おでんの書 第十四夜 出自は宮中
前話をものしてから早一年以上が過ぎた。何やら随分と埃を被ってしまった本シリーズではあるけれども、旧の新年も始まったことではあるし、遅ればせながらすす払いをして、一歩なりとも前に進めてみよう。
そうしなければ、一話も書かずにおでんの季節が過ぎ去ってしまう。
さて、何がよかろう。おでんの意外な出自についてでも少し触れてみようか。
おでんは非常に庶民的な食べ物だけれども、その名は宮中などに出仕する女性が用いた女房詞に由来する。
女房詞には、対象物本来の名称を直截には用いず、婉曲的なニュアンスを漂わせた言回しが多い。例えば、名称の一部のみを切取ったり、或いは、対象物を類推させる別の語を借りたりして幹となし、その尻に「文字」を付けると文字詞になるし、冒頭に雅なる「御」を置くことによって卑しい素性などを薄衣で覆って化けしむることもある。
前者の語法に関しては、杓子を「しゃもじ」、付髪を「かもじ」、鮓を「すもじ」と称する例がある。後者としては、蒸して調理した米飯である強飯を「おこわ」、豆腐を作る際の大豆の滓を「おから」、更に豆腐のことを白壁との類推から「おかべ」と呼んだりするものなどが挙げられよう。
「おなか」「おむすび」「おなら」なども女房詞とされる。
「おでん」についてもこの類いであるが、ここの「でん」とは「田」であり、「田楽」のことである。
料理としての田楽は、豆腐、蒟蒻、里芋、生麩などを串に刺して香ばしく炙り、そこに甘味噌を塗った食べ物だが、その串の様子を高足に乗って跳ね回る田楽法師になぞらえたのが名の由来である。高足とは、長い一本棒に足場となる横棒を付けた一種の竹馬であり、鷺足とも称せらる。
この焼田楽は中世、或いは中古という説もあるが、とにかく、ずいぶん昔から存在したらしい。
宮中の女官たちも口にしたものであろうか。
そうして、時代が下り、何でも近世のことと言われる。古来の田楽から派生し、串刺しになったその材料を、焼くのではなく汁で煮込んだ料理が出てきたのだという。これが煮込み田楽、すなわち、煮込みのおでんであり、現在ではおでんと言えば、もっぱらこちらの煮込み料理を指すようになっている。
ファストフードやジャンクフードが世を席巻する時代に、焼田楽なる遠い時代の古朴の佇まいなる一品はそもそも大衆的とはなり難かろう。一方、煮込みのおでんの方は、今だに老若男女にとって冬の定番とも言えるものとなっている。スーパー、コンビニその他、あまたの人士が足を運ぶ店で、おでんに関連するものは数多く販売され、少なからぬ人がその商品を購入しているが、焼田楽をこれらの店舗で見掛けることは皆無である。
焼田楽に関する多くの人のイメージと言えば、昔風の食べ物で可も無く不可も無くと言ったところだろうか。
これに対し、煮込みのおでんは現代日本人一般にとって冬にはなくてはならない必需食といった地位であろう。
これには僕も大いに首を縦に振りたい。
焼田楽の閑雅なる趣もなかなかに敬すべき魅力とは思うが、花より団子の俗人たる観点からは、迷うべくもなく煮込みを支持する。
いずれにしても、現代の日本において、出自云々には全く没交渉に、おでん無くんば冬は始まらぬし、春は来ぬと言っても過言ではないと思うわけである。
<了>




