人類、そこまで食うのか
西暦2138年。
世界は飽食の果てに壊れた。
A級料理は芸術。
B級は娯楽。
C級は日常。
D級はジャンク。
F級は禁忌。
そして誰も口にしたがらない領域――
H級。
それは、
「なぜそれを食おうと思った?」
という人類最後の疑問が詰まった食文化だった。
札幌地下九十九層。
湿ったネオン街。
少年・灰村ハジメは、古びた自販機の前で立ち尽くしていた。
「……売り切れかよ」
財布の中、百二十円。
腹は減っていた。
その時。
ガコン。
自販機の下から、一つの缶が転がってくる。
ラベルは剥がれ、何の飲み物かもわからない。
「怖っ」
だが。
ハジメは迷わず開けた。
プシュッ――
妙に甘い匂い。
一口飲む。
「……うまっ」
次の瞬間。
背後から拍手が聞こえた。
パチ……パチ……。
「今のを飲めるとはね」
振り向く。
黒いコートの女。
銀髪。
片目を包帯で隠している。
「君、“適性”あるよ」
「は?」
「H級グルメ適性」
「絶対いらねぇ」
三十分後。
ハジメは地下闘技場にいた。
「なんでだよ!!」
観客席では大量の人間が、
湿気たコーンフレーク
炭酸の抜けたエナドリ
砕いたカップ麺
を食いながら絶叫している。
「始まるぞ!!」
「新人だ!!」
「胃薬を用意しろ!!」
リング中央。
司会者がマイクを握る。
「さぁ始まりましたァ!!
地下最悪の食闘祭!!
H級グルメバトル!!」
炎が吹き上がる。
「本日の対戦カード!!
新人・灰村ハジメ!!」
「対するは――」
ドゴォン!!
巨大な男が降ってくる。
腹が出ている。
サングラス。
片手にはバター。
もう片方には――チョコレート。
「“背徳融合料理人”
カロリー・ゴンザレスゥゥゥ!!」
「イェェェェ!!」
ゴンザレスが笑う。
「坊主。H級を教えてやる」
取り出されたのは、
カップ焼きそば
バニラアイス
溶かしバター
チョコソース
「待て待て待て!!」
「これぞ俺の奥義――
《糖脂肪螺旋麺》!!」
ドバァァァ!!
観客が悲鳴を上げる。
「出たァ!!」
「血糖値クラッシャー!!」
「見てるだけで太る!!」
ゴンザレスがニヤつく。
「食ってみろ」
「絶対嫌だ」
「ルール上、拒否は敗北だ」
「最低だなこの競技!!」
ハジメは震えながら口へ運ぶ。
モグ。
「…………」
「どうだ?」
「………………」
ハジメの顔が青ざめる。
「甘ぇ」
「そうだ」
「しょっぺぇ」
「そうだ」
「油ヤバい」
「そうだ」
「なのに……」
ゴクリ。
「止まんねぇ……」
会場が沸く。
「うおおおお!!」
「適性あるぞコイツ!!」
ゴンザレスが笑う。
「H級とは!!
理性を超えた食欲だァ!!」
その瞬間。
ハジメの脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。
夜中。
親に隠れて食ったポテチ。
炭酸。
チョコ。
カップ麺。
身体に悪いとわかっているのに幸福だった時間。
「……そうか」
ハジメは静かに立ち上がる。
「だったら俺も――」
彼が取り出したのは。
コンビニチキン
メープルシロップ
マヨネーズ
ポテチ
とろけるチーズ
「やめろォ!!」
「完成――
《深夜二時の悪魔》」
ジュワァァァ!!
チーズが溶ける。
甘い匂い。
脂。
暴力的カロリー。
観客が震える。
「なんだあれ……」
「H級だ……」
「完全にH級……!!」
ゴンザレスが食う。
一口。
二口。
三口。
突然。
ボロボロと涙を流し始めた。
「な、なんで泣いてんだ」
「思い出したんだよ……」
震える声。
「学生時代……
夜中に友達と食ったジャンク飯をよォ……」
観客席も泣き始める。
「わかる……」
「身体に悪いほどうまいんだよ……」
「青春の味だ……」
ゴンザレスが膝をつく。
「負けだ……」
審判が叫ぶ。
「勝者ァァァ!!
灰村ハジメェェェ!!!」
歓声。
爆音。
飛び交うポテチ。
だがその時。
VIP席から、一人の老人が立ち上がった。
真っ黒なスーツ。
手には“何か”が入ったカップ麺。
「面白い……」
「誰だよアンタ」
「ワシはH級四天王――
“深夜飯仙人”
油ノ宮ギットリ斎」
老人は笑う。
「次は“禁断の炭水化物”を見せてやろう」




