参
鬼達は、一心に奏で踊っていました。壱鼓を手にした赤鬼が、円を描くようにして少女の周りを飛び跳ねています。緑鬼は横笛の音色を絶やすことなく、器用に空中一回転をしました。黒鬼達は楽琵琶の茄子型の胴を寄せ合い、綺麗な花模様を演出しています。そして勿論、大鉦鼓の黄鬼は大地を転がりながら、鼓音と草花を空まで高く高く舞い上げていました。
少女は、最初と変わらぬ場所にうずくまっておりました。立ち上がることさえ忘れているのでした。瞬きさえ忘れていたので、瞳が乾き、頭がずきずきしてきました。
―――シャララン シャラ シャラ ラン
不意に、耳元で鈴の音がしたような気がしました。少女は大急ぎで瞬きを繰り返し、頭を上げました。その時ちょうど、強い風が吹いて桜の枝をさわさわと揺らしました。薄紅の紗が下り、花びらを乗せて渦を巻きました。
―――シャララン シャラ シャラ ラン
―――らん らん らららん
桜の花びらを体中にまといながら、小さな青鬼が踊っていました。くるくるくると風を舞い上げ、春の薫りさえ、味方につけているようでした。桜色の突風に視界を遮られ、思わず少女は眼を閉じました。そして瞼をゆっくり持ち上げた時、少女の手には若柳の枝が握られていたのです。
―――シャララン シャラ シャラ ラン
少女の手の中の枝は、鬼達の踊りに合わせ、ひとりでに鈴を鳴らしました。
―――シャララン シャラ シャラ ラン
少女に鈴を渡した青鬼が、少女の周りを飛び跳ねています。
―――シャララン シャラ シャラ ラン
いつの間にか、少女は鈴を鳴らしていました。柳の枝に鈴を吊るした紐が、動きと共にその指先を掠ります。奏でる硬質な響きに反し、それは温度を感じさせない不思議な鈴でした。
―――シャララン シャラ シャラ ラン
―――らららん らん
少女の心は浮き立つようでした。瞳はきらきらと輝き、頬はますます赤味を増しました。空いた方の手を、小さな青鬼が引いたように感じました。そうして、気がつくと少女の体はもう、小鬼達の輪の中に入っておりました。
―――シャララン シャラ シャラ ラン
―――しゃららん しゃら しゃら らんらん
唄っているのは、鈴を手放した小鬼です。少女は鈴を鳴らし、小鬼達のように花びらをまとって踊りました。
―――シャララン シャラ シャラ ラン
それはもう、今生の踊りではありませんでした。辺りには息苦しいほどの桜の花びらが舞っており、一面を薄紅色に染め上げていました。小鬼達は風を意のままに操り、時折、突風を吹かせたり渦巻きを走らせたりしています。様々な楽器の音色は、むせ返るような秋終と初夏の香りと共に、高まりへと導いていったのです。
―――シャララン シャラ シャラ ラン
―――シャララン シャラ シャラ ラン
❀ ❀ ❀
少女はふと言葉を止め、隣でくつろぐ青年を振り返りました。
「孫四郎さま」
青年は、何気なく見渡していた庭から視線をはがし、少女に応えます。長い手足は一見、無造作に組まれているようですが、全体に漂っているのは紛れもなく、武士の威厳と剛さでした。
「孫四郎さまに、お見せしたいものがありますの」
少女は俯き加減に、けれど何かを決心したかのように、言いました。青年は、興味深そうに少女の様子を見ています。少女は手を打って人を呼び、しばらくすると少女が婚家に伴ってきた侍女が、静かな足取りで木箱を運んできました。
「おや、珍しい。白木造りの唐櫃ですね」
「はい」
青年の軽口に、少女は生真面目に頷きます。
「安土から持参したものの一つです。三年前の…」
「永姫の輿入れの時に」
紅くなって逡巡した少女の言葉の後を、青年が笑いをこらえた声で続けます。少女は長い睫毛を伏せ、箱の紐を解くのに忙しいふりをしていました。
いつもの数倍手間取った箱の蓋を開け、少女は慎重に中のものを取り出しました。それは、思いのほか小さな外観をしていました。
「これは――」
青年はそれを持ち上げ、日の光に透かしてみたり、上から下から覗いてみたりしました。
「透灯籠ですか」
「いいえ」
「絡繰灯籠ですか」
「いいえ。――それは『鬼灯籠』だと、申しておりました」
青年は、その不思議な灯籠を弄くっていた手を止め、少女の方へと顔を向けました。
「――彼らが、ですか」
「はい」
少女は、青年の手からそれを受け取り、そっと膝の上に乗せました。数色に透けて見える不可解な紙と、竹のように柔軟で石のように強固な枠を、少女の指先がなぞっています。そして、思い切ったように顔を上げ、青年を見上げると少女は言いました。
「火を入れても、よろしいでしょうか」
「勿論かまいませんが、――まだ、明るいですよ」
「大丈夫だと――思います」
少女は灯籠を手に立ち上がり、裾を翻しました。青年も、膝を立ててゆっくり腰を上げ、縁側から奥へと向かいました。少女が侍女を遣って火を入れている間に、青年は身軽に障子や引き戸を閉めてしまいました。下男の手を煩わすまでもなく、あたりを薄暗さが支配します。そうして、日暮れ時ほどの暗さを作り出すことができたのでした。
「孫四郎さま――」
少女が手にした灯籠は、淡く光を放っているようでした。少女はそれを、置くのより暗闇の多い所において、自らは青年の隣に戻ってきました。そうして、小さな体をますます小さくして、不安そうに灯籠を見つめていました。
「何か映るのですか。回り灯籠のように」
少女は黙って首を振り、そして小さく言葉を添えました。
「ご覧になれば、お解かりになると思います」
「なるほど」
青年は、なぜかとても楽しそうに言いました。
「百聞は一見に如かず、ということですね」
鬼灯籠は、段々と光を強く発していきました。そして、少しずつ少しずつ、その色を変えていったのです。




