【短編SS】杯に火を灯した英雄
杯に火を灯した英雄
これは遠い話。かつて、人間が神に支配されていた時代。
とある世界が生まれた。世界は自らの地を豊かにし、繁栄させることを命じられ何者かに生み出された。世界は生き物を産んだ。そしてその生き物を統括する者として神を産んだ。産み出された神は自らに与えられた使命を放棄するために人間を産み、人間は考える力があったが神の命令を聞くうちに考えることを放棄していった。
ある時、一人の男が生まれた。神の命令を聞かず、考えることを放棄しない男が生まれた。その男はこの現状を憂い、神を討ち滅ぼすことを誓った。幸い、男の考えに共感する四人の仲間ができた。しかし、男の考えはその時代には異端であった。神の指示を受けた人間により襲撃され、男達は抵抗をせず道半ばに力果てた。
それから時間が経ってのことだった。青い空と白い雲の狭間。神が住まう地。そこには二つの影があった。片方は世界に生み出され、全てを支配したものである神。もう片方は神により道半ばに力果てた男であった。
「なぜ、この場にいる。」
神は男に問いかける。
「なぜ、とうの昔に死に果てた貴様がこの場にいる。」
男は神を突き刺すような眼光を突き刺し言った。
「それが我が使命。」
男の言葉は神の逆鱗に触れた。支配していたはずの人間。そこから生まれた異質な物に自らが定めた聖地であるこの場を踏み荒らされているためだ。
「ほざくな。我が奴隷風情がァ。」
神は自身が持っていた錫杖を振るう。振るわれた錫杖の先端より、雷が生まれた。その雷は男へ真っ直ぐと進む。
その雷を前に男は手を向ける。雷はまるで何かの壁に触れたかのように男の手の前で消える。魔法。神が気まぐれに人間に与えた奇跡の現象。
男は雷を止めた手を神へ向ける。手の平から一つの火の玉が生まれ神へと射出される。
「それが誰が与えたわかっているだろう。」
神はその火の玉を前に眉も動かさず自然体のまま受け入れる。火の玉は神の前で燃え尽きた。魔法は神が与えた人間が起こせるようにした奇跡の現象。その力の源たる神には通用するはずがなかった。
「これでわかっただろう。これが貴様と我の差だ。」
神は再び錫杖を振るう。雷が生まれ、先ほどの焼き直しのように男の前で壁にあたったかのように消えた。
「ふん。あくまで逆らうつもりか。」
神は錫杖を構える。
「ならばそれがどこまで持つか。我自ら試してやろう。」
神は錫杖を何度も何度も振るい男が簡単に力尽きぬように嬲るように雷を打ち込んだ。男の前で何度も何度も壁に当たったかのように消えるが男はそれにピクリとも反応を示さない。
「何だ。もう諦めたのか。」
神がつまらぬとゆうよな声を上げたその時男は声を出した。
「始まりの音。始まりの詩。」
男が詠うものに神は覚えがあった。神が人間に魔法という奇跡を与えた理由。原初の時代に人間が生み出した世界へ奇跡を希う神でも抗えぬ現象。祈祷であった。
「止めろ。それを今すぐ止めるのだ。」
神は祈祷を止めようとがむしゃらに錫杖を振るう。祈祷は世界への伝言。神でも世界には抗えないからだ。
「終わりの声。終末を告げる天使のラッパ。」
男は目を閉じる。神が放つ雷の叫びを気にもせず。高らかに詩い上げる。
「始まりは終わり。終わりは流転し始まりと為す。」
空が光る。大地たる白い雲から光の粒が舞う。
「止めろぉ。止めろォ。」
神が錫杖を捨て男へと走り出す。男の祈祷を一刻も早く止めるために。これが何を起こすか察したために。
「世界に奇跡を希う。」
男が最後の節を詠い上げる。その直前に神の手は男へと届いた。
「これで終わりだ。不純物ァ。」
神の手が男へ届くその直前、神の手は止まった。神の手にはこれまで自分が思い通りにする為に切り捨てた人間、生き物達が絡みついていた。
「新世界の誕生を。」
途端、聖地たる場所が光り輝く。まるでその場所は新たな世界には相応しくないかの様に。神の所有物は不純物かの様に。
「貴様ァ。我は神だ。この世界を支配する唯一の者だァ。」
神は男へと叫ぶ。男は最初の問答の様に神の体を突き刺すような視線で言葉を発する。
「消えよ。世界を支配したと言う神よ。」
神の体が光り始める。
「消えよ。何も獲れなかった愚か者よ。」
神の体が綻び始める。
「消えよ。全てを支配したと錯覚した不純物よ。」
神はそこで理解した。神は世界に見捨てられたのだと。当然である。渡された使命を新たに自ら生み出した人間に押し付け、挙げ句の果てに自らを生み出した恩のある世界を支配したと思い込んでいたのだから。
「我は思い上がっていたのか。」
神は崩れ落ちていく中一言発して消えた。
男は、崩れ落ちていく神を見守り、また自らに体も綻び始めていることに気がついた。世界に奇跡を希った為に死んで尚意思を持ち動き続けている異常を発見した為である。男は自らが崩れ落ちて行きながら真っ直ぐと見つめていた。
神の世は終わりを告げた。仲間との誓いも果たした。男にはもう後悔する事が無いのである。しかし、後悔があるのであれば。
「もう一度、五人で旅をしたいものだ。」
男は願いを声に出しながらその体を失った。男が立っていた場所の地面たる白い雲は一層強く光っていた。
とある村に一人の男が生まれた。その男は神を討ち滅ぼすと旅に出たが道半ばに力果てた。しかし、その五百年後神は人間へ指示をすることがなくなった。人間は神からの指示を待ち続けたがもう来ることはなかった。
それからと言うもの神と言う意思統一の中で統一されていた人間は分裂を果たした。神がもたらした奇跡の現象たる魔法は姿を失った。しかし、人間は変わりに知恵を手に入れた。知恵を手にれたが為に戦いは起こり、人間は自らを世界の支配者だと驕るものも出た。
知恵を与えたのは間違いだったのかもしれない。しかし知恵を手に入れた人間は考える事を忘れた生きる屍から確かに考える事ができる意思を持つ生物へと生まれ変わった。
これは神話。語られぬ事ない英雄譚。神が支配した世の最後。終わりを告げるお話。神の杯に燃え続けた意思の炎を人間の杯に移し灯した英雄の話。
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