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03.自称女神の友人

 どれだけ気分が悪くても新しい朝はやって来る。


 昨日の深酒でやや体調を崩しながらも、女神メルは今日も今日とて異世界人を追い返す仕事に励んでいた。


「も、もしかして異世界転移ってやつですか!? 僕、田中雄一郎っていいます!」


「日本人の明村希美です。女神様、どうかお願いします。ぜひとも転生したい悪役令嬢がいるんですよ! ……え、転移? 転生じゃなくて?」


「我が名はフラッド=ニッキーマン。サルビア帝国最強の騎士である! 我より強い者と戦うため、他世界への移住を希望した!」


「ここ、どこだ? 新宿で飲んでたはずなんだけどな。女神? あ~、キャッチね。もう今日は帰るとこだから。それで、出口どこ?」


「ヒャハハハ! やはり我が理論は正しかった! さあ、女神よ。我に力を与えたまえ。神の力を以って、ネオ共和国のゴミどもに制裁を加えてやる!」


 毎度のことながら、世界、国籍、人種、性別等関係なく、多種多様な人間が『導きの間』を訪れるのだが……。


「ねえ、やっぱり二ホン人多くない!? 半分くらい二ホン人なんだけど!」


 延々と広がる真っ白な空間の中に、メルの金切り声が響いた。


『異世界に理解のある人間が迷い込みやすいみたいだからね』

「だとしても理解ありすぎでしょ! 今二ホンって国で何が起こってるの!?」


 無限に近い世界が存在する中で、半数が同じ国の人間なのは明らかに異常だった。


 しかも他の世界は望んでやって来る人が多いのに、日本人の大半は転移自体が不本意だった様子。まさに『迷い込んだ』という表現が正しいだろう。


 なのに追い返しても帰ろうとはせず、こちらの世界に来ようとする人もいる。

 日本人って頭のおかしい民族なのか? とメルは思い始めていた。


「てか二ホン人のせいで、二ホン語が日常会話の中でついつい口に出ちゃうこっちの身にもなってよ。チート? ダンジョン? ハーレム? なにそれ!?」

『チートは女神の祝福。ダンジョンは神々や魔族が造った建造物。ハーレムは複数の女性から好意を寄せられること、かな』

「さすがはフィー! 異世界の言語でも解析ならお手の物!」

『私はメルと一緒に聞いてるから意味が分かるけど、他の人に理解させるのは無理かな。独特な単語が多すぎる』

「だよね!」


 女神業の弊害だなぁと、メルは日本人の評価を最低値に位置づけたのだった。






『導きの間』へと通じる扉は、ダリナ市市役所の地下にあった。


 そもそも何故ダリナ市に『導きの間』が造られたのか。


 元々ダリナ市は、数百年前から神への信仰が篤い街だった。中心部に聳え立つ大聖堂では、典礼のために街の大半の住人が足しげく通うほど。実際に神が降臨して、啓示を受けることもあった。


 神と人間との交流が土台として出来上がっていたからこそ、神々は魔族攻略の起点としてダリナ市を採用した。その際、『導きの間』を大聖堂の地下に設置したのである。


 そして神魔大戦が終結した現在、異世界人の存在は不要に。選別システムを停止させることができるのは、『導きの間』を造った女神だけ。人間の方でも解析を進めてはいるが、未だに目途は立っていなかった。


 そこで人間たちは少しでも異世界人の流入を防ごうと、ささやかな抵抗を試みる。

 神への信仰心が土台となっているなら、それを失わせればいい。

 すなわち大聖堂の解体である。

 そう結論を導き出した人々は、ダリナ大聖堂を市役所へと再建させたのだった。


 つまり女神業は公務であり、メルは公務員なのだ。女神の血を引く者ですら公務に従事しないと食っていけないなんて、世知辛い世の中になったものだなぁと、メルは常々思っていた。


 仕事を終えて更衣室で私服に着替えたメルは、役所内のロビーへと足を運んだ。


 元が大聖堂だったため、その内部は荘厳な趣を醸し出していた。


 高い天井に描かれた天使たち。足元に広がるのは大理石の床。柱一つ一つに緻密な意匠が施され、色鮮やかなステンドグラスが夕陽を受けて輝いている。たとえ信心深くなくとも、この光景を目の当たりにすれば神に祈りたくもなるというものだ。


「えっと、ルビィは……」


 定時過ぎとあってか、ロビーは閑散としていた。

 ただし一角を除いては。

 ダリナ市公営ギルド。街中の依頼が集まるその窓口では、長蛇の列ができていた。


「うわぁ……」


 仕事に追われる受付嬢たちを見て、メルは思わず渋い顔をしてしまった。


 営業時間は過ぎているはずだが、締切り前に整理券を受け取ったすべての客に対応しないと窓口を閉められないのだろう。異世界人がいくら残っていようと、いつでも帰れるメルとは大違いだ。まあ、そもそも『導きの間』に待機している人数を正確に把握することはできないのだが。


 にしても、今日は本当に人が多い。


 日中は『導きの間』にいるため、営業時間内の様子はあまり知らない。けど、定時を過ぎてここまで人が並んでいるのは初めて見た気がする。


「今日はルビィと一緒に帰るのは無理かぁ」


 順番待ちで空気がピリピリしているようだが、昨夜の連中はいないので一安心だ。

 残業確定のルビィを心の中で応援しつつ、メルはエントランスへと足を向ける。

 その途中で、同僚の女性職員に声を掛けられた。


「やあ、メル。お疲れ様」

「フィーもお疲れ。今日はもう上がり? 今から一杯やってく?」

「私は飲めないし、メルは二日酔いなんだからやめときな」

「うっ、そうだった。思い出したら急に頭が痛くなってきた……」


 大げさに頭を抱え始めるメルに、フィーは白い眼を寄こした。


 彼女の名前はソフィア。メルやルビィとは幼い頃からの付き合いで、二人からはフィーと呼ばれて親しまれている。


 メルほど童顔ではないが、どこか少女の面影を残す女性。

 しかしルビィとはまた違った意味で、とても同い年には見えなかった。


 老人のような真っ白の髪は肩の辺りで大雑把に揃えられ、目の下には薄っすらと隈が浮かんでいる。化粧っ気がなく、眠たそうに瞼を半開きにしている様子は、まるで寝起きのよう。ルビィみたいに人前に出る仕事じゃないから、身だしなみを整える必要がないんだとか。


 そんな自分の容姿に興味のないずぼらな親友は、仕事一筋の人間だった。


「それに私はまだ帰るつもりはないよ。今から趣味の時間なのさ」

「あぁ、残業なのね」


 フィーは別に嫌味で言ったわけではない。本当に残業が趣味なのだ。

 彼女が所属するのは『神の書(マギ)』解析課。しかも若くして、その課長を務めていた。


『神の書』とは、魔法の『神遺物』である。


 神魔大戦より前の時代、魔法は魔族の専売特許だった。もしくは降臨した神が奇跡として人間に見せる程度であり、決して人類が扱えるような代物ではなかった。


 しかし魔族に対抗するためには、魔法は絶対になくてはならない戦力。


 そこで神々は、賢い人間に必要な分だけ魔法を授けることにした。魔族に奪われないよう、または悪しき者に悪用されないよう、本人だけが理解できる言語を書物に記して。


 そして終戦後、例によって多くの『神の書』が地上に残されたままとなった。


「未解読の『神の書』は毎日のように発掘されるからね。休んでる暇はないよ」


 ある者は解読法を遺さず逝去したり、ある者は戦死したりして、そのほとんどが意味を為さない書物として大陸中に散らばっている。骨身を惜しまず働かなければ、魔法が書かれている本そのものが、いずれ朽ち果ててしまうだろう。


 だがフィーが解析課に配属されたことで状況は一変した。

 彼女は天才だった。解析という分野において、随一の才能を発揮したのだ。


 普通の職員が一冊の『神の書』の解読に一ヶ月かかるところを、フィーはわずか七日でやり遂げることができる。


 もちろん、それだけではない。解析課の仕事は、あくまでも『解析』。書かれている魔法を十全に使用できてこそ『解析』なのだ。魔法への理解度まで含めると、フィーは他の職員の二十倍の速度で仕事をこなしていた。


 そんな有能すぎる親友だからこそ、メルには少し負い目がある。


 いつも女神業の補佐をしてくれているのはフィーだ。なぜなら通信魔法や『導きの間』を訪れる異世界人の情報を得る方法は、彼女が群を抜いて扱い慣れているから。一応、他の職員もできなくはないのだが、それだとメルの仕事効率が格段に落ちてしまう。


「私のせいで残業になってるみたいだし、いつもごめんね」

「メルは気にしなくてもいいよ。『神遺物』の解析は私の生きがいだし、無限に湧いてくる異世界人の素性を知ることも楽しいからね。私が好きでやってることだ」


 そう言ってくれることだけが救いだ。

 とはいえ、それが羨ましくもあるんだけど。


「私も趣味を仕事にしたかったなぁ」

「そのうちできるようになるよ」


『神の書』だけでなく、『導きの間』自体の解析もフィーが担当している。いずれ自分がシステムを解体してやるという自信の表れなのだろう。


 メルにできることは、親友を信じてその時を待つだけだ。

 フィーと別れの挨拶を交わしたメルは、わずかに軽くなった足取りで役所を後にした。






「帰りたくな~い」


 数分前とは打って変わって、メルは足を引きずるように歩いていた。


 レンガや石造りの商店が並ぶ街道の先に待っているのは自宅……ではない。今は特に目的地を定めず、適当に街の中をぶらついていた。


 何故かというと……、


「お父さんと顔を合わせたくないよぉ」


 娘を持つ父親が耳にしたら、三日は禁酒してしまいそうな言葉を吐くメルだった。

 しかしメルの方にも、それなりの理由があった。


 そう、アレン関連だ。


 夜も深まっていたためか、昨日は父と会うことはなかった。朝食は一緒だったものの、お互い時間が押していたので、それらしい会話はせず。


 つまり今夕が父とまともに話せる初めての時間。それを今やっと思い出したのだ。


「ぜーったいアレンとの結婚話になるよぉ」


 メルの父はアレンの求婚に対してかなり好意的で、メルがどんなに嫌がっていても悪意なく勧めてくるのである。


 もちろんメルとしても、親心はちゃんと理解しているつもりだ。


 顔良し、性格良し、社会的立場良し。アレン=サンライトという男は、大事な一人娘を預けるには申し分のない相手なのだから。


「お母さんって十八の時に私を生んだんだっけ。うへぇ、四年前の自分に子供がいるなんて想像できない……というか結婚生活自体、円満に送れてるイメージがまったくできないんだけど……」


 最大の問題点はそこだ。相手がどうとかは関係ない。


 ただでさえ今は職業選択の自由を奪われているのに、そこへ結婚なんて契約を追加されたらたまったものじゃない。考えただけでもストレスで頭が爆発しそうだ。


「結局、血は争えないんだよねぇ」


 四年前に家を出て行った母カーネ然り。

 夫と娘を残して神界に帰っていった純女神の祖母然り。

 メルも同じ血が流れているし、同じ欲望が己の中に根付いている自覚がある。


 自由奔放、束縛嫌悪。

 女神の家系は、平穏な家庭を築くことに怠惰なのだ。


「おっと、もうこんな時間か」


 気づけば陽が沈みかけていた。

 等間隔に並ぶ街灯が灯り、露天商は店を片づけ始めている。

 一人で飲みに行く気もないし、メルには家に帰る以外の選択肢がなかった。


「仕方ない。そろそろ腹をくくるかぁ」


 もちろん結婚の話ではない。父の善意を真っ向から受け止める覚悟だ。

 嫌な顔が表に出ないよう今から練習をしつつ、メルは踵を返した。


 その時――メルの視界が一瞬にして闇に染まった。


「ひゃっ!?」


 少女のような悲鳴を上げて身を強張らせるメル。


 ただ、状況把握はそれほど苦ではなかった。全身を覆うごわごわとした肌触りと、土っぽい独特な匂い。何者かが大きなずた袋を、メルの頭からすっぽり被せたのだ。


 では、その何者とは誰なのか。


 疑問が浮かぶ前に、今度は腰の辺りに圧迫感が襲った。ずた袋の外側から縄で縛り付けられているようだ。


「え、なに、変態なの!?」


 抵抗しようと身をよじる。

 すると強かに頭を叩かれてしまった。


「うるせぇ、大人しくしろ」


 この声……間違いない。ずた袋のせいで少し濁って聞こえるが、昨日の盗賊の声だ。

 ということは、周りを囲む複数人の足音は奴の手下のものなのだろう。


「よし。んじゃあ、さっさとアジトへ運ぶぞ」


 浮遊感。手下二人に、神輿のように担がれたのが分かる。

 でも、どうして自分が? ルビィじゃないことは幸いだけど……。


 昨日はガキに興味ないって言ってたし、乱暴するつもりではないはずだ。

 なら人身売買? それとも身代金目当ての誘拐?


 己の身に待っている未来を想像し、メルは身体を震わせる。

 しかし、それは恐怖によるものではなかった。


(これって労災よね? 通勤災害よね!?)


 保険が下りるどころか、衰弱した精神を癒すために一週間くらい休みがもらえるかもしれない。メルとしては、そっちの方がありがたかった。


 皮算用に期待を膨らませたメルは、早々に抵抗を止め素直に誘拐されてやるのだった。

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