奏ちゃん
私が奏ちゃんと友達になったのは、高校に入学してから半月程が過ぎる頃に行われた、課外オリエンテーションの時でした。
そして、浅野君と仲良くなるきっかけになったのも、この行事でした。
奏ちゃんは、とても綺麗な女の子で、入学当初から際立って目立つ人でした。
だけど、とても近寄り難い冷たい感じがして、クラスの女の子は皆、奏ちゃんには近付こうとはしませんでした。
奏ちゃん自身も、クラスの皆と仲良くしようという気持ちが無いのか、誰とも口を聞く事なく、いつもひとりきりで机に頬杖をついて窓の外を眺めていました。
それから、一週間が経たないうちにクラスの女子の中で、奏ちゃんの良くない噂が流れたのです。
『渡部奏の父親は犯罪者らしいよ』
『だから渡部は親と離れて養護施設で生活してるんだって』
そんな話が一体どこから伝わったてしまったのか…。
噂を耳にして、胸が酷く痛みました。
何か力になれる事はないだろうかとは思ってみても
、引っ込み思案な私には噂を止める力も奏ちゃんと向き合い接してみようという踏み込んだ行動力もありませんでした。
もやもやとした気持ちを抱きつつも、何も出来ないまま時間は過ぎていきました。
それから更に数日が経ち、オリエンテーションの日が来ました。
行事当日学校に集合して、その場でくじを引き、即興的に決められた一組三人の班別で、地図を片手に学校から徒歩で片道七キロ程の距離にある、県が営む大きな公園へと向かいました。
そこで偶然にも、奏ちゃんと浅野君と同じ班になったのです。
その時はまだ、浅野君と今のように仲良くはなれていませんでした。
正直二人とは何をどう話していいのかわからず、ただ、緊張して無言で目的地へと歩く感じでした。
奏ちゃんは相変わらず人を寄せ付けない空気を醸し出し、スラリと長い足で颯爽と歩いていました。
背の高い浅野君もやはり歩くのが速くて…。
奏ちゃんや浅野君みたいに身長が高くないので歩幅のハンデもあるし、元より運動が大の苦手な私は、歩くのもとても遅いので、置いていかれないようにとばかりに、かなりのハイペースで歩いていました。
二キロ程歩くと、ちょっとした山道に差し掛かり、足場の悪さと無理をした歩き方に息が上がってしまい、情けない事に、肩で息をするくらい疲れてしまいました。
そんな私を気遣い、立ち止まり、
「相澤さん、大丈夫? まだ先は長いから、少し休もうか?」
と、優しく声をかけてくれたのが浅野君でした。
「足手まといでごめんなさい…」
なんだか申し訳なくて、そう謝ると、
「大丈夫だよ、足手まといだなんて思ってないから。ねえ、渡部さん、ちょっと休憩しよう」
浅野君は嫌味のない笑顔で、奏ちゃんを引き止めました。
「渡部さん、ごめんなさい…」
思いきってそう告げましたが、奏ちゃんはこちらに振り返る事なく無言で足を止めて、お茶を飲み喉を潤しました。
数分の休憩を経た後、奏ちゃんの背中を見つめて、浅野君は、
「そんな風に誰とも口を聞かず、人と係わる事を一方的に断絶して生活するって楽しいか?」
少しだけ寂しそうな表情で言いました。
「おまけに変な噂まで蔓延って――」
「楽しいよ」
奏ちゃんは、浅野君の言葉を遮るかのように一言、こちらを向かないまま言葉を放ち歩き出しました。
その無感情な声のトーンを聞いて、私は直感的に気付きました。
この人は、嘘をついているなって…。