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09.自称女神の休日

 新緑が一面に生い茂る芝生の上で、メルは大の字に寝転がっていた。


「平和だ」


 うららかな日差し。青い空を横切る鳩の群れ。子連れファミリーの賑やかな声。

 ダリナ市市営公園の大広場は、この世の幸福に満ち溢れていた。

 そんな中、虚ろな目をした女が一人。それがメルだ。


「二十二歳独身女の休日って、みんな何して過ごしてるんだろ」


 少なくとも公園の芝の上で寝転がることではない。んなこた分かっている。


 休日なのに家でごろごろしてるのはもったいないと感じたので、思い切って外に出てみた。が、最終的に辿り着いたのは公園の大広場だった。結局、一人だと何をしていいのか分からなかったのである。


 カフェでティータイム? 商店街でショッピング? 演劇を観賞?


 一人じゃ絶対に無理。お茶なんて五分もせずに飲めるし、あんまりお金を使うわけにはいかないから必要な物だけ買って即退散するし、芸術とか興味ないからたぶん寝る。


 もちろん、友達と一緒なら楽しい休日を過ごせるだろう。


 でもルビィは休日返上で仕事みたいだし、フィーは相変わらず趣味に没頭。学生時代の友達もいるにはいるのだが、お互い社会人になってからは事前に日時を調整しないと会えなかったりする。それに結婚して子供ができたという報告もちらほら耳にした。


「なるほど、婚活か」


 二十二歳は普通に適齢期だ。休日に婚活してる女の子も少なくないだろう。


「でもなぁ」


 大広場で遊んでいるファミリーを横目で盗み見る。


 子供は可愛い。けど子育ては大変だろうし、何より結婚に関しての自己分析は最近結論を出したばかり。幸せな結婚生活を送れてる未来が視えない。


「てか婚活って。アレンよりスペック高い奴がそうそういるかっつーの」


 何故か得意げに、そして自嘲気味に笑ってしまった。


 仮に結婚するならばアレン以外には考えられない。メル自身、その事実を心のどこかで認めてしまっていた。


「なんで休日にまでアイツのこと考えてるんだ。イヤすぎる」


 無理やり思考を切り替えるため、メルは自分の頬を抓った。

 すると自称女神の下腹部から地獄の釜の蓋が開いたような音が鳴り響いた。


「お腹すいたぁ。露店で買い食いしてから帰ろう」


 立ち上がって芝生を払い落としたメルは、商店街の方へと向かった。






 露店が並ぶ表通りは、心なしかいつもより賑わっていた。


「あ、そっか。もうすぐダリナ祭なんだっけ」


 店舗や街灯の飾り付けを見て、メルは思い出した。

 ダリナ祭。ダリナ市で行われる、年に一度のお祭りだ。


 元々はダリナ大聖堂に初めて神が降臨した日を祝うための祭事だったが、起源を知る市民はほとんどいないだろう。今では、ただ楽しむだけの行事として認識されていた。


 祭の日には市営公園に屋台が並んだり、花火が上がったり、野外劇場で演劇が行われたりする。メルも公務員ではあるが、祭を運営する部署と関わりがないので当日は自由だ。ルビィと一緒に出不精のフィーを連れ回すのも悪くないなと、メルは思った。


 年甲斐もなくお祭りに胸を躍らせながら、露店でホットドッグを買う。

 すると店主のオヤジが話しかけてきた。


「お、メルちゃん。来週のダリナ祭、がんばってね」

「何の話ですか?」

「終戦三十周年の式典に出るんだろ? 国王に聖剣を渡す役割だとか」

「…………は?」


 寝耳に水だった。

 訳が分からず固まってしまったせいで、店主の方も困惑している様子。


「新聞に書いてあったよ。ほら」


 受け取った新聞の見出しに、でかでかと自分の名前が書かれてあった。


『ダリナ祭の聖剣継承式典に女神の血を受け継ぐメル=クロームさんを任命!』


 記事の真ん中辺りには、入庁時のメルの顔写真も。


「はあああああああ????」

「知らなかったのかい?」

「知らないも何も、え、なに、どういうこと?」

「市長からの連絡ミスなんだろうねぇ」

「国王と直接やり取りするみたいなのに、そんなことあるぅ?」

「あの市長ならやりかねないな」


 笑い出す店主のオヤジ。他人事だと思って……。

 腹の奥底から怒りが込み上げてくるが、もちろん矛先はあの太った市長だ。


「おじさん。この新聞もらっていい?」

「いいよ。どうせ一昨日のやつだし」


 ってことは三日前の時点で決まってたのかよ! 言えよ! 会っただろ!

 心の中でツッコミつつも、メルは市長に抗議するためダッシュで市役所へと向かった。






「市いいいいいいいい長おおおおおおおお!!!」


 礼節などお構いなし。メルは市長室の扉を勢いよく開け放った。

 休日なので不在の可能性もあったが、幸いにも公務中のようだった。

 執務席でどっしりと構える市長の元へ、メルは鬼気迫る表情で突撃する。


「おお、メル君か。元気そうで何よりだ。しかし今日は休日ではなかったかね?」


 怒気を孕んだメルの態度も、どこ吹く風。部下の無礼に憤ることも、怒りの矛先を向けられて恐れ戦くこともせず、市長はメルを温かく迎え入れた。


「これはどういうことですか!」


 そんな歓迎ムードも一蹴し、メルは新聞を執務机に叩きつける。


「私、何も聞いてないんですけど!」

「ダリナ祭の式典か。いやね、おっさん二人が舞台に上がるよりも、若い女の子の方が華があっていいと思ってね。急で申し訳ないが変更させてもらったんだよ」

「そのおっさん二人って市長と国王のことですよね? 国王をおっさん呼ばわりはマズくないですか!?」

「はっはっは」


 連絡不備もセクハラ発言も吹っ飛ぶほどの衝撃だ。


 メルは慌てて周囲を見回した。大丈夫、市長室には自分と市長しかいない。もし誰かに聞かれて告げ口でもされたら、首が飛ぶほどの問題発言だった。もちろん物理的に。


「そもそも聖剣の継承式って何ですか?」

「新聞は読んでいないのかい?」

「うちでは取っていないもので」

「ダメだよぉ。新聞は毎日読まないと」


 ここで初めて市長が渋い顔をした。


 目の前で露骨なため息を吐いた時ですら、嫌な顔一つ見せなかったのに。本当に何を考えているのか分からない人だ。


「神魔大戦が終わって今年で三十周年。このめでたい節目の年を、大陸中で祝おうというわけだ」

「はあ」

「聖剣それ自体は特別な代物ではなくてね。魔王にトドメを刺した普通の剣なのだが、それをいろんな街へリレー方式で繋げて行こうという話になったのさ。その出発点がダリナ市であり、どうせだからダリナ祭で継承式を行うことにしたのだよ」

「なんでダリナ市が出発点なんですか?」

「ダリナ市が『はじまりの街』と呼ばれているのは知っているだろう?」

「ええ、まあ、はい」


 その理由は『導きの間』があるからだ。


 魔王討伐に一役買った異世界人は、例外なくダリナ市から旅立つことになる。そのためダリナ市は、魔王討伐の起点といっても過言ではないのだ。


 そこでメルはピンとくる。


「つまり異世界人が魔王討伐までに旅した行程順に聖剣を繋いでいくと。そういうわけですね?」

「その通り」

「聖剣は今どこにあるんですか?」

「王都だよ」

「ダリナ市の次って王都ですよね? 王都からダリナ市に運んできた聖剣をダリナ市の人間が国王に継承して国王が王都に運んでいくって……何か意味があるんですか?」

「式典とはそういうものだよ、メル君」


 なるほど、大人の事情か。と、メルは無理やり納得した。


 けど魔王を討った聖剣が大陸を横断するのは、なんかお祭り味があって楽しい。これで自分が関わっていなければ……。


「どうして私なんですかぁ」

「そこはほら、女神の血統以上に適任者はいないと思ってね」


 ナチュラルにセクハラなんだよなぁ。いやパワハラか?

 どちらにせよ、メルにはもう慣れっこだったが。


「市営公園の野外劇場で国王に聖剣を手渡すだけさ。簡単だろう? 特にスピーチとかしてもらうわけじゃないから安心したまえ」

「って、ちょっと待ってください。式典ってまさか女神のあの格好でやるわけじゃないですよね!?」

「もちろん、そのつもりだよ」

「いやだあああ恥ずかしいいいい!!」


 恥も外聞もなく床で転げ回るメルを、市長は冷ややかな目で見据えた。


「今さら何を言ってるんだ。君はあの格好で庁内を歩き回ってるじゃないか」

「職員は見慣れてるからいいんです! それに屋内と屋外じゃ全然違います!」

「どのみち、もう決まったことだから。頼んだよ、メル君。ダリナ市の未来のために」

「えぇ……」


 あまりに身勝手すぎて言葉も出ない。

 疲れ果て抗議する気も失せたメルは、大きく肩を落とすのだった。

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