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06.自称女神の天敵

 メルが更衣室で女神の衣装に着替えていると、先に出て行ったルビィが血相を変えて戻ってきた。


「メルちゃん。オウル市長が来てる」

「げ」


 露骨に嫌な顔を見せるメル。朝っぱらから気の沈む報せだ。


 しかし社会人であれば、それがどんなに苦手な相手だろうと、組織のトップを避けるわけにはいかない。重くなった気分が少しでも軽くなるようため息を吐きながら、メルは早々に着替えを終えた。


 二人が向かった先は会議室だった。


 元々は礼拝堂として祈りを捧げていた部屋であり、今は会議や会食などの多目的ホールとして使われている。それほど大きな空間ではないためか、室内に入りきらなかった職員が廊下で列を作っていた。


「始業前からこれは萎えるわ」


 毎度毎度のことながら、もう少し段取りよくできないものかとメルは思う。


 何故こんな状況になっているのか。実はメルもよく分かってないのだが、原因が市長であることは他の職員の愚痴から何となく察していた。


 というのも、オウル氏は市長のくせにダリナ市にほとんどおらず、外遊と称して王都や他の街へ頻繁に出掛けているのだ。本庁に足を運ぶのは不定期で、こうやって職員の業務報告を聞く時だけ。今回はおそらく、ダリナ祭が近いから帰ってきたのだろう。


 いつでも報告できるよう毎日の業務内容をちゃんとまとめているか抜き打ち検査のつもりらしいのだが、朝っぱらから時間を取られている職員たちの評価は最悪だった。


 順番が回ってきたので、メルは会議室へと入る。

 上席に座るでっぷりと太った壮年の男がダリナ市市長、オウル氏だ。


「おお、カーネ君の娘さんか。確かメル君だったね。久しぶり」

「お久しぶりです」


 顔を明らめる市長に対し、メルは壁を作るような営業スマイルを浮かべた。

 すると、部屋の隅で待機していたフィーが立ち上がった。


 特殊な業務を担当しているメルは、どこか特定の部署に所属しているわけではない。そのため補佐をしている解析課課長のフィーが、メルの上役も兼任しているのだ。報告書は彼女がまとめてくれているので、メルは訊かれたことに答えるだけでよい。


「解析課の報告は先に聞いてるよ」


 そう言ったオウル市長は、ひどくご満悦の様子だった。


 フィーが配属されてから、解析課は飛躍的に成果を上げている。市長が鼻を高くしたくなるのも当然だろう。


 とはいえ、メルもフィーも市長の激励に興味はない。早く仕事に戻りたいし、『導きの間』での業務報告を淡々と始めた。


「うーん……」


 報告を受けた市長の反応は芳しくなかった。


 特に問題が起きたわけではないし、数字以外まったく代わり映えのしない、いつも通りの内容のはずだが。


「前から思っていたのだがね、その仕事は本当に必要なのか?」

「はい?」


 予想だにしなかった市長の言葉に、二人は思わず顔を見合わせてしまった。


「市長もご存じかと思われますが、システムを停止できない以上、『導きの間』を飽和させないためには異世界人を追い返すほかありません。それができるのは、今のところメルだけであって……」

「あー、分かってる分かってる。失くしていい業務じゃないことは、ちゃんと理解しているよ」


 フィーの説明を遮って、市長は持論を展開し始めた。


「君たちも知っているだろう。神魔大戦が終結した三十年前の時点で、メル君の前任であるカーネ君は十歳だった。そして女神業に就任したのが十五歳の時。つまり五年もの空白の期間があるんだ」

「ですが市長。その時すでに、かなり危険な状態だったと記録にあります。飽和寸前で、いつパンクしてもおかしくはない状態だったと。そのため当時まだ学生だったメルのお母さんに無理を言って、女神業に就任してもらったと聞きました」

「その通り。だから女神業がなくてはならないのは間違いない。しかし逆に言えば、最大で五年は放置しても問題ないという実績があるのだ。少しくらい異世界人を溜め込んだところで、『導きの間』はパンクなどせんだろう」

「それはそうかもしれませんが……」

「私は『導きの間』の一時的な閉鎖を提案する。補佐をしているソフィア課長の時間を開発に回してもらえば、人類はもっと発展できると思うのだ」


 これにはフィーが難色を示した。ずっと一緒にいるメルには分かる。彼女は開発がしたいのではない。解析がしたいのだ。


「先日、王都で開発中の自動車なるものに乗ってみてね。アレは良いぞぉ。馬と違って特別な操作技術もいらないし、自分の行きたいところへ簡単に行ける。全市民が自動車に乗って街中を移動している未来を、私は見てみたい! とはいえ、今はまだ完成の目途は立っていなくてね。科学と魔法の両面からアプローチしているらしいのだが、実用化できるのはいつになることやら。そこへソフィア課長が加わってくれれば百人力。完成の時期がぐっと早まるだろう」


 外遊って本当に遊んでるわけじゃないよな? と、メルは心の中でツッコミを入れた。


 自動車に関してはメルも知っている。実物を見たことはないが、馬の何倍もの速度が出る乗り物があると日本人から聞いた記憶があるし、王都で発行している雑誌の中に写真があったのも覚えている。


 けど、フィーが開発に加わったところで、自分が生きている間に……少なくとも市長が死ぬまでに普及させることは無理だろうなぁと、メルは感じていた。


 ま、そんなことはどうでもよくて。


「女神業を休業するとなると、私はどうなりますか? 解雇ですか?」

「いやいや、そんなことはしないよメル君。私は何も君を厄介払いしたいわけじゃない。女神の血統は高く評価しているんだ。君が活躍できる職場を見つけられるよう、最大限の支援をしよう。それに小耳に挟んだのだが、君は普段から女神業を辞めたいと周りに漏らしてるらしいじゃないか」

「休みが欲しいとは言っていますが、辞めたいと言ったことは一度もありません」

「休みが欲しい、か。ふむ……」


 一考した市長が、おもむろに口を開いた。


「それは別に構わないのではないか? まとまった期間であれば申請は必要だが、私が承認しよう。それで……そうだな、リフレッシュとして旅行にでも行ってみてはどうかね。ほら、アリスト騎士団副団長も休暇で帰省していると聞くし、彼と一緒にでも」


 なんでここでアレンの名前が出てくるんだ? と、メルは眉を寄せた。


 しかし不快感を露わにしたメルの表情も、どこ吹く風。名案が浮かんだとでも言わんばかりに、市長は一気にまくし立てる。


「そうだ、それが良い。副団長は君を好いているのだろう? だったらお互いの仲を深めるためにも、休暇中は一緒にいるべきだ。そして将来的には子供を作りなさい。王国最強と名高い騎士と女神の血統。きっと素晴らしい遺伝子を持った子供が生まれてくるぞぉ」

「……は?」


 あまりにも突拍子のない発言に、メルは唖然としてしまった。


 怒りが湧いてくるどころの話ではない。市長が何を言っているのか、本気で理解ができない。受け入れることのできない言葉が、頭の中をかき乱していく。


 だが一変したメルの様子にも気づかず、市長はさらに続けた。


「女神業は子育ての片手間でやればいい。どうせ異世界人を追い出すだけなのだろう? だったら隙間時間でも成果は出せるはず。『導きの間』を空にはできないが、パンクすることもないだろう。なに、給料は今まで通り出るよう私が取り計らうから、そこは心配しなくてもいい」


 女神業が片手間? どうせ追い出すだけ?

 自分の仕事をバカにされたことで、ようやくメルの頭に火が点いた。


 怒りのせいで顔が熱を帯び、急激に視野が狭くなる。心配そうにメルを見つめる職員たちも、視界に入らなくなった。


 そう、周りにも大勢の職員がいるのだ。なのに、どうしてコイツは平然とセクハラまがいの発言ができるのだろう。


 先日の酒場での一件とは違う。あれは盛り下がった雰囲気を再熱させるための冗談だった。それを分かっていたからこそ、メルも多少のイジりを許容できたのだ。


 けど、ここは酒の席でもなければ冗談を言う場所でもない。

 コイツは本心から言っている。悪意なく、メルという一人の人権を踏みにじっている。

 到底、許すことなどできやしない。

 だからこそメルは、最終的に拳を握り――、


「ふうううううううううう」


 見せつけるようなため息を吐き出して、無理やり怒りを鎮静化させたのだった。


「おっと、無駄話が過ぎたかな? 申し訳ない」


 どうやら市長は、時間を取りすぎたからメルが苛立っているのだと解釈したようだ。

 メルとしては、早くこの時間が終わればどうでもいいのだが。


「今すぐとは言わないが、『導きの間』の一時閉鎖の件は頭の片隅に入れておいてほしい。それと休暇が欲しければ、いつでも申請書を出しなさいよ」

「ありがとうございました」


 フィーに合わせて無言の一礼をしたメルは、早々に廊下の方へと足を向けた。


 その際、出入口付近にいた職員がギョッとして道を開ける。その反応で、自分が今どんな顔をしているのか何となく察しがついた。


 廊下に出て数歩歩いたところで、メルは再び大きく息を吐く。

 すると誰かの手が彼女の頭を優しく撫でた。

 メルを心配して、廊下でずっと待ってくれていたルビィだった。


「よく我慢できたね、メルちゃん。よしよし、偉い偉い」

「ルビィぃぃぃぃ!!!」


 抑えていた感情が一気に爆発する。人目も憚らずメルはルビィに抱き着き、その豊満な胸へと顔を押し付けた。


 自称女神は感情的に暴力を振るうほど子供でもなければ、上司の小言を平然と受け流せるほど大人でもないのだ。

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