第一節 黒豹のパンテバリエ
偉大なる我が同志の皆々、世界を生きる様々な生命達。
そして何より、情緒溢れるこの『驚異の書』を読み、聞き、理解したいと思う愛すべき方々よ。
ここに記されるは、知恵深きオーヴィーズの神獣、ローデント=オーヴィーズがその目で見た、或いは確かな者から聞いた、世界の真なる記録の一部である。
皆々の慧眼により拙著とは矛盾する驚くべき真実が垣間見えることもあるやも知れぬが、拙著がその助けとなったのであれば幸甚の至りである。
驚きを以て、疑いを以て、この世界の真実を共に探求しようではないか。
なお、本章の執筆にあたり多大なるご協力を賜った猫人族各位、並びに我が相棒ベル=エトラピーデに、この場を借りて最大限の感謝を申し上げる。
対猫人懐柔用決戦兵器『マタタビ』開発局局長
ローデント=オーヴィーズ
*****
世界には七つの獣人種が存在する。
猫人族は、その一角を担う愛すべき獣人種である。
彼らは勤勉を美徳とし、不可視の神速を有する神獣ベル=エトラピーデに仕えることを至上の喜びとする。
大別して四つの部族に分類することはできるが、一族全体を通し、その性格は生真面目にして、勤勉。
努力を怠ることを何より嫌い、彼らの瞬脚は音すらも置き去りにして、助けを求める弱者の元へと駆けつける。
本節では、猫人族随一の速さを誇る部族『パンテバリエ』の者達と初めて触れ合った際の体験談をもととして、彼らの驚くべき生態や文化を取り上げてゆく。
*****
神々しいほどの白さが際立つ美しい猫ベルに連れられ、俺は『不死の炎漠』の真っ只中に位置する猫人族の里に滞在していた。
どうやって里に入ったのかの記憶があやふやで、盲目の黒豹さんことフェルジルのおっちゃんの頭の上で居眠りをしたのが最後の記憶だった。
滞在の理由は結局分からず仕舞いだったが、後でベルに聞いたところ、
『里の皆が心配性だから』
とのことだった。
里で過ごした最初の二日間はほんのり退屈ながらも、俺に数々の驚きと気付きを与えてくれた。
というのも最初の二日間は代わる代わる色んな猫人族が、信仰対象であるベルへと挨拶しに訪れてくれたのだ。
森から帰る度にこうなのかとベルに尋ねてみたが、こんなことはベル自身も初めてだったという。
二日目の中盤以降、ベルが露骨に不機嫌になっていなければ、数日間に渡って全猫人から挨拶を受けていたことであろうは想像に難くなかった。
そういう訳でこの二日間は、ベルへの謁見タイムが主であり、謁見の間ではベルも神獣モードとでもいうのか、微塵も俺に構ってはくれなかった。
やや脱線するが、俺がその後もちょっかいを掛け続けて、温厚なベルを本気で怒らせてしまったなどという噂はただの流言飛語であり、全くの事実無根である。
無根ったら無根なのである。
話は戻って二日目の中盤。
俺は謁見の間、もといベルの寝室を追い出さ、んんっ、自主的に飛び出し、明らかに巨大すぎるベルのための豪邸を散歩していた。
もはや神殿とすら表現できかねないその豪邸は、里にある他の建造物とは一線を画した造りの荘厳な建物であった。
この里での標準的な建物は、薄い青色のレンガとピチの木(木の実の森に生えるブナモドキ)を組み合わせた建物が一般的だった。里の入り口にあった番所や普通の猫さん達の家屋がいい例といえるだろう。
しかし、この豪邸はそれらとは根本的に違う、ベル自身を象徴するかのような白と青の石材のみをふんだんに使った建物だった。
外壁には溝らしき凹凸一つない丁寧な塗装で、眩いくらいの純白の石材を。
天井部分にはベルの瞳の様に色鮮やかなサファイアブルーの石材を。
光や空気を取り込む窓には、砂漠に転がっていた青いステンドグラスのような物体を薄く加工したものが優美にあしらわれている。
もちろんその外装に見合っただけの内装がきちんと備え付けられており、猫さん達の技術力の高さが分かる見事なガラス細工の数々が並んでいた。
中から見ても外から見ても、荘厳の一言に尽きるベルの豪邸は、まさしく猫さん達のベルへの信仰心の強さを表しているようだった。
これだけの大きさの家ならさぞ管理も大変だろうと思っていたが、里の者にとって最も名誉ある仕事の一つがこの豪邸の管理なのだそう。
だからなのか、何の問題もない所かもっと大きな建物にしようという計画すら出ているという(ベルがなんとか食い止めたと自慢していた)。
実際、俺が美術品を眺めながら散歩している間にも、黒豹さん改めパンテバリエ一族の面々が小さな汚れ一つ見逃すまいと豪邸内を隈なく磨いているのが見てとれた。
『ほんっと猫さん達は働きもんだよなあ、さぼったりしてる奴が一人も居ねえ……おかげで話しかけ辛いったらないけど、誰か暇そうな人は……あ、いた』
猫人と聞いてイメージする人々とは完全に真逆の勤勉な彼ら彼女らを見て、少しだけ頭を抱えるが、とある人物を見つけ、その悩みは一瞬で霧散する。
この里唯一の顔なじみ、フェルジルのおっちゃんが暇そうに立っていたのだ。
ベル不在のため、会話は雰囲気での会話となるが、猫さん達は皆察しが良いので、意外と何とかなるかと俺は適当に話しかけた。
「ぷぃっ(よ、おっちゃん、暇そうだね)」
「おや、デント殿? ベル様と一緒に居られたはずでは?」
「ぷいーぷぃー、ぷぃ?(そうなんだよ、わかってくれるか。ここの猫さん皆真面目じゃん? 流石に仕事の邪魔する訳にもいかないから暇してたんだよ。どこでもいいからさあ、適当に観光案内してくんない?)」
「弱りましたね、何か同意を求められているのは分かるのですが……適当に頷いておきましょうか」
「ぷぃ!(おお、流石おっちゃん、暇つぶしに付き合ってくれるのか! そんじゃあ、里の案内よろしく!)」
「え、あ、デント殿? また、頭に登られてしまいました。ベル様の身辺警護中なのですが、どうしましょう。里の方を指さしている? 案内しろということでしょうか? ……神獣様を無碍にはできないですし、致し方ないですね」
今生で二度目のもちふわ触感をなでなでしていると、おっちゃんは困った素振りを一瞬だけ見せて、何かを念じるように額にもふもふの指を当てた。
「(フュイさん、聞こえますか? フェルジルです)」
「(は、はい、聞こえます、フェルジル総司令っ! 何か御用でしょうかっ)」
「(急なお願いで申し訳ないですが、姫様の身辺警護を任せてもよろしいですか? つい先程、デント殿に里の案内を頼まれまして)」
「(自分は構いませんが、自分などにそのような大役勤まるでしょうか?)」
「(もちろん細心の注意は払って下さい。とはいえ、今日の予定は里のみなとの顔合わせのみ。滅多なことも起こらないでしょう)」
「(ハッ、承知しました! 身命を賭してでもその大役完遂いたしますっ!)」
どこに連れて行くか迷っているのかのように、おっちゃんはしばらく黙っていたかと思うと、番所で会った黒い猫さんが唐突に現れる。
さっきのは悩んでたんじゃなくて《念話》してたのかと一人納得する。
おっちゃんは黒猫さんと一言二言会話してすぐ、里の方に向けて歩き出した。
「さて、案内するとはいったものの、どうしましょうか。里の中を案内するなど、リル殿以来ですし、何分今回は急なお願いで先約もありません……」
「ぷぃー(さ、どこへなりと連れて行ってくれたまえ、おやっさん。面白いものが見れれば俺はどこでもいいぜっ)」
「まあ、パンテバリエの者達であれば、多少の無理は聞いてくれるでしょう。デント殿、あちらに私達パンテバリエの者達が働く区画があるのですが、そちらでよろしいですか?」
「ぷぃ? ぷぷぷぃー、ぷい?(あっち? おーけーおーけー、全て任せた。ああでも、昼間っから酒場とかお姉ちゃん系の施設は反応に困っちまうからなしだぜ、おっちゃん。いや待てよ、猫お姉さんに優しくしてもらえる店はギリギリ昼間にいっても、許されるのでは……)」
「何やらぶつぶつと呟いておられますが、承諾……されたのでしょうか。やはり、姫様がいないと少々不安ですねぇ」
噛み合っているようで噛み合ってない俺とおっちゃんの会話はその後も絶えず続いたが、不思議と大きくすれ違うことはなかったという。
*****
恐ろしく体幹がしっかりしているのか、ほとんど揺れを感じないこの世界随一の乗り物、フェルジルのおっちゃんに乗って、俺は黒豹さん達が大勢集まる里の中心を訪れていた。
身長や体毛の色なんかを初め、黒豹さん達の外見は黒い体毛を持つ普通の猫さんと区別がつかないほど酷似しているが、近くで見るとその差は歴然だった。
今や便利な乗り物と化しているおっちゃんなんかもそうだが、黒豹さん達はとにかく身体の内に秘める筋肉量が凄まじいのだ。
とはいっても、ボディビルや重量挙げなんかで活躍するごつごつしたタイプの筋肉ではなく、短距離走やマラソンなどで活躍するしなやかな筋肉とでもいえばいいのか、とにかく速さを追い求めた結果、自然とそうなったと言わんばかりの身体をしていた。
そんな黒豹さん達が働く区画では一際目を引く巨大な大井戸、ベルの石像を祀った小さな教会、医療や保育のための施設が密集しているのが印象的だった。
相変わらず黒豹さん達は誰一人さぼることなくせかせかと働いており、掃除、荷運び、元気に駆け回る子供達の世話等をはじめ、非常に忙しそうだった。
ただ、その忙しい中でもベルの石像への会釈とおっちゃんへの挨拶だけは全ての猫さん達が欠かさず行っており、おっちゃんは意外と有名人なのかもと心の中でおっちゃんの評価を見直していた。
「ここが我らパンテバリエの一族が働く場所となります。私のような変わり者もいることは居ますが、大体はここで神官、教官、水の管理等を生業として働きます」
「ぷぃ?(おっちゃんはベルのとこに居たけど、ここで働いてないのか? さぼってただけか?)」
「私? 私はお恥ずかしながら、どうしても姫様を直接お守りできる兵士職に就きたいと希望いたしまして……時間が経つうちにあれよあれよと総司令などと分不相応な役職にまで成ってしまいました」
「ぷぃー(流石になんつってるか分かんねえな……働かずとも尊敬されてるってことは管理職的な立ち位置なのかね)」
「ここ最近では、私に憧れてなどと面映ゆいことを言って兵士を志願する者まで出てきておりまして、何とも困ったものです」
照れるように頬を掻くおっちゃんを見て、ここがおっちゃんの自慢の場所なのだと勝手に察する。
まあ、これだけ一族の者が活躍して、役に立っているのであれば自慢したくなるのも、分からなくはなかった。
会話では今一内容が掴み辛かったので、気になった建物を見学しようと、おっちゃんの毛を引っ張って合図を送る。
「おや、あちらが気になりますか? あちらは里の子供達に学問や歴史、伝統を教えるための施設ですね」
こちらの意図を上手に汲んでくれる気配り屋さんのおっちゃんに乗せられ、細長い民家のような建物の中に入る。
許可なく勝手に入ってよいものかと一瞬躊躇いはしたが、おっちゃんが入ったのだ、俺が怒られることもなかろう。
中に入ると、そこには沢山の椅子と机がぎっしり並べられており、黒豹さん達以外の部族も含めた様々な小さな猫さん達が所狭しと座っていた。
「ぷぃぷぃー、ぷぃ(おお、ここは学び舎だったのか。小っちゃい猫さん、かっわいいなぁ。大人の猫さん達とは違ったあどけない魅力が溢れておる。よし、ここは一つその感触をば……ってなんだ、おっちゃんに群がって来たぞっ?)」
「フェルジルさまだぁ!」「にゃんでいるの?」「あたまにへんにゃのいるー!」
俺が鳴き声をあげると子供達が一斉に振り向き、突如おっちゃん目掛けて全ての子供が群がってくる。
教鞭をとる老齢の黒豹さんはにこにこと微笑んでいたが、室内は一気に騒然となってしまった。
急な展開に少しばかり動揺したが、俺はその愛らしい光景を見て直ぐに心を落ち着かせた。
筆舌に尽くしがたい光景であったが、とにかく至福の絶景だった、とだけ言っておこう。
「これこれ、まだ授業の途中でしょう、席から離れてはいけませんよ……申し訳ないです、ファイ老師、授業の邪魔をしてしまいました」
「いえいえフェルジル様、子らもこうして喜んでおるのですから、問題ありませぬよ。それより今日は何の御用で? 頭に乗っているお客人のご案内ですかな?」
「私に様などとお止めください、ファイ老師……ご察しの通り、姫様のご友人であるデント殿に里の案内をしている所です。後ろから静かに参観するつもりだったのですが、申し訳ないです」
「ふぉっふぉっふぉ、そう何度も謝らずともよいですぞ。みなのよい眠気覚ましになったじゃろうて」
フェルジルのおっちゃんはその場で膝を曲げ、寄ってくる子供達を平等に撫でながら(羨ましいっ)、教師らしき黒豹さんにぺこぺこと会釈をする。
多分これだけ騒がしたことを謝っているのだろう(すまねぇなおっちゃん、興奮してつい声が出ちまった)。
おっちゃんが謝っている傍ら、俺もご相伴にあずかろうとあの手この手で未知のもふもふに何とか手を伸ばすが、子供達が激しく動くせいかタイミングが合わず、結局触れることはできなかった。
「これでは授業になりませんし、早いですがここらで失礼させていただきます」
「えー、もう行っちゃうのっ」「あそんでぇ!」「へんにゃのさわりたーい!」
「よさぬか、フェルジル様はお忙しいお方なのじゃぞ」
「でも…」「もっとあそ…」「へんにゃの…」
「聞き分けの悪い子は、おらぬな?」
「「「に、にゃ!!」」」
立ち上がったおっちゃんに再度子供達が群がるが、とんでもない威圧を老齢の黒豹さんが発し、鍛えられた軍隊のような速度で子供達が席に戻る。
《鑑定》であの黒豹さんを見てみたいような見たくないような思いが同時に湧き上がるが、やや恐怖の方が上回ったため《鑑定》はしないでおいた。
「(戦場の《黒き死神》と恐れらた御力は未だ顕在のようですね、老師)」
「(何のことですやら、子らがみな良い子なだけですぞ)」
「(ふふ、ではそういうことにしておきましょうか)」
何やら《念話》を使って笑いながら密談をする二人を子供達と一緒に不思議な顔をして眺める。
どんな会話をしているのか気になりはしたが、知らぬが仏ということもあるだろう。無理に追及する必要もない。
俺としてはもう少し子供達を眺めて居たかったが、おっちゃんが子供達に別れを告げてから教室を後にし、『次はどこがいいですか』とばかりに周囲を見渡す。
まあまだまだ気になる場所はあるからいいかと気分を切り替え、次はあっちだ、と外壁のど真ん中にベルの石像が祀られている小さな教会を指す。
その教会はベルの豪邸同様、白と青の石材で建てられた見目麗しい建物だった。
猫人にとって、ベルに関わる物であればすべて最重要の施設となるのか、どうやら特別仕様の建物となるようだった。
「おや、教会ですか? デント殿はこういった場所には興味がなさそうと思いましたが、意外と何でもいいんですね?」
「ぷい、ぷぃぷぃ?(ベルの奴、こんな立派な教会まであるのか。ベルの家でも見かけたが、ちらほら神官服っぽい恰好の黒豹さんを見かけるし、黒豹さん達はベルに関わるなんらかの職に就くことが多いんだろうか? おっちゃんは兵士っぽい感じだけど、意外と尊敬されてるっぽいからベル直属の護衛騎士だったりするのかもなあ)」
「ふむ、何か思案中のようですが、とりあえず行ってみましょうか」
当たらずとも遠からずといった予想をしながら、教会の扉をくぐろうとすると、突然背後で慌てたような猫さんの叫び声が響き渡る。
何事だとおっちゃんと同時に振り返ると、遠くから傷だらけの集団がこちらに走ってきていた。
俺が声を発するより速く、フェルジルのおっちゃんがその集団に駆けつけ、緊迫した会話を繰り広げる。
「フォスさん、簡潔に状況の説明を」
「そ、総司令っ!? なぜここに…」
「フォス部隊長、説明を」
「は、ハッ! 我々、第三水運部隊は平常通り、水運びの任務を遂行しておりましたっ。しかし、湧水湖からの帰還中、未知の魔物の大群に襲われ、フォイ訓練兵が足を負傷しましたっ……一匹一匹は大したことはなかったのですが、如何せん数が多く、我々が付いていながら申し訳ありませんっ」
「反省は後です、今は負傷者の処置が先……デント殿? まさか治療を?」
会話内容は何一つ分からなかったが、発達した嗅覚が負傷者の匂いを嗅ぎ分け、今すべきことを判断する。
俺はおっちゃんの頭から飛び降りて、傷を負った猫さんに対し《鑑定》を発動させた。
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個体名:パンテバリエ=フォイ=エトラピーデ
種族名:猫人 Lv 18/100
状態 :健康
生命力:814/1390
精神力:619/940
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目の前の猫さんは、どう見たって『健康』そうには見えないが、妙な状態異常に罹ってないのは吉報だった。
俺は重傷そうな脚へと近付くと、重点的に《癒しの波動》をかけ始める。
おっちゃんに向けてこの技能を使った際は、まるで手応えらしきものを感じなかったが、今回は生憎といっていいのかしっかりとした手応えを感じた。
正視に耐えないほど猫さんの脚は危険な状態(亀裂の入った骨さえ見えていた)であったが、技能を発動させると時間を巻き戻す様に徐々に患部が回復していく。
技能を使っている俺すらやや驚きを覚えるほど、とんでもない異世界パワー全開であり、この世界の王族がペットとして飼いたくなるのも納得の治癒力だった。
「こ、これは治癒の技能ですかっ! 何と希少な魔も…」
「姫様のご友人、デント殿です。(まだ確定した訳ではないので大きな声では言えませんが、姫様と同じ神獣様でもあります。発言には失礼がないよう気を付けてください)」
「(神獣様っ!? い、以降、気を付けますっ)」
おっちゃんと黒豹さんがこそこそと会話をしている内にも、俺の精神力は削れていき、重傷だった猫さんの脚に生気が宿り始める。
猫さんの生命力はまだまだ全快していなかったが、これ以上続けると俺の精神力が枯渇しそうだった。
ぷぃっと声を上げて、治療が終わったことを誇らしげにおっちゃんに告げる。
「ぷぃ!(こんなもんでどうよっ、さ、存分に褒めてくれてもいいんだぜっ!)」
頭痛と気だるさを感じながら、二人を見つめるがやや引いたような顔つきで、こちらを見て今度はひそひそと何かを話していた。
「こ、これが治癒の技能ですか、初めて見ましたが凄まじいですね。所々体の傷は残っていますが、脚の重傷に関してはほとんど完治してるじゃないですかっ」
「……凄まじい、という部分には共感しますが、これは治癒の技能の力ではありませんよ。八割、いや九割近く、デント殿自身の知慧によるものです」
「……と、いいますと?」
「私もそれなりに長く生きているので、治癒の技能を見たことはあります。ですが、デント殿の技能はそれこそ次元が違います。我々の身体がどのように構成されているのか、血管の一つに至るまで全て理解して技を行使しているような、そんな技能の使い方でした。例え同じ技能を持っていても、ここまで完璧に治すことは私には無理です……一体この小さな体にどれだけの英知を携えているのでしょうね」
「そ、総司令でもですか? さ、流石は神獣様ですね」
中々こちらを褒めない二人に対し、『ん、褒められるパターンじゃないの?』とウキウキしながら周囲を見渡すと、どうにも様子がおかしいことに気が付く。
ある神官服姿の黒豹さんは手持ち無沙汰そうにぼーっとこちらを眺めているし、別の神官さんはまるで変な魔物でも見るような目でこちらを見ていた。
『(……もしかして、いやもしかしなくても、勝手に出しゃばっていらぬ手出しをしてしまった変な鼠だと思われてないか、これ?)』
頭がそう理解すると、途端に顔が燃えるように熱くなり、得も言われぬ羞恥心が全身を襲った。
考えてみれば当たり前のことであった。
この規模の里なら、治癒の技能を持つ神官など腐るほどいるだろうし、優れた能力を持つ猫さん達であれば上位の治癒技能だって持っているはずだ。
わざわざこんな子鼠に頼る必要などないどころか、俺のような素人が下手に治療したせいで余計な手間を増やした可能性すらある。
それを証明するように、未だ周囲の猫さんは引いたように俺を見つめるだけ。
……ふむふむ、これは、間違いないな。
ベ、ベルにバレたら、しこたま怒られるヤツだ。
『(とすれば、この状況でやれることはたったひとつ……三十六計逃げるに如かず、だっ!)』
脱兎の如く、いや脱鼠の如く、俺は駆け出し、きょとんとする黒豹さん達を全員置き去りにして、その場を離れた。
とんでもない敏捷を誇るフェルジルのおっちゃんも今回ばかりは俺を哀れに思ったのか追ってくる気配はなかった(今頃神官さんに謝ってるんだろうな、すまん、おっちゃん)。
その後、ベルの豪邸に帰っておっちゃんがチクりにやってこないかビクビクとしながら待っていたが、そのような事態にはならず、ベルからお叱りを受ける地獄のイベントは何とか回避された。
誰一人として俺の悪行(そんなつもりは毛頭なかったけれども)をチクる人でなし、もとい猫でなしはおらず、猫さん達の心根の清らかさに感動したのは、また別のお話。




