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加賀の夢灯籠  作者: 常磐
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 とても長い間だったのか、それとも瞬く間だったのか、少女にはよく解りませんでした。けれども突然、鬼達との踊りは終わりを告げました。一瞬辺りが白く輝いたと思った時、一斉に鬼達の賑やかな踊りと音楽は消え去っておりました。


 ―――シャララン シャラ シャラ ラン


 名残惜しげに、少女の手中の鈴が鳴りました。けれどもそれも、たったそれ一回だけのことでした。いつの間にか、若柳の枝は少女の手から離れ、鈴は音もなく紐に絡まっていました。その時、少女は気づきました。目の前に、小さな青鬼が立って少女を見上げていたのです。


 ―――ヒトの子よ


 口を開けることもなく、小さな青鬼は言いました。


 ―――ちいせいヒトの子よ


 少女は瞬きもせずに、目の前の青鬼を見つめました。


 ―――なかなか、どっこい

 ―――久しぶりに、楽しませてもらったぁよ


 やはり、どこから声が聞こえているのか、少女には見当もつきません。ただ、その時だけは、桜の花が散っていないような気がしたのです。


 ―――ちいせいヒトの子よ


 青鬼の手には、柳の枝と銀の鈴が握られていました。


 ―――シャララン シャラ シャラ ラン


 青鬼の鈴が、風にその音を乗せました。けれど、その音色はさっきよりもずっと微かで、遠くの方から聞こえてきました。


 ―――おみやげだぁ、おみやげだ

 ―――シャララン シャラ シャラ ラン


 少女にはもう、鈴の音色は聞こえても、その天の川のような輝きも彩りも匂いも、わかりませんでした。


 ―――不思議なふしぎな、鬼灯籠

 ―――おにどうろう


 青鬼は、(うた)うように言いました。背後にいたはずの赤鬼や黄鬼や黒鬼達も、霧のように薄れていました。


 ―――おにどうろう

 ―――おにどうろう


 ひたひたと、冬が押し寄せるような静けさの中で、鬼達はゆっくりと消えてゆきました。大小様々な楽器も、軽やかな旋律(せんりつ)も、共に舞い踊った風たちさえも。


 ―――シャララン シャラ シャラ ラン


 最後に一振り鳴ったのは、本当に鈴の音であったのか、それとも少女の空耳であったのか――。銀の鈴を持った青鬼は、消える間際、少女に囁きを送りました。そうして、少女の元に残ったのは、小さく不思議な鬼灯籠だけだったのです。




❀   ❀   ❀




 鬼灯籠の光の中に紡ぎだされたもの。静けさの中にあふれる光の饗宴を目にして、青年は息を呑んだようでした。少女はそんな青年の表情に、とても驚きました。青年は、今までどんな時でも、感情を顔に表すということはなかったからです。


「――孫四郎さま?」


 少女の控えめな問いかけに、青年は深い吐息を床に落としてから応えました。


「はい、なんでしょう」

「――なにか、見えましたか」


 青年は一瞬動きを止め、そしてゆっくりと少女の方を向いて微笑みました。


「はい、見えましたよ」

「――その、それは」

「とても興味深いものでした。とても」


 心配そうに、青年を伺っている少女に向かって、青年はいつもの口調を取り戻して言いました。


「あの灯籠は、何を映すのでしょうね」


 そして、飄々とした仕草で、首を傾けて見せました。


「願望でしょうか、恐れでしょうか、それとも…」

未来(さき)だそうです」



 少女はゆっくりと、言葉をかみしめる様に言いました。


「最後に、青鬼が申しておりましたの。――鬼灯籠は、気まぐれに未来(さき)(つむ)ぐのだ、と」


 青年は、流れるような動きで視線を灯籠へと戻し、そして、うっすらと目を眇めました。



「永姫」


 青年は、鬼灯籠の光彩を見つめたまま、少女へと語りかけました。


「――これが本当に未来なのか、未来になってみなければ解りません。解るはずが、ないのです。けれど、この灯籠はとても興味深く感じます」


 少女は、青年の横顔が、とても優しいものであることに気がつきました。


「私のとってこの灯籠は、『鬼灯籠(おにどうろう)』ではなく、『夢灯籠(ゆめどうろう)』のような気がするのですよ」


 青年の言葉は、少女の小さな胸にふわりと沈み、綺麗なお花畑になりました。少女の表情も、知らず知らずのうちに優しく穏やかなものとなり、灯籠を見つめる瞳も輝きます。



 青年はそっと、少女の手に大きな自分の手を重ねました。


「私はこの『夢』を、『未来』にしたいと思います。――永姫には、苦労をかけるかもしれませんね」

「苦労なんて…」


 少女は、慌てたように首を振りました。余りに激しく振ったので、綺麗に梳られた黒髪が、はらはらと乱れてしまいました。


「わたくし、はやく大きくなって、はやく大人になって、孫四郎さまのお役に立ちたいと思います」


 頬を染めながらも、少女は、いつもの数倍は早口に言い切りました。そんな少女に、青年は笑顔を見せました。それは、とろけるように優しげなものでした。


「急がなくても、大丈夫ですよ」


 青年は、大きな手で少女の手を包み込み、そっと握りました。


「慌てないで、ゆっくり、ゆっくり大人になってください」


 少女のつぶらな瞳を捉え、青年は鮮やかに破顔しました。



「私は、ずっと、待っていますよ」





 ―――シャララン シャラ シャラ ラン


 どこかで鈴の音が、聞こえたような気がしました。それは、もしかしたら、夢灯籠の中から聞こえてきたのかもしれません。




❀   ❀   ❀




【番外】~史実~


 永姫は織田信長の四女で、一五八一年(天正九年)に七歳で嫁ぎ、孫四郎(一九歳)の正室となった。孫四郎は、織田信長の股肱(ここう)(しん)であった前田利家(としいえ)の嫡男で、後の前田利長(としなが)である。

 永姫が嫁いだ翌年、父の織田信長は本能寺の変で死亡。豊臣秀吉の天下となる。豊臣家衰退の後、徳川家康が政権を持ち、長く平和な江戸時代へと向かった。


 徳川政権下、前田氏の地位を安寧(あんねい)に導き、加賀百万石(かがひゃくまんごく)の基礎を築いたのは、この前田利長の功績ともされている。

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