15分作品、皮肉な弔い
右折する大型トラックに巻き込まれ、俺の体はいともたやすく壊れた。接触した際に体中の骨が軋み、激痛に叫び声を上げようとするよりも早く意識が吹き飛んだ。「あぁ、死んだのだ」と漠然とした意識で考える。体中が痛い。周囲は真っ暗だ。伸ばしっぱなしの無精髭も、整えていない髪の毛もおそらくは皮膚と共にトラックの下に散らばっているのだろう。
「おめでとうございます。100億人目の選ばれました」
真っ暗なその場所で、女の声が響く。たまらず、俺は笑い声を洩らした。どうやら、この空間は死後の世界らしい。何とも馬鹿げたことだ。
「特典として、貴方には別の世界で素敵な容姿と能力と運を兼ね備えて――」
「世界を救え、と?」
いつの間にか、周囲に明かりがともっていた。ただ明るいだけ。真っ白な、上下も左右もない空間だ。目の前には白い翼を生やした女がいる。その女は、にっこりと笑う。無邪気な笑みだ。
「ええ。ご不満ですか?」
「……」
俺は、思いっきりうなづいた。
「俺は生まれてから50年間、世の中に尽くしてきた。精一杯勉強して、精一杯働いて、精一杯生きてきた。だがな、俺は世界に救われたことなんてただの一度もないんだよ」
「いいえ、それは違います。貴方は世界に守られて生きていたのです」
「違う。俺は不義の子だった。狂った母親の面倒をみながら友達のいない学校生活をすごし、入院費用を稼ぐために働いた。結局、母親が俺のことを名前で呼ぶことはなかったがな」
あざけるように俺が言うと、女は口を小さく動かすだけで言葉を紡ぐことはなかった。
「俺は死ぬ直前に、母親を殺したんだ。もうこんな人生はうんざりだからな。紐で首を絞めて殺してやった。もがかれたせいでほんの少し手間取ったが、殺してやったぞ」
そして俺は、大きく息を吐いた。
「世界は俺に何をしてくれた?」
「……」
女は口を開かない。
「とはいえ、俺は記念すべき100億人目の死者なんだろ? じゃあ俺に力と、運をくれよ。腐った現実を変えてやる」
男の言葉に、女はしばらく考え込むと、うなづいた。
「規則ですから、しかたありませんね」
女はどうでも好さそうに、そうつぶやく。
一つの世界が――魔物が跋扈し、人間が存在し、魔法が存在する一つの世界が終りを迎えるまで、あと3年。