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螢火

梅ときつね〈2〉

作者: 大根葱

四 お役目


 かの神より与えられた役目は、大巫女の護衛。敵さえいなければ、〈花飾町〉まですぐそこだったのだが、イチイ、ニイナ、大巫女は未だ〈木葉町〉で立ち往生をしていた。


 何故か。

 それは、大巫女の性格に起因する。


「うわあ、見てください、イチイ!」

「・・・大巫女様、見てますから早く選んで下さい」

「何が良いと思いますか? あと、外では大巫女様と呼ぶのは止めて下さいと言ったでしょう?」

「申し訳ありません」

「私のことは淡雪(あわゆき)と呼ぶようにして下さいと言ったでしょう? ほら、イチイ。淡雪と呼んで下さい」

「・・・気安く名をお呼びすることは出来ません」

「私がいいと言ったのですよ。もしかして背の君のことを気にしていますか? 大丈夫ですよ。あの人にもちゃんと相談しましたから。イチイとニイナなら構わないって言ってましたよ」

「しかし」

「もう、イチイってば堅いよ! 淡雪さま、あっちにもっと綺麗な簪がありましたよ!」

「まあ、本当ですかニイナ! ささ、()きましょう、イチイ」

「な、ニイナ! 大巫女様には気安く触れては・・・」

 大巫女に促されて、イチイも渋々ついていく。臣下に拒否権はないのだ。

 神聖な人。神に愛された人の子。

 人間は嫌いだ。

 でも、大巫女様は別だ。彼神が唯一愛し、慈しむ人。ならば、自分にとっては護るべき人なのだ。

 今回の任務は、各神社の巫女の集まる月に一度の、総会に出席するお供に選ばれた。そこでは、各地に散らばる巫女が集まるだけでない。何と都から、帝を護り、神とあやかし、そして人間の均衡を保つ四天も来るのだ。

「イチイ、イチイ。私にはどちらが似合うでしょうか?」

 ふと見ると、大巫女が梅の簪と桜の簪を持って、恥ずかしそうに此方を見ている。

「ね! イチイ。淡雪さまには桜が似合うよね!」

 妹のニイナが袖を引っ張って聞いてくるのに肯きながらイチイは大巫女に向き合った。

「おお・・・淡雪さまには桜がお似合いです。桜にしてみてはいかがでしょう?」

「本当? ふふ。じゃあ桜にしましょう」

 そう言いながら大巫女は、桜と梅両方の簪を買われる。

 不思議に思い見ていると、大巫女は梅の簪をニイナに手渡した。

「はい、これはニイナのね」

「え? でも淡雪さま、梅もお似合いですよ」

「ニイナも女の子なんだもの。簪の一つや二つあったっていいでしょう? ね、イチイ」

 恥ずかしそうに顔を俯くニイナの頭を撫でて、イチイは大巫女を見やる。大巫女はとても楽しそうにニイナを見詰めていた。

「ほら、ニイナの銀髪によく栄えてるわ」

 背中に流れる星のように美しい銀の髪を結い、紅の梅と白い梅の飾りが付いた簪をつけると、大巫女は満足そうに笑った。

「ニイナ、よく似合ってるよ。ご厚意に甘えてはどうだい」

「・・・うん。ありがとう、淡雪さま!」

 初めは恥ずかしそうだったがニイナは、すぐ笑顔を取り戻した。


「さあ、買いたい物も買えましたし。いざ魔の巣くう総会へ出発です!」

「大巫女様、それちょっと違うのでは」

「ふふふ、お~!」

 勇ましくこぶしを握りしめ、天高く上げると、大巫女は猛然と歩き出した。ニイナも楽しそうに一緒にこぶしを上げて、後をついていく。

 イチイは少し疲れを感じながらも、後を大人しく着いていった。




 五 花飾町


「おおみこ・・・淡雪様、もしやあれは」

 なだらかな丘陵にぽつねんとたつ二つの木。紅と白の花をつけた木からは風に乗って芳しい薫りが運ばれている。イチイは、優れた嗅覚でそれが梅であると判断した。

「あら。わかりましたか。ニイナとイチイが見たがっていた双子の梅よ。私も何度か話したことあるけれど、とっても心根の優しい梅だわ。あ、そうだわ。実はね、背の君に話すと、背の君がおもしろがって、〈入らずの森〉に・・・」

「うそー!! あれが噂の双子の木だったなんて!! 淡雪さま、早く行こう!」

「あらあら」

 大巫女の話を途中で遮ると、ニイナは大巫女の袖を引っ張り、走っていく。その後を追いながらイチイは梅の香に乗って、別の臭気が混じっているのを敏感に感じ取っていた。僅かに匂う獣の匂いにイチイは顔を顰めた。何故ニイナは気がつかない。

「ニイナ」

「わかってる。だとしたら梅も危ないでしょ。近いってことだよ」

 真剣な表情で大巫女の手をひくニイナの横を追従しながらイチイは肯いた。

 大巫女も微笑む。

「そうですよ、イチイ。この妖気、巧妙に隠してはいますが、巫女たるわたくしを欺く事など出来ませぬ。ましてや守護妖たるあなた達を欺くことなど・・・わたくしの大切な友人たる春霞と梢薫を襲うなど・・・許しはしませぬ」

「大巫女様」

 不適に笑む大巫女を見て、イチイとニイナも微笑んだ。慈悲深き大巫女の大切な友人となれば、守護妖が護るにも値する。

 まだ見ぬ双子の梅の木に思いを馳せながら、三人は丘へと急いだ。



 梅の薫りが一層強くなる。

 それと同時に押し隠し続けていたのだろう。妖気も爆発するかのように一気に膨れあがった。

「あらあら」

 困ったように失笑する大巫女を両脇で護りながら併走していた二匹の妖孤は横を向く。

「どうしました、大巫女さま」

 ニイナが聞くと大巫女はもう一度「あらあら」と微笑んだ。

「これでは、わたくし達だけでなく、総会に集まるという巫女も気づくでしょう。それに、もしかしたら四天の人も、もう来ているかもしれませんわ」

「四天・・・」

 ニイナが呟くのに、「はい」と大巫女は肯くとイチイとニイナに説明した。

「あの方達にとっては十八番。妖怪と戦うのは専門ですから」

「お言葉ですが大巫女様。私たちも、〈入らずの森〉の守護を我が君より仰せつかっております」

 戦う専門という言葉に、まるで自分たちは門外とでもいうかのような言い方に、少し不満を持ったイチイが言うと、大巫女は「あらあら」と笑った。

「そういう意味ではありませんよ、イチイ、ニイナ。わたくしが言いたいのは、四天の方々も、あなた達と同じように都・・・暁都の守護を仰せつかり、また、帝の守護も勤めていらっしゃる方々ですから。我等巫女たちと違って、戦う専門。この事態にはすぐに気づいていらっしゃるだろうと、そう申し上げたのです。ですが、わたくしが四天の方々とお会いするのは今回が初めてです。噂には聞きますが、どのような方達なのかは存じませぬ。まだ見ぬ方々よりも、わたくしは、わたくしの背の君の守護妖たるあなた達のことを深く、信頼してます」

 ふわりと、大巫女の淡雪は笑うと、ニイナとイチイの手を握りしめた。

「わたくしは足手まといになるやもしれませぬが、どうか、春霞と梢薫を護ってくださいね」

 ニイナとイチイは大巫女の手を握り替えすと、深く肯いた。

「御意」

「すべて、大巫女さまの仰せのままに!」



 だんだんと濃くなる妖気と一線を画して、清廉なる芳しい薫りが漂う。イチイとニイナは妖力を解き放った。

「イチイ、私が前衛ね」

「わかった」

 短くやりとりを済ませると、イチイとニイナは藍色の目を煌めかせた。

「双子を護るぞ」

「勿論」



 一方、梅の双子は苦戦を強いられていた。

 突然、二人の前に最近〈花飾町)に来た妖怪がでてきて攻撃を仕掛けてきたのだ。

 突然の事態に驚いた春霞は、腰を抜かして自身の紅梅に座り込んでしまっている。春霞を護るように兄たる梢薫が前に立ち、攻撃を防いでいた。

「くそ・・・何なんだお前は」

「ふん・・・お前たちが双子の梅の木、だろう。さる筋のお方よりお前達を引き入れろといわれてなあ。だが考えてもみよ。こんな樹木風情に我等獣が劣るとでも? あのお方の配下にいるのは我等だけで十分ではないか。そう思うだろう、梅の木よ」

 梢薫は長々と語りかけてくる相手を見て舌打ちした。

 初め現れたときは酒瓶を持った汚い身なりの老人だった。

 だから、初めは春に浮かれた只の酒飲みだと思ったのだ。そこで気を緩めたのがいけなかった。

 老人は酒瓶を徐に地面に置くと、梢薫たちに向けて攻撃してきたのだ。

「・・・長々とよく喋るじじいだな」

 老人は今や目は赤く、肌が黒っぽく変化している。次々と襲いかかる風刃を結界を張ることで凌いではいるが如何せん、まともに敵と戦ったことが片手で数え上げる程度しかないため、すぐに体力が落ちてきた。

「ふん。じじいだと? わしをじじいと呼ぶか。まあよい。・・・のう梅よ。か弱いか弱い梅よ。ぬしらは何も悪くないが、ちと存在が邪魔なのだ。あのお方が樹木風情を気にかけるのがいけない。でもなあ、あのお方も意地の悪い方でなあ。配下に降ることを拒否すれば・・・妖力だけもろうて来いと、そう言うたのだ。意味は、わかるな」

 老人は大きく嗤うと、容貌を変化させていった。同時に妖力が膨れあがる。

 老人の体がみるみる縮んでいくと、狸ほどの大きさになった。容姿は猿に似ており、目が赤く、尻尾がある。その尻尾は短く、体の色は黒い。表面はまるで豹のような模様がある。

 完全に姿かたちを変えると、老人だった獣は大きく咆吼した。

『我が名は風狸! 悪いが梅の。お前達にはここで死んでもらうぞ!』

「な、にあれ、兄様!」

 後ろでいつの間にか立ち上がっていた春霞が、梢薫の手を強く握る。

「わからん。・・・危ないからお前は下がっていろ」

 風狸、と名告った獣は、青黒い毛を逆立たせ妖力を溜め込んでいる。

 直ぐに攻撃されるだろう。

 また、風の攻撃だろうか。

 それでも、今までの比ににないほど強力なものなのだろう。

 梢薫は、両手を前に出し、自分のなけなしの妖力を集めた。樹妖は確かに弱い。だがそれは攻めの場合のみである。土地の守護を担う樹妖には、守る力が長けている。守りに力が傾くため、獣妖からは弱いと思われがちだが。

 周囲に梅の香が漂う。

 濃密な梅の香の中、梢薫は自身の全ての妖力を結界に注ぎ込んだ。



 六 狐と狸



『これで果てるがいい! 風刃撃破!』

 梢薫は目を瞑った。後ろで春霞が抱きついているのを感じながら。

 結界は張った。だが風狸の攻撃を防ぎきることは出来ないだろう。

「兄様!」

 春霞が強く抱きしめてくる。

 これが最期か。そう思った刹那、春霞でも、自分でも、ましてや対峙する風狸の声でもない甲高い声が聞こえた。


「標的発見! ニイナ参ります! 炎の突進!」

「また変な名前つけて! 真面目にしろ!」

 何処か間抜けな声が聞こえたかと思うと、目の前にいた風狸に向かって炎がまるで意思を持ってるかのように一直線に丘を駆けた。

『な、に! うわああああ』

 炎は風狸の全身を包み込み、火だるまにした。

 風狸は地面に体をこすりつけたり、横にゆすったりするが一向に炎が消えることはない。呆然と見ていると、此方に向かって猛然と駆けてくる人影が見えた。先頭を走るのは、銀髪を靡かせる美しい女性。後ろに続くのは、金髪の、女性とよく似た面差しの青年と、顔見知りの大巫女の姿があった。

「淡雪・・・?」

 喉から出るのは掠れた声。銀髪の女性は藍色の目で、のたうち回る風狸を睨み付けたまま、梢薫たちを護るように対峙した。

 金髪の青年を伴った大巫女が梢薫たちの元へと走りよると、春霞が背中から飛び出して大巫女へ抱きついた。

「大丈夫ですか!」

 まだ事態がうまく飲み込めてないが、問いかけられた声に、考えるより先に口が動いていた。

「・・・大丈夫、だ」

「だいじょうぶ」

 春霞もたどたどしく答える。声の主は優しく春霞を抱きしめるとぽんぽんと背中を叩いた。

「そう、よかった」

 大巫女、かつてはこの〈花飾町〉の住人だった少女はそう言うと、柔らかく微笑んだ。

「淡雪、何故お前がここに・・・」

「話は後です。怪我は無いですか?」

 優しく春霞の背を撫でる大巫女は去年見たときよりも面差しが大人びている。

 ああ、自分たちは助けられたのだ。

 そう理解すると、一気に緊張がとけた。

「大丈夫ですか」

 先程より、黙って大巫女に追従していた金髪の青年が聞いてくる。

「ああ、大丈夫だ」

「・・・我々が来たのでもう大丈夫です。では、大巫女様」

「あ、はい。宜しくお願いしますね、イチイ」

「御意」

 青年はそう短く返すと、梢薫らに背を向けて銀髪の女性の元へ行く。

「もう、大丈夫ですよ、梢薫。春霞。イチイとニイナがいれば大丈夫です」

「イチイと、ニイナ・・・? 淡雪、あの人達は誰?」

 未だ震える声で春霞がそう問うと、淡雪は柔らかく笑んだ。

「背の君とわたくしをいつも護ってくれる、守護妖のイチイとニイナです。二人とも聞いたことがありませんか。黒豊緑仁志神の懐刀の噂」

「もしかして、双子の守護妖・・・?」

「ご名答です! 女の子が妹のニイナで、男の子が兄のイチイです。かっこいいでしょう、春霞」

「え、え。うん」

 あの二人が、守護妖。

 危険極まりない豊穣の神を守護する任についている、当代随一と名高き守護妖なのか。

 梢薫は、緊張した面持ちで風狸と対峙する二匹の誇り高き守護妖の背を見詰めた。



 一方で、此方はニイナと風狸。

「な、ん、で、私の炎で焼いてるのに、平気なのよ」

 そうなのである。

 先程まで、のたうち回っていた風狸だが、今や平気な顔で自身の毛を舐めているのである。

『ふん。わしをぬしのような屁みたいな炎で倒すなぞ百年、いや千年早いわ!』

「何なのよ阿呆狸!」

『ふん。所詮ぬしは狐だろう。狐、きつね! わしらより劣る獣ではないか!』

「どーゆー意味よ!」

『狐は七変化、狸は八変化というだろう?』

「それ、狐より狸のほうが化けるのが上手いよね~って人間が言っただけでしょうが!」

『人間でさえ判るのだ! わしらが優れているということが! さあ、そこどけ。ぬしには用はない。わしが用があるのはそこの梅だ』

「はあ? 行かすわけないでしょう。生かすわけが! あんたは今、ここで私の前で塵となるのよ!」

 ふんと偉そうに胸を張るニイナ。

 イチイは、梅の二人の無事を確認すると、一向に片の付かないニイナの元へ行ったのだが、何とも底辺を這うような舌戦を風狸としていた。

 確かに、ニイナの言うとおり、あれだけの炎で焼かれたにもかかわらず、ぴんぴんしている様は不気味だ。きっとニイナの肌は鳥のようになっているだろう。イチイにだって気持ち悪いから。

『何言ってる! 塵となるのはぬしのほうだ』

「強がりいっちゃって。弱い者いじめしちゃ駄目って黒様に習わなかったの」

『なにいってるんだ、ぬしは。くろさまって誰のことだ? 大体わしには崇高な目的があって』

「崇高? すうこう? どんな目的なら殺す行為が崇高になるの?」

 あははと笑うニイナに、歯を食いしばる風狸の図を見てイチイは大きく溜息を吐きたくなった。

 さっきまでの私の緊張を返せ。莫迦。

『ぬしには判るまい! あのお方の崇高なる目的を・・・!』

 風狸はそう叫ぶと、風の刃を此方に向けて放った。

「ニイナ!」

 突然のことで驚いたのだろう、ニイナは慌てて結界を張ろうとするが間に合わない。

 イチイは素早く手印を汲むと前に突き出し呪を唱えた。

「水牢!」

 ニイナの前に水で出来た牢ができあがり、風の攻撃をはじく。それを見て風狸は『しぶとい、しつこいぞ』と悪態をついている。

「イチイ! ありがとう」

「油断するな。とにかくコイツを片付けることだけ考えろ」

「はい!」

 元気よく返事をするニイナを後ろに庇い、イチイは右手を空に出して、得物を出した。

 鋭く研ぎすまされた和国独特の細長い刀身を持つ、水燐刀だ。

 

 イチイは一気に風狸との間合いを詰めると、真正面から斬りかかった。

「やった、イチイ」

 ぐさっと肉体を切る音と、確かな手応えを感じたイチイは安堵した。これで片付いたか。そう思った刹那、風狸の鋭い牙の除く口が、にやりと孤を描いた。

「なに!」

 素早く後ろへ飛び、距離を取るが、後を追うように風刃が舞う。

『くくく・・・無駄だ無駄! わしをそこら辺の獣と一緒にするな。わしは不死身ぞ』 

「不死身?」

 風狸は確かに生きていた。

 イチイが頭から斬ったにもかかわらずに、生きているのだ。

 切り口からは血が滴り落ち、地の草が赤色に変わっている。

『わしは風狸ぞ! 焼かれようが刀で切ろうが、決して死にはせぬ!』

「何あれ何あれ! 気持ち悪い。どうしようイチイ!」

 頭が切られて尚、嗤う姿は醜悪だ。

 小柄な体から発せられるおぞましい気配にイチイは戦慄した。

 どうすればいい。

 迷うイチイとニイナに、後方から凜とした声が聞こえた。


「イチイ、ニイナ! 頭蓋骨を! 頭を割ってください! それか原型を留めぬほど切り刻んでください!」


『な、無駄ぞ無駄ぞ。わしはこんなところで死にはせぬ』

 風狸は、おうと鳴くと再び風で作られた刃を放ってきた。

 ニイナは咄嗟に前に出ると結界を張り、自身とイチイを護る。

「すまないニイナ。風狸、ここがお前の墓だ」

 イチイは断言すると、印を作り鋭く言い放った。

「槍雨! 我が前に立ちはだかる敵を殲滅せよ」

 イチイが言い終わるとすぐに空から無数の鋭利な槍のような雨がふり始める。

 雨は風狸の周りにだけ降る。

 鋭く研ぎ澄まされた雨は、槍より重く、地に深く突き刺さる。


『あ、ああああああ』

 

 低い獣の悲鳴がなだらかな丘に響く。

 雨が上がると、風狸にいた場所には、ぼこぼこになった土しか残っていなかった。

 草ごと土はめくれ上がり、その場所だけ深く穴が空いたように陥没している。


「終わった・・・のか?」

 梢薫は今見たことが信じられず、思わず呟いていた。

 あれだけ、自分が苦戦した相手を、この二人は簡単に排除したのだ。

「すごい」

 妹の春霞も、梢薫の隣で目を見開いている。

 樹妖と獣妖はこんなにも違うものなのか。

 簡単していると、自分たちを護るように立っていた大巫女が、飛び跳ねた。

「流石です! イチイ、ニイナ!」

 うふふふと笑う大巫女をみて、イチイと呼ばれた青年が微笑む。

「大巫女様が教えてくださらなければ、どうなっていたかわかりません。ありがとうございます」

「イチイの言うとおりだよ、淡雪さま。どうしてわかったの?」

 二人に言われて、大巫女・淡雪は恥ずかしそうに俯くと、小さな声で言った。

「以前読んだ書物に偶々、この風狸という妖怪が載ってのを知っていただけです」

「すごい! やっぱ淡雪さまって勉強熱心だね」

 ニイナが大きく肯けば肯くほど、大巫女の顔が赤くなる。

 イチイは、視線を大巫女の後ろにいる二人の樹妖へと向けた。

「ところで大巫女様」

「は、はい。何でしょうか、イチイ」

「後ろにいらっしゃる方が、双子の梅の樹妖の方ですか」

「はい、はい。そうです。白いほうが兄の梢薫で、紅いほうが妹の春霞です」

 二人は自分たちに話がいくとは思っていなかったのだろう。

 ニイナと大巫女を見ていた二人は驚いた顔でイチイを見た。

 梢薫と春霞は紹介されると、イチイとニイナに向かってお辞儀をした。さらりと紅白の髪が揺れる。どこまでも純白の髪を項でひとくくりにしている兄と違って、妹は燃えるような紅の髪を背中に流している。双方供に髪は長く、どちらも同じ焦げ茶色の、切れ長の目をしている。

「お初にお目にかかります。妖孤のイチイとニイナと申します」

「黒さまの守護の任についてます。初めまして!!」

 ニイナが握手を求めるように手を差し出すと、春霞が怖ず怖ずと手を差し出した。しゃらりと巫女装束のような着物が音をたてる。

「は、はじめまして。春霞よ。た、助けていただいてありがとう」

「ふふふ。春霞も妹なんだね~。わたしとイチイは双子なの。それでね、わたしが妹なんだよ~」

 ずっと笑顔のニイナと比べて、春霞は顔を真っ赤にして受け答えしている。

 それを見て、イチイも、梢薫のほうに手を差し出した。

「お噂は聞いております。ご無事のようでよかった」

「いや、助けて貰って感謝している。イチイ殿」

 堅苦しく挨拶を交わす兄とは対照的に妹のほうは、もうはやうち解けたようで、ニイナが春霞に抱きついて怒られている。

「ふふふ。ニイナと春霞はもう仲良しね」

「そうですね。大巫女様」

「それにしても、ここは暫く血の穢れで過ごしにくくなったわね」

 ふうと片手を頬に添えて溜息をつく大巫女に、梢薫と春霞が顔を曇らせる。

「どうしましょうか、梢薫、春霞」

「いっそのこと、今日で引っ越しをするか」

「そうね、兄様。引っ越しましょう! 私、ニイナのこと好きだわ。はじめはどうなるかとおもったけれど。風柳様の言ったとおり、とても気持ちの良い方だもの」

「そうだな。淡雪、頼む」

「あらあら。じゃあ、お引っ越ししましょうか」

 どんどん進んでいく話について行けず、イチイは大巫女に聞いた。

「あの、大巫女様、梢薫殿と春霞殿は何処へ引っ越しにゆかれるのですか?」

「あら、聞いてないの?」

 慌てて聞くイチイに春霞が、不思議そうに聞く。何も聞いてないことを伝えると、大巫女が申し訳なさそうに謝ってきた。

「すみません、イチイ、ニイナ。お二人とも双子の梅に会うのをとても楽しみにしていたでしょうですから背の君と驚かそうとしていて・・・双子の梅の木は、〈入らずの森〉に植え替えられることに決まったのですよ」

「え? なんでなんで?」

 ニイナが聞くのに、大巫女が微笑みながら答える。

「背の君が是非にと。〈花飾町〉は今人口が増えていますから。いずれこの丘にも住居を構える者が出てくるでしょう。そうなれば段々と生きにくくなるでしょうと背の君に相談したら、ならば、我が眷属にすればよいと言ってくださって」

「そーなの?」

 ニイナが聞くと、梅の双子は揃って肯く。

「そーなんです。ですから、二人も、今日からわたくし達の家族なのですよ」

 うふふと柔らかく微笑む大巫女にニイナは、えーと声を上げた。

「どうして教えてくれなかったんですか? そしたらここまで来なくてよかったのに」

「いや、ニイナ、ここに来たのは任務だからね」

「でもでも、私達小さい頃からずっと会いたいって言ってたのに」

 ニイナが拗ねていると梢薫が驚いたように聞いてきた。

「そうなのか・・・?」

 イチイは苦笑して肯く。

「噂を聞いたときから、漠然とね。会いたいなあと思ってたんだよ」

「そうよそうよ。もう、黒さまも淡雪さまも意地悪ね」

 イチイは拗ねるニイナの頭をゆるくなでると、大巫女に聞いた。


「で、どうやって引っ越すんですか?」


「それは、決まってますよ。今から人を雇って手伝って貰うのです!」

 そう大巫女は力強く言い放つと、猛然と丘を降り、人員確保に向かった。

 このときに、偶々妖力を察知して駆けつけた四天に、大巫女が頼み込んで引っ越し準備をすぐに調え、かつ丘の浄化も行ってくれたのは余談だ。




 かくして無事に梅の木は〈入らずの森〉へ引っ越し、森の守護を担いながら暮らしたそうだ。




  

 〈入らずの森〉には双子がいる。

 方や狐の守護妖で、外からの攻撃を迎え撃つ。美しい金銀の毛並みをもつ獣妖で豊穣の神の懐刀。

 一方は、梅の木の守護妖で、内の和を護りし紅白の芳しき樹妖が在った。

 双方供に豊穣の神を守りし、守護妖のなかで当代一の実力を誇りしものたちなり。

                        【黒緑大社史 第四十七巻】

 


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