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始まり

 私には人に言えない不思議な力があります。


どうしてこんな力が備わっているのかはわかりませんが、もしもこの世界に神様という人がいるのなら、きっと気まぐれ程度に私を選んで力を与えたのでしょうね…。


 とても迷惑な力です。


 それがどんな力かというと、私が左の人差し指で人の背中をつついて問い掛けをすると、人差し指に触れられた人は5分程の短い時間ですが、自分が放とうと思う言葉とは真逆の言葉を放ってしまう、


「嘘つき」になってしまうんです。


 この力に気がついたのは、小さい頃、夕飯のしたくをしているママの背中を軽いいたずら心でつついたのがきっかけでした。


「ママ、私ママが大好き。ねぇ? ママは私の事好き?」

 背中を左の人差し指でつつき尋ねると、ママは振り向き、とても暖かくて優しい笑顔で、


「ママはあなたが大嫌いよ」


 とはっきりとした口調で私に言いました。


…大好きなママから初めて聞いた突然の「大嫌い」という私を突き放す言葉に、驚きと悲しみが一度に押し寄せ、私は大きな声をあげて泣きました。

「うそだ…よね?…ママが私の事、大嫌いなんて…本当はう…そだよ…ね?」

 私は、ママの言葉がどうか真実ではないようにと願い、泣きながら声を絞り出して尋ねました。


「嘘じゃないわ。ママは穂香なんて大嫌いよ」


 ママはそう言いながらも、私を苦しそうな顔で見つめて必死で首を横にふりました。

 だけど、放たれた言葉が辛く悲し過ぎたし、何より当時はまだ5歳と小さな子供でした。

 取り憑いた悲しみに心を奪われるばかりで、表情と言葉が噛み合わないというママの違和感には全く気づけませんでした。

 

 しばらく泣いていると、ママは両膝を床につけて、突然私を強く引き寄せ抱き締めて、


「違うの! さっきママが言った事は、ママの本当の気持ちとは全然違う嘘の言葉なのよ!」

 ママは私を抱き締めながら、何度も謝りながら、

「世界で一番あなたを愛してるのに、あぁ…どうして…あんな酷い言葉を…」

と涙声で呟きました。



 なんで突然ママは嘘つきになっちゃったんだろう…。

抱き締められ、嫌われていなかった安堵を感じつつ、私の中で疑問と不安が残りました。


 それから、幾度となく人が突然「嘘つきになる」事が重なりました。

大好きなお友だちに遊んでくれるかと尋ねたら「もう一緒に遊びたくない」と言われたり、嫌いな人と思いがけず口論になり、あなたは私が嫌いなんでしょ? と尋ねると、憎々しいという表情で私を睨みつけ「大好きだよ」だと言われたり……。


 その原因が、私の左人差し指だという答えにたどり着くまでにはあまり時間はかかりませんでした。

いたずらに人の気持ちを反転させて混乱させてしまい、言葉を受ける私自身を悲しみの淵へと突き落としてしまうこの力に、強い畏れを抱きました。


『左の人差し指で絶対に人に触れてはいけない』


 もしも仮に、思いがけず触れてしまった時は、問いかけが出来ないよう口を閉ざそう。

 私は私にそう言い聞かせて日々暮らしてきました。


 大きく目立つ事なく、平凡だけれど平穏無事な毎日。左人差し指を除けば、私はどこにでもいる普通の女の子なのです。

優しい両親、大好きな友達。

人並の幸せに包まれて、日々を重ねてきました。



 だけど、16歳になった今、私はずっと封印してきた指の力を使いたい衝動が日に日に抑えられなくなっています。

 何故か?


 それは、好きな人が出来たからなのです。


 同じクラスの隣の席の浅野君です。

何となく話が合う事から始まり、夏休みを目前にした今では、一緒に当校するくらい仲良くなりました。

 浅野君と仲良くなるにつれ、私の中でどんどん募っていく思いで、胸が苦しくなります。


『彼が好き』

『私の事をどう思っているんだろう』

『ただの友達かな…? それとも…』


 それを口に出す勇気がない臆病者の私は、ズルい事を考えました。


「そうだ…この人差し指で…」

 左指を見つめると、

「…でも、もしも…」


 彼の口から望まない悲しい言葉が放たれたら…。


そう考えると、怖くなり、人差し指を使う事を躊躇いました。


知りたい。でも怖い。

怖い。でも知りたい。


天秤のように揺れる心を抱えて私は今日も左の人差し指を見つめているのです。




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