンポーン・・・・・ピンポーン・・・・・・
え、なに?もう来たの?ちょっと待って。
ピンポーン・・・ピンポーン・・・・ピンポーン・・・・・・
これ、どゆこと?フランス人来ちゃった?
フランス語わからないのですけれど。
どーすんの?
ピンポーン・・・ピンポーン・・・・ピンポーーン・・・
「ちょっと、お兄ちゃん?出てよ、インターホンめっちゃ押してるよ?」
「・・・1週間くらい考えさせて。」
「遅いよ!煮え切らない男子か!」
いやいやいいツッコミだけどちょっと待ってそんな事言われたって!
わからないもの!日本語オンリーだもの!
ちなみにオンリーは英語だけども!
ピンピンポピーンポーンピーンピピピピピピーンポーンピーンピピピ・・・・・
待て。
ちょっと待て。
ピピピピーンポピーンピーンポピピピピ・・・・
これあれですよね。遊んでますよね。
ていうか・・・。
「だぁあああああうるせぇええええええ!!」
勢いで玄関全開にしてしまった。
やっちまった。フランス語わかんねぇよ。
ぼ、ぼんじゅーー・・・・?
なんだっけ・・・。
「春風・・・・秋人?」
「へ・・・・?」
我ながら随分情けない反応だったと思う。
だってあまりにも意外だったから。
目の前にいたのは、
「初めまして。」
黒くて長い髪がよく似合う、日本人の女の子だった。




