将棋大戦
※本作はフィクションです。実在の法律・人物・団体とは一切関係ありません。
もう、人類は将棋でコンピューターには勝てない。
そう言われて久しい…。
しかし、その中でただ一人
「コンピューターがコンピューターである限り、人には絶対に勝てんよ。」
その言葉の主は、大原善治15世名人。
名人位在位通算55期。齢102にして未だA級からの陥落無しという生ける伝説である。
その大名人が長年の沈黙を破り、遂にコンピューターとの戦いに乗り出した。
大原対コンピューター。
時は8月15日。場所は東京千駄ヶ谷の将棋会館特別対局室。将棋の聖地にして、いまや大原が守る人類最後の砦である。
午後一時ちょうど、先手大原で世紀の対局が幕を開ける。
人々が固唾をのんで見守る第一手。
…と思いきや、一手目を指す前に大原がつぶやいた。
「俺は、冷房が苦手でな。」
エアコンのスイッチが切られた。
三手目を指す前にまた大原がつぶやいた。
「エアコンのせいで体が冷えてしまった。寒くてたまらない。」
暖房が付けられた。
「ちょっと空気が乾燥してないかい?唇が割れてしまった…イテテ。」
加湿器が付けられた。
そしてそのまま長考に沈む大原。まだ五手目である。
一時間…二時間…
❲対局室 室温48℃ 湿度98%❳
空気が歪む。
しおれ花瓶に張り付く床の間の花。
泡を吹いて崩れ落ちる記録係を、救急隊員が運び出すひとときの喧騒。
その中にあってなお静謐を身に纏い微動だにしない大原…。
…そして三時間。
実に三時間に及ぶ長考の末、大原が動いた。
五手目、1六歩。
と、ここでコンピューターが煙を出してブラックアウト。
コンピューターの試合放棄により、大原の勝利が決まった。
「な、言っただろ。」
大原はこともなげに言う。
「コンピューターは人には勝てん。」
大原善治。
盤外戦術で数多のライバルを葬ってきた男。
102歳となった今もその力は健在である。




