52 ミカも転べばなんとやら
とある祠の奥の奥。新鮮な空気も届かない。
この村ができるずっと前から、もしかしたらこの場所のために村ができたとさえ思わせるこの場所にはいったい何があるのか。
年老いた人間が正座をして地面に座っていた。
その時を待つかのように静かに、ジッと。
この村の村長である老人は見えている部分だけでも二メートル以上ある巨大な水晶を見つめる。
”道の水晶”。あの大男が求めていたものだ。
何度か水晶に話しかけられたことがある。神のお告げとでも言えばいいだろうか?迷惑な話だよ。知ったからと言って何かできるわけでもないのに。
光源などないはずなのにボヤっと淡い光で洞窟を照らしている。
「こんなもの、持ち出せるわけなかろうて。」
この水晶、大半は未だに地中に埋まっているのだ。
ただでさえ見えている部分でも二メートル以上あるのに。全長はこれよりもずっと大きいはず。
運べるわけがない。渡せるわけがない。
これを渡して村が救われるのであればとっくに渡しているさ。
渡さないのではなく渡せないのだ。
「あーもうヤダヤダ。」
代々受け継がれ管理してきた。言い伝えによれば祠から出したり壊したりすると厄災が降り注ぐと。
だがよく考えてみたらもう既に起こっているではないか。
世界は崩壊した。これ以上の厄災って何だい??
変に悩む必要なんてなかったんだ。もう終わりにしよう。この巨大な水晶を見ればあの大男だって諦めるかもしれない。
目を開け、ゆっくりと立ち上がる。手に持った杖を支えに祠を出ようとすると、
――夜明けは近い。私の核を灯火にくべなさい
声が降り注いだ。進もうとした足が止まる。
今のは?なぜこのタイミングで占いが出る?
それにどういう意味だ?
『夜明けは近い』これは分かる。そのまんまの意味だろう。問題はそのあとだ。
『私の核を灯火にくべなさい』なんだこれは、核ってなんだ。灯火とはどれのことだ。
突然降って来た占いに疑問が溢れ出す。
そして思い出す。先日降った占い結果。その中に今の占いに関係がありそうな単語がある。
――漆黒が村を包み込む。灯る炎を絶やしてはならない。
――夜明けを待ちなさい。さすれば鈍い天使が全てを終わらせるでしょう。
夜明けは近い?ならば”鈍い天使”とやらがすべてを終わらせてくれるのか?だがそれなら後ろの文は必要ないはず。
占いで出ているということはそれが必要ということだ。
”灯る炎を絶やしてはならない” ”私の核を灯火にくべなさい”
これから導かれる答えはつまり?
灯火が絶えようとしている?それを阻止するために核をくべなければならない?
そういうことなのか?
わからない。でも妙な確信があった。この答えはあっていると。そして灯火とは何を指しているのか、
一人の少年が思い浮かぶ。あの目の奥に炎を宿していた少年を。
儂は笑いを浮かべながら杖を強く握りしめる。”私の核”だなんて。まさかこの水晶に”意思”のようなものがあっただなんてね。
杖の先端を思いっきり水晶に突き立てた。
――ガキンッ
当たった部分を中心にポワーンと光が伝播していく。思ったより硬いね。儂の力じゃ壊せそうにないじゃないか。
ガツガツと何度も突っついていると、
「そこにいるのは誰だ!?・・・って、ばあさん?!こんなところで何してるんだよ?!」
「おや、、、霧島か。なぜここにおる。皆で避難し隠れていろと、、、それにここは立ち入り禁止のはずじゃぞ。」
儂の非難するような言い方にコウヘイは疑問を浮かべた後に顔をしかめた。
「そうか、この穴蔵はあそこだったのか、、、いや、今はそんなこと言っている場合じゃねえ。」
ぞろぞろと。コウヘイの後には大勢の人が一緒になって来た。手狭な祠だ。少々息苦しいな。それに地下に避難していたはずなのになぜ村の皆がここに?
「霧島よ。どういうことじゃ。なぜ皆がここに?外はどうなっているのじゃ?」
「いや、もうなんていうか、、、滅茶苦茶だ!とにかくめちゃくちゃだよ!俺だって何が何だかさっぱりわかんねえよ。。。」
よく見るとコウヘイは全身ボロボロだった。顔もゲッソリしており今にも倒れてしまいそうだ。また後ろの男連中も軒並みボロボロだった。中には骨が折れてる奴だっている。
どいつもこいつも地獄を見てきたかのような顔だ。普段うるさい子供たちでさえ親から離れようとせず震えている。
「俺たちも必死で逃げてたんだ。もうどこがどうとかわかんなくてな。とりあえず深そうなここに逃げ込んだ。だから今は掟がどうのは勘弁してくれ。」
ここは最奥。これ以上先に行かなくていいと分かったのか村の連中が次々に座り始めた。
「動けるやつはいるか?矢の数は?点検急げ!」
しかしコウヘイは休むどころか男たちに指示を出す。これからまた戦いに行くかのように。
「霧島よ、おぬし、、、」
「ばあさんはここに皆といてくれ。俺たちはもう一度行ってくる。」
「なぜ」と言いかけてやめる。ここにいない存在に気付いたからだ。
村の連中は全員いる。いないのは部外者。
つい先日この村に帰って来たミカとその仲間たち。異質な子ら。
あの大男に対して”戦う”などと言い放った連中。
そうか、まだ戦いは続いておるのだな。
最低限の準備を終え再び外に向かおうとしていたコウヘイを呼び止める。
「なんだばあさん。今は一刻でも、、、これは、」
儂に近づいてきたコウヘイが気づく。後ろにある巨大な水晶。
「これが、、、本物の水晶なのか。」
あまりの大きさ、そして偉大さすら感じるそれに思わず見惚れているコウヘイに願う。
「壊してくれんか?この老体にはちと厳しくての。」
。。。
「いやああああああぁぁ!!!!」
森の中を駆ける!駆ける!駆ける!
ダラダラと流れる汗、息も絶え絶えになりながら気合だけで逃げる。
「気絶した人ってなんでこんなに重たいのおお!!!!!っあ、でも片腕ないからまだマシかな?っじゃなくてええぇぇ!!」
木々を擦り抜けジグザグに移動すると後ろのほうからバチバチと音が聞こえてくる。続いてドンガラガッシャンと木がドミノのように倒壊していく。
「環境破壊はよくないよおおお!!!!木がかわいそうでしょー!!!」
霧島ミカ。今だけは環境活動家の気持ちが分かります。
「マテ、ニゲるナ。ドウセサいゴにはツカマるルノダカラ。」
「そんな、、、こと言われて、はぁはぁ、待つ人はいないよ!どうせ殺すじゃん!」
「アタリまエだ。エいユウのつボミをほウチはできナい。」
「またそれ?!意味わかんないよ!英雄のツボミってなに!」
「フッ、キサマガシルヒツヨウハナイ。」
またジュプドロンから攻撃が放たれる。今度は私でも見えた。腕みたいな何かを雷を纏って伸ばしてるんだ。そしてジュプドロンの速度が上がる。これは、
「もしかして、、、治ってる?」
体はドロドロ。なんなら先ほどより崩れていそう。でも動きの速さや威力、活舌がさっきより良くなっている気がする。
「ワレ、ホンカイヲトゲルソウゾウニ」
「うそっ、詠唱・・・?」
活舌が治ったとたんに詠唱を紡ぎ始めるジュプドロンにミカは焦った。ほぼ反射的に出した暴風で自分を飛ばしゴロゴロと転がりながら地面に落下する。
(やばいやばいやばい!!!!)
すぐに立ち上がりエイタを抱え直すと少しでも離れるために走り出す。
チラッと後ろを確認するとジュプドロンはその場から動いてはいなかった。しかし微かに見えたその口はまだ動いている。
(まさか、距離とか関係ない魔法?)
一瞬思考がジュプドロンが放とうとしている物に寄った。注意力が散漫になり、
コツンッと
コケた。
「あぶべっ!!」
足元にあった木の根に引っ掛かり盛大に倒れたミカ。
ベチーーンと大の字になる。
ミカの視界は真っ暗になった。倒れているからだけじゃない。
頭上を埋め尽くしている何かによって影ができたから。
「・・・っ!!」
今真上にあるのがなんなのかはわからない。そしてゾっとする。もしコケていなかったら自分たちはどうなってしまったのだろうか、と。
一瞬遅れて途轍もない轟音がやってくる。音の振動で体が震える。
真横に雷が落ちたみたいだ。音圧が強すぎて呼吸ができない。
数秒か、数十秒か。漸く収まった攻撃の先にあったのは、
いや、何もなかった。
木も、岩も、何もかもが一切合切消滅している。まるでエイタ君の攻撃を真似したみたいに。
その発生源を見やる。もちろんいるのはジュプドロン。
せっかく治ったであろう腕をグジュグジュに溶かしながらも気味の悪い笑みを浮かべていた。
「ワレデモデキルゾ。コノクライ。」
「なんか張り合ってるんだけど?!」
しかし今の攻撃のせいで逃げ場が無くなった。正しくは雷を避けるための障害物が。
ドロドロになった体を引きずりながらゆっくりと向かってくるジュプドロン。
(ごまかしごまかしで逃げてきたけどそれもそろそろ限界だね。感覚的に核力ももう無いし、そしてそれは相手も同じはず。)
一秒でも長く時間を稼ぐ。そのことだけを考えよう。
エイタ君を地面に寝かせ右手にハンドスコップ、左手に扇子を構える。
(さっきの攻撃は多分連発できないはず。詠唱してたし。あの攻撃はあれにとっても絞り出した技なんだよ。)
詠唱なんてできない。ジュプドロンとはそこまで離れていないから紡ぐだけの時間がないし。それにジュプドロンがそんな隙を見逃すとも思えない。
やるなら速攻。間合いを間違えたら終わる。
ジリジリと迫ってくるタイムリミットに緊張が高まっていく。
そんな張りつめた糸が限界まで引き延ばされ、
――うぉおおんおおおおん
不思議な音が鳴り響いた。
「ふぇ?!っきゃ!」
「ウン?ナンダ?」
突如なりだした不気味な音。地鳴りのようにも聞こえるし、空間そのものが悲鳴を上げているようにも聞こえる。
そのあとすぐに地震が発生する。ただの地震じゃない。まるでここ一帯を囲む結界を掴まれてそのままシェイクされているかのようだ。
そんな気持ちの悪い揺れに耐えながら上を見上げて気づいた。
結界の色が変わっている。赤黒い血泥のようなものから、もっと工業油が混ざったような、使い古された汚いパレットのような。そんな見るに堪えないオーロラ色に変わっていた。それに形も綺麗な半円形からぐにゃぐにゃと変形している。
「ナ、【黒キ箱庭】ガ、、、ユガンデ?アリエナイ。。。」
どうやらこの状況はジュプドロンも想定外のよう。って私もそれどころじゃない!うぅ、吐きそう。
「『ロックフーン・ディザスター!!』」
「アグッ??!!」
完全に私から注意を逸らしていたジュプドロンに魔法を打ち込む。予想外の一撃。周囲から土を巻き上げた竜巻がジュプドロンを飲み込み吹き飛ばす。
その頃にはあんなに揺れていた地面も収まっていた。
ふらっと一瞬飛びかける意識を気合だけで抑え込み、エイタ君を抱える。
「冷たい。。。エイタ君。まだ死んじゃだめだよ。もうすぐ、もうすぐだからね。」
一度チラっとジュプドロンを飛ばした方角を見るが姿はなかった。うまく吹き飛ばす事には成功したらしい。だがそう時間をかけずに戻ってくることだろう。
なんとか立ち上がり歩き出す。
少しでも遠くへ逃げるんだ、一秒でも長く稼ぐんだ。
「もうすぐ、”夜が明ける”からね。そしたら”天使”が来てくれるから!」
特に反応することはない。それでもミカは言葉をやめない。
虚ろなエイタの瞳に灯る消えかけている炎を見る。
だから、だからそれまで、
「その炎。絶やしちゃだめだよ!エイタ君!!」




