はなび、はなびら、てのひらに
おかあさんなんて大ッキライ!
二かいからおもいきりさけんだら、「じゃあうちのこじゃいられないわねでてきなさい」とおだいどころからつめたい声がした。
かちゃかちゃとおさらがぶつかる音にまじって、こんなときなのにタマキがきげんよくあばあば言っているのが聞こえる。
さいしょは何でもないことだったのだ。あたしがなかなかせんたくものをたたまなかったこととか。それなのにいつのまにか、ものすごくケンアクなフンイキになっていて。ウリコトバにカイコトバ。
「いわれなくてもでてくもん!」
そこにもう一つつけたして、かいだんをかけおりるとあたしは家出した。
冬なのに春みたいにあたたかかった日よう日の夕方。コートのポケットにはおこづかいぜんぶ入れたおさいふ。せなかのリュックには、たからものばこと明日の着がえ。
門を開けて道に出たとたん、きゅうにつめたい風が吹きつけてきて、あたしは思わず首をぎゅっとちぢめた。ガチャンとわざと大きな音をたてて閉める。もう帰ってこないんだから、いいんだ。
早く行っちゃおう。あたしはずんずん歩き出した。下ばっかり見てたから、名前をよばれるまで、たった今すれちがった人がお父さんだということに気づかなかった。
ふりかえってお父さんを見たとたん、あたしはポカンと口を開けた。だってしばらくお父さんとは会ってなかった。お父さんはあたしを見て、こまった顔をして、そのままさっき歩いて来た方向へとひきかえしはじめた。あたしはあわててついていった。
「スズさんにはないしょ、な」
しばらく歩いてから、まゆげを下げたまま、お父さんは口に人さしゆびを当ててみせた。あたしはびっくりしたままうなずいて、それからシンコキュウをして聞いた。
「お父さん、なんでこんなところにいるの?」
「……通りかかった」
お父さんのウソは、大人のくせにあたしにすらバレバレだ。
「だってお父さんだってずっとここに住んでたわけだし。というかこの町で生まれ育ったんだし。なつかしかったんだ」
じっと見つめると、びみょうに目をそらしつつお父さんはベンカイした。
そのようすを見たあたしは、『お父さんはダメオトコだ』とお母さんが言ってたのを思い出した。そのとおりだと思った。
「うん、まあそんなわけで、しばらくぶりに来てみて、まあ会話はダメかもしれないけど、お前たちを一目ちらっと見られないかなあ、あーでもあまりにもとつぜんだからムリかなあって外でなやんでたら、ぎゃあぎゃあ叫び声が聞こえてくるし。とてもじゃないけど中には入れないなって思ったとたんお前が飛び出してくるし。またケンカしたのか?」
スズさんもなあ、きびしい人だからなあ、まあわかるんだけどなあ。
あたしがまたうなずくと、お父さんは歩きながらぶつぶつ言った。スズというのはお母さんの名前だ。
あたしはその間ずっとお父さんをカンサツしていた。ひさしぶりだったけど、そんなにかわってないみたいだった。
お父さんは背はそんなに高くなくて、かみの毛の半分くらいはもう白い。おじいさんみたいだというと、とてもいやそうな顔をして、「おれのはワカシラガだ」とわけのわからないイイワケをする。立ってるときかならずポケットに手をつっこんで、すこしせなかをまるくするのも前とおんなじだった。さいごに見たときと同じコートがぺらぺらでカッコわるい。
あたしはどっちかといえばお父さん似だと言われるけど、たしかに、太いまゆげや、たれ目はあたしとお父さんにあってお母さんとタマキにはないんだけど、しょうじきうれしくない。
「あたしのミカタのお父さんがいないからクセンしてるの」
「いつもお前の味方をしてたわけじゃないぞ。どっちかといえばいつもスズさんの方が正しいぞ。確かにスズさんは言い方も性格もきついけど」
お父さんはむずかしいかおをしたままそう言った。
でも今日はぜったいお母さんがわるい。言おうとしたら、お父さんの「おっ」という声にジャマされた。
「あのおせんべい屋さん、まだやってたんだな」
道の向こうがわのお店の前では、おばあさんがのれんをかたづけていた。あたしに気づいて、てまねきしている。ちょっと待っててね、とあたしは言うと、おばあさんのところに走った。
あたしの学校の近くにはおフドウさまがあって、お正月とかけっこうたくさん人が来たりする。だからこのお店では、フドウせんべいという、おフドウさんの絵がかいてあるおせんべいをおみやげに売っている。
いつもおばあさんが一人でお店にすわっておせんべいをやいていて、ラッキーだと、ちょっとこげたやつとかわれたやつをくれる。あまいし、うすくてつるつるしているし、ごまとかのりがついてるふつうのおせんべいとはずいぶんちがう。
「今日はあんまりないんだけど」
やっぱり思ったとおり。おばあさんは、にこにこしながら、エプロンのポケットからおせんべいのわれたのが入っている小さいビニールぶくろを取り出した。
「もう暗いからはやくおうちに帰りなさいね」
あたしはおれいを言って、いそいでお父さんのところにもどった。
「もらったのか、よかったな」
お父さんはなんだかぼーっとしてたみたいだったけど、おせんべいを見ると、「お父さんが子供の時からあのおばあさんいたんだぞ」と笑った。なんでかしらないけど、ちょっとジマンげだ。
こういうときにお母さんとちがって、『あまいものをごはんのまえに食べちゃダメ』とか『もらってばっかりはずかしいからやめなさい』とか言わないからうれしい。
そう思ったとたん、むねのおくがチクッとした。
お母さんのことは、ほんとのほんとはきらいじゃない。でも今日はぜったいにあやまらない。出ていけって言ったのはお母さんなんだから、あたしはお母さんがあやまるまで帰らない。そう決めた。なのに。
あたしは大きく口を開けて、おせんべいにかみついた。かたい。クッキーじゃないけど、フツウのおせんべいともぜんぜんちがう。なんていうものかよくわからない。このもやもやした気持ちもよくわからない。
「お父さんもちいさいころおせんべいもらったりした?」
「したした。うまかった」
「お父さんもたべる?」
「いらん。もう食べたいと思わないんだよなあ」
フドウせんべいをかじりながら歩いていたら、すぐに大公園についてしまった。もう五時のチャイムがなったあとだから公園にはだれもいない。
夏休みになるといつもこの公園でみんなで花火をした。といってもタマキが生まれてからは、お母さんとタマキはおうちでおるすばんで、花火をするのはお父さんとあたしだけだったけど。
あたしは、こんやはここでノジュクする予定だった。水どうもあるしトイレだってある。すべりだいの下にいたら雨がふったってぬれない。ぜったい、ぜったい、だいじょうぶ。そう思ってたのに、くらくなってくるとやっぱりこわかった。だからお父さんがいっしょでよかった。けど、こまってもいる。
「さっきからぶらぶら歩き回ってるけど、なんでこんなとこ来たんだお前。これからどうするの?」
お父さんはポケットに手をつっこんだままシーソーにこしかけた。なんでもないかんじだけど、あたしがなんかしちゃったときに聞きだすときの言いかただ。
ほらきた! と、あたしは思った。ノジュクするなんて言ったら、ぜったいとめられるし、おこられるのはわかってる。あたしはドキドキしながら大いそぎでウソをついた。
「は、花火したいの」
「はなびぃー? 冬に?」
お父さんはへんなかおをした。それから「ひとりじゃあぶないぞ」とマジメな声で言った。
さいしょは、公園っていったら花火ってタンジュンに思いついただけだったんだけど、ワレながらいい考えのような気がしてきた。
「お父さんがいっしょだからへいき。それにセンコウ花火だからだいじょうぶだよ」
あたしはリュックをじめんにおろして、たからものばこを取り出した。
あたしのたからものばこは、ずっと前にチョコレートが入ってたキレイなもようのカンだ。それをぱかんと開けると、ほかのいろいろなたからものといっしょに、センコウ花火が一本だけ入ってる。
もったいないからとっておいたやつ。今年の夏、お父さんとこの公園に来たときに、一本だけやり忘れたセンコウ花火。
「そういやお前、むかしから、それが一番好きだったな」
わがムスメとはいえ、しっぶいシュミだよなあ。お父さんがシミジミとつぶやくのを、あたしは聞こえないふりをした。つぎに、たからものばこをかきまわしてぎん色のライターを見つける。
「あれそれっておれのジッポ……?」
こんどはびっくりしてるみたいだ。どうやらこのライターはジッポというらしい。ずっとシッポだと思っていて、動物じゃないのになんでシッポなんだろうと思っていた。つめたいジッポをにぎりしめて、あたしはふりむくとひとことチュウイした。
「お父さんひとりごと多いよ」
「誰のせいだ誰の。つかほんとあぶないぞライターなんて。……せめてスズさんの見てるところにしろ」
「わかってる。でもお母さんに見せるのはやだ。今はいいでしょ?」
あたしは、お父さんがタバコに火をつけるときのマネをした。ふたを開けて、右手でしっかり持って、右のおや指で中のわっかみたいなのをまわすと火がつくはず。それだけなのにうまくいかない。お父さんがやっていたようにはぜんぜんできない。
何回かやってみたけれど、火はつかない。あたしはちょっとキュウケイして、いたくなったゆびをこすったり、つめたくなった手に息をふうふうふきかけたりしてみた。息が白い。さむい。
横ですわってるお父さんはさむそうではなかったけど、ひまそうだった。前は、こういうときはいつもタバコのけむりをはきだしていたんだけど。
「お父さん、タバコやめたの?」
「うーん、そうだな。もううまいとも思わんなあ」
お父さんはあっさり答えて、空を見上げた。お母さんがずっとやめてって言ってたときにはやめなかったのに、とあたしは思った。でもなんだかはらがたつのとはちょっとちがう。なんて言っていいかわからなかったから、あたしはまた火をつけるサギョウに戻った。
そしたら、やり直して二回めで火がついた。そろそろとセンコウ花火の先っぽを近づける。とたんに火が消えてしまって、どきっとしたけど、だいじょうぶだった。
センコウ花火から、ぱっぱっとタンポポのわたげのような火花が飛び出しはじめている。赤と金色の光が、あたしとお父さんの間をまあるく照らした。
よかった。
あたしとお父さんはしばらくだまって花火を見つめていた。
「……ねえお父さん」
気をつけて、気をつけて、右手にそっと花火を持ちかえてから、あたしはやっと、さっきからずっと気になってたことを聞いた。
「もうすぐいっちゃうの?」
しゃがみこんだお父さんのかおは、くらくて見えない。
「うん、そうだな。このセンコウ花火が終わったら、そろそろいかないと、だめだなあ」
あたしはセンコウ花火をもういちど見た。ぱちぱち音がするたびに、火花が小さくなっていく。そのかわりに、さきっぽのオレンジの火の玉がどんどん大きくなって、じいじいとなきながらふるえている。
もうすぐ落ちちゃうんだ。
あたしははをぐっとかみしめると、左手でその火の玉をにぎりしめた。
これで、落ちない。
「な、なにしてんだお前!?」
お父さんはとび上がった。
それで、あわててあたしの手をつかもうとした。でもそうしないで、ばたばたと自分の手をふりまわした。
「ほら早く水道行け、手、冷やせ、はやくはやく!」
やっぱり、とか、どうして、とか、うまく言えなくて頭ががんがんする。あたしははをくいしばったまま、お父さんの手をにぎろうとした。
それなのに、すぅっとあたしの右手はお父さんの手を通りぬける。
……帰ってきたんだと思ったのに。
「おとうさん、おとうさんおとうさん、なんで!」
つかんだ火の玉はちいさかったくせにすごくあつかった。左手がじんじんイタい。頭もがんがんした。まるでこわれたジャグチみたいに目からなみだが出てくる。
「なんで死んじゃったの!」
帰ってきてくれたんだと思ったのに。
足があるからユーレイじゃないと思ったのに。だからまた、ずっといてくれると思ったのに。
あー、と首の後ろをごしごしとこすりながらお父さんはものすごく悲しそうなかおをした。
「それは前方不注意だったからだなあ」
そんな答えが聞きたかったわけじゃない。
(お母さんまだ夜中にひとりで泣くよ。あたしだって泣いてるよ。タマキなんてお父さんのことわすれちゃうよ!)って、あたしは言おうとしたんだけど、ムリだった。ぜんぜんダメ。しゃべろうとするといきがつまって、とめたのにでてこようとするなみだとけんかして、くるしい。息が止まりそうで、くるしい。
「うん、うん。ごめん。ごめんな」
どうろのガイトウからすこしだけとどく明かりで、お父さんも泣きそうなのが見えた。それから、ずっと気がつかないふりをしてたんだけど、やっぱりお父さんの体がちょっとトウメイで、後ろのブランコが見えているのも。
「お前もムチャすんなあ」
と、あたしが水どうで手を冷やしている間、お父さんは横にしゃがみこんで見ていた。左手のてのひらのちょうどまんなかあたりに、ウメのはなびらくらいの大きさの赤くてまるいやけどができている。
「わー痛そ。痛いだろ? ほら痛いの飛んでけー」
お父さんはあたしの手の上でひらひらと手をふりまわした。あたしは、バカみたいだと思ったけど、うなずくだけにした。だって、まだなんか言おうとするたびにへんなしゃっくりが出そうになる。目のおくもいたかったし、かおはなみだと鼻水とでずるずるで気持ちわるかった。
「お前さあ、ずっと気になってたんだけど、この大荷物は家出か?」
あたしがタオルで手をふいていると、お父さんはそろそろとあたしのリュックをのぞきこんで聞いた。あたしはもう一回うなずいた。もうウソをつく気になれなかった。
「やっぱりそうかあ」
おこられると思ってたのに、お父さんは、あたしの頭に手をのばそうとして、トチュウでやめて、じぶんのかみの毛をなでただけだった。それから、ベンチにこしかけたあたしをシンケンな顔で見た。
「でも、今夜はもう帰らないとだめだ」
「おかあさんがあやまるまでかえんない」
「お前もスズさんに謝んないと」
そう言われて、あたしはかっとした。コウツウジコで死んじゃって、かってにゆうれいになって戻ってきて、なんでお母さんとあたしがケンカしてるのかもしらないくせにそんなことを言うなんて。
「お父さんのバカ! わからずや! おとうさんなんて」
どっとあふれてきた、さっきお母さんにも言ったことばは、口から出る前にお父さんに止められた。
「マドカ」
ひさしぶりにお父さんの声で名前をよばれる。
「マドカ、それは言っちゃだめだ」
あたしの口の前で人さし指を立てたまま、お父さんはちょっと笑った。
「お前は外見はお父さん似かもしれないけど、性格はスズさんそっくりだなあ」
――タンキでカチキでやけにプライドが高くてヒをなかなかミトめない。それでもって手も早い。
続いた言葉はほとんどがむずかしくてよくわからなかったけれど、あたしじゃなくて、たぶんお母さんのことを話してるんだとわかった。
「お父さんはそれがお前の本当の気持ちじゃないって分かってる。でもマドカ、お前はお父さんにはもう会えないんだ。今そう言っちゃったら、あとでいくら謝りたくなっても、ごめんなさいって言いたくなっても、もうできないんだよ」
「よっこらせ」と、お父さんは立ち上がって歩きはじめた。
あたしはリュックを持って、とぼとぼお父さんについていった。ザイアクカンでいっぱいだった。どうしてあたしは、お父さん、ゆうれいでもやっぱりお父さん、のことをキライだなんて言おうとしてしまったんだろう。
「それでね、お父さんはマドカとスズさんがなんでケンカしたのかは知らないから、どっちが悪いのか分からない。でもお前さっきスズさんに大嫌いって言ったろ」
そう言われると、本当につらいんだよ。だってスズさんはいつもお前たちのことを一番に考えてるから。
公園の出口で、お父さんはあたしを待っていた。横にならんで歩きながら、お父さんはゆっくり言った。
「お前はスズさんのこと本当に嫌いか?」
あたしはいっしょうけんめい首をふった。
どうしてあたしはお母さん、あたしとタマキのめんどうをたった一人でみてくれるお母さん、のことをキライだなんて言ってしまったのだろう。
「お父さんが謝りなさいって言ったのはそのことなんだ。……どうだ?」
コートのポケットに手をつっこんで、あたしはうなずいた。がまんできずにまた出てきたなみだをこすりながら、何回もうなずいた。
「そりゃよかった」と、お父さんはあんしんしたみたいだった。困りがおじゃなくて、ほっとしたかおでわらった。そしたら、ちょうどいいタイミングで、へんじみたいに『ぎゅーきゅるるる』とへんな音であたしのおなかがなって、あたしも思わずわらってしまった。考えてみれば、さっきのおせんべいいがい、おひるからずっと食べてない。
お母さんとケンカして家出したり、それでゆうれいのお父さんに会ったり、泣いたりわらったり、タイヘンな一日だ。
やっぱり近くでよく見ると、お父さんは前とずいぶん変わってしまっていた。体がちょっとトウメイなのもそうだけど、かげもない。ならんで歩いてても、足元でのびたりちぢんだりするのは、あたしのかげひとつだけだ。
もうあと二つかどをまがれば家につく。
「それでな、お父さんからの伝言も頼みたいんだけど」
「……なに?」
鼻水をすすってから、あたしはがさがさの声で聞いた。
「スズさんにさ、お父さんのかわりに謝っておいてくれないか、なあ」
じつはあやまろうと思って、今日お父さんがんばって帰ってきたんだよ。なんかいろいろとよそうがいのことがあって、もういかなきゃいけないんだけど。……もう死んじゃってるから、ほんとはマドカにあやまってもらうのもちょっとズルだけどな。
お父さんの声はだんだんちいさくなった。さっきまでは、カッコよかった、っていうのとはまたちょっとちがうかもしれないけど、なんていうか、今はぜんぜんダメっぽかった。
でも、お父さんはお父さんだ。『ダメオトコだ』ってお母さんはおこったりするけど、お母さんだって最後はいつもわらってしまったのを、あたしはおぼえてる。
「いいよ」ってあたしが言ったら、お父さんはシンコキュウした。
「くじらみたいに細い目だって笑ってごめんなさい」
「……それだけ?」
「まだある。ドケチって言ってごめんなさい。こんなに先に死んじゃってごめんなさい。……それから、ありがとう、って」
「うん。わかった」
あたしはたち止まって、お父さんを見上げた。なみだと鼻水がかわいて、ばりばりのほっぺたになっていたけどわらった。さっきよりもっとトウメイになってしまっている足のほうは、見ないようにした。
おうちまであとちょっとだ。
さいしょにごめんなさいって言おう。それからだいすきだって。それともお父さんのことが先かな。
聞いたら、お母さんはなんて言うだろう。
「サンキュ。じゃあお父さん、そろそろいくよ」
お父さんもあたしとおんなじように、ちょっとだけムリしているのがわかるえがおでかがむと、あたしとまえよくしたみたいに、おでことおでこをくっつけるようにした。
あたしはぎゅっと目をつぶった。昔はそうするとお父さんのタバコがくさかったけど、今は冬の匂いしかしなかった。
「タマキにもよろしくな。お前も元気で。ほら、スズさんが心配して、家の前でお前を待ってる」
なかよくするんだぞ。
そう言ってお父さんはいってしまった。目を開けてみたら、もうどこにもいなかった。
左手のやけどのあとが、じんとしびれた。いたかったけど泣くほどじゃない。もう泣かないでおうちに帰ろうと思った。
ぐるっとふりむいて、あたしはタマキをせおって立っているお母さんに向かって、まっすぐかけだした。