42 魔王軍幹部
もくもくと舞う土煙、片腕を押さえ額から血を流しているくーねがゆっくりと瓦礫の中から出てきた。
(嘘だろ?!あのくーねがやられるなんて?!いったい何が起こってるんだ・・・)
これまで何度も見てきたくーねの戦闘。本来の力を発揮できないというハンデを背負いながらもその強さは圧倒的であり、負けることなどないと思っていた。だが、
『ぐっふぐるるるうううう』
巨大な熊があざ笑うようにその巨体を踏み鳴らしながら動く。
俺や大男にはまったく目もくれずにくーねだけを見据える熊。
緊張か、恐怖か。はたまた本能か。誰も体を動かせない。動いた瞬間に命がある保障がない。それが分かってしまうから。
ジャリッと地面を鳴らしながら一定の距離を開けて熊の前に立つくーね。呼吸が荒くなり、肩で息をしているのが分かる。
『ぐるるるぐっふぐっふ、ぐふふふふふふ』
対する熊は悠然と立ち神経を逆なでするような気味の悪い鳴き声を鳴らしていた。
闇に包まれた村の前、生ぬるい夜風が肌を撫でる。くーねの金髪が風に遊ばれふわふわと揺れていた。纏った光がキラキラと舞い上がっていく。
熊を見つめるくーね。くーねを見つめる熊。
見つめ合いの両者、先に静寂を破ったのはくーねだった。ポケットに手を入れ一つのビー玉を取り出すと、人差し指と親指で挟んだそれをピンッと宙へ弾く。
直後、ビー玉を中心として七色の光が放たれる!エイタはこの光景にものすごい既視感に襲われ頭が痛くなった。そしてこの後の展開にも予想がつく。
ビー玉がくーねの周りをくるくると回転しだして照らしていく!次いで出てきたスポットライトがポンッ!さぁ!ステージが始まるよ!
「くるくる回って世界を照らす!てりてりアイドル!くーねたん!!」
\ペッペペッペ―/
くるっと回ってビシッとポーズ!どこからか安っぽい音が聞こえてくる。
いきなりのくーねの名乗り、今まで何度も聞いてきたものではあるがなぜいまくーねは名乗ったのだろう。それも熊相手に。どうしよう打ちどころでも悪かったのかな?
そんな疑問が張り詰めていた緊張感をも押しのけて出て来てしまう。しかしそんなことよりもっと気になることが一つだけあった。
((てりてりアイドルってなんだ?))
きっとこの時だけはエイタと大男の心の声はハモっていたことだろう。
いやいやいや!今はそんなことどうでもいい!気になるけど!めっちゃ気になるけど!やっぱ後で聞いておこう。
『ぐっぐっぐっぐぅ、ぐぐぐふふふふふっ』
混乱し、浮ついた気持ちを殴りつけられたかのように一瞬にして緊張が体を拘束する。
熊にはまるで知性があるかのように、くーねの名乗りをただ見ていた。面白いものを見たかのように笑い続けている。
ひとしきり笑った熊は、スンッと止まるとゆっくりと、唐突に少しずつ顔を、身体を”割れて”いった。
メキメキ、ビキビキと割れる音が鳴り響く。
そんなありえない光景が目の前で起こっていた。これは対峙した時とは違う恐怖、見たことのない”未知”に対する戦慄。五メートルを超えるであろう巨体がひとりでに割れるなど誰が想像できるだろうか。
三人の視線が割れる熊に集中する。
割れた隙間から溢れ出す嫌でも視認できるほどの赤黒い瘴気。大男のオーラが玩具に感じてしまえるほどの極限まで濃縮された絶望のオーラ。
見ただけで一瞬気を失う。体の内側で燃える心核の熱のおかげでなんとか目覚め気を保つ。
決して大男のオーラが弱いわけではない。目の前の存在が異次元すぎるのだ。
(ま、、魔王、、、)
魔王がどんなものなのかは知らない。だがエイタが最初に抱いた印象はそれだった。
ガパッと熊の顔が割れた。数センチほどの隙間が深淵なる中身をのぞかせる。光が一切届かない無限の闇。そこからなにかがでた。
にょろにょろと、錆色をしたなにかが割れ目の隙間から這い出てくる。それが割れを押し広げてビキビキと音を立てる。
なにかが生まれようとしていた。絶対に生まれてはいけないなにかが。
誰もがそれが生まれるのを見ていることしか出来なかった。
やがて押し広げられたひび割れから同じく錆色の塊が顔をのぞかせる。まるで紙をくしゃくしゃに丸めたような何かがドクドクと脈打ちながらそこにある。
そんなくしゃくしゃのどこかが”開いた”
『ギヒヒヒ、やはり生きていたのだな。”偶像”?』
「?!」
耳をつんざくような不愉快な声が響く。聞くだけで身の毛がよだつ様な。神経を直接撫でられているような気分。
一本、また一本と罅の隙間から何かを伸ばしながら熊だったなにかは言葉を続けた。
『やはり最近感じた巨大な力は”偶像”で間違いなかったか。やっと見つけたぞ?』
「禍災・・・ジュプドロンっ!!なぜっ!どうしてここにっ!!」
くーねが叫ぶ。やつの口ぶりからしてもどうやらくーねとこの熊だったものは知り合いみたいだ。
『ギヒッ、ギヒヒヒヒ、まあそう熱くなるなよ。久々の再開じゃないか。積もる話もいっぱいあるが、はじめましてもいるみたいだしまずは名乗らせてくれよ』
「くっ、」
熊だったなにかの言うことを悔しそうに歯を食いしばりながらもくーねは動くことはなかった。
くーねが動くことがないことを確認し、さらに皺を歪ませたそいつは五つある気味の悪い目の内左右についている四つの目玉をギョロギョロと動かして、大男と俺を捉えた。中央にある一際大きい目玉は変わらずにくーねを狙って離していない。
ブシュブシュと触手のような何かがどんどん熊だった体のひび割れから飛び出してきては地面に突き刺さり、その巨大な体を持ち上げていく。
そのまま空中へと浮かび上がった巨体はガパッと大きい口を開け今までで一番大きい声で名乗りを上げる。
『ギヒヒヒヒッヒヒヒ、私は”魔王軍幹部”その一席。ジュプドロン・ギュシダーン。忌々しい”偶像”の力を感じた魔王様の命によりこの地にやってきた。ギヒヒヒヒ、随分と弱弱しい力しかなくなったなぁ?お陰で見つけるのに苦労したぞ?』
熊だったもの、魔王軍幹部のジュプドロンがそう名乗った瞬間大瀑布のごときプレッシャーが発生する。
「・・・っ!!」
「ぬっ・・・!」
俺と大男が潰れた。比喩ではなく、本当に圧によって地面へと押しつぶされる。地面のシミにこそまだなってないが既にめり込むほどの力が掛かっている。
なにかをされているわけでは無いはずなのにその圧倒的なオーラだけで押しつぶされるように地面とキスした。
(なんだっ、なんなんだこれはっ!これが、これが”魔王軍”それも幹部の力なのか?!これほどまでに圧倒的なのか?!)
当初感じた魔王そのものではなくて安堵するべきか、それともこのやばい存在よりも強いであろう魔王に絶望を募らせるべきか。その前にそもそも幹部である目の前の存在からどうすれば生き残れるのか。
今考えるべきはそんなことではないのに、回らない脳みそを一生懸命働かして思考を巡らせる。
そして一つだけ思い出す。
それは占いの結果、その一部分。
『だれもがかなわない』
思い出した瞬間に全身から血の気が引いていくのを確かに感じた。
くーねの初撃を跳ね返したった一撃だけであそこまでのダメージを与える。にもかかわらずあの時はまだ本当の姿を見せてすらいなかった。
「かて、、ない、、」
そんな呟きが思わず漏れてしまう。それを聞いたジュプドロンはニィと口角を吊り上げる。
『絶望するには早すぎるぞ小僧?まだまだこれからが本番だろう!』
笑いながら高らかに声を張り上げる。音圧によりギチギチと地面が震える。
皺の塊みたいな顔が熊の中から出てきて天へと上りながら言葉を紡ぎ始めた。
『囲エ、閉ザセ、塞ギ、迷エ、』
「なっ!」
「これ、は、」
「詠唱、、、だと」
最初に動いたのはくーねだった。体に纏ったケミカルな煌めきを置き去りにしながら一直線にジュプドロンへと接近するが、蠢いている触手がそれ以上に早く反応して阻まれてしまう。
大男は目を見開き驚愕の声を上げる。身に降り注ぐ重圧を押しのけ一刻も早くこの場所から脱出しようと藻掻き、走り出す。
エイタだけはその場で唖然とし、目の前で紡がれていくものに驚愕していた。
次々と口に押し込まれていく情報を咀嚼する暇などなく無理やり流し込み整理しようとする。が、それにはあまりにも情報の味が未知すぎた。理解できない。故に、遅れた。
『暗キ世界ヲ永久ニ。闘争ノ喜ビヲワレノ手二。終ワラヌ絶望ヲ、ココニ、』
詠唱が進み、阻止しようとするくーねの動きもどんどん洗練されていく。それにあわせて触手も暴れ、周囲に地面を抉らせていった。
内一本の触手が地面を叩きつけバウンドした反動でエイタに迫る。このままだと叩き潰されてしまう。
あともう少しでジュプドロンの顔面にたどり着けそうだったくーねは視界の端で捉えたエイタに迫っている触手を確認すると空中でありながら触手を蹴りつけ九十度進路を変えエイタに急行した。
勢いそのままに地面を抉りながらエイタを蹴りつけ、触手の直撃を逃れさせることに成功する。が、代わりにくーねが触手に叩きつけられた。
「うぐぅ、、、!!」
ガードこそ間に合ったが地面に叩きつけられ軽くクレーターすら発生する。ほんのわずかな時間。しかしこの場においては致命的すぎる隙。
だから完成してしまう。ジュプドロンの表情が愉悦に歪む。
『祝福ノ殻ヲコノ地二写セ!【黒キ箱庭】』
術が発動し、空が”落ちた”
くーねに蹴られ吹き飛ばされながら空を見たエイタは、少なくともそう感じた。
どす黒いなかに少しだけ赤が混じったような霧が発生する。黒い血のような色をしたなにかによって空が、世界が覆われていく。蓋をするように。誰も逃がさないという意思を持って。村も、周りのの山々も全部。
夜を包み込むさらなる漆黒。
世界は夜に閉ざされた。




