10.自称女神と王国最強の騎士
問題が何も解決しないまま、メルは市役所を後にした。
継承式に登壇することは確定。今さら変更することはできない。
例えばこれが市職員間だけの行事であれば、逃げるという選択肢もあった。が、すでに新聞で一般市民にも情報が行き渡り、さらに国王まで関わってくるとなればそうもいかない。腹をくくるしかなさそうだ。
では次に考えなければならないこと。目下の懸念は何か。
そう、練習だ。
大勢の前で恥をかきたくはないし、何より国王の前で粗相があってはならない。ぶっつけ本番にならないよう練習をしたいのだが、かといって一般家庭に騎士が使うような剣が置いてあるわけもない。
そんなこんなで、メルはアリスト騎士団ダリナ支部の寄宿舎へと向かった。
「たのもー」
二階建ての木造建築。その玄関先で、メルは少し大きめに声を掛けた。
左は長い廊下になっており、右手には大きな両開きの扉がある。おそらく食堂だろう。
そして正面には事務所らしき窓口が一つあるのだが、人の気配はない。玄関が開け放たれているため、誰かしらいるとは思うのだが。
メルが右往左往していると、右の扉が開いた。
中から出てきたのは、金髪くせ毛の見知った顔だった。
「なんだ、メルだったのか」
「げ」
訪問者が最愛の人物だと分かるやいなや、アレンは輝くような笑みを浮かべた。
「なんであんたがここにいるのよ!」
「騎士が騎士の寄宿舎にいるのが、そんなにおかしいことかな?」
「あんた本部所属でしょうに。そうじゃなくて、休暇って言ってたじゃん」
「ちょっと野暮用があってね。それと退屈だったから視察に来たんだ」
「ふうん」
暇つぶしに本部のナンバー2が視察に来るとか、支部の騎士にとってはいい迷惑だろうなとメルは思った。
「それで、何の用だい? まさか僕に会いに来てくれたとか?」
「今の今までここにいること知らなかったんだけど」
「それもそうか」
「まあ、一番頼みやすい奴がいてくれたのは助かったわ」
「?」
アレンの軽口を軽く受け流し、メルは事情を話した。
「なるほど。式典の練習か」
「剣の重さや感触が分かるだけでもいいからさ。聖剣も、元々は普通の剣だって言ってたし。ちょっとでいいから、かーしーてー」
「いいよ。なんなら僕も練習に付き合おう」
「副団長。お客さんですか?」
アレンがメルを招き入れようとすると、対応が長いと感じたのか、食堂から他の騎士が顔を出した。
「すみません。僕個人の来客でした」
「ああ……」
アレンから視線を逸らし、メルの顔を見て何かに納得した騎士は、再び食堂へと引っ込んでいった。
「誰だった?」「副団長の、ほら、アレだよ」「ああ、メルちゃんか」「おっ、とうとう向こうもその気に!?」「本気で嫌ってたら、こんな所に来るわけないもんな!」「やめなって。副団長、ああ見えて怒ると恐いんだぞ」「メルちゃんもな」「あの二人、いつになったら進展するんだろうな」「ルビィちゃん紹介してくれないかなぁ」
半開きになった扉から、好き放題に言う声が漏れてくる。
部下の粗相に、アレンは申し訳なさそうに苦笑い。メルの方はというと、あまり知らない相手の中へ怒鳴り込むわけにもいかず、拳を震わせその場で地団駄を踏むに留まったのだった。
案内された先は、寄宿舎の裏手にある修練場だった。
土の地面で、ちょっとした球技なら余裕を持って遊べる程度の広さ。
もちろん、ただ継承式の真似事をするだけなので場所は取らない。裏口の軒下でメルを待たせたアレンは、保管庫から持ち出した剣を手渡した。
「へぇ、思ってたより軽いのね」
鞘から抜いた剣身をまじまじと見つめた後、メルは片手で振り回し始めた。
メルが持てばなんでもそうだろう。と出かかった言葉を、アレンは咳で誤魔化す。
「ところで、当日はどんな感じでやるんだい?」
「知らなーい」
先に市長から聞いとけばよかった。
間違いないのは、最初はメルが聖剣を持って、一対一で国王に渡すことだけ。お互い立ったままなのか、それともメルが跪いて聖剣を献上する形になるのか。
「なら一通りやってみようか」
「お願いするわ」
そう言って、いくつかのパターンを二人で試してみる。
十分にも満たない練習時間だったが、メルは何となく感覚をつかんだようだ。
「こんなものかな。聖剣を手渡すだけだから、なんとかなりそうだわ」
「手伝えて光栄だよ。本番は見れなかっただろうし」
「なんで? 見に来ればいいじゃん」
「ダリナ祭当日は警備任務だからね。近くにはいるけど、正面からは無理だろうな」
「あ、そっか」
今年のダリナ祭は国王も来るのだ。当日は厳戒態勢になるだろう。副団長ともなれば、任務に参加しないわけにはいかない。
もしかして、そのために先に現地入りしたのかな? と、メルは勘繰った。
「ねえ、アレン」
会話が途切れたタイミングで、メルはふと思いつきを言ってみた。
「私と勝負して、そっちが勝ったら結婚してあげるって言ったら……やる?」
「やらないよ。そんなことで君を手に入れても意味がない」
「あんたって人は、そんなんだから……」
憎まれ口を叩こうとして、メルは即座に考えを改めた。
無理やり選択肢を奪われた方が楽だと思った自分の方が卑怯者なのだから。
「じゃあ普通に手合わせしてよ。ちょっとストレス溜まってるんだよね」
「訓練用の模造剣でならいいよ」
「当たり前でしょ。怪我するつもりも、させるつもりもない」
アレンが持ってきたのは、木製の剣だった。手触りや重さこそ違えど、本物とさほど変わらない代物。切れはせずとも、本気で殴れば骨くらいは折れるだろう。
受け取ったメルは黙って距離を取る。すでに二人の間に言葉はいらなかった。
とはいえ、外野までもがその空気に呑まれたわけではない。
「副団長とメルちゃんが戦うって?」「模擬戦? それともマジなやつ?」「手合わせって聞こえたぞ」「どっちが勝つかな?」「剣で副団長に勝てる奴なんているか?」「いやいや、メルちゃんの運動神経も抜群だからな。分らんぞ」
寄宿舎の方から、先ほどの騎士たちが次々と見学に集まってくる。しかも副団長が勝つ方にいくら、メルが勝つ方にいくらと賭けまで始める始末。騎士の矜持はどこへやらと、メルは小さくため息を吐いた。
意識を集中させてギャラリーの雑音を遮断したところで、試合が始まった。
先に動いたのはメルだった。
一歩踏み出した次の瞬間には、アレンの懐まで潜り込んでいた。小柄な体躯を活かした下段からの刺突。メルの剣先がアレンの鳩尾を狙う。
もし二人のやり取りを事前に聞いていた者がいたら、誰もがこう思っただろう。
怪我をさせるつもりはないなんて嘘じゃねえか、と。
しかし躊躇いなく急所を狙えるのは信頼の証。メルの人並外れた速度にも、アレンなら容易に対応できるという確信があったからだ。
その期待に応えるように、アレンは――何もしなかった。否、端からはまったく動いていないように見えた。
手首を傾けるだけの最小限の動きで、メルの剣を横に弾く。そのまま彼女の額を狙うつもりで剣を振り下ろした。
だが当たらない。メルの身体が急速に沈んだのだ。
地面すれすれまで体勢を低くしたメルは、片腕を軸にして身体を回転させる。渾身の足払いを放つが、こちらも空振り。すり足でわずかに後退するという、またも必要最低限の動作で避けられてしまった。
「おお!!」
ほんの数秒の攻防にギャラリーが沸いた。
人の域を超えた身のこなしで攻めるメル。
対するアレンは、まるで攻撃の来る場所があらかじめ分かっていたような動き。
日頃から訓練を積んでいる騎士だからこそ、二人の手合わせが尋常ならざるものであると理解できた。
ただ当のメル本人は、どこか不満げだった。
「はいはい、そういうことね」
何かに納得したメルの次なる攻撃は、真正面からの突進だった。
とはいえ、先ほどの急所一点を狙うような攻め方とは違う。小手先の技術など捨てた、素人感丸出しの大振りだ。
そこからは乱打だった。目にも止まらない剣撃が、次々とアレンを襲う。
もちろんアレンの身体には一太刀も届かない。上段中段下段、どこに打ち込んでも的確に弾かれる。攻めているメルにとっては、まるで壁を相手しているような感覚だった。
一方で、アレンの方にも少しばかり焦りが見えてきた。
メルの猛攻が激しすぎて息をつく暇がなく、徐々に手首が痺れてくる。このままでは剣がすっぽ抜けるのも時間の問題だ。
しかしアレンの懸念は思ったよりも早く現実となった。
メルの放った渾身の一撃が、アレンの剣を真っ二つに砕いたのだ。
「あ」
驚き呆気に取られた隙を狙って、メルの前蹴りがアレンの下腹部へと直撃する。
武器を失い、為す術もなくなったアレンは、無様にも仰向けに倒れてしまった。
「参った。降参だ」
敗北者とは思えない晴れやかな表情。
逆にメルの方は、憮然としたまま剣の切っ先をアレンに向けていた。
「アレン。あんた、めちゃくちゃ手加減してたでしょ」
「バレた?」
「最後の蹴りは魔法で避けられただろうし、反撃の機会なんていくらでもあったはず」
「魔法を使うのは反則だと思ってね。反撃しなかったのは……ごめん」
「別に謝る必要もない。ストレス発散したいって言った私の方に落ち度があるんだし」
手合わせを始めた目的を汲んで、アレンは受けに徹していたのだ。
そもそもアレンが本気だったなら、始めから勝負になどなっていない。最初に接近した時点で、メルは意識を奪われていただろう。いくら百倍強いと豪語するとはいえ、メルは剣に関してはド素人なのだから。
「まあでも、けっこうスッキリしたわ。一応お礼は言っとく。ありがとね」
「どういたしまして」
そう言葉を交わして、メルはアレンへと手を差し伸べた。
「さて。要は済んだし、ここらでお暇したいところだけど……」
「おっと、奇遇だね。もしかして同じこと考えてる?」
「不本意ながら、たぶんね」
顔を見合わせて頷きあった二人は、寄宿舎の方へと振り返る。
興奮冷めやらぬ見学騎士たちに折れた剣を向け、アレンは大きく宣言した。
「今の勝負を観戦していた者、全員訓練用の剣を持て! 僕とメル、どちらかに一撃でも入れられたら許してやろう。できなかった者は……修練場五十周の罰を与える!」
「「「げえええ!!!」」」
騎士たちの中から阿鼻叫喚の悲鳴が上がった。
結局、体力が尽きて全員が地面に沈むまで、誰一人として二人に一太刀入れることはできなかった。




